5−13
3「本日もお疲れ様でした」と、帰りの馬車でペニナさんが挨拶をする。こちらこそお疲れ様でした、と私は言いながら、あんまり今日は練習していないから疲れていないんだよね、と内心思う。
「あの、ササキ・アリサ様は、今後、ダンスの練習をなされないのでしょうか」と、ペニナさんは聞いてきた。そう質問されるだろうな、とは思っていたけれど、やっぱりされた。
「そのつもりです。とりあえず、ロトラントさんに会って文句を言うまでは、ダンスの練習はしたくありません。ダンスの練習って、結局、ロトラントさんと結婚してから必要な技能じゃないですか? それを、結婚するとも決まっていない私がするのは変だと思うので」と私は言った。花嫁修行じゃあるまいし。
「左様でございますか。分かりました」と彼女は言った。
パシッという音が馬車の外から聞こえた。おそらく御者が鞭を入れたのだろう。だけど、馬車を走るスピードが変わったような体感はなかった。窓の風景からして、方向も変えずに真っ直ぐ後宮に向かって走っている。
「ササキ・アリサ様のご意思は尊重致します。しかし、ダンスの練習をされないのであれば、明日は奥様方と市場にでかけますので良いのですが、明後日より、午後はどのようにしてお過ごしになるのですか? 」とペニナさんが聞いた。
たしかに、午前中は本を書いたりして過ごすことになっている。しかし、ダンスの練習がないとすると、午後は、暇だ。
「家事でもしますか? 掃除、洗濯、料理、たぶん人並みにできますよ。後宮だって広いですし。私の部屋だって、ダンスから帰って来たら綺麗に掃除されているじゃないですか。誰かが掃除しているんですよね」と私は言った。
一昨日も、昨日も、ダンスの練習から帰ると、ベッドなどが綺麗にメイキングされているし、誰かが部屋に入って掃除をしていた。おそらく、私と顔を合わせないようにしているだけで、家政婦さん的な人は後宮にも沢山いるのであろう。ホテルを連泊した際、宿泊客が外出中に部屋を掃除している人と同じような、縁の下の人が後宮にいるのも確実だ。ペニナさんは私につきっきりだから、ペニナさんが私の部屋を掃除しているなんてのは、物理的に無理があるしね。
「とんでもございません。ササキ・アリサ様にそのようなことをされては困ります」とペニナさんが悲鳴をあげるように言った。
「皿や壺を割って、逆に仕事を増やしたりなんかしないですよ。タキトス村でも、家事、洗濯、料理はやっていましたしね」と、私は言った。
「いえ、そういうことではございません…… 。あの、ササキ・アリサ様、質問をしてもよろしいでしょうか? 」と彼女は言った。
「はい、どうぞ? 」
「タキトス村、ひいてはイコニオンという国は、どういった所なのでしょうか? 私には想像ができません。ササキ・アリサ様は文字の読み書きの教育を受けていらっしゃる方。それに、ダンスを拝見させていただいてもザンドロスの踊りとは異なるものの、なんらかの下地があることは一目瞭然。さらに言えば、食事に関しましても、厳密なザンドロス国のマナーとはいささか異なるものの、様になっていると申しますか、イコニオン国の流儀にて食事をされているように感じられます。タキトス村でも、相応の高い地位の方でいらしたのであろうということは想像に難くはありません。しかし、一方で、そのような方が、家事、洗濯、料理などの雑事をされていたということは、私には解せません。貴女様は、タキトス村というところでは、高貴なる方だったのですか? それとも私のような召使いだったのですか? それとも、その両方だったのでしょうか? 」と、ペニナさんは、ゆっくりと、言葉を選びながら言った。
私は、しばらく考えてから、「さあ、どうだったのでしょうね。私自身にも、分かりません」と答えた。そして、窓の外を眺めた。ペニナさんも、何も言わなかった。
タキトス村で、私はいったい何者だったのだろうか。教会で住み込みで働く人か、コルネリウスの友達か、メルさんの宿屋のアルバイト従業員か、ヘト君、ベト君、メトちゃんの遊び相手か。結局、どれでもなかったのだろう。タキトス村の人達が弓で射殺されたと知っても、私は泣かなかった。たぶん、私事、私の事ではないと、思っているんだと思う。
今だってそうだ。自分に対して現実感がない。
「なんで私、こんなところで、お姫様ごっこなんてやっているんだろう」と私は呟いた。
「はい? 何でしょうか? 」とペニナさんが聞いてきた。
「あ、独り言なので気にしないでください」と私は作り笑顔で言った。
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