5−10
ダンスの練習場についてからは、普通のダンス練習だ。まずは、昨日のおさらいということで、ダンサーの人達が第1のダンスから第4のダンスまでを踊る。それを私は、蜂蜜レモンを片手に椅子に座って見学する。なんだかこのセレブな感じには慣れない。足を組んだりしたら感じが悪いだろうから、組まないようにする。まあ、浴衣だから、もともと足が組みにくいから足を組んだりなんかしないけどね。
「ダンスって、第7まであるって聞いたんですが、それは踊らないんですか? 」と、ヘロデアさんとアヒルドさんが第4のダンスを踊っている時に、横に控えているペニナさんに聞いた。
「社交会では、ダンスは第7までございますが、踊りの種類としては4つです。第5のダンスは、第2のダンスと同じ。第6のダンスは第3のダンスと同じ、第7のダンスは第2のダンスと同じです。ダンスの種類が多ければ良いという訳ではございません。参加される方達が踊れるダンスを何度もペアを変えながら踊るということに重点を置いております」と、彼女は説明をしてくれた。
ダンスは7種類練習して憶えるということではないらしい。よかった。1,2,3,4,2,3,2という順番というのも、なんとなく憶え易い。一番、ロマンティックというか、愛を育みそうな第2のダンスを踊る回数が多いのも、親睦を深めるといった意味では良いのだろう。
「そういえば、ダンスとダンスの間に休憩ってあるんですか? まさか、全部を連続で踊ったりしませんよね? 」と私は聞いた。たぶん、最初の第3のダンスまでは連続で踊ってもギリギリ大丈夫だろうが、いま見ている第4のダンスは、リズムも早いから踊った後に絶対に休憩が必要だと思う。
「もちろんでございます。今は、ササキ・アリサ様にご覧に入れるために連続で踊っておりますが、社交会ではダンスとダンスの間に10分から15分の懇談の場が設けられております。あまり無いですが、小さな演奏会が入ったりするときもありますから、ダンスの休憩時間と言っては十分かと思います」とペニナさんが説明してくれた。
ペニナさんの話を聞いた限り、休憩は適度にありそうである。そうじゃないと、心臓破り社交会になってしまうだろう。社交会と名の冠した箱根駅伝かなにかだ。
だって、第4のダンスは踊っている本人は相当きついはずだ。ヘロデアさん、顔は優雅に笑顔を作っているようだけどね。前の世界の曲調で表現するとしたら、闘牛のときに流れていそうな音楽で踊っている。早いステップの連続に加え、踊る男性も女性も部分的にソロダンスをする、まぁ、それぞれの見せ場的なものもあり、踊って楽しむダンスという側面より、観客を魅せるダンスという方が近いかもしれない。ちなみに、女性は、体に巻いてあるあの布を使ったソロダンスを踊る。ダンスの素人の私にはよく分からないけれど、第4のダンスは、新体操のリボン種目のようなものに似た部分も感じさせる。浴衣を着ているのに関わらず、踊りながら故意に裾の間から出す足は、旗袍のような中華の要素も加わっているし。前の世界の東西入り交じりの分けの分からないダンスというような感じだ。そもそも、体に柔軟性がないとあの動きは出来ない気がする。
今の、右足を天井に向けて真っ直ぐ伸ばしながら、頭を後ろに倒すのは、普通の人には出来ない動きだろうよ。しかも、右手は浴衣の裾を押さえて、下着が見えないようにしている。それなら、スカートで逆立ちするようなことしなきゃいいの。
それにしても、ヘロデアさん体柔らか過ぎだよね。私が同じ動きをしたら、背骨からパキッと骨が折れてしまうよ。あっ、アヒルドがバク転をした。あっ、またバク転…… の連続。そして、最後は空中で捻りを加えた? 体操競技かよっ。って、昨日あんな踊りじゃなかったよね? 難易度アップ?
「あの、ペニナさん、あのダンスは、練習しても私、無理ですよ? 」と私は言った。無理なものは無理。
「ええ。第4のダンスは、アヒトフェル族でも踊れるのは限られた者のみですからね。ササキ・アリサ様は、第2のダンスまで踊れるようになれば充分でございます。欲を言えば、第3のダンスまでですが」と、ペニナさんが言った。
「あ、みんな踊るんじゃないんですか? 」と私は聞く。
「いいえ。踊れる方のみ踊るという形です。第4のダンスを良く踊れるのは、この中でも、あのアヒルドとヘロデアのみですし」とペニナさんが答えた。
確かに、昨日も、第4のダンスを踊っていたのもあの2人だけだった気がする。それだったら、ダンス練習のカリキュラムに入っているのがおかしいのではないかと思う。私は、第4のダンスに関しては完全に観客ということで良いのだろう。
それに、第3のダンスもベストエフォートで踊れるようになればいいらしい。良いことを聞いた。とりあえず、第2のダンスまでだったらなんとかなりそうな気がするしね。
その後、私も第1のダンスに加わり、練習をした。踊っては、反省会のようなものを行う。アヒトフェルさんとペニナさんは、どんどん良くなってきていますとか褒めてくれるけど、その他の人達からは細かい指摘をされる。まだ左右の歩幅が一致していません、なんて言われるけど、既に1㎜、2㎜の世界に入っていると思う。それに、頤を上げて踊れって言われているし、床の歩幅を見ながらダンスすることにも限界があるし。結局、第1のダンスだけで本日は終わった。
それにしても、練習後に飲む蜂蜜レモンは美味しいなぁ。
ダンスで適度に(首と肩と二の腕がやたら疲れるけど)運動をして、夕食を食べて、ペニナさんに全身マッサージをしてもらい、柚子の香りの暖かいお風呂に浸かっていたら、眠たくなってきた。
夜の気温も低く、少し肌寒い感じもするけれど、体の芯から溢れてくるような熱で、汗が出来てしまっていたから、手で顔を扇いでいたら、ペニナさんが気を利かせて団扇を持って来てくれた。ペニナさんが部屋に持って来た団扇は大きかった。特大サイズと言っても過言ではないだろう。女性が体育座りのように丸まった状態なら、団扇の扇部にすっぽり収まってしまう。それは、私が自分で扇ぐ用のではなく、ペニナさんが私を扇ぐ用の団扇だった。
まぁ、あの大きさなら自分で自分を扇ぐのには構造上無理があるんだけどね。ハンナさんも、ペニナさんの扇ぐペースに合わせたゆったりとした曲を弾いてくれて、音楽の流れに合わせて、頬に風を感じる感じが心地よい。
団扇を持たせてもらったら、意外と軽かった。骨組みは竹で、地紙の部分は大扇とかいう鳥の羽で出来ているらしい。そして、それらを縛る紐は馬の鬣を編んだ物だとペニナさんが説明してくれた。天然素材100%って感じだと思った。自然に優しい。
ちなみにペニナさんが言うには、大扇という鳥は、今の時期くらいまでザンドロス国で見かけることが出来るが、冬には宇宙に帰り、星になっているそうだ。
ペニナさんの説明が理解できなかったから、詳しく聞いたら、大扇座という、ちょどその鳥が羽を広げているように見える星座で、冬になると見えるらしい。そしてその星座が見えるころには、大扇は一羽もザンドロス国では見ないらしい。だから、夏から秋にかけては鳥の姿でザンドロス国を飛び回り、冬には星座になっているということらしい。
彼女は冗談を言っているのだろうと思って、私は笑って聞いていたけれど、彼女はどうやら本気で言っていたらしい。目が本気の目だ。
たぶん、大扇という鳥は、鶴とか燕みたいにもっと暖かい地域で越冬をする習性を持っている鳥なのだと思う。だから冬の間はもっと暖かい場所に移動していて、ザンドロス国にはその鳥はいないのだろう。たぶん、私の推測の方が正しいというか現実的だと思うのだけど、ペニナさんの言っている方がロマンがあっていい気もする。私の説だと、飛んでいく鳥を追っかけるのは無理だし、鳥にGPSでも付けない限り証明の仕様がないしね。後世の鳥類学者にこの大発見は譲るとしよう、なんちゃって。
「ハチドリ座は、一年中見れるんですか? 」と私はペニナさんに聞いた。
「仰る通りでございます。私達女性をいつも見守ってくださっています」とペニナさんは答えた。どうやら、ハチドリ座がある周辺が、前の世界で言えば北極星がある位置なのだろう。たぶん。
そして、大扇座というのは、オリオン座のような冬の星座なのだろう。あれ? でもオリオン座も時間帯によっては夏でも見れるような気がするけれど、大扇座は、冬しか見れないのかな? 夏や秋にも大扇座が見えるのであれば、ザンドロス国に大扇という鳥がいて、星座も見えるから、二重に存在していることになる。ペニナさんが言っている星座になるという説は矛盾がない? まぁ、星座説は、非科学的過ぎて、矛盾というかそういう次元の話ではないんだけどね。
「ハチドリって、ザンドロス国に居ますよね? 」と私は聞く。
「はい、もちろんでございます。夏には中庭でも、花の蜜を集めるハチドリをご覧になることができますよ」と、当然のことのように答えるペニナさん。
「でも、夜空にハチドリ座があるのなら、ザンドロス国にハチドリが居るのっておかしいですよね。大扇は、冬には大扇座になっていて、いないのに」と、さり気なく矛盾点を指摘してみる。
「ササキ・アリサ様は、どうしてハチドリ座が生まれたのか、ご存じないのですか? 」とペニナさんに聞かれる。
「あ、ダリア姫とハチドリのお話は、ロトラントさんから聞いたことがあります」
「それでしたら簡単です。ハチドリ座になったハチドリは、ダリア様が可愛がりになられていたハチドリがハチドリ座になったのです。普通のハチドリとは違うのです。大扇座は、大扇が沢山集まって、あの大扇座になるのです」と答えるペニナさん。
なるほど。年中見れるハチドリ座は、ダリア姫のペットだったハチドリという特定の鳥が星座になった。だから、他のハチドリがザンドロス国にいてもおかしくない。一方で、大扇座は、大扇という鳥全部が星になっているからザンドロス国で冬の季節は見られない。
う~ん。なんかそれはそれで筋が通っている気がする。異世界ってやっぱり不思議。
「そろそろ、お休みになられますか? 」と、あくびをしていた私にペニナさんが言った。
「はい。そうですね。瞼がおもくなってきました」と私は言う。
「それでは、私は失礼させていただきます。本日もありがとうございます。特に、家庭教師の件、ササキ・アリサ様の寛大なご処置に、ペニナ・アルウェルス、心より深く感謝をしております」と言って、深くお辞儀をした後、ハンナさんを引き連れて部屋から出て行った。
さて、私も寝るとしよう。
読んでくださりありがとうございます。