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プリスキラさんは、そして意味深な笑みの後、続けて言った。
「私が、夫と結婚をする前のことを思い出してしまったわ。私の親友も、私と同時期に恋に落ちてしまって、あっ、もちろん彼女と私は別々の人に恋したのよ。
私は、彼女とお茶を飲みながら、恋の相談をしあったものよ。よく飽きもせずにあれだけ話をしたと思うわ。よくあれだけ、いまから思うと些細なことで、話題が尽きずに長い間話ができたものだわ。不思議だったのは、彼女の悩みは私からしてみたら小さいもので、私の悩みは彼女からしたら取るに足りないものだったりもしたのだけれど、それを話をしていく内に、とても重要なことのように思えてくるの。私にとっても彼女にとってもね。不思議じゃないかしら?
『ねぇ聞いてプリスキラ。昨日、夜会に招待されたのは良いけれど、彼との会話なんて、簡単な挨拶だけ。夜会の間、それ以外の会話が一度もなかったの。目を合わせることだってできなかったんだから』なんて言って、次の日、彼女は私の家に朝一番でやってきて、泣きながら話すのよ。
朝早くにやっていてたたき起こされるし、私はもっと寝ていたいという中でそんな話を聞かされるの。 私は彼女に、彼は昨日の夜会の開催主なんだから、忙しかっただけだわよ。昨日の夜会で貴女が一番素敵だったわよ。ほら、あのアクシャフ族の人。貴女と踊ったあと、ずっと放心状態だったのにお気づきになっていないの? 貴女と踊ったあと、ずっと壁にもたれ掛かってワイン片手に貴女をずっと目で追いかけていわたよ。彼を慕っている人も多いらしいわよ。とか、言ったわ。
そしたら、『アクシャフの人なんてどうでもいいの。ねぇ、聞いて。あの日夜会で、ヤルムト族の族長の娘と踊っていたじゃない。その時の彼、とても楽しそうに踊っていたわ。きっと私なんか駄目なのよ。きっと片思いで終わってしまうわ』。なんて言うのよ。私が、そんなことはないわ。きっと今日の昼にでも、彼から花束が届くわよ、と言ってもね、『きっと届いたとしても、それは形式だけの来場のお礼の花よ。気持ちなんてきっとこもっていないわ。きっとあの娘のところには、白孔雀の花を届けるんだわ。きっと私には、雀蘭の花が届くのよ』とか言って、彼女また泣き始めたの。
ずっと泣き続けるのよ。でも、私も彼女の背中をさすっているうちに、私もどんどん不安になっていくの。ロトラント・ミラスコロードとは夜会で一緒に踊り、テラスで身も溶けてしまうんじゃないかと思うくらいの時間を過ごしたのは良いけれど、あれから特に相手からの音沙汰もない。夜会で一緒に踊ってワインを飲み交わしても、特にとりとめのない話をするだけだし、馬が馬小屋で足踏みをして前には進まないように、何となく彼との関係が近づきもせず、どんどん遠い関係になっていっている気もしてくるの。もしかしたら恋心を抱いているのは私だけで、彼の方は、とっくの昔に私の事なんてなんとも思っていんじゃないかって考えるようになってしまうの。そんな不安に駆られていってしまい、なんだか私も彼女を前にして落ち着いていられなくなるの。悲しい心に悲しい風は吹き、不安な心の扉から風は吹き込む、というのは本当ね。私もどんどん不安になってきてしまって、いてもたってもいられなくなるの。そして二人して、不安になって、結局二人してベッドで二度寝をしてしまうの。寝き疲れてということかもあったかも知れないけれどね」と、彼女は言って、お茶を一口飲んだ。
そして、「あら、ごめんなさい。私だけしゃべってしまったわね。何が言いたかったというと、つまりこう言うことなの。先ほど話したのは、あまりよい例ではないかも知れないのだけれど、恋心というものは、人から人へと移って行くような物のように思うの。だから、私達が、ササキ・アリサさんに対して、ロトラントを好きになったきっかけや出会いなどをお話すれば、徐々にササキ・アリサさんも、夫に惹かれていくかもしれないということなの。この提案は如何かしら? 」と言った。
私は、彼女は、話し出すと長い人なんだと思った。途中、なんか一人二役を、声色を換えて演じていたし、それに上手だったし、根っからのお話好きなような気がする。でも、オチのない話を延々とするタイプなような気がする。別に苦手じゃないけど、もっと気が置けない中ならいいけど、こんな緊張状態で長い話を聞くのはけっこう苦痛なような気がする。
プリスキラさんは、笑顔で私達三人を見渡す。プリスキラさんと、ワシュテアさんが目が合ったようだ。ワシュテアさんは、さっとプリスキラさんから目をそらして、何故か私の方を見た。そして、「貴女になんか、教えないわよ」と言った。
私も、「もう。恥ずかしがらないでよ教えてよ」なんて、彼女に気軽に言える関係でもないから、これ以上聞かない。あまり、右の人のことを聞きたくもないし。でも、右の人がロトラントさんのことを好いているのは、分かる。私への悪意の底流には、彼女のそんな気持ちが流れているのだろうか。そんな風に思ってしまう自分は、すでにプリスキラさんの話に感化されてしまっているかも知れないとも思う。
「私は、剣技大会に出場している夫を、失礼、その頃は夫ではないわね。出場しているロトラントの試合を見たときでしょうかね」とシエルさんが言った。彼女は、語る事に同意したようだ。願わくば、私でも聞いていて分かる話であるように。そう、そっと願う私であった。
「私が、ロトラントを初めて見たのは、我が族主催の剣技大会の時でした。私も、主催部族の一員として、大会を観戦しておりました。彼は、アルウェルス族の代表として出場していましたね。正直に申し上げますと、族長の息子ということで代表に選ばれたのだろうと私は思っていて、特に彼の剣技に私が見るべき物があるとは思っていませんでした。むしろ、社交会の華と歌われていたプリスキラ・タキシュ嬢の心を射止めた方、ということの方が興味がありました」とシエルさんが言った。
「そんな。恥ずかしいわ」とプリスキラさんが口を挟む。
「事実でございますわ。プリスキラ・タキシュ嬢は、私などの憧れでございましたのよ。社交会以外の公の場に出席できない年齢だった当時は、貴女が公の場にて優雅に振る舞われているのを遠巻きに拝見して、私自身もあのような身のこなしをしたいとい憧れました。また、親や教師からタキシュ族のご長女のような淑女になりなさいと、風車が壊れてしまうくらい言われましたのよ。数々の男が掴もうとして掴むことのできなかった袖を掴んだロトラントという男。しかもアルウェルス族。一人の女として、興味が湧かない方が可笑しいですわ。それに、初戦に置いて、兄であるザクトスと戦うということも私の興味を引いた理由でしょう」
「結局、貴兄に惨敗してしまいましたけれどね。今だからお話致しますけど、当時の夫は、「貴女に勝利を捧げます」なんて殊勝なことを言っていましたのよ。それでいて一回目でいきなり負けるなんて、とてもがっかりいたしましたわ」とプリスキラさんが笑って言った。さりげなく惚気ているな、と私は思った。でも、それ以上にロトラントさんダサい。「貴女に勝利の栄光を」とか公言して負けるのって、すごい恥ずかしいと思う。
「確かにその他11人の代表に勝利したのは兄です。しかし、私はロトラントがあそこまでまともに兄と打ち合えるなど思っていませんでした。アドラム族の中でも、あれ程までに兄の剣を受けれる者などいませんでしたわ。ロトラントも、その他の代表には勝利をし、10勝1敗という結果でしございましたでしょ? 兄に関しては相手が悪かったとして、10勝をあげるほどの腕前というのは、大会の歴史を見ても稀でございます」とシエルさんが話を続けた。
「たしかあのとき、貴兄の剣を受けた後に、腹に蹴りを戴いて、そのままロトラントは動けなくなったのでしたね」と、プリスキラさんが言った。
「はい。しかし、並の者なら三日は立てられず、食事も喉を通らない状態であるはずなのに、両肩に補助を受けながらも意識を保っていたことに惜しまず賞賛をお送りしました。そして、その後も見事に戦いぬかれていますし。実は、そこから社交会の場などでも夫を意識するようになったのです」とシエルさんが言った。右手を頬に当てている。ちょっと仕草が可愛いと思う。
「あの、すみません。剣技大会というのは、出場した12人が、総当りをするのですか? 」と私は質問した。だって、ロトラントさんがシエルさんの兄と初戦で戦って負けたのなら、そこで終わりな気がするからだ。武術大会とかトーナメント方式なイメージが強い。なんで負けた後も戦っているのかが腑に落ちない。
「剣技大会と称していますが、本来はお互いの武術を見せ合い、切磋琢磨することが目的ですので、勝ち残りの形式を取らず、総当たりで行っています。戦士に言わせると、実際に受けてみなければ分からない太刀筋というものがあるそうですから、良き経験の場ということらしいです」とプリスキラさんが説明してくれた。
私はなるほどと思った。確かに、実戦で斬られた後では、相手の剣を学べない。死んじゃうしね。大会の勝者を決めるというのは、副次的な要因なのだろう。その割にはシエルさんは、彼女の兄が優勝したことを強調していた気もするけどね。
「ササキ・アリサさんは、夫が剣を使うのをご覧になったことはありますか? 」と、シエルさんが話を振ってくる。
「ええ。戦いという訳ではないですが、栗を二つに割っているときに」と、私は答えた。魚も剣でさばいていたというのも知っているけど、それは実際に見たわけではないしね。それに、ロトラントさんが剣を使うというのは、直近ではタキトス村での戦争のことなんだけど…… 。まぁ、実際に人に対して剣を振り下ろしているところは見ていなくてよかった。知り合いとかが斬られていたりなんかしたら、彼に対する対応はまた違ったものとなっていたと思う。
「栗を切っているところを? 鍛錬かしら? 」と首を傾げながらシエルさんが言った。シエルさんは、プリスキラさんの方に視線をやったが、プリスキラさんも小さく横に首を振った。右の人は、私を睨んでいる。一瞬目が合ったけど、私からすぐに反らした。
「イコニオン国からこの国に来る際の野宿を森でした時です。食べるものがなかったので、栗を拾って、それを茹でて食べたんです」と私は言った。
栗を淡淡と、苦も無くロトラントさんは切っていたが、もしかしらた達人の為せる技なのだったかも知れないと思う。
「蜂を切ってもらったことがありますわ」と、右の人が言った。
誰もコメントをしない。私も、蜂を? それで ? という思いになる。プリスキラさんもシエルさんも、おそらくワシュテアさんの話の続きを待っているのだろう。
「私を守ってくださったのですわ! 」と右の人は、さっきよりも声量を多くして言った。そして右の人はなぜか私を睨む。
なんと言って良いのか分からないから黙っておく。他の2人も相変わらず沈黙を守ったままだ。
「んっん」という、ワシュテアさんは、右手を口に当てて、喉の奧から咳払いのような音を出した。
「あれは、鷹狩りの時でした。滅多に仕留めることの出来ない狐を刈ることができ、毛皮で衿巻きを作ろうと、私が多少浮かれておりました。そして、鷹が兎を仕留めたので、それを回収しに向かったときです。岩場の陰にある土蜂の巣があることに私は仕留められた白兎にばかり気を取られて、気付いておりませんでした。そして、愚かにも、巣を踏み抜いてしまったのです。当然の如く、蜂は私を襲って来ました。私も逃げようとしましたが、気が動転して馬に乗ることが出来ず、走って逃げました。もちろん、空を飛ぶ蜂から人間の足で逃げ切れるわけはありません。体の数カ所に、鋭い痛みが走りました。もう駄目かと思いましたが、ロトラントがやって来て、私に手を差し伸べてくれました。そして、そのまま馬で逃げ切ってくれたのです。左手で私を抱え、右手で追いかける蜂を斬りながら」と、右の人は言った。
なんか、危機に瀕している女性を馬で駆けてきて助けるとか、なんか白馬系王子のような話だと、私は聞いていて思った。
「それが、貴女が夫を好きになった瞬間なのかしら? 」とシエルさんが質問する。
「はっきりとしたことは分かりませんが、お礼を後日しなければと思いながらも、お会いする機会がなかなか無く、鷹狩りの日から次に会った時までの間は、なんだか心がやきもきしていたのを憶えていますわ」と右の人。私だけだろうか、人はそのやきもきを、恋と呼ぶのだと思ったのは。
「確かに夫は、乗馬術にも秀でていますね」と、プリスキラさんが言った。
「夫の馬腹乗術を見たときには、胸が少し高鳴りました」と、目を輝かせて、綺麗な笑顔で右の人が言った。私は、彼女の笑顔を初めて見た気がする。今日、私がこの茶話会に来てからずっと彼女は、しかめっ面か睨み顔だったし。
「馬腹乗りをしているところを私は見たことはないわね。見てみたいわ」と、プリスキラさんが言った。
「瞬く間に姿が見えなくなるほどの腕前です。もし群れで馬を走らせたら、どれに夫が乗っているか分からないですわよ」と、ワシュテアさんが興奮気味に言った。
「私も見たことがないです。それは見物ですね」と、シエルさんも少し興奮気味の口調で言った。
なんか話がすごく盛り上がっているけど、よく話が分からない私。
「あの、馬腹乗術とか、馬腹乗りって何ですか? 聞いたことがなくて」と、私は聞いた。会話に参加するのも大切なのだ。
「イコニオン国には無いのかもしれませんね。矢を避ける為に、馬に体を隠すように乗馬する技術のことですわ」と、右の人が説明してくれた。ワシュテアさんが親切に教えてくれたことが意外だ。
私は、馬の横腹に乗っているのを想像した。なんか忍者なイメージだ。でも、それって、馬を弓矢の盾にしているってことだよね。馬がかわいそうじゃんと思った私は、たぶんロトラントさんがその横腹乗りをしていたとしても、黄色い歓声を上げたりはしなさそう。
「凄い乗り方ですね。私は馬に乗ったことがないので、うまく分かりませんが、難しそうな乗り方ですね」と、私は言った。
「え、馬にお乗りになったことがないの? 」と、シエルさんとワシュテアさんが同時に言った。
そんなに驚くことかなぁと、私は苦笑いする。
「はい。恥ずかしながら…… 」と、私は言った。
「今から、乗りに出かけますか? 」と、ワシュテアさんがプリスキラさんに向かって言う。今からとか、どれだけアクティブな人なんだ、と思う。今からドライブに行こう、というようなお気楽な感じにどうしても聞こえてしまう。
「いえ、今から練習するのだと、夜遅くになってしまうわ。また今度にしましょう」と、プリスキラさんが笑顔で言った。
どうやら、私が乗馬に挑戦することは確定らしい。嫌だなぁ、怖いなぁというのが私の正直な感想。
「確かにそうですね。ササキ・アリサさんも、自分の乗る馬を選びたいでしょう。まずは馬を選びに市場に行くのも良いかもしれませんね」とシエルさんが言った。
「それもそうね。今度、市が建つのはいつかしら? 」とプリスキラさんが言った。
私は、何が起こっているのか分からない。
「三日後ですね。鞍も選ばないといけませんわね」と、ワシュテアさんが言った。
「三日後ですか。ではみんなで市場に行くということで良いですね」と、プリスキラさんが言った。そして、シエルさん、ワシュテアさんが頷く。私も、空気を読んで頷く。
「では決まりね。マルタ」と、プリスキラさんは言って、両手を叩いた。
「はい」という返事が下から聞こえてきた。そういえば、マルタさんがお茶のお代わりを取りに行ったのだった。なかなか戻ってこないと思ったら、下で待機をしていたようだ。階段を上ってきたマルタさんは、全員にお茶を注いで回った。
「乗馬の話をしたら私、なんだか乗りたくなってしまいましたわ」と、シエルさんが言った。
「私もです」と、ワシュテアさんもお茶を手に取りながら言った。
「気の早いお二人ですね。ふふ」と、プリスキラさんが笑った。
「宮殿を一周するくらいでしたら今からでも大丈夫ですわね」と、ワシュテアさんが言った。
「競争しましょうか? 」と、シエルさんもノリノリだ。
「仕方がないわね。ササキ・アリサさんもご見学されます? 」と言った。なんだかんだでプリスキラさんも乗りに行きたいのだろう。
私は無理だ。怖くて馬に触ることも出来ないかも知れない。
「申し訳ございません。ササキ・アリサ様は、今からダンスの練習の予定がございます」と、マルタさんが言った。
「あら。そうなの? でも、後宮に入ったのだからそれもそうね。ササキ・アリサさんは、乗馬は三日後にね」と、プリスキラさんが言った。
マルタさん、助け船を出してくれてありがとう! だけど、ダンスの練習が今からあるなんて、私は聞いていないよ! と思う。
「ではマルタ。私達3人の馬の準備をして。すぐに出かけます」と、マルタさんにプリスキラさんは指示を出した。
「かしこまりました」と言って、マルタさんはその場から去る。
「では、今日の茶話会はここまでですね。三日後にまたお会いしましょう」と、シエルさんが言った。
「今日は、プリスキラさんに負けないですわよ」と、ワシュテアさんが言った。彼女は既に乗馬のことを考えているようだ。
「では、いきましょうか」と、プリスキラさんが言い、それを合図に3人が同時に立った。私も慌てて立った。
3人は軽く会釈をして、おのおのその場から去って行く。私は、ぽつんとその場に残された。そんなに乗馬って楽しいのかなぁと思いながら、3人の背中を見つめる。そして、浴衣のような服でどうやって馬に乗るのだろう、とぼんやりと考えた。
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