4−11
ダリア姫とハチドリの物語を語り終えたロトラントさんに向かって、私は拍手をした。
「ありがとうございます。ロトラントさん、語り上手ですね。話に引き込まれました」と拍手しながら賞賛も送る。本当に上手だった。声の高さ、声の大小、語る速度に緩急を付け、時には上手に間を置く。童話の読み聞かせのお手本になるような語りだ。
「いやいや。ご静聴ありがとうございました」と、軽く頭を下げるロトラントさん。照れてしまっているようだ。
「そうかぁ。あの星座には、そんな物語があるんですね」と言って、私はホシドリ座を見上げる。ホシドリの背中には、ダリア姫が乗っていて、今も仲良く宇宙を旅しているかぁと感慨に耽る。日本の昔話にも、老人に食べ物をあげるために、兎が自分の身を焼いて、それで月の兎になったという話があったぁと思い出した。
「さて、余興も済んだところで、そろそろ寝るとするか」と彼は言った。
「そうですね」と言って、私は薪の火を調整する。寝ている間に燃え広がらないようにし、かつ、朝まで火種が残っているように。
「明日は、出来る限り早めに出発しよう。明日踏ん張れば、川の流れている場所までなんとか辿り着ける筈だ」
「この先に川があるんですか? 」と私は聞く。
「確かにあった。タキトス村の西の小川と同じくらいだが、水の補給ができる」
「分かりました。明日はそこまで頑張りましょう」
「ではお休み」と言って、彼は自力で体勢を変えて寝始めた。
私も薪を挟んだ反対側に寝そべる。余った薪の一つを枕代わりに使う。固いけれど、高さはちょうど良い。体も疲れているから、目を閉じるとすぐに眠れそうだ。
目を瞑ると、薪から時折、パチィ、パチィという音が聞こえた。その音を聞いている内に、私は眠りに落ちた。
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私は、目が覚めた。まだ空は暗い。しかし、夜明けが近づいていることは分かる。そして、今が何時であるかの予想もつく。時間は、5時から5時半の間のどこかだろう。教会の鐘を鳴らすために、この時間に起きるのが習慣となっている。それは、昨日、森の中を長時間歩いていて体が疲れていたとしても変わらないのだろう。
体を起こし、毛布を畳む。毛布の外面は外気に晒されていたせいか、朝露で少し湿っている。
ロトラントさんはまだ寝ているようだ。私は立ち上がり、水を飲む。昨日よりも水が生臭く感じたから、ひと口だけ口に含んで、うがいして吐いた。
薪の火種を起こし、枯れ葉を足していくが、枯れ葉にも露が落ちてしまっているので、火の付きが悪い。煙ばっかりが出てしまう。目に染みる。
薪と煙としばらく格闘したあと、火の勢いも回復してきたから、私が枕に使っていた木も薪の中に入れた。素敵な枕だったけど、持って移動する訳にもいかないので有効活用しておく。
今日の朝食の献立は、水分多め麦雑炊。麦雑炊としても食べれるし、味噌汁の出汁、味噌の入っていない暖かいスープとしてもおいしく戴けるという、二つの機能をハイブリットした朝食だ。
ロトラントさんも、私が朝食を作り終わったタイミングで起きた。狙ったんじゃないかと思うぐらいタイミングが良いのだけれど、そこは気にしたら負けだ。
私達は、朝食を食べ終えると、森を歩き出す。5時間くらい歩いたと思う。お昼も過ぎているんじゃないかと思う。
「ロトラントさん、休憩にしませんか? 」と私は提案。
「あと少しで川に着くはずだ。もう少し頑張れ」と、私の提案は却下された。私よりも大変そうなロトラントさんが頑張るのだから、さすがに私も頑張らなきゃならんと思う。
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さらに1時間くらい歩いて、やっと小川に着いた。途中で栗の木を見つけたので栗も拾った。私は、ウニみたいなトゲトゲした状態の栗を見たのは実は初めてだった。栗って、ドングリみたいに地面に落ちているものとばっかり思っていた。ロトラントさんには、かなり馬鹿にされてしまった。
だって、ドングリを丸く太らせたら、栗みたいになるじゃん。あんなトゲトゲしたような状態で落ちているとは、皮を剥いていない天津甘栗の袋詰めしか食べたことのない私が、わかるはずがないではないか。
川は、ロトラントさんの言った通り存在した。私は、川岸に荷物を降ろして、手と顔を洗う。
「あ、魚が…… 」
私は川の中を群れで泳いでいる魚を見つけた。結構な数、というか、川から溢れんばかり泳いでいる。魚の数に引いちゃうくらい居る。満員電車の中にいる魚達という感じだ。
魚の名前は分からない。錦鯉ではないだろう。鮮やかな模様がないから、錦鯉じゃないだろうっていう適当な予想だけどね。泳いでいるのは、70センチから1メートルの間くらいの、黒に近い灰色の魚だ。私は見分けることができないが、岩魚か山女魚か鱒か鮎か普通の鯉のどれかな感じだろう。淡水魚の思い付く名前は、それくらいだ。それらの種類でなければ、私にとって未知の魚だ。あ、あとメダカが思い付くけど、サイズ的に違うと思う。というか魚って、あんなにでかいの? って感じだ。自然が豊かだと、こんなに大きく育つのだろうか。
「今日の夕飯は、茹で栗と魚だな」と、ロトラントさんが言う。こちらの世界に来てから、一度も魚を食べていない。久しぶりに食べたいと私も強く思う。
魚を夕食の食卓に! ということで当然、私達の意見は一致した。
「では、アリサ、取ってきてくれ」と彼は言い放つ。
「え? 」と私は聞き返す。
「私は、この怪我だ。すまないが無理だ。頼んだぞ! 」と気合いの入った彼の声。
「え? どうやって? 」
「両手で掴め」
「いや、無理だし」と答える。私を熊か何かと勘違いしているようだ。お茶の間に置いてあった、祖父母が北海道旅行の土産に買ってきてという魚を咥えた熊の木彫りが頭に浮かんだ。彼は、私という人間をどのように見ているのだろうかと疑問に思う。
「あんなに沢山いるだろう。すぐ捕まえられる」と彼は言う。確かに沢山いる。隅田川のように、たまに魚がいるといった水準じゃない。川の中、魚だらけだ。魚と魚の間を川の水が流れていると言っても良いかもしれない。
だが、私は頑張って魚の群れの中に右足を入れた。右足を入れてすぐ、魚の背びれか尾ひれか、とりあえず魚が足を擦った。
「痛っ」と言って、右足をすぐに引っ込めた。足首のところに切り傷が出来ている。川の水で濡れていてよく分からないが、少し血も出ている。右足の血管が鼓動しているのが分かる。血管が脈打つ度に、痛みが走る。
負傷した私に、彼は「少しは頭を使え」と、激励の言葉をくれた。そして「鍋を使えばいいだろう」と、彼は言った。
私は、両手で掴めって言ったのはあなたでしょう、という反論をぐっと飲み込み、荷物を解いて、鍋を出し、川の中にある岩に飛び乗った。そして、下流の方を向いて、さっと魚を掬う。
一匹の魚の頭部を鍋に入れて持ち上げることができたが、あっという間に跳ねて、水の中に戻ってしまった。ってか、尾びれで魚に叩かれたらかなり痛そう。打撲程度じゃすまなさそうである。
「何をやっている」と、彼から野次が飛んできた。
試行錯誤の末、なんとか魚を1匹だけ陸に揚げることができた。河原で元気よく跳ね続けていたけれど、そこから先は私は知らない。私は、魚を陸に揚げた後、後のことを彼に任せてその場を離れた。魚も1メートルに届きそうなくらいあるし、ぶっちゃけ怖い。なんか頭が異様にでかいし。そんな魚がピチピチと跳ね回っている河原にいるなんて、悪夢でしかない。
もちろん私は、遊んでいた訳ではない。私は私で森で栗を探した。ウニみたいな栗を、魚臭くなった鍋一杯に集めて戻ったら、彼は、魚を調理し終わったようで、ぶつ切りにされた魚が、岩に並べられていた。ちなみに、包丁は、布にくるまったままで、お椀などと一緒に置いてあった。包丁が使われた形跡はない。何で魚をぶつ切りにしたのかは、気にしたら負けだろう。
「あ、栗、集めてきましたよ。魚、ありがとうございます」と一応お礼を言った。
「いや、気にするな。後は、枝を差して焼けば良いだろう。すまないが、火を起こしてくれないか? 」と言った。彼は疲れたのか、大きめの石に腰掛けている。河原を跳ね回る魚を捕まえたり、斬ったりするのは、怪我をしている彼からしたら、大変な重労働だろう。
「分かりました。この栗どうします? 」と、私は聞いた。栗は、怒ったハリセンボンみたいだ。針の部分を取り除かないと茹でることもできない。
「栗は私がなんとかしてみよう」と、彼は珍しく協力的な発言をしてくれた。
「お願いしますね」と私は言って、昨日集めた栗と、さっき集めてきた栗を彼の所へ持っていき、私は薪をする準備に取りかかった。
薪となる木は、簡単に見つかった。河原に沢山の流木が落ちているからだ。結構な大きさの流木もある。台風か何かで折れた木が流され、運ばれてきたのだろう。石の河原の上にある流木だから太陽の光で乾燥もしているように見える。薪として使うにうってつけだ。漆の木かも知れないし、あまり触りたくないけど、森で探す苦労と比較すれば、流木を使う方が断然効率的だ。
枯れ葉や小枝も森で集めてきて、火を付けた。流木も結構な数、集めることができた。
水も有り、食料も簡単に調達でき、薪も集めやすい。河原というのは、野宿する場所としては、かなり上等な場所だと思う。
ロトラントさんは、剣で栗を切っていた。種子が露出している部分を上にして、栗を岩の上に置き、さっと剣を振る。すると、その剣は見事に種子と種子の間を通り抜けて、栗が真っ二つになる。そうすると、食べれる部分、つまりドングリを大きくしたような種子の部分を、剣山みたいな部分から取り除きやすくなるという寸法だ。そして、種子の部分だけを鍋の中へと投げ入れている。
栗を置き、さっと剣を振る。そして二つに裂かれた栗から、種子の部分を取り除く。そういう一連の作業を流れるようにこなしている。私もやってみたくなった。
「ロトラントさん、私も栗を切るの、やってみて良いですか? 」と聞く。
「怪我をするなよ」と言って剣を渡してくれた。剣を相手に渡す時って、自分が刃の部分を持ち、相手に柄の部分を差し出すみたい。なんかハサミを人に渡す時と似ていると思った。
岩の上に置かれた栗。その栗と栗の間目がけて剣を振る…… 。
「カッ」という鋭い金属音が河原に響く。剣と岩がぶつかった音だ。
「お、おい」と彼は焦っている。「刃先が潰れてしまう。それに折れてしまうかも知れん。返せ」と彼は言葉を続ける。
栗は、私の剣を避けるように転がり、栗の針を数本斬っただけだった。剣の当たり所が悪かったのかもしれない。
「意外と難しいものですね」と言って、私は剣を彼に返す。
彼が栗を切り、私が種子を取り除いて鍋に入れていくというような作業分担となった。
夕飯は、ご馳走だった。魚も、二人で一匹でも余るくらいで、ロトラントさんもお腹いっぱいになったようだった。
私は、魚は一切れ食べるだけで精一杯。引き締まった赤身で塩を振り掛けて食べたら美味しい。ちょっと油っぽい感じがしたけどね。どちらかというと、魚よりも栗の方が好きだった。茹でた栗を、川の水で冷やしておいて、それを剥いて食べる。淡く甘い感じ。テレビを見ながらだったら、いくらでも食べれてしまう栗の味覚が懐かしい。
「美味しかったですね」と、夕食後に私から声を掛ける。もちろん、栗を剥いて、それを口に頬張りながらだ。茹でたのを全部、完食してしまいそう。
「ああ。上手かった」と彼は夕日を眺めながら一言。特段の用事が無い限り、お互いに話しかけることは少ないけれど、美味しい料理を食べた後だから、少しぐらい雑談をしても良い気がする。
私は、彼が落ち武者ってことと、名前くらいしか知らない。特に知りたくもないのも事実だけど、美味しい栗が私の無関心を許してくれそうにない。栗を黙々と剥いて食べるには、川のせせらぎは寂しすぎる。時々聞こえる鳥の鳴き声も寂しい。テレビか音楽がせめて欲しい。お茶の間で、弟が横になって漫画を読みながら発する下品な笑い声でもいい。栗を無心に剥いて、口に頬張るときには、誰かの声を聞いてていたいのだ。炬燵で、蜜柑を食べる時と同じだ。無性に人の声が欲しくなる。無意識にテレビを付けてしまう自分がいる。私だけの感覚かも知れないけれど、誰かの声が、耳に入っていて欲しい。今は、ロトラントさん。彼しか声を聞かせてくれる人はいない。昨日聞いた、童話でも良いから聞いていたい。そう思いながら、私は、また剥き終わった栗を頬張った。
「ザンドロス国って、どんな国なんですか? 」と、剥いた栗の皮を薪に投げ込みながら聞いた。雑談をロトラントさんに振る形だ。
「どんな国かか、答えにくい質問だな」と、考え込むロトラントさん。
「ごめんなさい。人口とか、気候とか、特産物とか、そんな感じです」
「人口は、分からんな。アルウェルス族だけで10万人はいる。それ以外の部族の人数がどれくらいかは知らないからな。気候で言うと、ザンドロス国は、豊かな風が吹く国だ。水も豊かで、農作物がよく実る所だ。特産物ということになると、なんだろうな。貿易品としてだとオリーブ油だな。オリーブは、北ではあまり見かけないだろうが、南の地域で盛んに栽培されている」と彼は言った。
「へぇ、ザンドロス国って、いろんな部族の人がいるんですか? 」と、彼の言った言葉の内容から質問を作り、会話が続くようにする。私の手は、休み無く栗を剥き続けている。
「代表部族といわれる部族が、12ある。当然、アルウェルス族も、その代表部族の一つだ」と彼は胸を張って言う。
「ザンドロス族っていう部族もいるんですか? 」と、聞いてみる。だって、国名になっているし。
「ザンドロス族? そんな部族はいない。ザンドロスに住む地域の部族が共同して作った国家が、ザンドロスだ」と彼は言う。
ザンドロスというのは、どうやら地名らしい。部族が連合して国家を統治しているという感じだろうか。前の世界だと、中東っぽいイメージの国を連想した。
結局、私が栗を全て食べ終わる前に、ロトラントさんは寝てしまった。きっと、お腹いっぱいで眠たかったのだろう。
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森の中の小川を出発して二日目の夕方。地平線に太陽の半分以上が沈み掛けている頃、なんとか私達は国境となっているらしい山脈の頂上の土を踏むことができた。
国境の高い山脈を越えるとザントロス国だった。夜の底は明るかった。とでも川端康成の『雪国』の冒頭部分のようなことを言えると思っていた。山の頂から見えるザンドロス国は、草原だけだった。山の麓辺りはイコニオン側と同じように森だ。また、森を通らなければならないらしい。
山頂から見下ろせば、ザントロス国の街の灯りが見えるのだろうと期待していたけどそんなことはない。地平線付近に、街らしきもの見える気がするけど、そこまで行くのに、徒歩で数日はかかるように感じる。
「あの、ロトラントさん? 」
「どうした? 」
「街が見えないんですけど」と私は聞く。
「当たり前だ。国境付近に街なんか作るか」と彼は言う。
確かに、国境を越えたらザントロス国だということは聞いていたが、すぐに街があるとかは聞いていない。先入観という奴だろうか。山を越えりゃーなんとかなるって、思ってたよ。現実、甘く無し。
「安心しろ。この山を下りれば、軍の拠点がある。そこまで行けば、馬なり馬車なりが使える」と彼は言う。私は馬には乗ったことがない。馬車ならさすがに乗れると思うけど。
暗い中、山を下るのは危険とロトラントさんが言ったので、少し山を降りた地点で夜を明かすことになった。しかし、状況は最悪である。なんせ風が強い。頂上付近ほどではないにしろ、山とぶつかった風が山肌に沿って、イコニオンの方向へと吹き抜けていっているらしい。ザンドロスからイコニオンに向けて、休み無く風が流れている。傘を差していれば、確実に傘が裏返ってしまうくらいの風が吹き続けている状態の所で、ゆっくり休める筈もない。寒いし、毛布を使おうにも、下手をすると毛布が吹き飛んでいってしまいそうだ。
「ロトラントさん、この状況、不味いですよね? 」と言う。このまま気温が下がっていき、風がこのまま吹き続けたら、流石に体温低下どころの騒ぎではなくなりそう。
「山を越える時は、こんなもんだ」と、ロトラントさんは両肩を少し揚げながら言う。彼の両肩の揚げ方が、俺にもどうしようもない、的なことを意味していると私は悟る。
太陽は、じりじりと地平線に飲み込まれていく。もうすぐ完全に日が沈んでしまう。ロトラントさんの状況を見ていても、松葉杖を付きながら下り坂を下りるというのは、かなりきつく、危険なようだ。地面が下っている分だけ重力による勢いがつき、右足に負担がかかるみたい。私が直下降気味に降りていくような下り坂も、ロトラントさんはなるべく高低差が少ないように山の斜面を蛇行するように降りている。風が強くない場所まで降りるには時間がかかりすぎてしまう。太陽の方が早く沈むだろう。
「ロトラントさん、どうしたら良いですか? 」と私は、聞いた。
「腹をくくって、ここで夜を明かすしかない」と、彼は言う。
ここで問題。
雪山で遭難した男女が、なんとか山小屋に避難できたとする。ちなみに二人の登山服は、吹雪により濡れている状態で、着たままで寝るのは体温低下の原因になると思われる。
さて、体温の冷えた二人は、生き残るためにどういう行動をすべきだろうか?
と、自問自答してみる。
結局、その夜は、彼と一つの毛布で、互いに密着するという方法で寒さをしのいだ。あんまり気乗りしなかったけど。でも仕方が無いじゃない。
結局、私は寒さで寝れなかったけどね。まぁ、二人とも朝まで生き残り、日の出を見れたのだから、密着していた件は、犬に咬まれたと思って忘れようと思う。とりあえず、山の頂上付近から見た朝日は綺麗だった。
国境の山脈を越え、無事に下山することができた。
ロトラントさんの言ったように、軍事拠点があり、ロトラントさんはその中に入っていった。私は、中には入らず、入口の門の外から中を覗く。部外者の立ち入り禁止だ、なんてロトラントさんが気取って言うから、出歯亀したくなった私です。
この軍事拠点を見ると、学校の校庭を思い出す。訓練場らしき学校のグラウンドみたいな所には、あれって完全に鉄棒だよね、逆上がりの練習でもするのかな、と思ってしまうような代物まで置いてある。
また、馬小屋も本当にあるみたいだ。漂ってくる匂いでわかる。
中の様子を見ていると、もしかしたらロトラントさんは兵士の中でも身分が高い人なのかも知れないと思う。私が彼に持っていた、旗を持つ下っ端という認識を改めた方がよいかも知れない。だって、彼が拠点に入ると、彼を見た兵士が慌てだし、他の兵士の人たちが訓練や作業を止めて整列し始めるんだもん。なんか、突然、偉い人がお忍びでやってきて、慌てて準備をしているみたいな感じの印象。
門の外で待つこと、一時間近く。やっと、ロトラントさんが中の建物から出てきた。私は一応、ロトラントさんの関係者と中の兵士達から認知されているようで、兵士達から職務質問をされたりすることはなかった。ただ、結構、「あの人、誰?」的な目でチラ見されることは多々あった。
「またせたな。今、荷馬車を用意させている。今から我が家に向かうぞ」と彼は言った。
そして、しばらくすると、荷馬車がやってきた。しかも御者付である。
私は、馬が動力の大型ワゴン車のようなものを想像していたけれどどうやら違うらしい。板に、車輪を付けました、とでも形容すればよいのか、とりあえず、天井もない、荷物とかが落ちないようにする衝立もない。そのまんまの板に乗るという感じ。畳3枚に車輪を付けて、馬に牽かせているという貧相な感じ。馬も、白馬じゃない。
馬車も思ったよりスピードはなく、立ち上がったりしなければ、落ちる心配はない。ただ、車輪が悪いのか、道が悪いのか、上下の揺れはひどい。道じゃなくて、草原を走っているのだから、まぁ仕方ない。それに、歩くよりは断然楽だから文句はない。
「ロトラントさんの家って、どれくらいで到着するんですか?」と私は聞いた。
「このまま、夜も走り続けて、明日の朝には着くだろう」というのが、ロトラントさんの答え。
「夜も走って大丈夫なんですか? 」と聞く。徹夜で走るのは、御者だってきついし、馬も大変だろう。
「それは問題ない。この馬車はもともと、負傷者の運送用だ。ゆったりと都の医者の所に行くようでは間に合わないからな。都までなら、休み無く移動出来るように、御者も馬も訓練されている」と彼が説明する。
いやいや、それならお医者さんをさっきの拠点に常駐させていたらいいじゃん、そしてらすぐに治療できるし、と思った。
「ところで、私の生活の保証をしてくれるって話、忘れてませんよね? 」と聞く。タキトスの村人達を捕虜にして人間の盾にした非人道的な人達ということは分かっているし、そのことを考えると、怒りが込み上げてくるし、悲しくもなる。だけど、私は生きなきゃならない、ってか死にたくない。野垂れ死にたくない。だから、洞窟にも留まらなかったし、イコニオンの王都にも行かなかった。
タキトスの人達を裏切る行為だし、利己的、っていうか100%、自分のことしか考えていない行為だ。
「アリサこそ、俺が風に誓ったことを忘れていないか? 」と、逆に問いかけてくる。
「いや、憶えていますよ」と、答える。
「それなら、そんなことを聞くな。本当であれば、都に直行したいところを、お前のために、一度家に戻るのだ」と彼は答えた。そして、横になり、私に背中を向けて寝始めた。ちょっと機嫌を悪くさせてしまったみたいだ。
まぁ、私の言い分としては、その誓いが信用できないから聞いていたんだけどね…… 。とりあえず、彼が約束を守るつもりがある、ということが分かったからよしとしよう。
そして、私も、昨晩は眠れなかったから、寝るとしよう。そういう訳で、私も横になる。馬車の揺れは、揺り籠のように感じれる…… というような優しい揺れではない。まぁ、なんとか寝れそうだ…… 。
読んでくださりありがとうございます。




