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異世界人よ、大志を抱け!!!  作者: 植尾 藍
第4章 さまよえる異世界人
38/75

4−9

 ロトラントさんと私は、小川を経由してタキトス村の南の森に入った。この森を抜け、山を越えればザントロス国らしい。


 タキトスの南の森は、ザントロス軍が攻め込む際に、軍隊が進めるくらいに森は踏み平され、歩くのに邪魔な小枝などは切り落とされているけれど、道は凸凹だし、倒れた木を跨ぐようにして越えなければいけない所もある。松葉杖で歩くには辛い行程だ。彼の歩くスピードに合わせると、ゆっくり過ぎて逆に私は疲れてしまう。しかしそんなことは彼には言えない。


 それにしても彼、なぜ軍旗も持って来ているのだろう。鎧を着ているのは、何となく理解できる。結構、鎧って高級品っぽいし、置いていくのはもったいないのだろう。それに鎧は着用というか装備していれば、重いけれど邪魔にはならない。しかし、旗は完全に邪魔だと思う。腰に旗を差す穴があるから手に持っている必要はないらしいけれど、竿が頭上まで伸びている為に、彼の重心移動が大変そうである。松葉杖を使っての重心移動の際に、旗の先端の旗布の重さに彼が振り回されているような印象を受ける。捨てればいいじゃんと思う。タキトスを侵略した軍隊の軍旗が私の視界に入るのにも、良い気持ちはしないし。


「あの、ロトラントさん? 」と私は彼の隣に来て、声を掛ける。


「ああ、どうした? 」と彼は言った。かなり息があがっている。


「そろそろ休憩にしましょうか? 」と私は切り出す。私もけっこう疲れてしまっているしね。


「そうだな。では良さそうな場所を見つけて休憩しよう」と彼は言った。


 人の心は不思議である。休憩をする場所を探しながら歩くと、長い時間歩いているような気がする。無心に歩いている15分と休憩場所を探しながら歩く15分だと、体感時間が全然違う。

「ここ、良いですね」と私は言って、木の株がある場所を指さした。この株は、かなり昔に木が自然に倒れてできたようで、朽ちずに残った根元ねもとなのだろう。

株は一つしか無いが、休憩が出来るなら、私は地べたでもいい。そして、彼に肩を貸して彼が座るのを手伝った。

 そして私が持っていた荷物から革袋を取り出して彼に渡す。私の体も荷物の重みから解放されて、休憩している気分となる。

「ああ、生き返る」と言いながら彼は水を飲んだ。私の分もちゃんと残しといてよ、と彼の姿を見ながら思う。飲みっぷりが半端ねぇ。


「アリサも飲むか? 」と、彼は私に聞いてくれた。


「ありがとうございます」と、私は水を受け取った。私が(、、)苦労して運んで来た水なのに、何故彼にお礼を言っているのか分からないけれど、まぁ、流れでそうなった。


 水は、あまり美味しくない。湧き水は、岩から染み出てきたタイミングで飲むのが美味しいのだろう。一ヶ月くらい洞窟の湧き水を飲んできた私だから、違いが分かる。この革袋の水は、冷めたピザに等しい。

 衛生面から言えば、洞窟で一度沸騰させてから持って来た方がよかったかなぁとも思ったけれど、まぁ今更どうしようもない。


「あの、旗も私が持ちましょうか」とお互いに一息着いたところで彼に申し出てみる。


「いや、自分で持つ」と言うのが彼の返事。


「松葉杖を使いながら旗を持つのって、きついですよ。私持ちますよ? 」と押しみ。


「いや。自分で持つ。我々は、軍旗を掲げてイコニオンに来た。去る時も同じように旗を掲げて帰る」と彼は言う。


 帰国する時も旗を掲げるって、戦いに勝利した時の様な気が私はした。凱旋門を威風堂々と通っていくパレードの際に、旗を掲げるっていうイメージがあるけど、落ち武者が戦いに負けて持って帰ってくるというのは、私のイメージには合わない。まぁ、そんな前の世界の感覚との相違をいちいち気にしていたら負けだ。

「そう言うものなんですね。あ、まだ水飲みます? 」と私は聞いた。

「いや、もう大丈夫だ。水は大切にしておけ。いざとなったら命を繋ぐのは水だ」と彼は言ってきた。

 彼の性格は大体掴めて来た気がする。私より彼の方が水を飲んでいるが、それも気にしたら負けだろう。だけど気にしてしまう。私が運んだ(、、、、、)大切な水をごくごく飲んで、その言いぐさはないだろう。

 そういえば、コルネリウスの作ったお酒も、一夜にして飲み干していたし。そのくせ、次の日の夜には「もう酒はないのか? 」とか言ってきたし。ロトラントさんは、自己中なのではないだろうかと思えてくる。彼に腹が立ってきた。お腹は減ったし、腹も立ってきた。


「ロトラントさんいた軍隊って、結局どうなったんですか? 」と私は聞く。敗走とか壊滅したのだろうというのは分かっているけど、意地悪だけど、わざと聞く。


「俺にも分からない。自軍の負けが濃厚になった段階で、ザクトス将軍より軍旗の退避命令があったので、私は軍を離れた。仲間達は勇敢に戦い続けたと思うがな」と彼は言った。

 ザクトス将軍って誰よ、と思ったけれど枝葉末節は置いておいておく。つまり、彼は、軍隊が負けそうになったので一番先に逃げたっていうことなのだろうか。


「他に生き残った人達はいるんでしょうか? 」とも聞いて見る。


「分からない。私がザントロスに単独で帰国しようとした際には、すでにイコニオン軍が、南の森の前にも展開していた。先に退避した私ですら、ザントロス国に逃れるのは困難と考えられる状況だった」


「あ、それでロトラントさんは、西の山に居たんですか? 」と、聞いた。


「その通りだ。一旦、身を隠して、イコニオン軍をやり過ごそうと思ってな」


「そして、イコニオン軍がいなくなったから、小川まで水を飲みに下りてきた。そして、その場所に私が来た」


「大まかに言えばその通りだ」


「なるほど、大体状況が掴めた気がします。あの、ふと思ったのですけど、」と、私はふと思ったことではない(、、、、)ことを彼に言う。「もう軍隊がどうなっているかも分からないのなら、その旗、持っていく必要があるんですか? 」と言って、木に立てかけれている旗に、私は視線を移した。

 森を通る風が、旗を少し揺らしている。私の髪も風は揺らす。


「この軍旗が有る限り、軍は不滅だ。旗を捨てることはできない。それに、仲間達が、イコニオンの包囲網を突破して、ザントロス国に帰国している可能性もある。仲間達が生き残っていることを信じているから、この旗を持っていくのだ」と彼は言った。


「でも、その旗、持っていくの大変ですよね? 」と私は切り返す。


「なら、言い方を変えよう。旗をザントロスに持ち帰るために、仲間達が生き残っていると信じるのだ」


「う〜ん」と私は唸る。


 仲間達が生きていると信じているから、旗を持って帰るのか、旗を持って帰るために、仲間達が生きていると信じるのか。なんか哲学みたいになっている。我思う故に、我存在する、なのか、我が存在する故に、我思うのか。生きる為に仕事をするのか、仕事をするために生きるのか。彼の言っていることは難しくてよく分からないが、彼の「旗を持っていく」という行動は決定事項なようだ。これ以上、ぐたぐだ私が言っても無駄な気がするし、休憩のつもりが、なんか頭が疲れてしまった。


「アリサ、俺も一つ聞いていいか? 」と彼は言う。


「はい? どうぞ? 」と、木漏れ日から彼の顔へと視線を移す。


「君は、本当にタキトス村の人間か? 」と彼は聞いてきた。背中に流れた汗が、森の風で冷えたことを、はっきりと私は感じられた。


「え? どうしてですか? 」と、棒読みで聞いて見る。


「いや。気になってな。タキトス村を占領した後、村の戸籍簿と捕虜の付け合わせをして、それが一致したとの報告を受けていたのを思い出してな。我々は、村人で逃げた者はいないと判断していたんだ。だが、どうやらアリサ、君は捕虜となっていなかったようだったからな」


 どうやら、私が異世界から来たということがばれた、ということではないらしい。すこしドキリとしてしまった。


「おそらくですけど、私がタキトス村に来たばかりでしたから、戸籍の更新がされてなかったんじゃないですか」と、適当に言ってみる。


「そういうことだろうな」と彼は納得したようだ。チョロいな、と私はとりあえず思って一安心する。


「さて、充分休憩したな。そろそろ行くか。アリサ、すまない。手を貸してくれないか? 」と言った。私は彼に手を貸して彼を起こし、木に立てかけていた旗を彼の鎧の穴に差し込んだ。


 さて、出発しよう。私達は休憩を終えて、再び森の中を進む。



 森は、私達がいなければ静寂である。私とロトラントさんの音、正確に言えば、私達が踏んだことによって積もった葉が掠れる音や小枝が折れる音、そして私達の息づかい、それらは森に響く。一方で、森の中を吹き抜ける風によって葉がすれる音がするが、それらは森に響くことはない。それらの音は、水に広がった波紋が消えていくように、土に染みこんでいく。


 森が、私達を異物と認識しているように思える。森が音を聞き分け、響かせるか、響かせないかを決めている。そして、私達の発生させる音を異物と認識して、森に響かせているのだろう。そして、森の仲間に警戒を促しているように思える。


 森が見せてくれる光景も、輪っかになった金太郎飴の中をぐるぐると回っているように、同じような光景が続いているように思える。いつ終わるかも知れない森で、変化があるのは、太陽の光だけだ。太陽の日の傾きだけが、私に変化を知らせてくれる。




「アリサ、そろそろ日が暮れる。今日はここまでにしよう」と彼が、森の中で少し開けた場所で言ってきた。この森では珍しく広く空が見える場所。この森から見れば、針でさしたような小さな空間だけれど、野宿するにはちょうど良い。火を焚く場所としては、絶好の場所であるように思える。


 まだ日が沈むには時間があるけれど、森でたきぎを集めてきて、火を起こし、夕飯の準備をしていれば、日は沈んでしまうかもしれない。日が沈んでからだと作業が大変だ。


「じゃあ私、まきを集めてきます」と言うことで、早速薪まきを集め始める。


 森だけに枯れ葉は沢山落ちている。季節柄かも知れないけれど、枯れ葉を集めるのは簡単だ。手でかき集めれば、山盛りの枯れ葉が集まる。ここで注意なのが、枯れ葉を集める際に、積もった枯れ葉の表層部分だけを撫でるように集めるのがコツだ。積もっている下の部分の枯れ葉は、雨水で濡れたままになっていて湿っている。欲張らず、表層部分の乾いた枯れ葉だけを集めると火が燃え上がりやすい。


 枝に関しても、ポッキーくらいの太さの小枝なら簡単に集まる。だけど大物がなかなか集まらない。枯れ葉や小枝は、簡単に火が付くけど、直ぐに燃え尽きる。葉っぱと小枝だけだと、鍋の水が温くもならないうちに燃え尽きてしまうだろう。

 葉っぱや小枝は、太い薪へ火を付ける踏み台のように使うのが一番効率が良い。太い薪に火が付けば、火力を維持できるし、料理に集中することができる。ちなみに、葉っぱや小枝だけで料理をしようとすると、葉の燃えかすが火の粉のように空中に舞って、鍋の中に入ってしまって厄介だ。


 今までのタキトス村や洞窟での竃での経験を、森の野宿でも活かすことが出来るというか、異世界に来てから、料理をする時はBBQのように火を付けるところから始めなければならなかったから、自然とたきぎの腕前は上がっている。まぁ、コンロをひねれば火が付く生活の方が断然、快適だけどね。



 それにしても、大きな薪が必要だが、そんな物は都合良く落ちていない。やっと見つけたのが私の身長の3倍くらいの長さの枝だ。強風か何かで折れて地上に落下したようだ。枝の一番太い部分は、私の両手の親指と人差し指で輪を作った時くらいの太さで申し分はない。しかし、長いので使いづらい。枝の一方を踏み、一方を持ち上げて枝を折ろうとしたけれど、折れない。腰だけが痛くなった。


「ロトラントさん、この枝、なんとか短く出来ませんか? 」と、枝を引きずるようにしてロトラントさんの所まで運んだ。


「この太さだと、斧がないと無理だな」と、枝を一瞥して折ることを断念するロトラントさん。貴方の腰に下げている剣は、飾りですか? という視線を送る。


「剣の方が折れてしまうさ」と彼は言った。私が冷ややかに腰の剣を見つめていたのに気付いたようだ。


 前の世界の剣士と、ロトラントさんはかなりギャップがある。前の世界だと、剣士が竹藪でさっと剣を抜く。剣が残像を残して振り抜かれる。そして、すぅっと剣を鞘にしまうタイミングに合わせて、切断された竹が崩れ落ちていく。一本だけではなく4、5本くらい同時にね。私の剣士のイメージはそんな感じなのになぁ。


 剣が折れてしまうとか、言い分けがましい。前の世界で、居合い斬りだと、剣のスピードで空中に真空状態を作り、意図的にかまいたちを発生させて、離れた場所にいる人を斬るという技があると聞いたことがある気がする。たしか、免許皆伝級の達人とかが出来るらしいということだった。とりあえず、前の世界の時代劇とかを、彼に見せてあげたい。そして、前の世界の武士もののふの爪の垢を煎じてロトラントさんに飲ませるくらいしたい。そう思う。


「じゃあ仕方ないので、先から順次燃やして行きましょう」と私はため息をつきながら言った。


 ロトラントさんは、足が骨折していて動けないから、枝を探せとか、無茶なことを私は言わない。でもせめて、荷物の紐を解いて、鍋と食器を準備しておくぐらいのことを、私がたきぎを探している間に、気を利かせてやってくれてもいいじゃない、足下に荷物が置いてあるんだからさぁ、と私は思う。まぁ、そんな不満を彼に言ったりはしないけどね。

 こうして、なんとか私だけ(、、、)で夕飯の準備を終え、2人で(、、、)初日の夕飯に有り付いた。


 ロトラントさんは、かなりお腹が減っていたようで(もちろん私もお腹は減っている)、麦雑炊を口に駆け込むように食べた。何度となく彼の食事の方法を見てきたが、私の常識からしたら下品極まりない感じだ。いつも一緒に食事をしていたバルナバ神父やコルネリウスは、私の常識から見ても、普通の食事の仕方をしていた。ザントロス国という国のご飯の食べ方が、こういう食べ方なのだろうか。もしかしたら、彼はヘタレのようだけど、一応、軍人ではあるようだ。戦争では、明確なランチタイムとか、ティータイムとか無いのだろうし、相手もいちいち、敵の食事が終わるのを待っていたりはしないだろう。食べれる時に、急いで食べる、というのが基本なのかも知れない。まぁ、私は彼の母親でもないから、というか彼は私より4、5歳年上だし、食事のマナーに口出しをする気はない。


 彼は、お椀に入った麦雑炊を刹那で食べ終わったようで、恒例の楽器遊びをし始めた。洞窟とは違うのは、左手にお椀を持ち、右手にスプーンを持っているということ。ちなみに説明すると、洞窟ではお椀を洞窟の地面に置いていた。彼は、右手に持ったスプーンで、お椀を叩く。


「コーン、コーン」という音色が森の中に響く。


 そして彼と目が合った。私のコメントを彼は待っているのかと思う。この音は、ファだろうか、ソだろうか。絶対音感なんて持っていないからはっきりと断言できない。それに音色と言っても、聞いていると心が癒やされるというような類いの音色でもない。


「あの、熊よけですか? 」と、皮肉とユーモアを込めて言ってみる。森の中で、ご飯の匂いに惹かれて、獣がやって来ているのを音で追っ払っていると、無理矢理解釈してみた。山を歩く際には、熊よけ鈴とか、前の世界でも実際使うらしいしね。


「熊よけか。アリサ、お前、面白い事を言う奴だな」と、彼は大笑いしだした。慣用句通りに、腹を抱えて笑う人を私は初めて見た。手を叩いて笑うタイプの私から見たら、彼の笑い方は新鮮だ。笑われているのが自分でなければ、彼の笑い方を見て、私自身も楽しい気分になれそう。


「アリサ、安心しろ。今の時期、森には食料が沢山ある。わざわざ人を襲いに来る獣なんていないさ。人を襲うよりも、キノコや栗を食べた方が効率的だしな」と彼は言った。


「そもそも、この森に熊とか狼とかいるんですか? 」と聞く私。そんな危険な動物の存在を想定していない私。


「ああ。熊は確実に居るな。熊のふんを見かけただろう? 」と彼は聞いてきた。


「気付きませんでしたが…… 」と答える私。そんな物を、森で見た記憶なんてなかった。そもそも、熊の糞だと識別できる知識もない。


「まぁ、大丈夫だ。襲われる時は、悪い風が吹いた時ぐらいさ」と彼は笑う。


「もし、襲われた場合、どうします? 」


「その場合は、まず、首を守れ。首の動脈を切り裂かれたら、まず助からん」というのが彼のアドバイスだ。的確だと思うけど、役立つかと言われたら、微妙だ。


「あの、質問を変えます。襲われないようにするには、どうしたらいいんですか? 」


「そんな事は、熊に直接聞いてくれ」と、彼は笑いながら言う。彼にからかわれている気がしなくもない。


「死んだふりですか? 」


 私がそう言うと、彼はまた大笑いした。


「死んだふりをしてどうする? 私が熊なら、新鮮な肉が落ちていると思って、ありがたく食べるぞ。腐っているようなら食べないが、腐乱するほどの死んだふりができるか? 」と聞いてくる彼。腐っている死体のふりができる時点で、実際に死んでいる気がする。


「悲鳴をあげる? 」実際に私が熊に出くわしたら、真っ先にすることは悲鳴をあげることだろう。


「それも良くないと思うぞ。私が熊なら、仲間が来る前に、目の前の敵を倒さねばと思うぞ。囲まれたりすると分が悪くなるからな」


「いやいや。仲間を呼ぶためとかじゃなくて、びっくりして悲鳴をあげると思うんですが」と、熊の気持ちを解説している彼に突っ込みを入れる。


「熊からすれば同じさ。そもそも、悲鳴をあげるということは、自分が危険であること、その場所に危険があることを周囲に知らせるという本能的な行動だ。その悲鳴を聞きつけた仲間が、駆けつけてくる可能性があると思うだろうよ」と彼は言う。

 確かに、映画とかで夜道を歩いていた女性が何者かに襲われた際に発するのは、第一声は悲鳴。その次の第二声は、「誰か助けて」な気がする。「きゃー。」が最初で、次が「誰か助けて」だ。確かに、周囲に助けを求めている気がする。彼の言っていることも、一理あるような気がしてきた。


「じゃあ、熊に出会ったらどうすればいいんですか? 」と、私は彼に再び問う。


「確かなことは、俺もわからん。実際にあったことないしな」と彼は自分も知らないことを暴露。彼も知らなかったらしい。


「結局、ロトラントさんも知らないんじゃないですか。もういいです。食器片付けますね」と、彼からお椀を受け取った。


「頼む」と、彼は言ってしばらくした後、「水を無駄に使わないでくれよ」と付け足した。私だって分かっている。貴重な水を食器洗いになんか使ったりはしない。一言多い人だと思う。

 私は、枯れ葉でから拭きするようにして、鍋や食器を一応の清潔に保つように努めた。 


 私が鍋や食器を片付け、花を摘んだ後に、たきぎの場所に戻ると、ロトラントさんは空を見上げていた。


「イコニオンからも、ザルドの三角形が見えるのか」と呟いた。


 私も空を見上げた。満天の星が見える。だが、私の知っている星座はやはり見えない。私は、明るく輝いている星を見つけて、頭の中でどの星を線で結ぶと三角形になるかを考える。おそらく、あの三つの星だろう、三点を結べばほぼ正三角形の形になる。


「ザルドの三角形って、あれですか? 」と言って、私は一差し指を動かし、星空をなぞる。


「そうだ。左から、セオス、キュリオス、ぺネマトスという名だ」と彼は指を星の名前に合わせて動かしてくれた。


「明るい星ですね」


「イコニオンでは、あの星の名前はなんて言うのだ? 」


 私は焦る。流石に星の名前までは分からない。


「アルタイルとベガと…… あと一つは忘れました」と、咄嗟に夏の大三角形を描く星座を苦し紛れに言う。もう一つが何という星の名前か忘れたのは本当。たぶん、イコニオンでもタキトスでも、ベガとかアルタイルとかそんな名称で呼ばれていないけど、まぁ良いだろう。ばれない、ばれない。


「鷲と、羽を休めているハゲワシか。あと一つは何という名前だろうな」と彼は考え込む。これ以上、墓穴を掘りたくないし、深く突っ込まないでほしい。


「他に星座は有りますか? 」と、話題をそらす目的でロトラントさんに聞く。


「ハチドリ座が見えるな」と彼は言った。


「どれですか? 」と、私はあごをあげて星空を見上げる。


「縦に三つ、星が連なっているのが分かるか? 」


「はい。アレですよね」と、指さす。


「その三つの星の一番上の星の右横にある星も分かるか? 」


「あ、見えます」


「それと、三つの連なる星の2番目から、左右に同じように、星が二つづつ並んでいるのが分かるか? 」

「ええっと、あ、分かりました」


「今見つけた星8つで、ハチドリ座だ。ちょうど、ハチドリが羽を広げて空中で制止しているように見える星座だ」と彼は説明する。


「あ、もしかして、三連の星の一番上の星の横にあるのは、くちばしってことですか? 」と私は聞いた。


「その通りだ」と彼は答えた。


「確かに、羽を広げて飛んでいるハチドリに見えなくもないですね」


「そうだろう。まぁ、言われないと分からないというのが、星座という物だ」と彼は言った。


「そうですね」と私も同意した。どこの世界でも、星座は分かりにくいのだろう。私は、誕生日で言えば射手座だが、あの星の配置でどうやったら半人馬のケンタウロスが弓を構えている姿に見えるのか、未だに分からない。星座ではないけれど北斗七星とかだと、柄杓ひしゃくの形に見えたので、納得のいくようなものもあるけれどね。


「ハチドリ座の由来を知っているか? 」と聞いてきた。


「知らないです」と私は答える。


「そうか、じゃあここは一つ、私が語ろう」と言って、ロトラントさんは物語を語り始めた。

読んでくださりありがとうございます。

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