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異世界人よ、大志を抱け!!!  作者: 植尾 藍
第4章 さまよえる異世界人
33/75

4−4

 その人は、水を飲んで落ち着いたようだった。

「助かった。助けてくれてありがとう」と彼がお礼を言って、「たびたび手数を掛けてすまないが、足に添えれる物を探して来てはくれないか? 足が折れていて、このままでは、どうにもならなくてな」と続けて言った。彼は、骨折の応急処置をするつもりなのだろう。


「木の枝でいいですか? 少し待っていてくださいね」と私は了承した。副木に使える物を探して来てあげるくらいの親切はしてもいいと思う。

 

 小川の周辺を見回してみたけれど、男性の足に使えるような物はなかった。細い木の枝しかない。枝の両端を手で持って力を入れるだけで、枝が曲がる。足を固定するには弱い強度だろう。


 河辺に木が落ちていないかを探す。使えそうな物がないかを探し回るうちに、子供の時に流木に触ってはいけませんと、母親に言われたことを思い出した。川に流れて来ている流木には、よくうるしの木が混じっていて、うかつに触ると、かぶれてしまう。子供の頃は、そんなことを気にせず、河辺に落ちているゴミや流木を、宝探し感覚で拾ったりしていたけどね。


 川を流れている水は、澄んでいる。それに私は、驚きを感じた。

 前にこの川に来たのは、七竈の実を取りにきた時だったと思う。その時も、川の水は澄んでいた。川の水は、変わらず澄んだまま流れている。無人となり、様変わりした村の現状とは対照的だ。国破れて山河あり、って今の私のような心境で読まれた詩なのだろうか。


 

 川辺をしばらく探したが、使えそうな物は見つからない。私は山にまで行かないと、副木に使える木はないだろうという結論に達した。万が一、適当な枝が山でも見つかれなくても、洞窟にストックされている薪を流用すればいいと思い付いた。

「この辺りにはないようなので、山まで行って探してきます」と、彼に一応の断りを入れておいた。

 

 山の中にも、ちょうど良い木の枝は、無かった。小枝や、冬に備えて落葉した葉っぱがあるだけだ。薪に最初に火を付ける際に、小枝や落ち葉は便利だし、集めておきたいなとも思ったけれど、今はそれよりも優先しなきゃいけないことがあるから、今後の課題にしておく。



 私は洞窟に置いてある、薪を三本ほど抱えて、彼の所に戻った。長さ50センチ、直径15センチくらいの薪を三本持つと、かなりの重量に感じる。三本で5キロくらいだろう。

「助かった」と彼は言い、薪を受け取ると、懐からナイフを取り出した。それに私は驚く。武器は、私が隠した槍と剣だけだと思っていたのに、ナイフをさらに持っていたなんて、想像だにしていなかったからだ。私は、自分が安全だと思う距離まで離れて、彼の一挙手一投足を観察する。彼は私のことは気にせず、薪をナイフで削りはじめた。樹皮の部分を削っている。使いやすく加工しようとしているのだろう。


 彼は、ナイフを懐に持っていたし、この分だと手裏剣とか撒菱まきびしとかも所持しているような気さえする。まぁ、手裏剣とか撒菱は、忍者が持っているようなイメージで、この人の兜や鎧は、中世ヨーロッパの騎士に近いような気がする。まぁ、私の持っている騎士のイメージは、ピカピカの全身鎧を着ているというもので、今の彼は、体中どろだらけでかなりギャップがあるけれどね。中世ヨーロッパの騎士に、いくさに負けて落ち武者となって野山をさまよっている明智光秀のイメージを加えたら、今の彼の現状になるような気がする。


 彼は黙々と薪の樹皮を削っている。一本の薪の樹皮を綺麗に剥がしたようだ。彼は、薪がまだ太いと感じているようで、肌色の形成層部分をも削ろうとしているが、ナイフでは上手く削れないようだ。ナイフが上滑りをしている。あ、彼は、形成層部分を削ることを諦めたようだ。

 木を削るのであれば、鰹節削り器に似た大工道具、なんだっけ、お母さんが台所で鰹節を削っていたように、大工さんが使っている…… あぁ、日本語が出てこないし調べる手立てがないこのもどかしさ、あ、かんなだ。思い出した。木を削るのであれば、かんなが必要なのだろう。ヘト君のお父さんのレシュさんは大工さんだったから、ヘト君の家であった所に行けばかんなはあるかも知れないけれど、それを教えてあげる必要はないだろうし、私が探しに行くこともしなくてよいだろうと思う。

 彼は、削り終わった薪を、ふくはぎの部分に当てている。


「すまない。足を固定するのを手伝ってくれないか? 」と、彼は私の方にその両目を向けて来た。


 私は、躊躇した。だってナイフを持っている人に、近づきたくない。怖いし、危ないじゃん。


「安心して欲しい。危害を加えたりしない」と彼は言った。私の心境を察したのだろう。しかし、当たり前だけど、それを鵜呑みにするほど私も世間知らずじゃぁない。私は、けが人に水を飲ませてあげたりと救護活動もした。常識的ではないが、良識ある行動は充分にした。自分で自分を褒めたいと思う。これ以上の親切は、過剰ではないだろうかと、自分で思い始める。


 私が棒立ちをしており、警戒している事を感じ取ってか、「あなたに危害を加えないと約束する。風に誓う」と彼は言った。


 私は思う。風に誓う? すごっく信用ができない。風って、吹く風のことだよね、きっと。風というものは、東から吹いたり、西から吹いたり、気まぐれである。気まぐれで危害を加えられそうだ。また、『風のような人』と言われたら、約束とかに無縁な自由な旅人をイメージしちゃうしね。「危害を加えない」という言葉を鵜呑みにして、危害を加えられたら、命が危ない。それに、怪我して動けない人に近寄って、危害を加えられてしまったら、それは飛んで火に自分から飛び込んでいく、夏の虫同様に愚かではないだろうか。

 彼をこのまま放置して、逃げ去りたい気持ちになってきた。 

 

 彼は、ナイフを持っている右手を動かした。私は身構える。彼は、ナイフを小川に投げた。


 ぽっちゃん


 水面が跳ねた。


「これで信用してくれないだろうか?」と、彼は小声で言った。

 彼が、ナイフを手放したのであれば、安全の度合いは高まったのかなぁ、と言えるだろう。


「他に武器となるような物は持っていないんですか?」と私は尋ねた。


 彼は、彼の周りを見渡した。両手では、身体をまさぐって、武器となるような物を探しているような仕草をした。


「他に、剣があったが、どうも見当たらないようだ」


 剣は、私が隠した。無いのは当たり前である。しかし、彼が意識を失っている最中に、私が隠した槍のことを彼は、言っていない。彼が、他に武器を所持しているという可能性が高い。


 私は、彼が少なくとも、剣と槍とナイフを持っていたことを知っている。彼は、ナイフと剣の所在を明らかにしたけれど、槍のことは隠している。つまり、私に本当のことを言っていない可能性が高い。すなわち、彼に近づくのは危険。私は、身構えながらそう考えた。このまま、立ち去った方が良いだろう。


「あなたは、嘘つきです。槍も持っていたのに、それを隠すんですね。私は、これから王都に帰ります。さよなら」


 本当は洞窟に戻るのだけれど、王都に帰るという嘘を言って、行方をくらませた方がいい。


「槍などもとから持っていない。風に誓って、持っていない」と、彼は言った。声色に焦りと緊張が混じっているように感じる。


 そもそも、風に誓うとか言っている時点で信用できないしね。


 私は、嘘つきな落ち武者が倒れている場所から離れた。一旦、村の西門から村の中へ入りそして北門を抜けて洞窟へ戻った。バルナバ神父から教えてもらった、洞窟へ避難するルート通りに。これで、かの落ち武者を完全に撒くことが出来ただろう。まぁ、彼は尾行できる状況ではなかったけれど。 


 私は、夕食の準備をすることにした。まだ、時間としてはお昼なのだけれど、太陽が登っている間には火を焚いてはいけないとバルナバ神父に言われている。だから、簡単な仕込みをするだけだ。山菜のお浸しと麦雑炊が直ぐにできるように、麦を瓶から一食分取り出すのと、昨日採取した山菜を水にひたしておくこと。


 山菜といっても、見つけることができたのは、落葉から顔を出していたワラビっぽいのだけ。キノコはあちこちで見かけるけれど、食べてみようという気が起きなかったので、採取していない。ワラビっぽいのも食べないでおこうと思ったけれど、麦を煮て塩を加えただけの精進料理は飽きちゃったし、食卓にいろどりを加えるようと、チャレンジをしている。昨日の夜は、麦とワラビっぽいのを一緒に煮てみたら、うっすらと苦い味になって、はっきりいっておいしくなかった。灰汁あく抜きしていないと、後から気づいた次第です。


 また、ワラビって、春の山菜だったような気もしてきて、私が食べたワラビっぽいのは何だったのか、ワラビにしては季節外れだよなぁ、ワラビ特有のネットリ感もあまりなかったしなぁ、という疑問が後から浮かんできて、少し背筋が寒くなった。だけど、次の日の朝、つまり今日の朝なんだけど、お腹の具合も体調もいつもより良い気がしたので、今日もワラビっぽいのを料理して食べてみようと思っている。


 とりあえず、ワラビっぽいのを水に浸しておいて、夕方に茹でれば灰汁も抜けるし、昨日よりはおいしく食べれる気がしている。ワラビっぽいのの、お浸しってやつです。醤油があればベストだと思うけど、当然そんな物はない。醤油の造り方も、大豆が材料という事くらいしか知らないから、造るのは無理だろう。醤油を作ろうとして納豆が出来ました、あら、不思議なこともあるものね、とかそんな結末になりそうだからやめておく。そもそも大豆がないし。


 夕食の準備と言っても、すぐに終わる。他にやることも特にない。山に、枯れ葉や小枝を取りに行こうにも、さっきの落ち武者の存在が気になって、そんな気持ちにもなれない。


 薄暗い洞窟で、何もすることがなく、じっとしているというのは、結構きついものがある。

 さっさと火を焚いてしまいたいけれど、明るい内に火を焚いてしまったら、空へと上がる煙で誰かが居るということが分かってしまうから、夜だけしか火を焚いてはいけないということなのだろうと、私は理解しているし、自分の安全のためにそれは重要だから、しっかりと守ろうと思う。


 本音で言えば、夜しか火を使えないのはきつい。日々、寒くなっていっているように感じる。まだこの世界にきて暦を一巡していないから確かではないのだけれど、この世界にも季節は存在している。さらに、前の世界の冬に、この世界は本格的に入ろうとしているのだと思う。


 日中、洞窟は外よりも気温が2、3度低いようで、夏は洞窟の中で過ごしやすいだろうが、秋から冬に移り変わるようなそんな季節では、暖がなければ体が底冷えする。特に、朝は、暖かい炎が欲しいと思うけど、煙を出すわけにはいかないので、竃に火をつけることができない。


 あ、そうそう。この洞窟が不思議なのは、早朝に関しては、外よりも洞窟の方が暖かいように感じたりすることが多いということ。山の気温の高低差が激しいだけなのかも知れないけれど、洞窟の気温の変化と山の気温変化とが、あまり連動していない理由がいまいちよく分からない。太陽の光も洞窟には届かないわけで、洞窟の天井に空いているソフトボールくらいの大きさの採光穴から光が少し入っているくらいだ。採光穴は、洞窟内を暖める効果はなさそうだ。


 採光穴から差し込む光が、空気中に漂っているほこりを映し出している。洞窟内は結構くらいからあまりはっきりとはわからないけれど、洞窟内は埃っぽいのだろう。この洞窟で生活してから21日間、毛布を洗っていない。結構、埃まみれになっているかもしれない。カビて来ちゃうかもしれない。洗ったほうがいいだろうか。洗うとしたら、小川で洗った方がいいけれど、あの落ち武者がまだいそうだしなぁ。


 今日は、独白が多い気がする。気持ちも落ち着いていない。村の惨状を目の当たりにしたから当然ではあると自己分析。だけど、それだけじゃない。うん、それだけじゃない。原因は、あの落ち武者だ。彼を放置して本当に良かったのか、ということが心のシコリになっている気がする。一応、彼は怪我人だったよね。

 洞窟の壁を背にして体育座りをしているが、壁の冷たさを今日はやけに背中に感じる。

 ああ、もう分かったよ。決めた! 。今日は、毒々しくないキノコも採って食べてみよう。あの落ち武者も本格的に助けよう。毒を食らわば皿までってことね。ついでに毛布も小川で洗濯しよう。洗濯をするなら、早いうちにやらないと、夜までに乾かない。あぁもう、今すぐ行こう。思い立ったが吉日だ。


 私は、洞窟にあった紐として使えると思われる布を持って、洞窟を出た。

読んでくださりありがとうございます。

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