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異世界人よ、大志を抱け!!!  作者: 植尾 藍
第4章 さまよえる異世界人
32/75

4−3

 いつからだろう、あれだけ鳴っていた鐘の音が聞こえなくなっていた。洞窟に誰も来ない。お腹の具合と太陽の高さからして、お昼はとっくに過ぎていると思う。だけど、定時の鐘も鳴ってはいない。

 村に何かあったのだろう。バルナバ神父が言っていたように、ザンドロス国の侵攻なのかも知れない。バルナバ神父、コルネリウス、メルさん、メトちゃん、ベト君、ヘト君、村の皆さんは無事だろうか。

 洞窟を出て、木と木、枝と枝、葉と葉の隙間からタキトスの村を覗く。教会の前の広場に明らかにタキトスの村の人達じゃない格好の人達がいる。そして、教会の鐘の横に、見たことのない布が風に揺られている。どうやって鐘のある所まで登ったのだろうかという、どうでも良い疑問が頭をよぎる。

 風の方向が変わったのか、たなびく布の柄が見えた。羽を広げている鳥? のような図柄だ。見たこともない図柄。だけど、前の世界でいえば、そして、ザントロス国が侵攻してきたのだとしたら、思い当たるものがある。あれは、軍旗だ。そして、それを高い所に掲げているということの意味は、ザンドロス国がタキトスを攻め落としたという事だろう。戦国時代や第二次世界大戦の戦争を題材にした映画をロードショウで観たときは、兵隊さんが城の城壁の上に登って旗を振ったたり、島の頂上に旗を立てていたりしていたときは、掲げた側の勝利を意味していた。


 イコニオンの兵士が来ているだけかも知れないとも考えた。だけど、ザインさんが言っていたことを思い出す。「王都から来たのであれば、北から来るはずだ」とザインさんは言っていた。つまり、南から来たのであれば他国の兵隊の可能性が高いだろう。

 私は、洞窟の中に戻った。洞窟は相変わらず誰もいない。私しかいない。村の人達は、捕まってしまったのだろうか。みんな無事だろうか。私は洞窟の中で、体育坐りをして、時間が流れるのを待った。


 洞窟で三週間を過ごした。三週間という表現が正しいのかは分からない。21回、太陽が東から出て西に沈んだと言った方が正確かもしれない。なぜなら、私は洞窟で一人だからだ。一人で生活している私にとっては、一週間というサイクルは意味をなさない。曜日で決められた大学の授業だってない。この世界で生活していたときも、一週間というサイクルがあり、毎週教会に人が集まっていた。そして、曜日で言えば水曜日に該当する日には、シーツの洗濯という毎週の定例の仕事もあった。しかし、今は何もない。一人で、ただ一人で、洞窟の近くに茂っていた笹の葉を千切って来ては、笹舟を作っていくだけ。もちろん、その作業には意味何てない。笹舟を積み上げていくだけ。


 唯一、私に現実感を与えてくれるのは、大壺の中に入っている小麦が、日々減っていくことだけだ。それだけが、自分が生きているという実感を与えてくれる。

 無人島に一人で漂流したロビンソン・クルーソーは、凄い人、強い人だと思う。自分が漂流して何日になるのかということを記録することは、自分が孤独であるということと真っ正面から向き合わなければできないことだ。


 洞窟で過ごすようになってから、私は洞窟の入り口近くにあった大きく平たい石の上に、太陽が昇る毎に木の枝を一本追加していた。でもそれも一週間で止めてしまった。「今日で三日目か」「今日で四日目か」「今日で五日目か」「今日で六日目か」など、毎日、その枝の数を何度も数えてしまうのが悲しいのだ。

 三週間の間に、村が戦場になったらしい。

 太鼓の音、ラッパの音、ホルンのような音色と、雄叫びが洞窟の中まで響いてきた。私は、村を遠目で見た。やはり、人と人が戦っているようだった。村を襲った人達と戦っている人達は、北側から攻めていたから、イコニオン国の軍隊だとは思う。


 戦いは、私が洞窟に住んでから16日目には終わったらしい。17日目には、村の東、村の畑が広がっている所から煙が上がっていた。戦争で亡くなった人達の遺体を、燃やしているようだった。火葬場の煙突から出る煙のようではない。黒い大量の煙が、空へと登って行かず、ずっと地面に貯まり続けている。飛行機の中から、雲を見るような光景だ。雲が白色ではなく、黒色だけれど。


 そして20日目には、村に人影が見えなくなった。一日中、村を山から眺めていたけれど、人影は全く見えない。動くのは、空の雲だけだった。村の人達は何処にいったのだろう。


 21日目、私は村へ行った。教会の椅子がなぜか大量に北門に積み上げられていた。村を囲んでいた柵は、軒並み倒れている。教会も見た。そして自分の部屋だった場所も見た。メルさんの宿も、薬屋も、市場も、酒場も、西の村の工房街も、全て見て回った。「あぁ」という感嘆詞しか出なかった。目に映る物を、頭が認識するのを止めたのだと思う。富士山の頂上から眼下に広がる景色を見たときと同じだ。富士山の眼下に広がる光景にただ圧倒されて、登山の疲労も忘れて「うわぁ」としか言葉がでない。それと一緒じゃないかと思う。今日、廃墟を見た。


 ・


 村の惨状を見て、再度洞窟から村へと生活の拠点を移すということを考えられなかった。また、村と洞窟以外に、何処に行けばよいというようなアテがある分けでもない。だから、洞窟に戻らざるを得なかった。心境的にも、ゴーストタウンのようになった村よりは、曲がりなりにも半月以上過ごした洞窟の方がまだ住めるような気がした。 


 洞窟に戻ろうと決めたら、早くこの村から出たいという感覚になる。最短で出るために、村の西門から山へと帰る。思い出とかが吹き出して来る前に、村の面影を見たくはなかった。


 帰り道の小川に、人が倒れていることに気付いた。河辺に俯せで倒れている。最初は泥の塊かと思った。そして歩いて行く内に、それが人型の泥色の人形のように見えた。そして、50メートル手前くらいで、それが人間であるということに気がついた。脇に、槍のような棒状の物が置いてある。武器だと思う。それを持っているということは、村の人ではなく、兵士だろうと思う。


 警戒しながらその場から離れる。怖いから、小川の上流側を大きく迂回して山に戻ることにする。

 何度も、その人が動いたりしていないかを確認しながら歩く。


 山からその人が倒れている場所まで、土の表面の白っぽい部分が削られて、焦げ茶色の土が露出していることにも気付いた。山から小川まで、くねくねと土が茶色くなっていて蛇を地面に描いたようになっている。ナスカの地上絵のスケールを小さくしたものみたいだ。でも、ナスカの地上絵って、空からしか見えないんだっけ。じゃあ、京都の五山送り火の大文字山の大の字を、昼に見たときのような感じかなぁ。「大」とか「妙」とかの文字じゃなくて、蛇のようなくねくねの一本線だけど。


 あぁ、と思う。

 倒れている人が這いつくばって、山から小川に移動した後なのだと思う。そう思い、立ち止まる。

 倒れている人って、生きている? という疑問が頭をよぎる。這いつくばって移動した後が、私が見て分かる程残っているということは、まだ何日も時間が経ったという分けではないだろう。

 水を飲むために山から移動してきた? 人間は、水を飲むだけでしばらくは生きることができるということも聞いたことがある。まだ、生きているのかも知れない。

 戻るか、戻らないか、決めかねる。このまま放置するという選択が、自分の安全を優先するとしたら一番だと思う。でも、生きているかも知れない。何かをすれば、その人は命を取り留めるかもしれない。でも、私が何もしなくても助かるかも知れないし、私が何かをしても、助からないかも知れない。


 前の世界に、今の状況を置き換えて考える。

 もし、信号待ちをしている交差点で、突然人が倒れたらどうするだろうか。何だろう、この人、大丈夫かなぁと、200人いたら200人全員が心配はする。しかし、その人に駆け寄るだろうか。いや、そんなことはしない。200人いたら、1人ぐらいは、「誰か救急車を呼んでください」と叫ぶかも知れない。そして、残りの199人は、その叫んだ人を見て「よかった。自分が出る幕じゃないな」と言い分けをして、信号が青になったらそのまま横断歩道を渡っていくだろう。「自分が助けようとする前に(そんなことは決してしないけど)、他の人が救護に入った(あぁ、自分が面倒に巻き込まれなくてよかった)、助けたいのは山々だけど(助ける気は本当はないけど)、自分には他にやるべき事があるから先を急ぐ」と考える。これが、圧倒的大多数だし、多数決の原理で考えれば、正しい行動だろう。前の世界の現状を見ても、そうだったと自信を持って言うことができる。

 見て見ぬ振りをするのが一般的な行動じゃないかと思う。だけど、問題は、この場所に私と倒れている人の2人しかいないということだ。私が何もしなかったら、それは何もなされない。

 倒れている人が、既に亡くなっていたら、私の手の施しようがない。

 だけど、だけど、だけど、まだその人が生きているとしたら、私がなにか手助けをすることによって、生存の可能性が高まるということがあるかも知れない。山から、這いつくばって来た様子だから、水以外の食料を確保したりなど難しいだろう。


 ・


 結局、何か手助けできることがあるかも知れないと思い、倒れている人の所までいくことにした。

 

 倒れている人から20メートルぐらい川の上流に位置する所で、少し観察する。やはりその人は、動かないままだ。でも、その人の、首から腰にかけての部位が、心なしか微かに上下しているように思える。呼吸をしている、つまりまだ生きているということだろうか。


 小石を投げてみた。もちろん、その人を狙ってではない。水面を狙って投げた。

 ぼちょん、という水音がしたのと同時に、その人の頭がビクリと動いた。微かにだけど、音に反応をした。その人は、生きているのだろう。小石を投げてできた水紋は、広がってやがて消えていた。


 私は、忍び足でその人のところへ近寄る。歩くたびに、細石さざれいしを踏む音がして、忍んで歩く意味は無かった。砂利って、踏むとじゃりじゃりと音がするから砂利っていうのかな、なんてことも一瞬思ったけど、深く考えないようにした。視線は、倒れている人を外さない。


 倒れている人との距離、1メートルくらい。ヘルメットというか、頭部全身を覆う兜で顔は見えないが、男のように思える。その人の肩が、異様な盛り上がりをしているからだ。前の世界のボディービルダーも、格闘漫画の主人公も、こんなに肩が盛り上がっていない。

 彼の左横に、先端に布が巻き付いている槍が置いてある。怖いから、先に、武装解除させておこうと思い、槍を持ち上げた。あぁ結構重い。少し離れた茂みのなかに、ポイ捨てをして、隠した。

 また、左腰の所に、剣の柄が見えるので、剣を引き抜いて離れた場所に置いておこうと思ったけれど、剣が地面と水平になってるし、その上にこの男が覆い被さっているせいで、引き抜くことができない。仕方がないので、鞘の部分を握ってそのまま持ち上げた。すると、男の体は、浮き上がって半回転して、俯せの体勢から、仰向けの体勢になってしまった。剣が梃子てこのような役割をしてしまったようだ。


「うぅ」という、男性の声が聞こえた。痛そうなうめき声だった。仰向けになったおかげで、喉仏のどぼとけも見えるし、男だろう。


「あの、大丈夫ですか? 」と、刀身を抜き取って、1メートルくらい離れて声を掛けた。


 返事がなかったので、一旦、剣を槍と同じ場所に持って行った。刃物だったので、今回は丁寧に草陰に置いておいた。


 また、男の人の所に戻って、今度は体を揺すりながら声を掛ける。肩を揺すって分かったのが、肩の盛り上がりは筋肉ではなかったということ。肩パットの固くてでかい卵を半分に割ったような形状の物だった。防具の一種なのかも知れない。


「大丈夫ですか? 」と、私は体を揺すりながら声を掛け続ける。


「う、うう、うぅ」と、私が体を揺するのに合わせて、うめき声を上げる。お医者様ではないから、意識があるのか、無いのかも判断を私は付けることもできない。


「大丈夫ですか? 」と声をかけ続けてしばらくして「じょ、状況は? 」という言葉を男は発した。意識を取り戻したのか、言葉を発せられるようになったのか、どちらか分からないけれど、事態は好転したように私は感じた。


「あなたは倒れていたんですよ」と声を掛ける。

「すまないが、体を起こしてくれないか」と男が言った。

 私は、右手でその男の首下に手をやって、「起こしますよ。いち、にの、さん」と言って力を込めた。持ち上がった地面と背中の隙間に左手を入れて、両手でその男の上半身を起こした。

「うぅ」という痛々しいうめき声をあげている。

「すまない」と、その男の人は言いながら、兜を外そうとしている。手元がおぼつかないのか、頤の下で結んでいる紐が上手くほどけないようだった。

「あの、手伝いますか? 」と言うと、また「すまない」とその男は言った。

 兜を安定させている紐は、何かの皮革ひかくを使っているようで、きつく縛ってあり、さらに、濡れているせいで解きにくかった。


「すまない。楽になった」と、兜を外して男は言った。その男の顔つきからして、20代後半か、30代前半だった。私と同じ黒い髪。


「あの、大丈夫ですか? 」と私は、男の脇に、しゃがんでから言った。


「左足が折れているが、命に別状はないだろう。すまないが、水を飲ませてくれないか? 」


「あ、分かりました」


 私は、小川で水をすくって、彼の所に持って来た。しかし、どうやって飲ませたものか思案している内に、手の隙間から水は漏れていきほとんど無くなってしまった。


「すみません、この兜、使いますね」と、私は彼に断ってから兜を手に取った。

 兜の顔面部分には、目、鼻、口の部分に穴が開いてあるが、後頭部の所に水をある程度汲むことができると思ったからだ。兜は泥だらけだったので、軽く水で濯いでから水を汲んだ。


「ありがとう。生き返ったよ」と男はお礼を言ってくれた。


「まだ飲みますか? 」と私が言うと、「すまない」と言ったので、また水を汲んだ、彼に飲ませてあげた。上半身を起こしている体勢もきついらしく、彼の後頭部に右手を添えて、左手で兜を持ち、兜のふちの部分を、彼の口元と付けて、ゆっくり兜を傾けて飲ませてた。


読んでくださりありがとうございます。

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