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異世界人よ、大志を抱け!!!  作者: 植尾 藍
第4章 さまよえる異世界人
30/75

4−1

 昨日、メルさんの宿屋で歓迎会のお返しをした。バルナバ神父とコルネリウスも喜んでくれたようだった。コルネリウスも、ラタさんと喧嘩したことも尾を引いていないようで、元気そうに料理を食べていたし、蟒蛇うわばみの如く飲んでいた。


 振る舞われた料理も、この世界に来て一番と言っても良いくらい美味しかった。ニワトリの赤ワイン煮込みはメルさんのお薦めの料理だけあって、とても食が進んだ。ニワトリの皮がゼリーの様な食感になっていて、コラーゲンたっぷりといった感じ。心なしか朝起きたとき、いつもより頬に艶と張りがあるような気がした。それに、煮込んだワインも、濃厚な鶏ガラのデミグラスソースのように味付けされていて、パンに付けて食べたら最高。皿に残ったソースも、パンで綺麗に拭き取って食べてしまうほどの美味しさ。普段の質素な野菜の塩スープとは、天と地との差があった。もちろん、毎日しっかりと働いた後でお腹が空いているから、野菜スープも美味しいけれどね。


「有沙、水の準備できたぞ」と、コルネリウスの声が聞こえてきた。今日は、椅子に敷いてあるシーツの洗濯をする日で、コルネリウスが井戸で水くみ。私がシーツを礼拝堂から集めるという作業分担をしている。


 私が、シーツを丸めて両手で抱えると、前が見えないくらいの量になった。バランスボールを両手で抱えた時のように、前を見ることができない。あごも使ってシーツを安定させる。視界が確保できないが、障害物は教会の入り口の階段だけ。階段の位置を、柱を横で目見ながら推測する。そして、階段を蟹のように歩き越える。あとは井戸まで危険はない。


「コルネリウス」と井戸の近くで私は叫んだ。流石にシーツを地面に置くわけにはいかない。


 コルネリウスは、私の意図を悟ったらしく、丸めたシーツの半分を持ち上げて、空のたらいの上に置いた。


「一度に欲張らなくてもいいのに」と言って彼は笑い、「俺は紐を張ってくる」と行って教会の入り口の方へ行った。シーツを干すための紐は教会の庭の両脇の木に紐を括り付けて作る。ディアンドルを着ている私は、木登りが出来ない作業なので、暗黙の内にコルネリウスがすることになっている。


 私は足まであるディアンドルの長スカートを膝上までまくり上げて、洗濯中に落ち合いように紐で縛る。そして、シーツを3枚、水と洗剤が入ったたらいに入れて、裸足で何度も踏んでいく。井戸の水は最初の一瞬が冷たいけれど、すぐに気にならなくなる。もっと寒くなったきたら…… 、冬なんて…… 、雪が降る地域か分からないけど雪が降っているなか、これをやるのって、きついだろうな…… と考えたけど、羊に似ている雲や、馬に似ている雲などが空に浮かんでいるのに気付いて、そちらに意識が行った。


「あれは、茄子に見えるなぁ。あっちのはペンギンの横顔に見えないこともないかなぁ。あれが嘴で、頭からお腹にかけての膨らみが絶妙」と、たらいを踏みながら空のあちこちを眺める。


 南の空の下に広がる山脈。そして手前に広がる森。森全体が赤味を帯びている。そして、森の入り口に人の姿が見えるような気がする。正確に位置を憶えていないけれど、私がロゼさんから贈ってもらった場所に近い、森と草原との境目。そこから人のようなものが出てきている様な気がする。そして、その数は増えているような気がする。


 大量に次元の狭間に人が落ちてきて、エクレシアに送られてきた? としたら、きっとあの人達は、右も左も分からない状態だろう。言葉はきっと分かるだろうけど。迎えに行くとかしなければならないだろう。まぁ、大まかな道のりはロゼさんから聞いているだろうから、この村に辿り着くことはできるだろうけど。


 シーツの洗濯を中断して靴を履いて、コルネリウスを呼びに行く。まだ足が濡れていたせいで、砂が足にくっついて靴の中がざらついて痛いけど、短い距離だから走って、木に登っているコルネリウスの下に駆け寄った。


「コルネリウス。森の前に人がいる」


「え?」と言って、木の上から南の方角をコルネリウスが見る。まだ葉っぱが茂っているから、視界がかくれているのか、体を枝から乗り出している。落ちなきゃいいけどと心配をする。折れやすい枝って柿の木だったっけ、なんて考えながらコルネリウスが落ちてきてもいいように、受け止める準備を一応する。たぶん、受け止めることは出来ないけれど。


「有沙、そこからどいて」とコルネリウスが言う。私が木から少し離れると、飛び降りてきた。そして、そのまま教会の扉へと走って行く。


 ・


 コルネリウスが呼んだのだろう。バルナバ神父も走って教会から出てきた。そして、バルナバ神父が南の方角を眺める。コルネリウスは、教会の扉の所に立っている。私は、バルナバ神父の所へ駆け寄った。


「コルネリウス」とバルナバ神父が言って、コルネリウスの方を向いた。


 コルネリウスは黙って頷いて、教会の中へと入っていた。


「ササキ・アリサさん。良く聞いてください」と言って、バルナバ神父は私の両肩に手を置く。私の右肩にバルナバ神父の左手が、私の左肩には右手が。バルナバ神父の手には力が入っていて、少し痛みを感じた。バルナバ神父の顔は真剣だった。いつも優しげな笑みを浮かべているバルナバ神父の顔ではない。


「ザンドロス国が侵略をしてきたのかもしれません。念のため避難する必要があります。西門を抜けて、小川がありますね。そして、さらに行くと、山があるのを知っていますね? 」


「はい。七竈の実もそこで取りましたし」と私は答える。


「あの山の山頂付近の北側に、洞窟があります。見つけ難いですが、見つけてください。食料もそこにはあります。水も、洞窟の中にわき水があります。寒さをしのげる毛布などもあります。そこに今から行ってください。そして、そこにしばらくの間とどまってください。分かりましたか? 」


「あっ。はい。分かりました」


 カラーン、カラーン


 教会の鐘が鳴った。朝の鐘を鳴らしてからまだ3時間程度だ。今の時刻は9時くらいだろう。それなのに鐘が鳴っている。バルナバ神父は、次に私の手を取って、教会の北側の方に歩き出した。握りしめる手が少し強引で痛い。


「洞窟には、火を焚く設備もありますが、太陽が登っている間には火を焚いてはいけません。分かりましたか? 」と教会の庭の北側へ移動しながらバルナバ神父が言った。


「わ、分かりました」と私は頭を混乱させながら答えた。


 カラーン、カラーン


 教会の鐘は鳴り続けている。コルネリウスが鳴らしているのだろう。


「洞窟には、北門から行ってください。まず、あそこの小さな丘の北側の麓の所まで、王都への道を進みます。分かりましたか? 」


 バルナバ神父は、北の小高い丘を指さした。大した高さの丘ではない。高さ30メートルくらい周りより盛り上がっている程度だ。高さで言えば、教会の建っているこの丘の方が4倍以上高い。


「あの丘の北側の麓を通って、小川の方へ行ってください。なるべく走ってくださいね」とバルナバ神父は良いながら、バルナバ神父は、右手を山の方に動かして行った。


 カラーン、カラーン


「そして、小川を超えたら、すぐに山の中へ入ってください。藪であろうと躊躇しないで、山に入って、まず山頂を目指してください。山頂まで行けたら、北側に行って、洞窟を探してください。分かりましたか? 」


 カラーン、カラーン


「はい。分かりました。どれくらい洞窟にいればいいんですか? 」


「それは私にも分かりません。一日かも知れません。他の村人もあそこの洞窟に集まるでしょうから、その人達と相談してください。では、今から向かってください。走ってください。無事をお祈りしています」とバルナバ神父が言った。


 カラーン、カラーン


 私は、北階段を降りる際に、一度振り返った。バルナバ神父が教会の中に走って行く横顔が見えた。教会の鐘は、揺れている。まだコルネリウスが引っ張っているのだろう。

 私は、北階段を全力疾走で降りていき、そのまま北門を抜ける。


 ・


  バルナバ神父に言われた通りのルートを通った。しかし、洞窟を見つけるのに、1時間以上かかってしまった。洞窟は、少し窪地になった場所にあった。私の先入観で、洞窟は山の山頂の方に伸びているとばかり思っていた。だから、山頂側の斜面や崖などを重点的に探していて発見に時間がかかってしまった。しかも、ガジュマルの木の根みたいなのが洞窟の入り口を隠していて、さらにその根っこにも、植物のつるが巻き付いている。木の根や蔓の後ろに広がる暗闇が目に入らなかったら、奥に洞窟があるなんて気づけなかっただろう。


 私は、恐る恐る洞窟に入った。中は、ひんやりとしている。「タキトス村の佐々木有沙です。どなたかいますか? 」と声を発した。返事はない。洞窟の中からは水の流れる音が微かに聞こえてくるだけだ。


 洞窟は、奥行きがあるようで、入口付近からは深部をみることができない。私は、ゆっくりと中に入っていく。目が慣れてきたのか、洞窟内がうっすらと見えるようになった。洞窟は、全長30メートルくらいの長さ。途中から左に直角に曲がるような構造になっている。直角に曲がった先に、大きな壺が何個も置いてあり、竈らしきものもあった。奥がうっすら明るいと思ったら、洞窟の奥の天井にソフトボールくらいの丸い穴が開いていて、そこから光が入っていた。竹か何かの中をくり貫いて、洞窟の天井と地上を貫通させて採光用の穴をあけたようだ。洞窟の奥は、光源がなければ暗くて何も見えないという配慮だろうか。


 壺はしっかりと封がしてあり、それを強引に開けると小麦が入っていた。腐ったりしていない。今年収穫されたものか、誰かが定期的に取り替えていたのかも知れないが、粉にしていない小麦をどうしろって言うの? という疑問が頭を一瞬よぎったりもする。その他にも、洞窟内の側面を掘って作られた棚があった。一番下には薪が積んである。二段目には、鍋などの道具が置かれていて、三段目に毛布が置かれている。


 湧き水もちゃんと流れていた。湧き水が一度、水盤すいばんに貯まり、そこからこぼれ落ちるようになっている。神社を参拝するときに身を浄める手水舎てみずしゃに置いてある水盤すいばんみたいだなぁと思う。柄杓ひしゃくはここにはないけどね。水は口に含んでみたけど、変な味はしない。おそらくそのまま飲めるんじゃないかと思う。教会の井戸の水と変わらないだろう。そう思うと、喉が渇いていたことに気付き、飲んだ。うん、美味しい。

 そして、山を長時間歩いて泥だらけになっているので、足を洗う。服も泥が付いてしまっているので、軽く水洗いしたいけど、他の村人がいつ来るか分からないから、大胆なことはしないでおく。


読んでくっださりありがとうございます。

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