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異世界人よ、大志を抱け!!!  作者: 植尾 藍
第1章 異世界で司書を目指す?
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1−2

「ロゼさん、私は違う世界に来てしまったかもしれない(、、、、、、)ということは分かりました。あの、今更ですが、佐々木有沙と申します」と、自己紹介をする。もう彼は私の名前を知っているようだから必要ないと思うけど。


「ご丁寧にどうも。改めまして。私は、ロゼと申します」


「初めまして。あの、さっそく何ですが、私が元々居た世界では、私はどういう扱いになるのですか? バイト行かないと行けないんですけど…… 」


「現状では、佐々木有沙さんは、突然いなくなったということになっています。あなたの住んでいた国の言葉で言えば、神隠しにあったという扱いでしょう」と彼は言った。


 バイトへ行く途中で、消えたということになるのだろう。不採用の結果を受け失踪をする。ありがちな失踪理由だ。


「前の世界に戻る事ってできないんですよね? 」と、私は再度確認をする。


「出来ません」と、彼の回答は変わらない。


「あの、家族も心配しますよね? 」


「佐々木有沙さん。あなたがいた元の世界は、他人との結びつきが比較的強い世界だと思います。当然の如く家族はご心配なされると思いますよ」


「そうですよね。家族が心配しない、良い方法はないですか? 」と彼に聞く。『探さないでください』なんて書き置きをアパートの食卓に置いておくとか、そんなテレビドラマとかに良く使われる発想しか出てこない自分が情けない。


「元の世界で、元々あなたが存在していなかったという扱いには出来ます。具体的には、ご家族やお知り合いの方々のあなたに関する記憶が消え、あなたが元の世界にいたという痕跡がすべて風化していきます」と彼は言う。さらりと、きついことを言うな、と思った。


「私の経験則で申し上げますと、生まれてから10年以上、親などに依存して生きるというタイプの種族は、大体、前の世界での自分の存在を消す、という選択肢をされます。残されてしまったご家族の事などを考えると、居た堪れないのでしょう。ご家族も、あなたの帰りを待ち続けるのは非常に辛いと思います」と彼は説明を続ける。


 家族には、私の事を覚えていて欲しい。帰るべき家と家族を失うのは辛い。だけど、二度と帰れないのであれば、忘れてもらった方がよいのかも知れない。きっと、お父さんお母さんは、ずっと私の事を探し続けてくれるだろう。弟だって、悲しみ続けるだろう。おそらく、私が突然いなくなり、消息がずっと掴めないというのは、その後の私の家族の生活に暗い陰を落とし続けてしまうだろう。


「元の世界の私の存在は消してください」と私は言った。


 私は決めた。私はずっとみんなのことを覚えていよう。帰る事のできない私の帰りを家族に待っていてもらう分けにはいかない。別れも言わずに失踪なんて、きっと家族は深く傷つくだろう。


「分かりました。そのように致します。すぐに終わりますので」と彼は言った。


 私は、お願いしますとだけいって、その場に座り込んだ。草の葉が所々に当たって少し皮膚が痛痒い。そして、大きな風が私を吹き抜けていった。もし麦藁帽子を被っていたら、きっとその帽子をどこか遠くへ運び去って行っていまうような、そんな強い風だった。


 ・


 目覚めるとベットの上だった。ベットから上半身を起こし、辺りを見渡すと最初の白い立方体の中に私はいた。元の世界から私が消えてから、私は泣き続けた。おそらく泣きつかれて眠ってしまったところを、ベットに運ばれたのだろう。


「おはようございます」


 ロゼさんが椅子に座っていた。


「ロゼさん、おはようございます」


「佐々木有沙さん、朝ご飯の用意が出来ています。お食べ下さい」と彼は言った。もう、次の日になってしまっているようだ。


 何もなかった筈の白い部屋に、机と椅子があり、机の上には朝食が用意されている。籠にパンが二つとお皿には 卵焼きとベーコンらしきものが盛りつけてある。昨日の昼から食事は何も食べて いないので、お腹は空いている。バイト先で食べるはずだった賄いも食べていない。


「牛乳もどうぞ。絞りたてを用意しました」


「ありがとうございます。あと、昨日はありがとうございました。 ベットまで用意してもらっちゃって」


「いいえ、お安いごようです。冷めてしまわないうちにどうぞお食べください」


 空腹だったからか、ロゼさんの料理が上手なのか、その両方だからかは分からないけれど、料理はとても美味しかった。


「ロゼさん、ごちそうさまでした」


「お口にあってなによりです」


 ロゼさんは、親指をパチンとならして、空になった籠とお皿を消 した。目の前にある物が一瞬で消えるとさすがに迫力があるという か驚く。


「ロゼさんの手品、凄いですね」とお世辞ではなく本当に賞賛する。


「いえ、大したことではありません。職能です」


そう言いながら、彼はは誇らしげにあご髭をさわる。私は、コップの牛乳も飲み干した。


「さて、さっそくですげ、佐々木有沙さん。あなたは新しい世界での新たな人生がス タートしますが、その為に少しだけ私が案内人としてサポート致します。まずは、この世界の言語を習得していただきます」




「言葉って違うんですか? 」と私は聞く。普通に彼と話が出来ているということに、違和感すら感じていなかった私。


「元の世界の言語のいずれかともともまったく違いますね。佐々木有沙さんがこの世界に来たときに持ってきた本はこの世界の言語、 エクレシア語で書かれたものです」


 床に置いたままにしてあった本の表紙をみる。やはり「ξ ¢ Ψ ∃ ⌒§」と意味の分からない記号の羅列にしか見えない。


「自力で習得されますか? 」と、彼は聞く。


「いやいや、それはちょっと…… 」と私は答える。


「それでは、佐々木有沙さん、言語習得の魔法をかけます。1時間程度で、エクレシア語の話し、聴き取り、読み書きの全てが、今のあなたの日本語水準並に出来るようになります。あっさり習得したからと言って、英語の勉強に苦労した日々はなんだったのか、なんて途方に暮れないでくださいね! ではいきますよ! 」


 彼は親指をパチンと鳴らし、私を光が包み込んでいく。


 目を開けると、目の前には大きな滝があった。水量が多いようで、 滝壺からものすごい轟音がする。そして私は滝壺近くの平坦な岩の上に立って いた。そしてこの岩は滝まで続いており、滝から落ちてくる大量の水を浴びることができるようになっている。何故か、私の服装も、神社の巫女のような格好に変わっていた。すごく嫌な予感がした。


「佐々木有沙さん、さあ、滝の中に入ってください」と彼は言った。嫌な予感は当た ってしまったようだ。


 ロゼさんは、私の右上の岩に胡座しており、竹製の麦わら帽子、右手には木製の杖のようなものを持っていた。


 私は、仕方がないので、ゆっくりと一歩ずつ滝に近づく。石がヌルヌルしていて滑り易くなっている。慎重に一歩一歩進む。




 滝の目の前にたどり着いた。間近でよく見ると、滝から流れてい るのは、水ではなかった。記号のようなものの羅列が大量に流れていた。エクレシア語の滝なのだろう。恐る恐る右手を滝の中に入れ た。


「冷たっ、∃Ψ∠ ゚」


 頭の中で、日本語とそうではない言語が二重に響いた。そして、「∃Ψ∠ ゚」が「冷たっ」って意味だと いうことが理解した。そして、エクレシア語は、表音文字で構成されているということまで理解できてしまった。この滝、というかこの言語の羅列に触れると、その言葉を覚えていくのだろう。ほんの一部分ではあるけれど、どんな言葉が流れ落ちているのかも読み取ることができるようになっていた。それでも、これを全身で浴びる気にはなれない。だって、冷たいし、巫女とかじゃないし。そもそも準備体操もしていないのに、滝行みたいなことをしたら心臓がとまっちゃうし。


「ロゼさん、さすがに無理です」 私は根を上げ、立ち往生した。それに、こんな勢いよく流れ落ちているものの中に入ったら、圧力で立っていられないだろう。


「仕方ありませんね」と彼は言って、杖を高く掲げて杖先で大きな円を描いたあと、勢いよくその杖先を私の方に向けた。






 嫌な予感しかしない。 頭上から轟音が聞こえてきた。そして、大量の水というか言葉が襲いかか ってきた。言葉の鉄砲水だ。そして私は言葉の濁流に飲み込まれた。


「溺れる、∥∀?⊆」




「お父さん、∨∨∨」




「お母さん、∀∀∀」









 私は気付いたら例の白い立方体の中でうつ伏せになっていた。顔を上げると、ロゼさんが笑顔で目の前に立っていた。


「ようこそ、エクレシア語の世界へ」と言いながら両手を広げた。体全身で、ウエルカムを表現しているらしい。


「びっくりしたぁ」と、私は言った。しかし、その発言と同時に、口の動きに違和感を感じる。『びっくりしたぁ』と、日本語で発言したつもりだが、唇の動きは、全然違う。


「あいうえおあお」と、発音した。しかし、口は、『あいうえおあお』と発音するようには動いていない。なんか気持ちが悪い。


「佐々木有沙さん、おめでとうございます。素晴らしく流暢なエクレシア語です」と、彼は言った。どうやら、エクレシア語を私は喋っているらしい。


「あの、違和感があるんですが…… 」


「大丈夫です。そのうち、慣れます。さて、次は、どのように生きるかです。何かご希望はありますか? 」


「私、前の世界では、図書館司書になりたかったんです」と私は答えた。


「図書館司書ですか、少々お待ちください」と言って、 彼は目を閉じた。そして両耳の先が自衛隊の レーダーみたいにグルグルと回り始めた。右耳は左回り、左耳は右回転している。少し可愛い。


「佐々木有沙さん、残念ながらこの世界には図書館というものがまだ存在しておりません。よって、必然的に図書館司書も存在しません。そもそも、エクレシアの識字率はとても低 いです。文字を読めるという方が非常に少ないです」と彼は言った。


  私は、司書という職業とは、とことん縁が無いのだろうか。


「じゃあ、どうすれば良いんですか? 」と聞く。


「あなたの人生ですよ? 」と、質問を突き返された。確かに私の人生だから、私がどうするか考えなければならない。


「図書館を作ったとして、利用者はいるの? 」


「ほぼ、有りませんね。文字を読める人が少ないですし。車がない場所に、ガソリンスタンドを建てるようなものです」と彼は言った。彼のたとえで、この世界での図書館の扱いがイメージ着いた。分かりやすい説明、ありがとう。


「じゃあ、文字を普及されるところから初めて、図書館に来てもらえるようにすることは可能? 」


「それは可能ですが、かなり時間と根気が必要になります」


「でも可能は可能なんでしょ。私がこの世界で初めての司書になる。 それで問題ない? 」


「問題ありません。あなたがそう決めたのであれば、私は特に言う事は有りません。その為のサポートをするだけです」と言うと、ロゼさんの両耳の先がまたグルグルと回り始め、「佐々木有沙さん、あなたはイコニオンに行かれるのがよろしいかと思います」と彼は言った。


「イコニオン? 」と、私は聞き返す。


「イコニオンは、国の名前です。イコニオンは、エクレシアの中でも比較的平和な国に属します。この国がエクレシアの中で、文字を学習するなどの文化的な下地が育まれる可能性がもっとも高いと思われます」


「分かりました。その辺りはロゼさんにお任せします」


「分かりました。イコニオンにあるタキトスという農村にお送りします。タキトスの中心に教会があります。佐々木有沙さん、あなたは、そこの教会の補佐をする為に、王都から派遣されて来たということにしておきましょう。教会のお手伝いをしなければなりませんが、衣食住も保証されますし、当面はそこに住んで、世界にお慣れになった方がよいでしょう。これは私からの贈り物です」と彼は言った。そして、 回り続けていた彼の耳の動きが止まった。


 目の前に、大きなリュックと10冊の本が現れた。リュックの 中には、服や靴、その他生活必需品が入っている。本はどれも子供向けの童話や英雄譚のようだ。


「これは? 」


「生活必需品と、読み書きを思えるための参考教材といったところでしょうか。あ なたが文字をお教えになるにも、参考になるようなものがあった方がやり易いと思いますし、文字を学んだ方が読まれる本も必要だと思いましたので、勝手ながらご用意いたしました」


 彼は出来る男のようだ。ありがとうロゼさん。


「それに10冊とはいえ、本は本です。それらの本の有効活用が佐々木有沙さんの司書としての出発点となることを祈っております」と彼は続けて言った。


「ありがとうございます」と彼にお礼を言う。


「とんでもございません。では、お気を付けて。あなたのこの世界での旅路と、これからのご活躍を祈願いたします」




 ロゼさんは、親指をパチンと鳴らし、右の人差し指を突き出した。そうすると人差し指から大量の霧が吹き出し始めた。どんどん大きな霧の塊となっていく。


「さて、準備がでいました。この霧を歩いていけば、佐々木有沙さ ん、タキトスの近くに着きます」


 私は、リョックを背負った。本が入っているだけあって結構重い。 そして、霧の前まで歩いた。今から新しい世界に行き、そこの村の 人達と生きていく。村の人達に受け入れてもらえるかなど、正直不安はたくさんある。こちらの世界でも第一印象が大事なのだろうか。


「そういえば私、外見は大丈夫なんですか? 見たところ私自身に変化はないみたいだけれど。ロゼさんと私の外見もだいぶ違いますけど…… 」


「私はあなたの前にいた世界ともこの世界とも違う世界の種族なので当然、外見は違います。佐々木有沙さん、あなたの外見に関してはまったく問題ありません。あなたは、運が大変良い。こちらの世界に住んでいる人達もあなたと同種族と考えてほぼ問題はありません」


「それを聞いて少し安心しました」と私は言った。流石に、外見がまったく人間と違っている中で、生活していくのは厳しいと思う。


「佐々木有沙さん、頑張ってくださいね。この世界でもきっとよい人生が送れると思います! 」


「ロゼさん、いろいろありがとうございました」


  私は、霧の中へと進んだ。少し進んだところで後ろを振り返ると、 ぼんやりとだが、私を見送り続けていてくれるロゼさんが見えた。 私は、ロゼさんに向かって手を振り、また霧の中を進んだ。


両親と弟の顔が浮かぶ。私はずっと忘れないからね。





しばらく霧の中を進むと、先の方に光が見えた。出口だろう。この霧を抜けると、私はまったく新しい人生を生きていかねばならない。

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