3ー10 エピローグ
「見送りに、来てはくれていないか」とザインは心の中で独白をした。
見送りに来て欲しかった相手は、ササキ・アリサ。村へ小麦を返還するという任務を無理矢理ねじ込む形で、自分が担当することにした。そして、このタキトスの村まで、ササキ・アリサに会えることを楽しみにしていた。
結局、村の広場でパンを焼いているササキ・アリサの姿を遠巻きに見たのと、宿屋で少し会話をしただけ。しかも、ダレトがササキ・アリサに対して好意を抱いているということも少なからずショックだ。自分が好意を抱いているということはダレトも既に承知しているはずだったのに。それが突然、ササキ・アリサに対してあのように突然贈り物までするなんて…… 。事前に俺に言ってくれてもいいものなのに。なぜダレトは言ってくれなかったのか。だが、そのことをダレトに面と向かって聞くことは、自分のプライドが許さない。だって悔しいじゃないか。ダレトに先手を打たれた形。ササキ・アリサとの七竈の実の交換をすることに、俺がまごついている間に、ダレトは先行してササキ・アリサと実の交換をした。そして、プレゼントまで用意していた。
戦場での一番槍をダレトに取られたようなものだ。そして、俺は、一番槍を勝ち取ったダレトに、論功行賞の席上にて嫉妬を燃やしている、二番手、三番手に甘んじた愚鈍な武将のようじゃないか。戦の流れも読めず、まごついて好機を逃している愚鈍な武将達。俺の打ち立てた功績を、影で悪口を言い、俺に対しては「敵どもは、ザイン殿のご先祖であられる白騎士の幻影を見て、恐れをなしたのでしょう」などと嫌みを言ってくる。俺が歯牙にも掛けなかった奴ら。俺がダレトに、なぜササキ・アリサにあんな事を言ったのか、したのかを聞くことは、見苦しい。「なぜ私に先んじて攻撃を行ったのだ。あと少し待てばもっと有利な状況にて攻めに転じられたのに。功に焦った若造が」とか、負け惜しみを言っている臆病者と同じじゃないか。
それにしても、俺はササキ・アリサの何に恋をしたのだろうか。どうしてなんだろうか。どうしてこのように心惹かれるのだろうか。
公爵の跡取りとして、未婚の男として、見合いの話には事欠かない。実家には、名のある家の令嬢の肖像画が贈られてくる。肖像画でいかに美しいと思う女性であっても、実際に面と向かってみると、そうでもないことが多い。また、ライオネット公爵家に見合いを申し込むだけの家柄であるが故に、プライドが高く、無意味に勝ち気な女が多いことも事実だ。なんでも我が侭を聞いてくれる両親と、なんでも命令を聞く召使いに囲まれて育ってしまった性であろう。そんなプライドの高い人を、妻にするには、気が引ける。
また、プライドが高くなく、穏やかな女性はいるにしても、深窓の令嬢と表現すればよいような、屋敷というひどく限定された世界と社交会しか知らない、世間というものをまったく分かっていない、どこか浮き世離れした女性が多く、芸術や音楽に造詣が深くても、自分にとっては心惹かれるものがなかった。彼女達が活けた花や奏でる音色が、どことなく遠い国の出来事のように聞こえてしまうのだった。
一方でササキ・アリサはどうであったか…… 。不思議である。縁談を断った女達の、気に入らない点を述べるのは簡単であった。欠点を挙げろと言われたら、いくらでも挙げることができた。しかし、ササキ・アリサの欠点は何か、と問われても、頭に何も浮かんでこない。それは惚れた弱みというやつかもしれない。いや、しかし、逆に不思議であるのは、ササキ・アリサの良い点が何かと問われても、何が良いのかを言葉にすることができないのだ。ササキ・アリサという人の事を考えると、頭に霧のようなものがかかり、彼女の像を結ぶ焦点が合わない。どこか、頭では捉えることができず、ただ、感情というか、意識の底で、彼女のことを求めているような、そんな不思議な感覚におちいるのだ。
歴戦の軍師との模擬戦を行って惨敗をする感覚に似ている。完全勝利だと思っていたら、自分が無意識のうちに敵の罠にはまりに行くような行動をしており、気付いたときには、完膚なきまでたたきのめされるような戦術的敗北に追い込まれている。そんな狸に化かされたような、しかし、負けるべくして負けたような、そんな感覚に陥らせられる。
「ザイン。王都まで競争しないか? 」
深い思考の鍋底に沈んでいた俺に、ダレトが声を掛けてきた。
「いいだろう」と俺は応えた。
ダレトは、俺の性格を熟知している。俺が、ササキ・アリサの一件で、敗北を感じていることに気付いているだろう。ダレトの性格であれば、わざと俺に勝たせるようなことをする。小さい利を俺に取らせ、俺の敗北感を上手に昇華させるようなことを考えているだろう。相変わらずの日和見主義の性格をしている。気に入らん。親友として、参謀としては、ダレトのその性格は好ましいと思う。しかし、恋敵としては、そんなやつの性格と態度は気に入らない。
「何か賭けるか? 」とダレトが尋ねた。
「いや、何もいらんだろう。ただの遊びだ」と俺は応えた。
その俺の応えを聞いて、ダレトも先ほどとは違い、真剣な顔になった。ダレトも、俺が男と男の勝負を望んでいることに気付いたようだ。局地的な勝利で俺に勝ったような気になっているダレトの、伸びきった鼻をへし折ってやる。
「では行くぞ」
俺は、そう言って、愛馬であるタウに鞭を入れた。
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