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異世界人よ、大志を抱け!!!  作者: 植尾 藍
第3章 遙かなるイコニオン
26/75

3ー8

「白状って、何のことですか? 」


 私は、メルさんと目を合わせずに聞いた。私が、異世界から来たことがばれてしまったということを心配した。ボロをどこで出したのだろう。

 うん、この世界での常識とか知らなかったりと、不自然な点がたくさんあったと納得。秋祭りについても、このタキトス村だけの行事じゃなくて、イコニオン、もしかしたらこのエクレシアという世界に遍く浸透した風習かも知れないし、それを知らないってのは、おかしいよね。まぁ記憶喪失設定だけど。


「もう。とぼけちゃって」

 

 メルさんは、そう言うと革袋に入っているワインを一口飲んだ。


「今日、見ちゃったし、聞いちゃったのよ。ダレトさんに告白されていたじゃない。どうするの? もし良かったら、宿の部屋を貸すわよ。遠慮無く使ってね。今日は、若い人達にとっちゃ、特別な一日だからねぇ。ふふふ」


 メルさんの「ふふふ」という笑いに既視感が漂う。前の世界の噂好きのおばさんの臭いがする。部屋を貸すって、なんかピンクな想像をしている気がする。いや、きっとしている。そもそも告白された記憶なんかない。たぶん、メルさんの口ぶりからすると、今日のメルさんの宿屋でのダレトさんやザインさんと話をした時だと思うんだけど。


「私、あの時、気になっちゃってね。食堂から出て行った後ね、こっそり覗いてたのよぉ。私も昔を思い出しちゃったわぁ。若いっていいわねぇ。あっ、シーツが汚れてしまうとか、気にしなくてもいいからねぇ」


 忙しそうにしていた割に、ちゃっかり覗いていたようだ。全然気付いていなかった。そういえば、食堂でも、若いって良いわねぇって、言っていたなぁ。それにしても、シーツが汚れてしまうって……初めてじゃあるまいし…… まぁ、メルさんがピンクな想像をしていること確定。


「告白って、ダレトさんからもらったあのお土産ですか? 魔除けの効果があるってダレトさん仰っていましたけど」


 思い当たる節から潰していく。それにしても、メルさん、結構酔ってきているんじゃないだろうか。メルさんの上半身が、微かにメトロノームの様に左右に揺れきている。この振りが大きくなったら、左右のどちらかに倒れてしまうんじゃないだろうかと心配だ。


「え? 本当に分かってないのかい? 」


 メルさんの目が大きく開いた。


「はい。なんのことかさっぱりです」


「そっか。記憶が無いんだもんね。記憶が無いってのも大変なものだね。忘れたいなと思う事もあるけど、私には忘れたくない事の方がたくさんある気がするよ。本当にアリサちゃんは大変だねぇ」


 メルさんの目の下で、炎の光が微かに反射した。メルさんって、泣き上戸かも。


「あっ、でも、この村での生活は、毎日が新鮮で楽しいですよ? 」


「村の生活は大変だろう。アリサちゃんは、相当身分の高い貴族の娘だったかも知れないって、シルティスやザインさんも言ってたしね。私もなくそんな気がするよ」


 ザインさんがそういう勘違いをしているのは知っていたけど、シルティスさんまでそういう勘違いをしているのかぁと思う。どこからそんな突飛な発想が生まれるのだろうか……。


「最初は大変でしたけど、皆さん良くしてくださってますしね。メルさんも、私と仲良くしてくださって、うれしいです」


「私も、アリサちゃんが自分の娘みたいに思えてねぇ。私もアリサちゃんと一緒にいることが出来るのが嬉しいのよ」


 メルさんは、そう言って私を抱きしめた。炎の暖かさとは違う、心落ち着く暖かさだ。


「嫁いだり、記憶が戻ったりで村を出ることになっても、たまには此処へ遊びに来て頂戴ね」


「今の所、どちらの予定もないので、大丈夫ですよ。末永く仲良くしてください」


「そりゃ嬉しいね。でも、そうすると、ダレトさんのことは振っちゃうのかい? 」


 メルさんは私を離して、私の目をじっと見た。


「告白されたという認識がないですしね」


「そうかい、そうかい。ダレトさん、宿の食堂でアリサちゃんを待っているようだったけどねぇ。ついでにザインさんもあんたの事、好きだと思うよ」


「ダレトさんは分からないですけど、ザインさんには一緒に王都に行かないかと誘われたことはあります」


「あら。そういうことかい」


 メルさんの中で、何か腑に落ちた点があるのだろう。何か納得した表情だった。ザインさんは、結構、良い意味で、表情や態度に感情が出易い人だからなぁと思う。


「あと、この村だと、農家のラッシって知ってるかい?」


「はい。コルネリウスの友達の方ですよね。今日も少しだけお話しました」


 今日、名前を忘れてしまっていた人だ。ちゃんと憶えた。


「ラッシも、アリサちゃんのこと、気になっていると思うのよね。遠くからいつもアリサちゃんを見ているのよ。私、そういうのに少し敏感なのよねぇ」


 いえ、過敏だと思います、と思ったけど口には出さない。 


 馬頭琴の曲が、落ち着いた曲調に変わった。歌詞のテーマは、相変わらず恋のようだ。

 演奏される曲は、中央のたきぎの火の勢いに合わせているのかも知れない。たきぎが炎をあげて燃えていた時は、曲調もテンポが良く、歌詞も情熱的な内容だった。今は、まきが炭化し、深い紅色をして静かに燃えている。炎が燃え上がるような派手さはないけれど、赤く染まったまきから出る輻射熱の効果で充分暖かい。派手さはないが、静かに暖かい火に合わせてか、曲のテンポもゆったりとしたものに変わり、歌詞の内容も切ない片思いの内容だ。「七竈ななかまどの実の色は、君のほっぺた〜〜 」って、さすがにあんな赤色のほほの人はいない気がするし、クサすぎる気がするけど、、まぁそれはそれ。


「さて、アリサちゃんを独占すると、顰蹙ひんしゅくを買うから、年寄りはそろそろ退散しようかね」


 メルさんはそう言って立ち上がった。


「あ、そうそう。七竈の実の交換の告白のしきたりを、アリサちゃんは知らなかったって、それとなく若者衆にそれとなく伝えておくね。男なら、直球勝負しろってね。あっ、宿の部屋は二階の一番奥ね。鍵は掛けてないからねぇ」


 メルさんは笑いながらガッツポーズをして去って行った。だから、告白とか部屋とかいったい何なんだよぉと思う。


メルさんが何処かへ行ってしまった後、しばらくの間、キャンプ・ファイヤーの火を眺めていた。組木は既に崩れており、真っ赤に炭化した木が赤々としている。

 一人で静かに火を眺めていると、周りで輪になっている人達の笑い声が耳に入る。そして、少しだけ、寂しくなった。

 バルナバ神父やコルネリウスが入っている輪に入ろうと思ったけれど、輪の様子を遠くから見る限り、お酒をまだ飲み続けているようだ。どれだけ飲んでいるのだろうか。


 ふと、メルさんの言っていたことを思い出した。そういえば、ダレトさんが私を待っているとか、言っていた。愛の告白をされた憶えもないけれど、返事を待っているというのであれば、一応、返事をしに行くのが礼儀なんじゃないかと思う。そう思い、私は立ち上がって、ディアンドルに着いた砂埃を払った。地面は乾燥していたから、ディアンドルは地べたに座ったとしても、そこまで汚れてはいないから、宿の食堂に行っても迷惑にはならないんじゃないかと思う。



 宿の食堂に行くと、食堂の奥で、ダレトさんが干し肉を肴にしてお酒を飲んでいた。ザインさんもいるみたいだけど、飲み過ぎたせいか、机にうつぶせになっている。ラメドさんとお酒を飲んでいた時も、酔ってたし、酒癖が悪い人なのかな? と思う。メルさんの掃除が大変になるから、食堂では吐かなければいいな。


「やぁ、ササキ・アリサさん。こんばんは」


 ダレトさんは右手に持っていたコップを置いて、立ち上がった。


「ダレトさん、こんばんは。メルさんからこちらにいると聞いて…… 」


 すごく気まずい。私にはないけど、『放課後、体育館に来て下さい。伝えたいことがあります』、とかそんな手紙が下駄箱に入っていて、実際にそこに向かい、その人と対面した時の心境、とでも言えば良いだろうか。どきどきする、どきどきしている。


「あ、わざわざ来ていただけるとは。ありがとうございます」


「ダレトさん達は、村の祭りには参加しないんですか? 広場でみんな飲んでますけど」


 とりあえず雑談を振ってみる。


「え? ああ。私達は村の人間ではないですからね。タダ酒を飲む分けにはいかないですからね」


 なるほど、と思う。確かに、今日、私が作ったパンも、無料で配ったし、貰った手ぬぐいも、風邪薬も、さっきまで飲んでいたお酒も、全てが無料だった。祭りに参加できるのが、村人だけだったのかも知れない。もしくは、ザインさん達が、遠慮したのかも知れない。

 ラメド徴税官の悪事を暴き、彼を捕まえてくれた、村の恩人のような人達だから、彼等が祭りに参加しても、村の人達も悪いきはしないと思う。おそらくダレトさん達が遠慮したのだろう。この村の数少ない貨幣獲得の手段の一つである宿屋に、お金を落としてくれて感謝、感謝。


「あ、そうなんですね。あ、じゃあ私、そろそろ戻りますね」


 メルさんが宿屋の部屋を使っていいよ、とか訳分からないことを言ってたせいもあって、なんとなく宿屋に居づらい。メルさんが、この場に来たら、また変な事を言いそうだし。


「そうですか。分かりました」


「では、失礼します。ザインさんにもよろしく言っておいてくださいね」


 そう言って、私は宿屋から広場まで戻った。



「まったく。人が酒を飲む、酒が酒を飲む、そして酒が人を飲む、とはよく言ったもんだねぇ」と、地面に寝転がって寝ている人達の廻りに放置されている木皿やワインの革袋を回収しながら、メルさんが愚痴っていた。


 祭りも終わりに近いようで、酔いつぶれて地面に横になっている人が出始めていた。さすがに、この場で寝たら、その人達は風邪を引いてしまうだろう。

 私は、メルさんの片付けの手伝いを申し出て、酒場で、革袋を水に浸けたり、木皿を洗ったりした。

 結局、片付けが終わって、自分の部屋に戻ったのは、明け方近かった。


読んでくださってありがとうございます。

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