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異世界人よ、大志を抱け!!!  作者: 植尾 藍
第3章 遙かなるイコニオン
23/75

3ー5 挿話

 シルティスは、両手を頭の後ろにやり仰向けになって、荷馬車の天井を眺めていた。車輪の回転音、主軸が軋む音、踏みしめられた砂の悲鳴、さまざまな音が荷馬車の中でも鳴り響いている。そして、小さな砂利を踏む度に、数センチ程度の微妙な細かな上下運動が発生する。また、荷馬車を引く馬は、一定の速度では移動しない。馬の僅かな加速や減速が、慣性の法則に従うシルティスの体を揺らす。荷馬車での移動に耐性のない者であったら、30分もしない内に、吐き気を催してしまうだろう。しかし、シルティスは日々旅をし、旅をすみかとして、年を重ねてきた。荷馬車の騒音と振動は、シルティスにとっては子守歌と揺り籠のようなものだ。しかし、昼寝をしようと思っても、眠りにつくことができない。眠れない原因は、明白だった。シルティスが興奮して眠れない理由…… 、それは、ササキ・アリサとかいう得体の知れない若い女が、さらりと示した帳簿の新しい記入方法だ。


 シルティスも、小規模とは言え商会を率いる立場にある者だ。帳簿の記入方法に関しても熟知しているという自負があるし、情報というものは迅速に、正しく使えば、大きな利益をもたらすことを理解しているつもりだ。王都でも、ライバルである商会の動きや、人々の噂などに絶えず気を配っていた。だから、今回のタキトス村で起こったラメドの事件をいち早く察知、行動し、村長からの千歯扱きと驢馬の仮注文まで受けることが出来た。

 しかし、ササキ・アリサがもたらした帳簿の記入方法は、シルティスの情報網にはまったく無かった。


 最近のイコニオンで話題となった技術的な革新と言えば、騾馬らばという動物の飼育が本格化したことだろう。雄の驢馬ろばと雌の馬を交配させているだけあって、騾馬らばには驢馬ろばと馬の面影をある。騾馬らばが、驢馬ろばと馬を交配して生まれたということは、感覚として理解できる。子どもがその親に似るということに通じる。


 しかし、ササキ・アリサの教えてくれた帳簿の記載方法は、異様だ。現在の帳簿記載方法を改良したというには、あまりにも飛躍しすぎている。希代の商売の天才によるブレイクスルーが、幾度となく重ならなければ、現在の帳簿記載方法は、ササキ・アリサの複式簿記という方法には辿り着けない。そう思わせるほどの完成度だし、それほど現在の帳簿記載方法とはかけ離れている。突然、無から出てきたような、気味の悪さすら感じる。


 気味が悪いといえば、ササキ・アリサも不可解な所が多い女性だった。

 まずササキ・アリサという名前である。メルとの会話から推測するに、アリサが名前で、ササキというのがファミリーネームらしいが、名前の前にファミリーネームが来るというのは、変だ。それに、ササキという、そんな家は聞いたことがないし、ファミリーネームを持てるだけの家柄の、しかも年頃の女性が、タキトスのような村にいることが不可解だ。勝手にファミリーネームを作って、それを名乗っている可能性もあるが、地図教育を受けているということを考えると、ファミリーネームを偽称している可能性は低いだろう。


 地図と言えば、ササキ・アリサの地図に対する知識も、あまりにも不自然だった。ササキ・アリサに、王都から、このヤッファの町まで、どれくらいの日数が掛かるかを質問した際に、彼女は明らかにヤッファという町の名前を知らなかった。ヤッファという名前を地図から目で探していた。ヤッファという、イコニオンにおける重要な町の名前を知らないのは不自然だし、イコニオンで地図の読み方を学べば王都の場所の次にヤッファの場所を学ぶ、というくらいの常識だ。ヤッファという町を地図から探し出すのに要した時間と、彼女の地図からヤッファを探す眼球の動きからすると、ヤッファの町を知らなかった。シルティスの商人として長年鍛えた観察力と直感は、そう結論付けた。

 

 ヤッファを知らないけれど、地図教育を受けている。これは、ササキ・アリサが、イコニオン以外の国で教育を受けたことを示唆していた。そして、より決定的だったのが、アサリオンというイコニオンの通貨を知らなかったことだ。タキトスという辺境で、お金に触れる機会が少ないと言っても、限度がある。タキトス村では、アサリオンという通貨を知る機会がなかった? いや、信じ難い。十年の間ずっと旅をしているが、その間に一度も雨に遭遇したことがないという旅人がいる、というような噂話の方がまだ信じられる。



シルティスは、体を起こして、後方の荷馬車を見た。ラタが、荷馬車を操っているのが見える。シルティスは、サルデトが運転している荷馬車から飛び降りた。飛び降りたといっても、荷馬車の速度は遅いので、地面に着地すると、すこしよろけるくらいの衝撃で終わった。

 地面に飛び降りた後、そのまま向かってきたラタの荷馬車に乗った。そして、運転しているラタの隣に座った。


「今日もいい天気だな」と運転するラタに話しかける。

「そうですね。うまくいけば、雨に遭わずに王都まで行けそうですね」とラタは答えた。

「タキトス村の、ササキ・アリサの帳簿は見たか? 」とシルティスは早速本題に入る。

「ええ。昨日の野営後にサルデトさんから一通り説明も受けました。画期的な方法で驚きました。昨日は、興奮で眠れませんでしたよ」

「あの帳簿の記載方法の代金として、今後、タキトス村に行く際には、ササキ・アリサにハンドクリームを一壺届けるという約束をした」

「はは。ずいぶん安い買い物をしましたね。おそらく、この帳簿の記載方法は、使い方次第では、莫大な利益を上げることができますよ」

「もちろんそのつもりだ。いま、有効に活用する方法を考えていたところだ。そこは期待しておいてくれ。王都に着いたら早速動き出すぞ」

「楽しみにしています」

「それはそうと、ササキ・アリサに届けるハンドクリームなのだが、仕入れと届けるのを、お願いしたいが、いいか? 」

「分かりました」

「頼むぞ」


 シルティスは、そう言うと、ラタの荷馬車から飛び降り、小走りでサルデトの運転する荷馬車に追いつき、また後ろの荷台に登った。

 ひとまず、ササキ・アリサの件は、これでよいだろう、とシルティスは思った。ササキ・アリサは、得体の知れない娘ではあるが、イコニオンのどの商会とも繋がっていないと考えられる。

 ササキ・アリサをラタの嫁に迎える。シルティスはそんなことを思い付いた。そして、それは考えれば考えるほど、上策だと思った。ササキ・アリサは得体の知れない分、猛毒の可能性もあるが、毒を食らわば皿までだ。二人の結婚のきっかけとして、ラタとササキ・アリサが毎回、会う機会を作る。そして、シルティス自身は、影でそれとなく村長に、ササキ・アリサとラタの結婚の話を臭わせる。この作戦の第一歩は、まずはそんな所から始めれば良いだろう。


 二人の結婚はメリットのある話だ。まず一つ目が、ラタをシルティス商会の後継者として確立することができるということだ。ラタは、シルティスの息子ではない。孤児だったラタを拾って、シルティスが育て上げたのだ。シルティスは、三人の子供をもうけたが、十歳にならずに皆死んでしまっていた。ラタは、本当の子供ではなく(シルティス自身は、自分の子供のように愛している)、養子縁組みもシルティスの身分では行えない。現在のラタの身分は、シルティス商会の唯の従業員という、ひどく曖昧なものなのだ。

 一方で、ラタの商人としての才覚は、見る目のある商人の間で知れ渡り始めている。既に、ラタを狙った縁談が、ライバル商会から何個か来ている。これまでは、なんとか断っているが、中規模の商会などからの縁談が来た場合、それを断り切れるとは限らない。血縁関係もない、養父でもないシルティス自身が口を挟むのには限界がある。そして、ラタにとっては、縁談は大きなチャンスとなる。どこかの中規模、もしかしらた大商会の娘と結婚し、その商会で正当にラタの実力が評価されたら、いずれは、その商会の当主となることも夢ではない。

 自分とサルデトが苦労して築き上げたこのシルティス商会をラタに継いで欲しい、というのは自分のエゴだということは、自分でも理解している。中規模商会などが相手にすらしない、タキトス村など王都から離れた田舎村を相手に、細々と商売をしている小さな商会ではあるが、シルティスにとってはこれまで自分が生きてきた証の一つであり、自分が後世に残せる唯一のものなのだ。ラタにシルティス商会を継がせる。それはもう若くはないシルティスのやり残している仕事の一つであった。


 メリットの二つ目は、ササキ・アリサも、帳簿の記入方法も理解しており、識字能力があり、地図も読めるということは、ラタの妻としても、シルティス商会を支えていく人材としても、申し分ないということだ。また、ササキ・アリサは、器量も良い。食堂の掃除の仕方を見れば、器量がよいことはすぐに分かった。


 ラタの女性の好みは、はっきりとは分からないが、ササキ・アリサは、外見も良いので、きっかけがあれば、ラタが惚れる可能性もある。ラタも、身内びいきの部分があるかも知れないが、良い男だ。今後、成熟していけば、もっと良い男になるだろう。上手く雰囲気を作ってやれば、二人は恋に落ちるだろう……。


 今回、ラタをタキトスの村に同行させたのは、我ながらなかなか良い決断であったと振り返る。村長や村の幹部とラタの顔合わせも無事に終わり、村の幹部のラタへの印象も良かった。今回のタキトス村からの注文を、期待通りに実行できれば、ラタのタキトスでの評判は確立できるだろう。そして、完全な偶然ではあるが、ラタとササキ・アリサも知り合うことができた。結果は上々である。


 王都に着いたらすぐに、ラメドの横領に対する補償の話が何処まで進んでいるかを、至急確認しなければならないな、等々、シルティスは王都に着いたらやらなければならないことを、頭の中で整理し始めた。

 ハンドクリームを届ける際に、ササキ・アリサに何かプレゼントを贈るように、ラタに指示を出すということも、シルティスのやるべき事リストにはきっちりと記載された。


 お節介と言われるかも知れないが、まぁいいだろう。ラタとササキ・アリサを結婚させることは、シルティス商会の未来のためだ。よし、サルデトと相談して、詳細を詰めよう。王都に着いたら、妻にも相談しなければな。

 なんか面白い事になってきたなぁと、荷馬車の中で一人で笑うシルティスだった……。


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