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異世界人よ、大志を抱け!!!  作者: 植尾 藍
第1章 異世界で司書を目指す?
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1ー1

 私は、司書職員の不採用通知を受け取り、肩を落とした。今年も採用試験に全滅してしまった。昨年度も全滅。今年一年間しっかりと準備をして臨んだ採用試験。しかし、結果はすべて不採用に終わる。


  今年も駄目だったら普通の就職を探す、というのが親との約束。 昨年度、採用試験に受からなかった私は、自主留年をしている。親には学費や生活費の負担が発生していることを考えると申し訳が立たない。また、弟も来年高校を卒業し、大学受験を控えているという状況。家計としては苦しい。弟は、医学部に行きたいと言っており、私大に行くとなると、学費も膨大な金額になるだろう。



「今年も全滅か」と、私はバイト先へ向かう道を歩きながら呟いた。こんな沈んだ気持ちで、居酒屋のバイトをするのはきつい。スマイルはゼロ円なのだけれど、笑顔を作るのはゼロカロリーではない。特に、本当は泣きたいのに笑わなければならない時は、心がギシギシと音を立てる。

 バイトも休みたいけれど、ぎりぎりのシフトで回しているから突然休む訳には行かない。バイト先へ向かう足取りは重い。いつもであれば、20分で着くのに、30分歩いてもまだ着かない。3歩歩いて2歩下がっているのではないかと思う。進まない。いや、進みたくないと思っている。


「夕陽いや、斜陽が綺麗だな」と歩道橋の上で足を止めた。私自身と夕陽が重なる。あぁ、沈んでいく人生。モテ期も無く、頂点が何処ともしれずしおれていくのが私の人生なのだろうか。

 このままの気持ちだと、就職活動にも身が入らないのではないだろうか。



  バイトの時間にはまだ余裕があるけれど、歩道橋の上で長いこと黄昏れていた。


「あんな所に古本屋があったんだ、知らなかったな」


  そう独り言を言う。歩いている時に見える景色と、立ち止まっている時に見える景色は違う。私は、本屋に足を向ける。時間には余裕があるので、少しくらい覗いてみても大丈夫だろう。


 こんなところに古本屋さんなんてあったかな、と私は古本屋に向かいながら記憶を探るが、やはり記憶にはない。この古本屋が面している通りは、金物屋や文房具屋個人商店の看板が並んでいるが、ほんどどがシャッターを降ろして久しい。シャッター通りと呼んでもおかしくはない程、寂れている。近所に駅直結のショッピングモールが出来て、買い物客の動線が大きく変わったのが主な原因だろう。




 古本屋の入り口に到着したが、古本の看板が入り口左手前に置いてあるだけで、店名すらない。外から店の様子を覗いても本が置いてあるようには見えない、というか店の中に本棚すら見えない。ここは本当に古本屋さんなのだろうかと疑いたくなる。でも、扉だけでも開けて、中を覗いてみようと思う。こういう店に限って、絶版になって手に入り難い本が二冊で50円とかで置いてあるかも知れないし。


  古本屋の扉を握り、少しだけ押してみた。扉の上に鈴が着いていたらしく「からん、からん」と音が鳴る。とりあえず50センチくらいだけ扉を開けて、頭だけ中に入れて店内を覗いた。

顔だけ入れると、顔にひんやりとした空気があたった。空調によって冷やされた空気の割には、肌に纏わり着いてくるような風だ。


 古本屋の中を覗くと、幅2メートルくらいの通路がずっと奥まで続いていた。その通路の両脇に本棚があり、本がずらりと並べられている。

すごいの一言で、思わず足を踏みだし古本屋に入った。本棚が何処までも続いているように見えるこの光景は圧巻だ。

 顔を上げて見上げると、本棚の高さにも驚いた。ずっと空まで本棚が続いており、真上には星と本棚で半分だけ隠れた月が輝いている。照明が星と月明かりだなんてロマンティックだなぁ、こんな図書館があったらそこで司書として働いてみたいなぁと妄想する。



「ガチャン」 と音がした。



 扉がしまった音だろうと思いながらも振り返ってみると、後ろにも通路とその両脇に本棚という光景が続いていた。


 あれ? 扉は? と思った。


 私の前後には通路、そして、私の左右には本棚がある。私が入ってきた筈の扉が消えている。


 私は今、どこにいるのか。よし、とりあえず冷静になって携帯を見てみよう。1ヶ月前に、2年以上お世話になったガラ携からスマホに機種変をしている。

 GPSと連動した地図アプリを起動させる。エラー表示となる。よく見たら、電波圏外だ。携帯を振ってみたり、電源を入れ直しをしてみたが圏外だった。



 とりあえず歩いてみようと思う。

だけど、前と後ろ、どちらに進んだら良いのかが分からない。前も後ろも、通路は何処までも一直線に伸びているように見える。錯覚だろうけど。


 こんな時は、本棚にある本を見てみれば分かる。書架に並べ方てある方法を確認する。本が、あいうえお順に並んでいるのであれば、とりあえず「あ」 の方向に向かって歩こう。「あ」の方向が出口に近いという確証もまったくないし、本棚と本の配置によっては、出口とは逆方向に行く可能性があるが、当てずっぽうで歩いて後悔するよりは、ずっとましだ。


  左手の本棚に並べてある本を見てみる。薄暗くて顔を本に近づけなければよくタイトルが見えない。


 しかし、顔を近づけて気付いたのが、 どの本の背表紙にもタイトルが書かれていないということ。本棚に並べて置いて、背表紙に何も書かれていないというのはあり得ない。わざわざ、本棚から本を取り出して、表紙を見なければいけないなんて、最悪である。


「意味わかんないし! 」と、 思わず叫んじゃった。



「意味わかんないし!  」



「意味わかんないし!  」



「意味わかんないし! 」


 私の声が、木霊した…… 。なんて反響のよい古本屋だろうと思いながら床を触ってみたら、ひんやりと湿った冷たい石の感触だった。大理石かも知れない。結構贅沢な作りの古本屋だななんて少し感心。


 気を取り直して本棚にまた感心を向ける。タイトルが背表紙に書いていないので、とりあえず適当に本を一冊抜き出してみる。


 取り出した本は、動物の皮か何かで出来ていて、すごい手触りがよい。デパートの高級財布の販売展示会で冷やかしで触ってみたクロコダイルの皮の手触りによく似ている。


 肝心の表紙には「ξ ¢ Ψ ∃ ⌒ §」みたいな訳の分からない文字が書いてある。 


 はっきり言って、何語であるかすら見当がつかない。英語ではないと断言できるくらいしか、なんなのかがよくわからない。中を開けてみたけれど、同様に中身は不明。私は運が悪いことに洋書コーナー、しかもまったく馴染みのない言語のコ ーナーにいるのかも知れない。


 よく分からない古本屋に迷い込むは、古本屋脱出の手がかりすら見つけられない、そして司書の不採用通知。なんて運が悪いのだろう。悪い事は重なり、雪だるまのように膨らんでいく。



 本を元の位置に戻そうとしたとき、突然、手にもっていた本が光り始め、本が宙に浮かんだ。そして、風で本のページがめくられるように、本のページが勝手にバラバラとめくれている。扇風機を全開にしてその風を本に当てた時みたいだ。


  本の光はますます強くなる。私はまぶしくて目を開けていられなくなり、目を閉じた。


 そして目を開けると、真っ白い部屋にいた。天井が高い。30メートルはあるだろうか。辺りを見渡すと、横にはさっきの本があった。


 起き上がり、出口がないか探してみる。この白い部屋は、真四角で、おそらく天井の高さと横幅が同じくらいだから縦、横、高さが30メートルくらいの立方体なのだろう。残念ながら出口はない、というか継ぎ目すらない。携帯も念のために調べてしみたが、相変わらずの圏外。 ここまで異様な状況に追い込まれると、これはすべて夢なんじゃないかと思えてきて、ほっぺを思いっきり抓る。


ただ痛いだけだった。


 とりあえず両方のほっぺを数度づつ抓った後は何もすることがないので、本を拾って椅子に座り、本を開いてみる。何が書いてあるのかはまったく分からないが、挿絵には綺麗な風景が描かれている。 長閑な田園風景だったり、高い山であったり、綺麗な湖だったり、石を積み上げて作ったようなお城や城壁。どんな内容が書かれている本なのかは、分からない。


「読書中に失礼致します」


 突然後ろから声がした。びっくりして立ち上がり、振り向いたら、 やたら小さいおじいさんが私の後ろに立っていた。


「いやいや、驚かせて申し訳ない。私はロゼと申します。佐々木有沙さん、お初にお目にかかります」と言って、彼はお辞儀をした。


 このロゼという人は、身長が130センチくらいと子供の身長くらいなのに、顔はものすごく老けており、長いあご髭を蓄えている。そして異様に耳が長く、上向きに尖っている。だいぶ人類と呼ぶには変わった姿だ。


「突然、こんな所に来てびっくりしたでしょう。まずは牛乳でもいかがですか? 」


 ロゼと名乗った人の手には、いつの間にか白い液体がたっぷり入ったピッチャーとガラスコップがあった。いつの間に出したんだろう。この人、 手品師? 


「さぁ、遠慮なさらないでくださいね」


「はぁ。いただきます」


 飲む前に一応匂いを嗅いでみたけれど、彼の言った通り、普通の牛乳のようだったので、一口飲んだ。成分無調整の牛乳の味だった。意外と飲めそうなので、残りを一気に飲んだ。


「ごちそうさまでした」と私はお礼を言った。私の喉は、大分渇いてしまっているみたい。もう一杯飲みたい。


「ロゼさん、すみません。いくつかお伺いしたいことがあるのですが」と、質問を切り出す。バイトも行かなきゃ、やばいし。時間的に遅刻ぎりぎりだ。


「はい、なんでしょう。私のお答えできる範囲でお答えします」


「これは、夢ですよね? 」


「いいえ、夢ではありません」


「いやいや。信じられないです。白昼夢って奴ですか? 」と私は再度聞く。


「端的に申し上げますと、あなたは今、別の世界にいます」と、現状を把握できない私に、彼は言った。


 もう勘弁して欲しい。醒めない夢ほどたちの悪いものはない。


「私はバイトに行かなきゃならないんです。そろそろ、目覚めなきゃまずいんです」と、私は言った。


 彼は、目をパチクリさせ、私を見つめている。


「それは出来ません。佐々木有沙さん、あなたは夢を見ている訳ではありません。また、あなたは元の世界にはもどれません。この世界で前向きに生きて行くことをお勧めします」と、彼は現状説明的な何かをし始めた。


「私、頭を強く打ったりしましたか? どこかで転んだとか? 」と、彼に聞く。


「この世界の名は、エクレシアです」と彼は言った。会話のキャッチボールが全然出来ていない。話がかみ合わないどころの騒ぎではない。


「つまり、ここは病院ですか? 」と、強引に聞く。


「いいえ。ここは病院ではありません。ここは、エクレシアという世界です」と、彼は相変わらずの答え。


「もしかして、私、死んじゃった? ここは、天国的な何か? 」と私は聞く。ここは地獄です、と言われませんように、と今更ながら祈った。彼の姿は、閻魔大王を小さくマスコット化した感じに見えなくもない。


「いえ、あなたは生きていらっしゃいますよ。では、現状を理解していただくために、一つ余興をご覧に入れます」


 彼は、右手の親指をパチンと慣らした。そうすると、私たちの居た場所は、白い部屋から草原に変わっていた。彼の後ろには、高い山があり、頂上付近には雲がかかっている。私の背後には、草原が広がっていた。一陣の風が吹くと、それに合わせて草々が揺れている。 風がどこで吹いているのが見える。風が見えるというのはこのことなんだなぁなんて少し感動する。


 どうやら、私たちは山の中腹にある高原にいるのだろうか、とも考えたけれど、そんなはずはない。私は、今、自分の夢の中にいるのだ。ほっぺの抓り具合がまだ甘かったようだ。充分痛かったけど…… 。


 そして、また私はほっぺを抓った。


 やはり、痛い。夢ではない、何かなような気がしてきた。


「私、死んだ訳でも、夢を見ている訳でもない? 」


「ええ。仰る通りです」


「これから死ぬとかないですよね? 今、私は危篤状態とか? 」


「それもないでしょう。あなたは運が悪いようで、運がよい。別世界に来た人は、大抵、一瞬で死にます。あなたはどうやらこの世界の環境に適応できているようです」


「え? 私、今は生きているけど、死ぬかも知れなかったってこと?  」と彼に聞く。彼は、私の質問に的確に答えていない気がするけど。


「ええ。私は、新しくこの世界に来たものを案内するのが役目ですが、私が来る前に大抵の方は亡くなっていますよ。遺体の処理をするのが私の仕事か、と思えるくらいです。佐々木有沙さん、あなたが生きていてくださることは、私にとっても大変喜ばしいことです」


 さらりと彼は、怖いことを言った。死んでいないのであれば、ひとまず安心だ。


「私もこれから死ぬってことはないですよね? 他の方はどうして亡くなったりしたのですか? 」


「佐々木有沙さんは、怪我や病気をしなければ大丈夫だと思いますよ。亡くなった大抵の方は、重力が合わなかったのか、空気が合わ なかったのか、温度が合わなかったのかのいずれかが原因ですね」と彼は言った。


 私も世界によっては、重力が強すぎて圧死したり、酸素がなくて窒息死したり、凍死していたりしていたかも知れないということだろう。背筋が冷たくなった。そして、思考はクリアになった気がする。



「佐々木有沙さん、現在あなたが置かれている状況は理解していただけましたでしょうか? 」


 要は、私は、異世界に来たらしい。


朧気おぼろげにですけど、なんとなく、分かりました」


 私はため息をつく。バイトに間に合わないどころの話ではないようだ。家族も心配するだろう。採用試験に全滅し、落ち込んで失踪…… など、悪い事を想像してしまうだろうから、心配は尋常じゃないだろう。

 本当に、悪いことっていうのは、重なることが多いと思う。

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