2−13
コルネリウスと話した後、眠れないままに朝が来てしまった。雨は夜明け前に上がった。窓から外を見ると、濡れた木の葉が朝日を浴びて光っていた。今日が小麦の納税日でなければ、素晴らしい1日を予感させる光景なのに、と思う。
食堂で時間を確認し、その足で井戸に身支度用に使う水を汲みにいく。ロープを力いっぱい引っ張り、水を引き上げて行く。滑車が軋む。
私は、コルネリウスのように満杯のバケツを引き上げることはできない。満タンだと、手の平がどうしようもなく痛くなる。握力が足りていないから、どうしてもロープで手のひらを擦ってしまうのだ。だから、バケツが半分くらいになるまで、水を振り溢してから引き上げる。「そのうちできるようになるよ」と、コルネリウスは気軽に言っているけど、手の握力が付くのも、手の平の皮膚が固くなるのにも、実は抵抗がある。
冬でも洗濯はしなくてはならないだろうし、井戸の水も引き上げなければならないから、皹なんかができて、そして数年もしている内に、石のように固い手になってしまうのではないだろうか。
メトちゃんのことを私はどうすべきだろうか、ということがずっと頭の中を堂々巡りする。
時間になったので、朝の鐘を鳴らし終えて食堂に戻ると、コルネリウスが食堂で厨房の火をつけているところだった。
「おはよう、アリサ。昨日の残りだけど、温めているから」とコルネリウスが言った。 彼に挨拶を返した。昨日の夜は何も食べていないから、私のお腹は空いている。
「今日は、納税の日だよね? どうするのかな? 」
「どうするもないよ。倉庫から小麦を出して、馬車に積み込むだけだよ」
「私も手伝いにいこうかな」
コルネリウスは、振り返って私を見た。
「ご飯を食べたら、一緒にいこう。積み込みを始めるにはまだ少し早いしね」
私は、コルネリウスと火の番を代わり、コルネリウスは井戸に水を汲みに行った。鍋の中は、麦雑炊だった。一晩置かれたので、麦が水分を吸って膨らんでいた。水を少し足さないと、鍋底が焦げてしまいそうだし、かき混ぜると麦がペースト状になった。
鍋に水を足し、薪を一本追加したところで、コルネリウスが戻ってきた。鍋蓋をした。
バルナバ神父は、既に村の最終会議の為に外出したとのことだったので、コルネリウスと二人で食事をした。コルネリウスは、食事の間、終止無言だった。朝ご飯の麦雑炊は、塩味だけの味気ないものだった。昆布なり鰹とか、ダシが味のベースにないと、物足りなく感じてしまう。雑炊とかシンプルな味付けのものだと、どうしても物たりなく感じてしまう。麦が足りなくてメトちゃんが村からいなくなるという状況下で、麦雑炊に不満を感じている私。自分が最低な人間だと思う。
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食事を終えた私とコルネリウスは、南階段を抜けて、町の市場に向かった。私たちが到着した時には、既に50人位の人が集まっていた。ベト君、ヘト君、そしてメトちゃんもいた。メトちゃんは、麦の冠を頭に冠っていた。また作ったのだろうか。
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暫く広場で待っていると、ラメドが馬車に乗ってやって来た。ゆっくりとした動作で馬車から降りたあと、一昨日と同じように壇上に上がり、懐から、巻物を取り出した。一昨日に宿屋の食堂で見た巻物だった。徴税指令書だろう。ラメドは、それを高く掲げて、「今年の徴税率は五公五民である。小麦、の積み込みを開始せよ」と叫んだ。徴税指令書を掲げることによって、王国の威光を示しているのだろう。
私は、あれ? と思う。食堂で見たときは、小麦は三公七民と書いてあった。宿屋の食堂でザインさんとあの豚が飲み潰れた日、私が見た巻物には、五公五民とは書いていなかった。
私は、もう一度ラメドが掲げている徴税指令書を見た。あの日見た巻物と間違いがない。
「ちょっと待って!」
私は、声を上げた。周りが静かになる。そして、ラメド、村人達、全ての視線が私に集まる。
「なんだっ、お前はっ! 」
ラメドが私を睨みながら叫ぶ。私は「何でもないです」といって、しゃがみ込んで周りの目から隠れたくなった。何を自分が言おうとしていたかも分からなくなる。ラメドの強い語気が、私の頭を台風のように吹き荒れる。
「徴税指令書には、小麦は三公七民と書いてありました」
やっとのことで、小声で呟く。聞こえたのは、私の隣にいたコルネリウスと、私の近くにいた村人数人にやっと聞こえるくらいの声だ。
相変わらずラメドの罵声は続いている。だが、私の耳に入っても頭には入らない。
「本当は、三公七民です! 」
私は、叫ぶ。再び周りが静かになった。そして、さらに強い視線が集まるのを感じた。
「徴税指令書には、小麦は三公七民と書いてありました! 」
もう一度叫んだ。今度は力いっぱい大きな声で。これ以上でないというくらい大きな声で。
「ざ、戯言だっ。そんな、ことを、言って、税を軽くぅ、したい、だけだろう。私は、国王陛下の、信任を受けて、この村から、税を、徴求しているのだ。これ以上、変なことを、言うぅ、のなら、国王の名に、おいてお前を、逮捕、する」
ラメドは私をぶくぶくと太った指で私を指差した。
「さあ、この嘘つき、を捕まえろ! 見せしめに、処刑してやるっ」
ラメドの部下達が村人達を押しのけながら私の所にやって来ているのが分かった。兵士はコルネリウスも乱暴に押しのけられた。また、押しのけられた村人の中に、メトちゃんがいた。メトちゃんが、母親の足を握りしめながら泣いているのが角膜に映し出されたが、何も考えられない。ラメドの罵声は続く。私は、なにも思考することができない。頭が真白になっていく。ラメドさんの語気の強い反論を受けて、私の思考が瞬間接着剤で固められたかのように硬直して動かなくなる。
「ササキ・アリサ!○ × △ □ × △□ □ ×□ ×□×!」
私の思考が停止する直前に、大声で私の名前を呼んだ。そして何かを言っていた。私の名前を呼んだ声の方向を見ると、ザインさんが、私に向かって銀色に光る物を投げてきた。銀色が太陽の光で乱反射して、きらきらと眩しくて、見づらいけれど、私はなんとかそれを掴めた。人間の反射、というものだろう。ほとんど私は反射的にそれを掴んだ。
そのペンダントの重さとペンダントを手に掴んだ際にペンダントの鎖でぶつけた右手の人差し指の爪の痛みが、私の頭をクリアにさせる。
「ササキ・アリサ、このペンダントに書いてある文章を読め! 」
今度ははっきりとザインさんの言っていることを理解できた。
表には紋章が掘られていた。裏に文字が掘られていた。彫刻刀かなにかで削って掘られた文字だ。私はそれを読み上げる。
「ザイン・ライオネット、我は期待する。
一つ、汝は国王に忠実な騎士であることを
一つ、汝は万敵から臣民を守る騎士であることを
一つ、汝は、万難を乗り越える騎士であることを
一つ、我が友、そして汝の父であるハインを越える騎士となれ」
私がそれを大声で読み上げると、村人達からざわめきが起こった。ラメド本人も驚いて、一歩後ずさりをした。
「アリサは、本当に文字が読めるんだ! 」
コルネリウスの声だ。振り返ると私を囲んでいる兵士達の間から、コルネリウスの顔が見えた。
「茶番だぅ! 早く捕らえろっ! 」
豚が叫ぶ。
「ラメド徴税官、どういうことか説明してもらおうか」
ザインさんが、いつの間にか壇上に上がっていた。
「先ほど、ササキ・アリサが読み上げた誓いは、国王自らが私の為に、内容をお考えになり、掘ってくださったもの。ここに何が書いてあるかは、私と国王しか知らない! 」とザインさんは、ラメドに言いながらもみんなに聞こえるように叫んだ。
ラメドは、ザインさんから離れるように後ずさりする。ザインさんは、いつでも剣を抜けるように右手は剣の柄を握っていた。
「無論、誰にも見せたことがないし、この内容を他の者に話したことはない。父上にでさえな。このことから、ササキ・アリサは、間違いなく文字が読めると断言できる。そして、ササキ・アリサが、徴税指令書に書かれている徴税額とお前がこの村に要求している徴税額が違うと言っている。これは、王国騎士として調査する必要がある! ラメド徴税官、王国騎士として命じる。徴税指令書を私のもとに持ってこい! 」
ザインさんは、そう言うと剣を抜き、剣先をラメドに向けた。ラメドは剣先を向けられると、すぐに腰を抜かして座り込んだ。ラメドの部下達も、ダレトさんや他の兵士達が剣を抜いてからは、勢いがなくなり大人しくなった。
その後、村のみんなの前でしっかりと正しい徴税指令書の内容が読み上げられ、ラメドが税を水増しして、水増し分を懐にいれていたことがあっけなく発覚した。
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村の人達と協力して、本来の正しい税率の小麦を馬車に積み終わった。馬車2台分だったけど、みんなで協力したら、1時間もしない内に終わった。ヘト君が自分の体よりも大きい袋をフラフラしながら、倉庫に運んでいる。納税しない分は、倉庫にしっかりと保存するらしい。ヘト君のその顔は笑顔だった。メトちゃんと離ればなれにならなくてうれしいのだろう。ヘト君は、メトちゃんを好きなのだろう。ベト君もメトちゃんが好きだろうからなぁ、なんて考えながら、ヘト君が無事に倉庫の手前で待機している大人に袋を渡すのを見届けた。
メトちゃんは、お母さんにしがみついたままずっと泣き続けていた。メトちゃんの足下には、引きちぎられた麦の王冠の残骸が落ちていた。
ザインさんの部隊も出発の準備を終えたようだ。1列に並んだ兵士の皆さんは、表情がきりっとしている。豚とその部下達は、一カ所に集められ地面に座っている。彼等は、王都に連行されて、裁判か何かを受けるのだろう。
ザインさんは、1列に並んだ兵士の皆さんに何か指示をしていた。ザインさんを見ていると、ザインさんも私に気付いたようで、私のところにやって来た。
「ササキ・アリサ。怖い思いをしたな」
ザインさんから労いの言葉を貰った。「助けていただいてありがとうございました」と私は深々と頭を下げた。私も助けてくれたし、メトちゃん、そして、村全体の危機を救ってくれた。感謝してもし足りないくらいだ。
「それと、ササキ・アリサ、もしよかったら私と王都に来ないか?」
ザインさんの言っていることが上手く理解できなかった。私は首を傾げた。
「家族はもういないと聞いているが、王都に親類や知り合いや友達などがいるかもしれない。私も探す手伝いをすると約束しよう」
ザインさんが、私の知り合いを王都で探してくれるということを申し出てくれたのだと、やっと理解できた。
記憶喪失というのは設定だし、別の世界から来た私には、王都に親類や知り合いなんているわけがない。これは、何か理由をつけて断らなければならない。今となってはザインさんは恩人だけど、やっぱり異世界から来ました、なんて本当のことを言うのは拙いだろうと考える。
「私はこの村に来てまだ数日しか経っていないし、この村で頑張って生活していこうと思ってます」
「そうか。いつでも王都を訪れる機会があったら是非、私を訪ねて来てほしい」
ザインさんは、少し肩を落として、深く息を吸った。
「はい。わかりました。そのときは、王都の観光もザインさんがエスコートしてくださいね」
冗談っぽく、笑顔で返した。
「話は、変わってしまうのだがな。1つ質問をしてよいか? 」
ザインさんは、私から顔を背け、東の空を見る。私もつられて東の空を見てみるが、雲一つない晴天だ。昨日の夜、雨を降らしていた雲はどこにいったのだろうか。
「はい、どうぞ? 」
「ササキ・アリサは、恋人はいるのか? 」
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「は? 」
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話が変わり過ぎすだろう、なんだこの展開。夏の浜辺で、砂のお城を上手に作る方法を話しているのに、いきなり冬の炬燵で食べるみかんの美味しさについて話を振られるくらいの話の急展開だ。
「だいぶ潮が満ちて来たな。強い波が来てしまうと、せっかくここまで作った城も流されてしまうな。ところで、寒い冬の日に炬燵にこもって、降り積もる雪を眺めながら食べる蜜柑は最高じゃないか? 爪に蜜柑の色が付着してのが何ともいえないのだ。どう思う? 」
ザインさんの話の変わり方を例えるとこんな感じだ。
「いえ、残念ながらいませんよ」
とりあえず笑顔で返す。
「残念ながらというのはどういう意味だ? 想いの人がいるのか? 」
言葉尻をとらえてやたらと変な所に突っ込んでくるなぁと思う。「残念ながら」は、こういう場合の必須の枕詞でしょ、なんて思う。
「いえ、それもいません。私、記憶喪失ですし、そういうのも忘れてしまっています」
とりあえず困った時は記憶喪失という設定を持ち出せばよいと、ここ数日で学習した。
「コルネリウスか? 」
少しだけ、ほんの少しだけドキッとした。だけど、「いません」って言ってるのに、人の話聞いているか? と心の中で思う。
「いえ、コルネリウスとも知り合ったばかりですし。教会で一緒にお手伝いをしている限りでは良い人だとは思ってますが」
「そうか。実は、私は、ササキ・アリサ。貴女に、惚れてしまった。美しさや教養だけではなく、村人を救う為の勇気。私の妻になるのは、貴女しか考えられない! 」
告白されたぁ。しかも、お付き合いとか、彼女とかを飛び越して、妻かよ。展開が早すぎる。恋はジェットコースターか。いやいや、この世界にジェットコースターはなさそうだけれど。バンジージャンプくらいはありそうだから、恋はバンジージャンプか! って、いやいや、落ち着け私。さすがにこの急展開に突いて行けるだけの場数を踏んじゃいない。王国騎士、ステータよし。外見も金髪のイケメン。公爵の息子とか言ってからか、お金持ち、よし。頭の中で私の恋人チェックリストにすごい勢いで○が着けられてくる。あぁ、私って、顔とかスタイルとかを採点する男とか最低だよね、なんて意見に強く賛同した覚えががあるけれど、私も男を採点とかしちゃう結構嫌な女だったんだなんて、新たな自己発見をしてしまう。って、浮かれてもしかたない。
「…… 」
私は何も答えない。一瞬、鼓動は高鳴り、ひどい妄想をしてしまった。答えは「ごめんなさい」しか存在し得ない。私は、ザインさんに嘘をついている。決定的な嘘を。自分の存在を偽る嘘を。表面的には上手にやっていけるかもしれない。だけど、私の心の奥にしまってある、私自身の存在を偽る嘘に、いつかザインさんは気付くだろう。誰に対しても開くことのない秘密の扉が心の中にあることに、ザインさんは気付くだろう。そして、私の心を求めて、その扉を開こうとするだろう。そして私は必死に抵抗をするだろう。そして、最期はお互いに疲れ果ててしまうだろう。きっとそうなる。ザインさんは、誠実な人だ。誠実に私の心を追い求めるだろう。そしてそれを私は強く拒まなければならない。
「出会って間もなし、躊躇う気持ちも分かる。だから、一緒に王都に行かないかと誘っているだ!王都で暮らす場所がないというのであれば、私の屋敷に住めばいい! 父上、母上を説得してみせる! 」
畳み掛けに入るザインさん。
「私は記憶喪失ですし、まだこの村のことや、このイコニオンの王都の事だった憶えていません。きっと王都に言っても迷惑をかけてしますかもしれません」
「迷惑なんて関係ない! 私が望んでいることだ! 」
どんどんヒートアップしていくザインさん。声も大きいし、ジェスチャーがものすごい。そんなに両手を広げて全身で表現をしないでほしい。
「それに、私が本当に忘れているだけで、本当はザインさんの言った通り、私はザントロスのスパイなのかも知れません。いつ記憶を思い出して、ザインさんを裏切ってしまうかもわかりません」
「そんなことはない。ササキ・アリサ、君を…… 」
「ごめんないさい」
私は頭を下げて、ザインさんの言葉を遮った。私の語気は、強くザインさんを拒絶した。
3、4秒くらいの沈黙のあと、ザインさんの足が、頭を下げて地面を見ている私の視界から消えた。ザインさんは、なにも言わず、部隊が整列しているところに戻り、愛馬のタウに乗った。
「出発するぞ! 準備はよいか」というザインさんのかけ声。勇ましいかけ声だった。
「はい! 」と部隊全員が一斉に唱和する。
その唱和を聞くと、ザインさんは、北門に向かい始めたが、タウの手綱を引き、見送る村人達の方を振り返った。その光景は、歴史の教科書で見た事なあるナポレオンの肖像と重なった。ナポレオンが大サンベルナール峠を越えようとするときの場面を描いたものだったと思う。ザインさんと目が合った。まっすぐ私を見つめている。
「ササキ・アリサ、忘れるな! 私が、万難を乗り越える騎士であることを! 」
それだけを言うと、ザインさんは北門から出発をした。村人達から歓声が聞こえた。
綺麗に整列していた部隊の人が、次々とザインさんの後を追うように出発していく。ラメドの一味は木製の拘束具で、首と両手が拘束されている。そして鉄製の鎖で全員が繋がれている。逃げ出すには、全員が息を合わせて走らなければならない。運動会の二人三脚のように足ではなく、首と両手が連結されているだけだから、二人三脚よりはハードルが低く、簡単に転んだりはしないだろう。しかし、走って逃げるにしてもラメドがいるから、速度は出ないだろう。100メートルも走ればラメドは息が上がり、動けなくなるだろうし、人間の足で乗馬した人から逃げられるとは到底考えられない。
ベト君がラメド達に向かって石を投げようとするのを、男の人が制止した。おそらくベト君のお父さんだろう。石を投げたくなるベト君の気持ちも分かる。しかし、ラメドがこの村の徴税官になってから、高い税率をかけられ搾取されていたというのに、村の人達は怒りをラメド達に向けてはいるものの、罵ったり、暴力を振るったりはしていない。ベト君のお父さんらしき人も心が立派だ。
出発する部隊の最後は、ダレトさんだった。隊長が先頭、副隊長が最後尾という形で、偉い人が列の前後を挟むのだろうか。ダレトさんは、村長に向かって一礼をした後、乗馬し部隊の最後尾についた。
私は、ザインさんの部隊が、北門から続く丘を越えて見えなくなるまで見送った。本当にこの村に着いてからの数日間、本当にいろいろと新しい体験をしたなぁと振り返る。
「アリサさん、いろいろとお疲れ様でした」
後ろを振り向くと、バルナバ神父とその横にコルネリウスが立っていた。
「いろいろと語り合いたいところではありますが、そろそろ昼の鐘を鳴らす時間ですね」
「あっ!」
私は声を上げた。完全に鐘を鳴らすことを忘れていた。
「しかたないな。アリサ走るぞ」
そういうと、コルネリウスは北門から教会の方に向かって走り出した。私も慌ててコルネリウスの後を追って走る。傾斜は南側の階段より急ではないものの、登り階段を走って登るのは正直辛い。前を走っているコルネリウスとの距離がどんどん開いて行く。このまま、コルネリウスに任せちゃおうか、なんて悪魔がささやいてくる中を、全力疾走で走る。
教会の階段を登り終わり、一旦息を整える為に両手を両膝の上にのせて、地面を見つめる。額から水分というか汗がにじみ出ているのを感じる。後一分くらいこの体勢でいたら、汗が雫となって地面に落ちるだろう。こんなに本気で走ったのは久しぶりだ。呼吸は乱れているけど、気分は爽快だった。
教会の丘から北を見ると、ザインさん達の部隊が見えた。
「アリサ、縄を引く準備をしていてくれ。俺は時間を確認してくる! 」
コルネリウスは、そういって教会の中に入っていった。私も教会の中へと走る。
今鐘を鳴らせば、鐘の音は、ザインさん達にも届くだろう。さよらな、ではなくて、またいつか会いたいです。そういう気持ちを込めて、ロープを引いた。
教会の正午の鐘がタキトスの村とその周辺に鳴り響く。
読んでくださり、ありがとうござます。