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異世界人よ、大志を抱け!!!  作者: 植尾 藍
第2章 タキトス騒乱
15/75

2−12

 湯浴みをして、自分の部屋のベットに座る。すっかり夕方になってしまった。自分自身の落ち着きも徐々に取り戻した。窓から外を見ると、いつの間に、どこから湧いて出て来たのか雲が空一面を覆っていた。雨を降らしそうな雲だった。


 私は、目を閉じて、また今日の状況を時系列で思い出す。





 泣き続けるメトちゃん、麦を踏みつけ続けるベト君とヘト君。状況が変わったのは、ザインさん達が駆けつけてくれたからだった。メトちゃんの泣き声が聞こえたのか、このベト君とヘト君の状況が、駐屯所から見ても異常だということがわかったのだろう。 


 ザインさんの、一体これはどうしたんだ? と、私の肩を揺らしながらザインさんは質問した。私はわからないと、まず答え、そして、とぎれとぎれに、落ち穂拾いをしていたこと、メトちゃんの作ったティアラをベト君が壊したこと、そしてずっと踏みつけていること、メトちゃんがずっと泣き止まないこと、ベト君とヘト君も地面のティアラの残骸を何回も何回もずっと、ずっと、踏み続けていることをゆっくりと説明した。


 ザインさんに続いて、ダレトさんや他の兵士も駆けつけて、ベト君とヘト君を落ち着かせようとするが、相変わらずの状態なので、取り押さえようとする。取り押さえられようとしたベト君は、逆に兵士さん達に乱暴をしようとしたが、さすがは戦闘を職業としている人達だった。ベト君をあっという間に地面に組み伏せた。


「ちくしょー、ちくしょー、ちくしょー」と、地面に顔を押し付けられながらも、ベト君は大きな声で叫び続けていた。


 そのうちベト君が静かになったと思ったら、気を失っていた。どうやったかは分からないけれど、ベト君を組敷いていた兵士が、失神をさせたんじゃないかな。ヘト君は、兵士に制止させられると、その場に座り込み、ずっとしくしくと泣いていた。



 そして、ザインさんがメトちゃんと私を立ち上がらせて、村まで送ると言って、送ってくれた。メトちゃんをおんぶして、左手で私の右手を握り、村の方へと誘導してくれた。私もずっと泣き続けていた。歩いている途中の、メトちゃんの「ぐすん」という鼻水を飲み込む音が、今も耳に残っている。



 ザインさんもメトちゃんの家がどこにあるか知らないということで、宿屋のメルさんに尋ねるといって、一旦宿屋の中に入った。ザインさんは、受付でメルさんと短く何か会話をして、私を食堂の方まで連れていき、食堂の椅子に座らせ、ここで待っていろとだけ言って、メトちゃんを連れて外へ出て行った。ザインさんが出て行くのと入れ替わりくらいのタイミングでメルさんが、おしぼりと水を持って来てくれた。顔まで土だらけだよ、顔をお拭き、と明るい声で話かけてくれた。おしぼりで顔を拭くと、拭き取ったおしぼりの部分が土色に変わっていた。

 顔を拭いたあと、メルさんが差し出してくれたコップの水を半分だけ飲んで、私はメルさんにお礼を言った。メルさんは、「元気をだしてね。これは仕方がないことなんだからね」と言って食堂から出て行った。



 窓に雨が当たる音で、私は目が覚めた。いつの間にか寝てしまっていたようだ。食堂で、おしぼりのことを思い出す。前の世界では、おしぼりで顔を拭くと、ファンデーションでおしぼりが肌色に汚れちゃうけど(前の世界でも数回しかしたことない)、この世界では、顔をおしぼりで拭くと本物の土でおしぼりは土色になるんだな、なんて余計なことを考える。雨音は、どんどん強くなっていく。ベト君が雨が降ると言っていたことは本当だったなぁ。


 メルさんが言っていた、「仕方のないこと」って言葉が気になり始める。「何」が「仕方のないこと」なのかが分からない。考えるのを止めて、また寝ようとしても、雨の音が頭に響いてよく眠れない。また、今日起こったことを回想する…… 。





 宿屋の食堂で待っているように言われて、30分くらい食堂でぼぉっとしていると、ザインさんが宿屋に帰ってきた。ザインさんは、帰るぞ、と言って私の手をとり、私を引っ張っていってくれた。教会の玄関では、バルナバ神父が待っていてくれた。ザインさんはメトちゃんを送っていった後、教会の階段を駆け上がり、私の状況を一報していてくれていたそうだ。バルナバ神父は、ザインさんにお礼をいい、教会の長椅子に私を座らせた。そして、コルネリウスが、湯を炊いていますから、まずはゆっくり湯に入ってきてくださいね、と言った。教会の扉の外で、バルナバ神父とザインさんとが何か話していたけれど、なにを話しているかまでは聞き取ることができなかった。しばらくして、バルナバ神父が戻って来て、ザインさんが駐屯所に帰ったことを伝えてくれた。

 そして、コルネリウスが焚いてくれたお風呂に入り、そのあとすぐに、私は自分の部屋に戻りベッドに座ったんだっけ。




 降り始めた雨は、どんどん強くなっていっている気がする。

 雨が窓を叩く音が気になって眠ることができない。一定のリズムもなく、窓を叩く音の強弱もまちまち。少し意識が眠りの中に吸い込まれると思ったら、雨が強く窓を叩き、その音でまたハッと目が覚める。眠る、という人間に取って必要な行為がうまくいかないことがある。今日の、ベト君、ヘト君、メトちゃんのことが気になる、それが原因で眠ることができないということがはっきりわかる。


 やはり、眠るということができない。雨の音が気になるし、今日の出来事も気になる。眠ることが出来ない。メトちゃんの鼻水をすすり上げる音を思い出す。雨音とまったく共通性はないけれど、不思議と思い出してします。メトちゃんも泣いていた。ベト君、ヘト君も泣いていた。眠れねい。



 時間は過ぎる。されど眠れず。



 眠れない。何度目だろう。布団を払いのけ、起き上がりベットに座る。そして今日の出来事をまた思い出す。堂々巡りだ。そして、今日の出来事を考えても、結局は、「訳が分からない」という同じ場所に戻ってくる。


 ・


 ・


 ・


 音がした。コルネリウスが部屋から出てくる音だろう。扉が開く音がしてから、梯子を降りて行く音がした。トイレかなぁ、なんてぼんやりと考えていて、人の生理現象の事を考えているようではしばらく眠れないなという確信を持つ。私は、ベットから起きて、髪を少し整える。真っ暗で鏡とかでは確認できないから、手で簡単に髪を撫でただけだけど、寝癖はついていないことが手触りで確認できる。

 

 梯子を登ってくる音が聞こえてきたので、自分の部屋の扉をそっと開ける。ランタンの明かりが、ゆらゆらと揺れていた。


「わっ…… アリサか。びっくりした」


 階段を登り終えたコルネリウスは、扉から顔を覗かせていた私に最初びっくりしたようだったが、すぐに私だと気付いた。


「驚かせてごめん。音が聞こえたから」


「起こしてしまった? 」


「あ、もともと眠れなくて」


「そうだよな。今日の事はザインさんとバルナバ神父から聞いたよ」


「うん…… 」


 少しの間沈黙があった。自分の部屋から漏れてくる雨音と、ランタンの中からチリッっという何かが燃える音が聞こえてくるだけだった。


「あの、俺、部屋に入れないんだけど」


 沈黙を破ったのはコルネリウスだった。私の部屋とコルネリウスの部屋は向かい合っている関係上、私が扉を開けていると、コルネリウスの部屋の扉を開ける事ができない。要は遠回しに、邪魔だからどいてくれ、と言われた形だ。


「今日のことで聞きたい事があるんだけど、いいかな?」


 私はコルネリウスに聴いた。


 彼が一度大きく息を吐いて、また大きく吸った。


「分かることであれば。ここで立ち話も何だから、下の食堂に降りる? 部屋で話す? 」


「私の部屋で良いよ」


 私は、扉を大きく開けて部屋の中に入りベットに座った。コルネリウスは、床に胡座を組んで座り、自分と私の間にランタンを置いた。ランタンの明かりで微かに見える彼の顔は、微妙にホラーになっていた。彼から見たら、私の顔もそう見えるのだろうか。コルネリウスを見下ろす形になるのは、こんな夜中に迷惑をかけている身といては気が引けたので、自分も床に座る。


「聞きたい事ってなんだ?」


「ざっくりとした質問になっちゃうんだけど、今日起こったことが、よく分からなくて、コルネリウスが知っていることがあれば教えて欲しい」


「少し長い話になると思うけど、順を追って話すね。質問があれば、その都度聞いてくれ」と彼は行った。


 コルネリウスがまず説明をしてくれたのが、今日ベト君達が何をしていたか、ということだ。まずこの世界の税制度上、落ち穂は税の対象から外れるということだった。為政者側が村への寛容を示しているらしい。ベト君たちは、税の対象外になる落ち穂を集めて、村の麦の収穫量を増やす手伝いをしていたということだ。

 個人的にはその話を聞いて、落ち穂が税の対象外とか、そんな遠回しなことをしないで、税を軽くしてあげればいいと思ったけど税制度の問題をコルネリウスに言ってもしかたがない。節税対策として、故意に落ち穂を増やせばいいじゃん、とコルネリウスに突っ込みを入れたが、そうさせないように監察官、つまり今回はザインさんとダレトさんが、適切な収穫方法を取っているかを調べるらしい。


 次に彼が話をしてくれたのが、今年の村の問題。税率通りの麦を納めてしまうと、村の麦の備蓄が安全水準を下回ってしまうということらしい。備蓄の安全水準とは、来年が凶作で収穫がまったくゼロであったとしても、再来年の収穫の時期まで食いつなぐことができるという水準だ。ここの村の麦は、1年に1回しか収穫しないらしいから、まる2年分の村の食料消費量に相当する備蓄しているということらしい。まる2年分の食料を備蓄するというのは、かなり大げさなのではないかと思ったけれど、飢饉というものが予測できないものであり、もし村で餓死者が出たりするくらい村が荒廃したらその村の立て直しには、10年、20年という長い歳月がかかる。それを防ぐという意味でも2年分の備蓄というのは当たり前のこと、だそうだ。それに、戦争が勃発する可能性などを考慮すれば、まる2年の備蓄量でもぎりぎりらしい。ちなみに、備蓄量が多すぎると盗賊などに狙われるリスクが大きくなるから、備蓄量が多すぎるのも良くないと、コルネリウスが補足した。


 この村が現状抱えている問題を回避する方法がある。それは、麦をどこかから調達するという方法らしい。


「麦を他から調達するというのは、普通じゃない? 」


 村の小麦が無くなるのであれば、王都なり、他の村から買ってくればよいだろう。税制度上も、他所から買い付けて来て納めても何も問題ないとザインさんが言っていた。何をもったい付けて、コルネリウスはこんな説明をしているのかが分からなかった。


「そう。当たりまえのことだよ。でもその小麦の対価が必要になる」


「お金? 」


「お金の場合もある。今回は、メトちゃんだ」


 彼の発言の意味が理解できなかった。小麦の対価、イコール、お金、イコール、メトちゃん、という謎の不成立の方程式が頭の中に浮かぶ。数学は苦手だったけれど、この方程式が成立していない、破綻している。

 

「ラメド徴税官に依託して、メトちゃんと小麦を交換してもらう」


 方程式を成立させる補足をコルネリウスがした。かろうじて、私はコルネリウスの言っている意味は、理解することができた。


「ちょっと待って。最近は、戦争がなくて、税が軽かったということをザインさんに聞いたわ。それなのに、どうして人身売買のようなことが行われることになるの? 」


「この村が限界なんだよ。3年、4年前まではかなりの備蓄量があったんだけど、徐々に備蓄量が減っていったんだ。今の村の人口規模からすると、五公五民の税率だと、村の備蓄量は減少する。四公六民だと、村の備蓄量は微増するという水準。そして、ラメドさんに依託して、現物での出費を村の収穫の四割にすれば、備蓄量も安全水準を下回ることがない」


 ここ数年は、なんとか村の備蓄量を減らすということで対処してきた。しかし、税率が今年も五公五民であり、計算すると村の備蓄量が充分でなくなる。来年は飢饉が起こらない、という賭けを村全体でするか、それとも、メトちゃんを代価として差し出すか、という問題を村長や村の偉い人達は話し合いを行ったそうだ。そして、話し合いの結果は、村全体の存続を脅かすことはできない、というものだった。


 村長がラメドに相談した結果、ラメドから提示されたのが、収穫量の10%相当の小麦とメトちゃんを交換できるように王都で取り計らうというものだった。村としては、メトちゃんを差し出せば、村の備蓄量を微増させることができる。徴税官と、村がこのような取引を行うことは、暗黙的に認められている。ザインさんは説明を省略したようだが、厳密に言えば、王国の穀物庫に納められる時点で、小麦の現物が税で定められた量あればよいのだ。そして、どのような手段でその小麦を用意したかは、王国側は問わないらしい。


「メトちゃんはどうなるの? 」


「ラメド徴税官が、王都の貴族で、女の子を養子にしたいという人を知っているらしい。その人を当てにしているみたいだよ」


 この世界のこと、特に王都には行った事はないし、詳しい事情は分からないけれど、話が上手すぎる、というのが私の印象だ。コルネリウスの声のトーンも明らかに下がったし。


「それって本当なのかな? 」


「本当かどうかは分からない。ただ、立派な貴族だから、メトちゃんは、今よりも良い暮らしが出来るだろうってラメド徴税官は言っているみたいだよ」


「コルネリウスは、その話、どう思ってる? 」


 コルネリウスは、答えない。コルネリウスの少年時代のことを思い出す。そんなに都合良い話しがそこら中にあるなら、コルネリウスの少年時代はもっと明るいものだっただろう。コルネリウスの沈黙が答えなのだろう。そんな旨い話は、無いと。


「メトちゃんを救う、他の方法はないのかな? 」


「村には、小麦に代えるようなものはないし。村長達が検討に検討を重ねた結果だよ」


 今度は、私が黙り込む。


「メトちゃんの両親が、アリサも落ち穂拾いをしてくれていたことに感謝していたってさ。そう、アリサに伝えて欲しいと、ザインさんから言付けがあった」


「私は、理由も分からず拾っていただけだけどね」


 ベト君、ヘト君があんなに一生懸命だった理由が今更ながら分かり、暇つぶし感覚で落ち穂を拾っていた自分が恥ずかしくて、泣きたくなる。


「コルネリウス、ありがとう。明日も早いのに、話に付合ってくれてありがとう」


「お安い御用だよ」


 コルネリウスは、ランタンを左手にもって立ち上がった。明暗の境界線が変化した。


「本当にメトちゃんを救う方法はないのかな? 」


 コルネリウスは、右手でドアノブを握ったまま、動かない。ランタンの明かりは、コルネリウスの体に隠れる。コルネリウスの背中も暗かった。


「バルナバ神父からアリサには内緒にしておいて欲しいと言われたことがある」


「なにを? 差し障りなかったら教えてほしいな」


 コルネリウスは、暫く考え込んでいたが、教えてくれた。ラメドから、「ササキ・アリサ」、つまり私であれば、さらに多くの小麦と交換できるという提案があったらしい。なんらなラメド自身が収穫量の15%相当の小麦で「ササキ・アリサ」を引き取っても良いということだった。メトちゃんよりも多くの小麦が村に残るし、大変魅力的な提案だったけれど、私が村に来てから数日ということで、このラメドの申し出は、断ることになったそうだ。ちなみに、来年も同じ状況になったら、私が小麦と交換に出されるだろうと、コルネリウスが補足してくれた。


「アリサ、変な事は考えないでくれよ」 


 コルネリウスは、それだけ言って、部屋を出て行った。

読んでくださり、ありがとうございます。

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