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東門には、宿屋と薬屋さんがあった。ザインさんに聞いたところによると、村で外食できる場所は、先ほどの酒場と宿屋だけだそうだ。
薬屋の店主は、村のお医者さんも兼ねて居るようで、村の人達は病気や怪我をするとこの薬屋の店主に症状を看てもらい、適切な薬を選んでもらうとのこと。ザインさんの説明を受けて、それって薬屋というよりは病院じゃんと、突っ込みたくなったが、薬屋の中を覗いてみると、薬屋の店内にはベットなどはなく、カウンターとその奥に薬が並べてある棚、そして木の椅子しかなかった。確かに、病院とはさすがに呼べない店内だなぁと思う。風邪をひいた際は、あの椅子に座って店主に看てもらい、適当な薬を買うのだろう。
「ザインさん、薬では対処できない怪我をしてしまった時なんかはどうするんですか?」と聞く。
「この村には、手術ができるような人はいないし、医者が住んでいる町まで行くのに、早馬でも2、3日はかかるからな。簡単な手当は、村長ができるから村長に手当をしてもらえるだろう。村長でも手に負えないのであれば、バルナバ神父が呼ばれるだろうな」
意外な名前が出て来てびっくりする。
「バルナバ神父がですか? バルナバ神父の怪我の手当とかできるんですか? 」
「まさか。出来るわけがないだろう。バルナバ神父に、その怪我人が安らかに神様の下に行けるようにお祈りをしてもらうんだ。死ぬときは安らかな方がいいだろう? 」
「ササキ・アリサ、そんなに暗い顔をするな。命に関わるような大きな怪我なんて、嵐などの自然災害だが、滅多にそんなことは起こらない。怪我をする可能性が一番高いのは戦争だが、今の陛下は平和を愛される方で、戦争も数年は起きないだろう」
「わかりませんよ。こちらが戦争をしたくなくても、相手が戦争をしたいかもしれないですし」
「ザントロス国か。ザントロスならあり得ない話ではないが、その時は、我々騎士が民を守るから大丈夫だ」
あれ? 特に、「相手」といっただけなのに、ザインさんの口から固有名詞が出て来た。そういえば、ザインさんは、私のことをザントロス国のスパイとかなんとか言っていたな。仮想敵国というのは、この世界でもあるようだ。
「それは頼もしいですね。ところで、ザントロス国ってどんな国なんですか? 最初にザインさんにお会いした時も、私をザントロス国のスパイとか、言っていましたよね? 」
彼はさんは、少し難しげな顔になった。
「ああ、あの時はすまなかったな。ザントロスというのは、この村の南の方角にある国だ。この村からだと、森を抜けて、山を越えたところにある。『白の騎士と悪魔』という物語は知っているか?、というより憶えているか?」
「白の騎士と悪魔、ですか……。 初めて聞いたような気がします」
そんなの憶えているというか、初めて聞きました! この世界の物語なんて、1つも知りませんよ! と内心思う。ロゼさんからもらった本もまだ、リュックに入れたままでまだ、取り出せてもいない。
「まぁ、ザントロスを憶えていないのであれば、この話も憶えていないだろうな」
彼の口ぶりでは、私が以前確実に知っていたということ前提だ。おそらく、この国の誰もが知っているような物語なのだろう。記憶喪失設定は、本当に便利だ。
「語り継がれているところでは、むかしむかし、悪魔、つまりザントロス国が、このイコニオンを攻めてきました。しかし、イコニオンの白い騎士が活躍し、見事悪魔を撃退しました。めでたしめでたし、という話だ」
桃太郎とか、浦島太郎よりも話が簡潔だ。というか、物語の体裁じゃない。おそらく、語り手、つまり彼に問題があるのだろう。
「ザインさん、物語を大分、省略してますよね? 」と私は確信を持って聞く。
「俺は、騎士の家系だからな。もうこの話は子供の頃から100回以上聞いていて、うんざりしているんだ。要点を伝えるだけで勘弁してくれ。それにしても、ササキ・アリサ、女性であったとしてもこの物語は成人するまでに少なくとも3回は聴いてると断言できるくらい有名な話だからな」
3回の根拠がよく分からないけれど、とにかく有名らしい。こちらの世界の、浦島太郎とか、桃太郎とか、竹取物語に相当するのかも知れない。
「そうなんですか。全く憶えていないです。今度、コルネリウスに物語を聞いておきます」
「そうしておけ。じゃあ、白の騎士の話のついでに東門の私の部隊のキャンプを見学していくか? 白の騎士の騎士団とまではいかないが、精鋭がそろっているぞ。お腹は減ってないか? 先に昼ご飯を食べてからでも大丈夫だぞ? 」
「お腹は空いていますが、まだ大丈夫です」
「そうか、では行こう。そうだ、ササキ・アリサ、少しここで待っていてくれ。ワインを預かってもらってくる」
ザインさんは、そういうと、宿屋の中に小走りで入っていった。宿屋は、この村では珍しい2階建ての建物だった。村の北側、西側、南側を見てきたけど、2階建の建物を見た記憶がないので、この村でここしか2階建の建物は無いかもしれない。
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2〜3分で彼は戻ってきた。
「すまない。待たせたな。ワインは宿屋の受付に預かってもらってきた。ササキ・アリサの名前も伝えてあるから、名前を言えば渡してくれるだろう。さあ、行こう」
私とザインさんは、東門を抜けた。東門からは、麦が刈り取られた後の農地が広がっていた。ジャン=フランソワ・ミレーの落穂拾いで描かれている光景のようだった。脱穀し終わった麦が、数カ所で干されている。収穫された残りの麦は、すでに倉庫かどこかにしまわれているのだろう。広がる畑の脇に、テントが3つ張ってあるが、部隊の駐屯地というような大規模なものは見当たらない。こちらからは見えないが、テントの裏側から煙が上がっている。薪でもしているのだろう。
「部隊のキャンプは、彼処だ」
ザインさんは、テントが張っている場所を指差した。あのテントが部隊の駐屯地なのだろうか? 中学校の時の林間学校で張ったテントの数の方が多い。私は、テントの方に向かっていくザインさんの後をついていった。
「ザインさんの部隊は、何人くらいいるのですか? 」
「私を含めて11人だが? 」
少なっ。なんか王国騎士だなんて聞いていて、すごい人数の軍隊の指揮をするのかと思っていたけれど、そうではないようだ。
「意外と少ないんですね」と言う私。それを聞いて、彼は、少し不機嫌そうな顔になった。
「少数精鋭ということだ。ザントロスとの国境の村とはいえ、平和な場所で、大規模な戦闘が起こることも考えずらい。また、納められた麦を襲おうとする盗賊もまずいない。本来ならば、私とダレトだけで十分なのだがな」
駐屯地の近くに行くと、上半身裸で素振りをしていた人が、ザインさんと私に気付いたようだ。
「隊長が戻られたぞ! 女連れだ! 」
そういうと、テントの中やテントの死角から、人がぞろぞろと出てきて、ザインさんの回りに集まる。半分以上が、上半身裸という格好だ。軍隊というだけあって、みんな胸筋がよく発達している。兵士というイメージ通り、みんな粗野な印象を受ける。彼等は遠慮のない視線で私をじろじろと見てくる。特に、胸元を観てくる。身の危険を感じる。
「ラメドが村に到着した。2日後には王都に向けて出発するだろう。全員、出発の準備をしておくこと!」
「はい! 」
部隊の人達は、一斉に返事をした。ザインさんが学校の先生で、兵士さん達が生徒って感じかなぁ。
「ところで、隊長の隣にいる女性は? 」
1人の兵士がにやにやしながら言った。私は一歩下がった。
「この方は、教会で働いているササキ・アリサだ。彼女は、この村に数日前に来たばかりなので、村を案内しているところだ」
「隊長がナンパした女性ってのがこの方ですか? 」
部隊のなかで一番顔が若い、まだ高校生くらい? の少年がそう言うと、笑いが起こった。
「ザントロスのスパイとか因縁をつけるとか、さすがは隊長ですね」
「隊長も、女性が好きだって分かって安心しました」
「確かに美人だな。隊長の気持ちも分かる。うん、分かる」
「隊長にもやっと恋人が出来るってことですか? 」
などなど、好き勝手に回りで騒ぎだす。
「静まれ! だれがナンパなどするか! 誰がそんなことを言っている? 」
「ダレト副官です。先日、タウを連れて戻って来て、隊長が女性をナンパしているって、笑いながら話をしていましたよ」
「あいつめ! 」とザインさんが叫ぶと、またどっと笑いが起きた。
部隊の上下関係は厳しいような印象だったけど、そうではないようだ。高校生くらいの若い人もいるが、ほとんどがザインさんと同じか少し下というくらいの年齢だ。みんな、仲の良い友達といった感じだ。学級員長と、クラスメートって感じかな。
兵士さん達は、隊長のナンパが成功をした事を祝う為に、隊長の奢りで今晩酒を飲もうなど、勝手に盛り上がっている。ザインさんが、宿にワインを置いて来た理由が分かった。おそらく、ここにあのワインを持って来ていたら、ザインさんから部隊への差し入れということになり、この人達に渡さなければならなくなっていただろう。
でも、ワインを隠すくらいなら兵士さん達の分も買ってきてあげればいいのにとも思う。
「ちょうど、昼の用意ができていますが、隊長食べて行きますか? ササキ・アリサさんも、よかったら食べて行きませんか? 」と、兵士の一人が言った。
「いらん。俺とササキ・アリサは宿で食事をする約束をしている」
「え〜、ずるいっす。デートじゃないですか。隊長もやり手ですね! 」
ナンパ発言をした一番若い人が言った。
「デートではなく、村の案内だ。ササキ・アリサ、そろそろ行くぞ」
ザインさんと私は、東門に戻るないだずっとキャンプでは「隊長、頑張ってくださいね! 」と応援して手を振り続けている。無邪気な人達だなぁ。
「ザインさん、デートとか、そういうのではないですよね? 」と、彼に念を押しておく。
「分かっている。あのバカ共がすまなかったな」
私たちは、無言で食堂のある宿に向かった。
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