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ロゥカス!  作者: 結倉芯太
1章
7/45

5.フランとリオ


「貴女の作戦、上手く嵌ったな」

「……もう少し慣れれば直撃させられる」

 フランはチャクラムで相手を牽制しながら、弾込めの作業をしているリオに話しかける。

 この少女は無口で無愛想だが、素晴らしい属性と思考能力を持ち合わせている。自分には投げたチャクラムを水の鏡とし、それに攻撃を反射させて、敵に当てるなどという離れ業は不可能だとフランは断言できた。

 それをなんなく成功させたリオを贔屓(ひいき)なしで凄いと思った。自分はこの銀髪の美少女がパートナーで運が良かった。逆に目の前の美しい女性剣士と身軽な銃士にとっては気の毒だな。フランはそう思いながら、リオの弾込め作業の終了を確認する。

「……いく」

 独り言のようにリオが合図をして、ライフルを構える。準備が出来たようだ。

 フランは先ほどと同じように投てきを開始する。一方は銃士へ、もう一方は二人が何処にいても光線を反射して当てられる上空、高い位置へと。それに反応した女剣士は再びフランへの斬りこみを試みてくる。

 銃士の方は片方のチャクラムを撃ち落とす作業にかかりながらも、リオを凝視、動向を伺っているように見える。

 ――何か対応策でもあるのか? フランの脳裏にそんな不安がよぎったが、己の主観がそれを否定する。このコンビネーションを打開できるなど、まず無理だろう。急増のペアであれば尚更だ。予想出来ない角度からの攻撃は、今度こそ確実に金髪の女剣士を捕らえるはずだ。

 そして銃士がチャクラムを撃ち落そうと狙いを定めた、その瞬間―――

「左っ!」

 銃士がいきなり叫んだ。それを聞くなり、女剣士は左へ一歩ステップする。銃士の掛け声とほぼ同時にリオの銃口から発射された光線は女剣士の右足をかすめ、地面へと着弾した。

 ――まさかっ! これで決着と思い気を緩めていた所為か、フランの女剣士への反応が遅れる。女剣士はそのままフランに斬りかかってきたが、銃士が撃ち落したチャクラムが少しだけ早く手元に戻ってきてきたので、それでなんとか凌ぐ。

「惜しかったな」

 正直危なかったが、防御姿勢のまま、フランは虚勢を張る。舐められてはいけない。

「まだまだこれからよ」

 そう言うと、女剣士はソードに魔力を注入する。魔力が注入されたバスタードソードはあっという間に紅く染まると、水の盾を蒸発させていく。この女剣士の属性はクールな外見とは裏腹に、燃えるような熱い火の属性だった。

「くっ!」

 フランも火傷を回避する為、戻ってきた光弾の反射用チャクラムも加えると、魔力を注入して水と強度を切らさないようにして対応する。すると、女剣士の炎剣がチャクラムの水を蒸発させ、たちまち闘技場内に濃い水蒸気が発生した。一面が見通しの悪い(もや)に覆われ、隣にいたリオの姿すら見えなくなってしまった。

 ――これはヤバイ。フランの脳内で警報が鳴り続ける。それもそのはず、視界がさえぎられては、長距離武器のリオは圧倒的に不利になる。同時にこちらの優位性が雲散してしまったに等しい。

「ふふふ」

 神経がイカれたかのように、女剣士が不気味に笑い出す。

「何が可笑しい!」

「だってここまで予想通りにいくなんて、思わなかったんですもの」

 女剣士の艶やかな笑みが、余計にフランの不安を増長させた。

 自分達は確実に相手の思惑に嵌っている。これは明らかに不味いっ……! フランは反射的に叫ぶ。

「リオ! 早くここから離れるんだっ!相手の狙いは貴女だ!」

「アリー! 今よ!」

 目の前の女剣士も、フランとほぼ同時にペアに合図を送った。

 その声と同時に銃声が聞こえ、前方から猛烈な勢いで誰かが突入してくる。その影は瞬く間にフランの脇を通過していく。

 水蒸気のせいで確認は出来なかったが、銃士が突っ込んできたと見てまず間違いない。

 発砲は魔弾の反動を利用して突入速度を上げるためだろう。そうでなければ、あのスピードの説明がつかない。

「リオっ!」

 再度フランは呼び掛ける。乾いた銃声の音が場内に響き渡った。

 ――どっちだ!? フランは音の方向を見やる。

 突入した銃士はリオの懐に入り、風弾をライフル目掛けて放ったらしく、ライフルはリオの手を離れ、はるか後方へ吹っ飛んでしまっていた。

 だが、この風の弾によって辺りの水蒸気も同時に吹き飛んで、視界が明るくなる。すかさずフランはアリエルに向けて右手のチャクラムを放つ。アリエルの銃はリオの方へと向いており、対応が出来るはずがない。

 フランは直撃を確信した。この距離ではチャクラムを回避など出来ない、と。

 しかし、チャクラムは銃士に当たることはなかった。

 再び銃声が聞こえると、チャクラムは儚くも空高く舞い上がっていた。

 ――何が起きた? 銃士は確かに無防備だったはずだ。あの瞬間で何かが出来るとは思えない。しかし、銃士を見てフランは驚き入ってしまった。なんと、銃士の手にはもう一つ銃が握られており、それでチャクラムを跳ね返していたのだ。

「いっただきぃっ!」

 銃士はリオに向けた拳銃を殴りつけるようにして、リオのプロテクターに嵌め込まれた赤いガラスを割る。「きゃっ」、という小さな悲鳴と共にリオは地面に叩きつけられた。

 それは一瞬の事で、だが空に漂う雲のようにゆっくりと流れた。

「それまで!」

 試験官が告げる試験終了の合図。

 ――終わったのか? そして、私は負けたのか? 状況を理解できず、何をしていいのかわからずに、フランはただ呆然と立ち尽くす。しかし、そう思ったのも束の間、

『わああああぁぁぁぁ!!!』

 その大音声に驚き何事かと顔を上げると、場内から割れんばかりの喝采と声援が、雪崩の如くフランの身を包みこんだ。

 木偶の坊みたいに突っ立ったフランに、会場の人々が惜しみない拍手を送る。お祭りの様な歓声がフランの思考をポジティブなものへと変えてくれるようだった。

 フランは思った。このような喝采を受けて、下を向いてはいられない。試合は負けたが、試験に落ちたわけではない。確かに試合に負けたのは辛いが、悔やむのはまだ早い筈だ。それは結果を見てからでも遅くないだろう。

 フランはうな垂れるリオを立ち上がらせてから、歓声に応える女剣士と銃士に近寄り声をかける。

「参ったよ。私達の完敗だ」

「いえ、運が良かったのは私達の方だわ。あなたと私の属性の相性が作戦に上手く噛み合ったから」

 淀みのなく流れる長い髪を耳元から撫でるように抑えながらしゃべる女剣士は、やはり美しかった。その上頭脳明晰とくれば、フランは劣等感しか抱けない。

「水蒸気を煙幕のように使用するとは……、目眩ましにもなるし、光の銃弾の威力も抑えることが出来る……。しかしそれだけではないだろう。リオの銃弾をかいくぐり、私の懐に入るのは至難の業と思っていたのだが……」

「私にはあの攻撃を回避するのは不可能だわ。だからこの子に任せたわけ。アリーはああ見えてかなり眼がいいのよ。私はあの子の指示に従って回避行動をとるだけでよかったの」

 女剣士に頭を撫でられた銃士が、ニヘラっとした笑顔を見せる。その笑顔は風のように爽やかで、見ていて心地の良いものだった。悔しい気持ちがあるにも関わらず、思わずこちらの頬も緩んでしまう。

「でも、ほとんど勘だったよ~。ホントに一回きりの指示でした。発射のタイミングと反射するチャクラムの位置を同時に追うなんてもう絶対無理!」

 それを聞いたフランの表情は一転、驚愕に染まる。

「貴女はあの状況下でそんな事をやってのけたのか!」

 なんという視野の広さと動体視力だろうか。フランとリオ、二人の挙動と飛来するチャクラム。いくらなんでも、これらを一度に見通せるなど人の所業ではない。この妖精のように可愛らしく笑う銃士はとんでもない化物だった。

「いや感服した。どうやら私達のような即席コンビに倒せるような方達ではなかったようだ。お互いを信頼した連携と相性を考えた作戦、そして最後は二丁拳銃という隠し武器。全てが上手に噛み合っていた」

「私は元々最初から二丁拳銃でやるつもりだったんだよ~。でもさ、切り札は隠しておきなさいよってパティがね」

 フランは納得する。

「なるほど、参謀はやはり貴女か、パトリシア=バティスタ」

 フランは微笑むと共にパティの顔を窺う。それに対してこちらも微笑で対応する。

「ええ、私が考えたわ。でもアリーがいなければ絶対にあなた達には勝てなかったわ」

「私大活躍!」

 子供のように元気よく胸を張る銃士に、フランは可笑しくて思わず笑ってしまった。その様子は、まさに童話に出てくるおちゃめな妖精(フェアリー)のようだ。

「貴女の能力には驚かされたよ、アリエル=ペジェグリーニ」

 フランも笑顔で手を差し出し、アリエルに握手を求める。

「アリーでいいよ。でもフランさんも凄かった。まるで自分の手足みたいにチャクラムを操るんだから」

 アリエルは握手に応じると、フランの腰に下げてあるチャクラムに視線を落とす。

「あぁ、チャクラムのことか。あれは私のお家芸みたいなものだ。貴女の拳銃のように、な。それと私のことは呼び捨てで構わない」

 フランがそう言うと、アリエルは銃の鍛錬を長年やってきたことを見抜かれたことにあまり驚いた様子は見せず、逆に少し残念そうな訝しい視線を投げかけてくる。

「パティと馬があいそうだね……」

 ――どうしたのだろうか? フランが疑問に思っていると、アリエルがボソリとそう呟く。

「そうね、アンタと話すよりも楽しい会話になりそうだわ」

 パティの発言からアリエルの視線の理由が分かり、思わず笑ってしまいそうになる。ならば、フランもそれに乗っかっておくことにした。

「同感だ」

 フランはそう言うと、すっかりジト目になったアリエルを他所にパティと笑い合う。本当に気持ちのいいコンビだとフランは思った。

 そんな空気の中、リオがこちらへ歩いてくるのが見えた。やはり表情は芳しくない。アリエルが彼女に歩み寄り、手を差し出す。

「いい闘いだったね」

 しかしリオは表情も変えず、無言のままアリエルの手をすり抜けると、通路へと消えていった。

「すまない。悪い方ではないと思うのだが」

 フランは代わりに謝罪する。

 リオとは作戦の打ち合わせ以外では殆ど会話が無かった。お互い試験に合格すれば、それまでと思っていたし、この二人のように打ち解ける必要性を感じなかったからだ。今思うと、もう少しコミュニケーションをとっていれば、結果は違っていたかもしれないとフランは後悔する。

「いや、気にしないよ~。事情は色々あるだろうしさ」

「そうね、これは魔闘士の資格が入手できるかどうかの重要な試験だったから」

「残念ながら、私達は貴女方よりも合格する確立が低い。おそらくリオの機嫌が良くないのは、それが原因かもしれないな。私とペアになったばかりに彼女には悪いことをした」

「あら、そんなに悲観することないわよ。あなた達の作戦は私から見ても素晴らしかったわ。属性の相性と武器の弱点を補いあっていた。十分に合格できる可能性はあると思うけど」

 俯きがちに言うフランに、パティが「それは違う」というように人差し指を左右に振りつつ、励ましてくれる。

「そうそう、審査は戦術と武器の扱い方に重点を置くって言ってたし、フラン達もきっと合格できるよ!」

 アリエルもパティの言葉に勢いよく頷く。まるで自分に言い聞かせているような言い草だ。少しだけだがフランも気持ちが楽になってくる。

「ふふっ。ありがとう、貴女達はとても気持ちのいい人達だな。良ければ友人となって頂きたいくらいだ」

「全然オッケー!」

「私はそのつもりだったわよ」

 フランは笑顔で二人と握手を交わす。



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