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ロゥカス!  作者: 結倉芯太
1章
6/45

4.試験開始 其の三

 闘技場に入ると、既に対戦相手の二人がいた。

 小柄で、みすぼらしい服装をした銀髪の少女と、青い鎧を纏う、端整な顔立ちに桃色の髪をなびかせた女騎士だった。銀髪の少女の背には銃身の長いスナイパーライフルがあり、リーダーの証であるプロテクターも確認できる。

 彼女がリオ=メッシェルダーだろうか。それならば、先ほどパティが言っていた通りである。女騎士の両手には、丸い鍋の蓋のような物が握られている。あれは一体何なのだろう。

「ねぇ、あの女騎士の人が持っているのって何かな?」

 気になったアリエルは、思わずパティに尋ねる。

「チャクラム……、かしらね。多分、飛び道具だわ。二人揃って中、遠距離タイプとはね。これはチャンスだわ。懐に潜れば勝機があるわよ」

「はいはーい。じゃあ、お互い頑張りましょうかね~」

 試験官が点呼を始める。リオ=メッシェルダーと呼ばれた銀髪の少女が小さい声で返事をする。アリエルにも大体検討がついていたが、やはり彼女が例の光属性らしい。瞳も髪の毛も銀髪。服はみすぼらしいが、人形の様なたたずまいは、美しくて神秘的な魅力があった。アリエルはそんな彼女をジッと見つめる。

 観客席からの視線をアリエルは感じる。

 ――いよいよ始まる。ここから先はわずかな油断が命に関わる危険な試験だ。アリエルの心に、かつてないほどの不安が押し寄せる。

 しかし、それは相手も同じなのだ。それに私には頼りになる相棒がいる、絶対に負けるわけがないのだ。アリエルはそう自分に言い聞かせ、集中力を高めていく。

 張り詰めた空気の中、試験官による点呼が終わり、いよいよ戦闘開始の合図である鐘が鳴る。




 開始の合図と同時にリオの銃口が、素早くアリエルを捕らえにかかる。

 アリエルはそれに気付くと同時に地を蹴ると、小刻みに身体を揺すりながら動きを不規則にしてリオの標準を外しにかかる――

『ピュシュッ!』

 空気を裂くような音と共に、アリエルの頬の直ぐ横を、光る何かが通過した。アリエルの背後でおこった大きな爆音が光弾の破壊力を証明していた。

「……確かに、ありゃ一撃必殺だね」

 少し熱さの残る頬に冷たい汗が伝う。

「ぼさっとしない! 次、くるわよ!」

 パティの声でアリエルは外れかけた視線を銀髪の少女に戻す。

 そして、アリエルは思考する。

 リオの攻撃は直線的だ。まずは銃口、これに注意して、後は指を見る。少しでも動作があれば、回避行動に出ればいい。武器はスナイパーだから、連射はできないはずだ。リオはこちらを見据え、弾込め作業にかかる隙を伺っている。勿論、アリエルもそんな隙を見せる必要は毛頭ない。

「なら、まずは攻撃させないことっ!」

 アリエルは太ももに巻いてあるホルダーから素早く銃を取り出すと、円を描くように弾を連射する。中身はアリエルが魔力を注入した風弾だ。トルネードのような風がリオに向かって吹き荒れる。リオは弾込め作業を中断すると、ライフルを盾にして踏ん張り、それを堪える構えだ。あの様子から、アリエルの銃に殺傷能力が無いことは見抜かれている。アリエルが思っていたとおり、リオはライフルを盾にしたまま、自らも腰を落として風圧をやり過ごす。

 あっさりとリオに特性を見抜かれてしまったが、アリエルに落胆の表情はない。なぜなら、アリエルの役目は始めからリオの足止めである。役目を十分に果たしているアリエルは、横目でパティの動向を追う。




 パティは合図と同時にフランに向かって突進、それを迎え撃つ形でフランはチャクラムを投げつけてくる。チャクラムは水を纏い、高速回転でパティへと襲い掛かる。向かってくるチャクラムをバスタードソードで切り払うと、そのままダッシュしてフランに斬りかかる。しかし、フランも手元に残っていた片割れのチャクラムで斬撃を受け止める。

「あら、私の攻撃を受け止めるなんてあなた相当な馬鹿力ね」

 パティの素直な賛辞だった。アリエルの身の丈ほどあるこの剣の剣圧をなんなく受け止めた女騎士は、かなりの鍛錬を積んでいると見て間違いなさそうだ。

 そうでなければここにはいない、か。パティは冷静にフランの分析をする。

「いえ貴女こそ、その身のこなしといい、そのような大剣を容易に振るう技術といい、相当な腕と見受けられますが」

 お互い体勢が固まったまま笑い合う。きっとフランも同じことを考えていたのだろう。初対面がこういう形でなければ、きっと仲良くなれたのではないだろうか。なんとなくだが、これほど思考が一致しそうな人間と巡り合うのは初めてだった。フランの顔立ちは桃色の長い髪がなければ、中性的に見えるほどに華麗に整っていた。しかし、間近で見ると、綺麗な長いまつげや小さな桜色の唇は、この騎士が魅力的な女性であるということを明確に告げてくれる。あのような格好をせずに、もう少し女性らしい服装をすれば、多くの男性の気を引くことは間違いないだろう。

 美人な上に実力者なんて、本当に私自身と似ているじゃない。競り合いの最中、パティがそんなことを思っていると、背後から先ほど弾いたチャクラムが襲いくる。しかし、それがパティに当たる前にアリエルの風弾がきっちりとフォローしてくれる。

 チャクラムに追尾式の操作が出来るという事は全くの想定外だったが、『しまった!』、とは思わない。こんな時、騒がしい相棒は頼りになる。

 アリエルは、そわそわした落ち着きの無い性格だが、パティの気付かない事によく気付く。市場通りに買い物に行ったときや、祭典の時に知人を見つける割合はアリエルの方が異様に高かった。最初は気のせいかとも思ったが、あるときにアリエルの視野の広さが驚愕のものだということが分かった。それ以来、パティはアリエルの視力には一目置いている。

 チャクラムが全てフランの両手に戻ってきたタイミングで、パティは一度フランから離れ、アリエルと合流する。

「思ったより厄介だわ」

「こっちは全く気が抜けないよ~」

 お互いに愚痴がこぼれる。

 そんな嘆きなど関係なく、フランは水のチャクラムを二人とは全く見当違いのところへと投げ、更にもう一投をアリエルに向けて投げてきた。

 その瞬間、チャクラムを手放したフランを叩ける好機だとパティは思った。

「――ッ!!」

 しかし、パティが一歩踏み出そうとしたその瞬間、死角から飛来する閃光と共に身体に強烈な熱さと痛みが走った。

 それは光線がパティの脇腹をかすって通過していた証拠だった。パティはその場で膝をつく。どうやって狙撃されたのかは直ぐに理解できた。

 パティ達に向かうことのなかった水のチャクラム、そしてあさっての方向を向いたまま、煙を上げているリオの銃口が全てをものがたっていた。かすっただけなので、傷はたいした事はないが、これは非常にやっかいであると、パティは認識する。

 かわせない。そう感じるたぐいの攻撃だった。辛うじてパティが直撃を避けられたのは、考えるよりも先に行動しようとしたおかげだろう。あのまま上体を動かしていなければ、今頃腹にぽっかりと穴が空いていたかもしれない。

 アリエルが飛来してくるチャクラムを撃ち落して、パティの元へ駆け寄る。

「上手くやられちゃったわね。まさかチャクラムに光線を反射させちゃうだなんて」

「だね、片方の円盤で私の援護を封じてから、もう片方も手放すことでワザと隙を作り、パティを罠にはめて攻撃する機会を作ったってわけだ。立てる?」

 アリエルに手を貸してもらいながら、パティは立ち上がると苦々しく呟く。

「私が少しでも動いていなければ、さっきので決着してたわね……」

「おかげで助かったよ」

 リオは、パティがフランにアタックを仕掛ける動作を見逃さずに、標的をパティに固定したのだ。しかし、相手の動きを見てから、飛んでいるチャクラムに弾を反射させ当てるなど、神技に等しい。それに即席のペアにしては計算された作戦だ。光は水に反射するといった現象を利用した、お互いの長所を上手く生かした戦術だ。

 手強い……。パティは率直にそう思った。

「私達もお互いの長所を生かした作戦ないかしら?」

 パティはどうしたものか、とアリエルに相談をしてみる。

「う~ん、どうだろう。風と……、火かぁ、なんか反目しそうな組み合わせだね~」

 どうやら、アリエルも彼女なりに最大限の集中力を持って対応しているようだ。所々に息の切れたような言葉が返ってくる。

 相談の合間にも水のチャクラムと光線が二人を襲う。再度パティは突入の素振りを見せ、反射してくる光線を辛うじて避けるが、再び同じ状況となる。

 どうやら、あちらもまだ反射角度や投てきのタイミングが合っていないようだ。もし二人の連携が完璧ならば、今頃パティ達はやられてしまっているだろう。

「アンタ、ちょっと二人の相手を頼むわよ。その間に私が対抗策を考えるから」

「……えっ? ちょっ、マジでぇ~!?」

 アリエルは唖然とした表情で聞き返してくる。無理も無いだろう。パティは結構無茶を言っているのだ。でも、とパティは思ったことを口にする。

「アンタなら出来るって思うから、頼んでるのよ」

「褒めても何もでませんよ~。まぁ、一応頑張ってはみるけどね。代わりに今度おごりなよ~」

 返事を聞いたアリエルは、猫のような舌なめずりをする。こんな場面でそれが出来るとは全くたいした度胸だ。パティは苦笑しながら思考を奥へと落とす。

 ――どうする? このままではいつかやられてしまう。その前に何とかする術はないものか……。彼女達の光と水の組み合わせのように、火と風でなにか連携はできないだろうか。

「火…、水、風に光」

 独り言、この場にいる人間の属性を並べてみる。火と水、風と光、火と光、風と水、この組み合わせに何か有利に働くものはないだろうか。最適な何か……、時間は少しずつだが確かに流れていく。その間にもアリエルの気力と体力は何倍ものスピードで消耗しているに違いない。早くしなければ……! しかし、この中で相乗効果が生まれそうなものは無いし、相性が良いものも無い。そう思っていると、先ほどのアリエルの言葉が不意に頭をよぎる。

 ――そうかっ! パティは閃くのと同時に脳内の思考ギアを上げて、考えをまとめる。頭の中で素早く工程を組み立てる。

「アリーっ!」

 頭の中で構想計画がたつと、パティはアリエルを呼んだ。

 アリエルは二人の連携を崩そうと、間断なく風弾の連射していた。パティの声を聞いたアリエルは連射を止めると、パティの側へ移動する。おそらく、アリエルの銃の残弾も体力もそろそろ限界に近くなっているだろう。考え込んでいた僅かな時間とはいえ、彼女の負担はこの数分で相当なものになっている筈だ。

「アンタ、さっき良い事言ったわ。作戦、決まったわよ」

「よかったぁ……。弾も無くなってきたし、このままだとマジで駄目だと思ってたよ。で、どうなのさ? なんか閃いた?」

 天の救いと言わんばかりに、アリエルは少しだけ顔を緩ませる。

「詳しいことは言ってる暇ないでしょ。私がまずフランに接触できるように指示と援護をお願い。そして、私が合図をしたらリオに突っ込みなさい。で、『奥の手』使ってガラスを砕きなさい」

「了解っ!」

 パティが短く用件を話し終えると、アリエルは満足げな笑みを浮かべ、サムズアップで同意する。

 その笑みが信頼の度合いを示しているようで、少し嬉しくもある。よくもまぁ、これだけの説明で命を預けられるもんだと心底感心してしまう。でも、それは私も同じか、パティは心の内でそう呟くと、小さく微笑んだ。

「じゃあ頼んだわよ。この作戦は最初と最後が肝心なんだから、しっかりね」

「あいよ~。そっちこそ、ヘマしちゃったらヤダかんね」

 そして、二人は次の攻撃が来るのを待った。



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