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ロゥカス!  作者: 結倉芯太
2章
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10.再会



「死ぬかと思ったわ……」

 口元を隠し、震えた様な声色で金髪の美女が呟いた。

 普段なら、ウェーブのかかった綺麗な髪をなびかせながら、涼しげな表情で車体から降りる彼女だったが、今その余裕は見られない。

「……激しく同意だ。というか死んだ、あの運転で私は十回ほど死んだと思ったぞ……!」

 金髪の美女に続いて降りてきたのは、淡い桃色の髪を後ろで束ねた、中性的な顔立ちの女性だった。こちらはコレで悪くない。良く見れば、長い睫毛や整った目鼻は女性らしさをこれでもかというほどに強調しており、なにより彼女の胸当ての丸く膨らんだ形状が性別の全てをものがたっているのだから。

 しかし、そんな彼女も弱々しい口調で愚痴をこぼす。

 二人の顔は蒼白、目は泳ぎ、まさに満身創痍という言葉がぴたりと当てはまる。

 パティとフランは生まれたての小鹿のように、ヨロヨロと蒸気車から降りる。いつもは平然とし、辛さを見せない二人が見る影もない。

「ねえねえ、早く行かないと宿の予約できないよー。全く二人ともだらしないなあ」

 アリエルはそんな二人を急かすように町の入口へと誘導する。

「……なにアイツ、なんであんだけお粗末な運転しといて、こんな非人道的な発言ができるわけ?」

「……うむ、しかし気持ち悪さで怒りすら沸いてこないな……、うっぷ」

 そう言いながら、二人は口を押さえ必死で込み上げてくるなにかと戦っている。

 ――しょうがない、このままでは宿もろくに探せないまま終わりそうなので、ここは私が何とかするしかないか。

「というわけで、私が宿を探してくるから! パティとフランは車の前で休んでてよね」

 アリエルは二人にそう告げると風のように走り去っていく。

 彼女の行動力には助けられる事もあるのだが、今回ばかりは待って欲しい。そそっかしい上に注意力散漫なアリエルに、見知らぬ街の探索など務まるわけがない。

「何が『というわけ』なんだ……?」

「さぁ、なんかもう嫌な予感しかしないわ……」

「……同感だ。これはもうアリーに任せること自体が不安でしかないな」

「でもあの子を止める事なんて、今の私達にできるわけないし……」

「……無念だ」

 二人は車にもたれかかり、愚痴を零し合うことしか出来ない境遇を嘆く。

「せめて宿くらいは見つけて欲しいものだな……」

「フラン、その考えは贅沢よ、無事に戻ってくれば恩の字……。アレは決まってトラブル引っ提げて戻ってくるんだから、……うぷ」

 すでに空は暗くなりはじめている。本当ならアリエルを捕まえて、共に宿探しと行きたいところだったが、彼女達の容体はそれができるほど直ぐに回復するでもなく。

「せめて日が完全に暮れる前になんとか動けるようにしなきゃね……」

「ああ、このままでは本当に車の中で夜を明かす羽目になってしまう……。どうにかして宿の確保だけはしておかないといけないな……、うっぷ」

 アリエルの成果が完全に空振りするという事を前提とした二人の会話はそこでしばらく途切れるのだった。




「アレ、ここはどこだろう?」

 勢い勇んで飛び出してきたはいいが、完全に道に迷ってしまった。

 石畳の歩道に、壁が真っ白に塗られた店舗がずらりと並び立つ光景に自然と圧倒された。白は清潔感を想像させ、平坦に組まれた石畳は秩序を連想させる。リオの住んでいる街は、こんなにも素晴らしい所だったのかとアリエルは感心せずにはいられなかった。

 しかし一歩裏通りに足を踏み込むと、その街並みは一変し、不気味な怪しさを秘めた治安の悪そうな顔も覗かせていた。光と闇、富と貧とが表裏一体となっているような街だった。

 そんな物珍しい光景を観光気分で散策していると、およそ間違いなく迷子が一人出来上がる。

「うーん、どうするかなぁ」

 パティ達に見栄をはってきてしまったのだ。宿はおろか、街の入り口にすら戻れないとなれば、元々ない面目が更に潰れてしまう。その上、パティ達からの叱責を受けるのは目に見えている。

「これはひじょーにマズイなぁ……」

 このままでは宿が見つからず車中での一泊が確定する。この時間だと魔闘士協会は閉まっているだろうし、何よりも迷子の現状を考えると、そこまで辿り着けるかどうかも怪しい。

 これはどうしたものか。

「……あのう、おねえちゃん」

「ん?」

 不意に声を掛けられ、その方向を見やると、なんとも可愛らしい少女が籠を片手に立っていた。

「お花、買ってくれる?」

 まだ十にも満たない焦げ茶色の髪をした幼い少女が、上目使いで販売というのは反則だ。

 ヤバい、これはもう、ただただ愛くるしい……。

「うっわー、カワイイっ!」

 アリエルは少女と同じ目線まで上体を屈ませると、花を持った少女の手をがっちりとホールドする。

「え、おねえちゃん?」

「買うっ、おねえちゃん買っちゃうよ! オハナ、オイクラデスカッ!?」

 戸惑う少女などお構いなしに詰め寄る。

 そんなアリエルに少女は少し躊躇していたが、直ぐにあどけない笑顔で歓迎する。

 少し言動と行動が怪しいが、「買う」と宣言した以上お客様という事らしい。

「えっとね、二十ルラ」

「うんうん、二十ルラね。ちょっと待ってて」

 アリエルは腰袋から財布を取り出すと、小銭を漁りだす。これはもう一本買ってくれと少女から頼まれようものなら、もう十本ほど買ってしまいそうだ。

「あ……」

 財布に手を突っこんだまま、アリエルは動きを止める。突然の硬直に少女は肩をびくりとさせる。

「あ、ゴメンゴメン。お花は買うよ、……でさ、ちょっと聞きたいんだけど、ここら辺で安く泊まれる宿って知ってる?」

「カーラわかんない。でも、おねえちゃんなら知ってるよ」

「そっかぁ、残念……」

「カーラそろそろおしごと終わりだから、おねえちゃんならあんないできると思う」

「ホントっ?」

 肩を落とすアリエルを見て、少女が一言。どうやら、その『おねえちゃん』とやらに会わせてくれるようだ。人懐こい笑顔を向けられたアリエルがこの誘いを断れるはずがない。

 警戒心の欠片もないアリエルは少女の後姿を軽快なスキップで追う事に決めたのだった。

 自身の事を『カーラ』と言った少女は、入りくんだ狭い裏路地をスイスイと子リスのように素早い動きで進んでいく。アリエルもすばしっこい方だが、この少女も身のこなし方は中々に上手い。

「ねえ、今から行くところって、カーラのお家?」

「うん、でもおねえちゃんがいない時はおとなりさんの家いくのー」

「そっか、おとなりさんち行くんだ」

「うんっ、でね、おとなりのおねえちゃんもすごくやさしいの、カーラだいすきっ」

 子供らしい元気な口調でカーラは言う。

 アリエルはその言葉で大体の事情を察す。

 おそらくカーラには両親がいないのだろう。身内は姉が一人、隣人も似たような環境下と見ていい。

 彼女くらいの年頃は本来なら親がいて、路上の売り子などやらず、学校に通い、夕刻まで友達と遊ぶ毎日を送るのだろう。それが、こんな日が暮れそうになるまで働き、暗い夜道を一人で帰り、姉の帰りが遅い時は自主的に隣人のところで保護してもっている。

 身なりで大体の察しはできていた。カーラはスラム街の子供だ。

「……そろそろかな?」

「うん、あそこの家だよー」

 カーラの足が止まりつつあったので、確認すると彼女はボロレンガの長屋を指差す。正直に言ってしまうと、壁にいくつもの穴が開いており、今にも崩れてしまいそうに見える。

「おねえちゃん、まだいない」

「じゃあお隣さん? 明かりが洩れてるし、そっちはいるみたいだね」

「うん、おとなりさんちにいくー」

 カーラが小走りにお隣さんの入りまで行き、扉を開ける。

「……エッ、ええええェェええッ?」

 小柄な幼女の頭上から中を見やったアリエルは驚きの声を上げる。

「……あ、カーラおかえり」

 そう言って振り返った人物は三角巾を身につけたリオだった。

「っ! ……どうして?」

 そんな彼女は少し目を大きくさせて、アリエルに問いかける。『驚くのはこちらの方だ』と言わんばかりの表情だ。

「リオぉおお、会いたかったよっ!」

 アリエルは一直線にリオへ向かうとガッチリと抱擁。リオは一瞬で身動きがとれなくなる。

「ちょ、え? どういう事?」

 リオもどうしていいかわからない様子で眉を下げ困惑した様な、嬉しそうな、どちらとも判断のつかない表情をしている。

「うんうん、あのね、仕事で来たんだよ。内容はスーぺルまでの荷の運搬! でも道に迷っちゃってさぁ……、そんなところでカーラに会ったわけ」

「でね、このおねえちゃん、宿をさがしてるんだって」

「……ああ、それで偶然ここに来たってことか。安くて良いなら、ここの近くにある。御世辞にも綺麗とは言えないけど、ここよりマシ」

 アリエルとカーラの説明を受け、少しずつだが、現実を理解出来てくる。

 しかし、迷子になった上、幼子に道案内を頼むとは、アリエルの行動はこちらの予想の斜め上をいってくれる。

「まさか、こんなに早くリオと再会できるなんて! もう早くも目的を達成した気分だよ」

「……仕事は? ……ほら荷の運搬、終わったの?」

「まだに決まってんじゃん! それよりも元気だったぁ?」

「……はぁ、アリ―は相変わらず元気そう」

 リオは全く変わっていない親友に嘆きながら、アリエルの両手を解くと、キッチンへ向かう。

 仕事そっちのけで、友人との再会に興じるあの性格はアリエルらしい、しかし任務をほったらかしにするのは社会人として駄目だろう。

「なになに、何作ってるのー?」

 リオのそんな悩みなど知らないアリエルは彼女の肩越しで鼻を鳴らす。

「……羊肉と香草のトマト煮」

 酸味は一日の疲れを癒し、香草の強烈な香りは食欲をそそる。昨日から煮た肉は柔らかく、唇で挟むだけで千切れそうなほどトロトロに煮込んである。リオは言葉少なめに料理の紹介をしたが、実は自慢の一品だった。

「うわー、美味しそう! ね、ね、食べていい? いい?」

 早くも御相伴にあずかろうとするアリエルとは対照的に、彼女と一緒に来たカーラは何も言わずともテーブルの上の片付けをやっている。これではどちらが幼子か分かったものではない。

「もう少し待って。ディエゴ達もそろそろ帰ってくる頃だから。それにアツトもまだ帰ってきてない」

「うん? あー弟くんかぁ、……アレ? 『達』、『アツト』、んん?」

 リオの口から出る知らない人物に首を傾げるアリエル。

「カーラのお姉ちゃんと、……魔闘士の仕事仲間が『アツト』」

「おー、仕事仲間……、リオもう仕事貰ってるんだぁ……」

「アリ―も仕事でここに来たんじゃないの?」

「……へへ、だねぇ」

 既に仕事を請け負っている事と、その仲間がいる事に感心するのはいいのだが、アリエルは自身もリオと同じ舞台に上がっているという事を忘れている様な口ぶりだ。

 ひょっとして、魔闘士としての自覚がないのだろうか。

 眉をひそめながら鍋を掻き回していると、入口の扉が軋み音を立てながらゆっくりと開く。

「お? なんだなんだ、新顔か?」

「リオ、帰ったぞ、っていうかオッサンまだ居据わるのかよ?」

「まぁまぁ、いいじゃないか少年、小さい事でグチグチ言うのは心が狭いぞ」

「オッサンに言われたかねえ」

「リオさん、いつもありがとうございます」

「あ、おねえちゃんだー、おかえりー」

 入ってきたのはアツトとディエゴ、そしてカーラの姉であるリエラだった。

「ただいま、カーラ。……あの失礼ですが、どちらさまで?」

 懐に飛び込んできたカーラを抱きしめたリエラは、少し怯えた様にたずねる。見知らぬ来訪者に多少の警戒心を持っているのが分かった。

「へ、私? リオのお友達のアリエルですー、よろしくね」

「……魔闘士試験で世話になったの。悪い人じゃないから安心して」

「……へえ、アリエルも魔闘士なのか?」

 アツトが関心したような口ぶりで尋ねる。

「うん、リオと同期だよ」

「なるほど、新米か」

「そそ、初任務でスーぺルにやってきてましてねー。それより皆揃ったんだから、ご飯にしようよっ」

「なんか図々しい姉ちゃんだな……、本当にリオの知り合いなのか?」

「ディエゴ、そんなこと言うのは失礼だよ……」

「でもおねえちゃん、お花買ってくれたよー」

 アリエルはいつの間にかナイフとフォークを持っている。そんな突飛な行動をする彼女に、ディエゴとリエラの不信感は募っていく。三人の中で警戒心がないのはカーラだけだった。

「そういえば、ソーザさんやパティ達は元気?」

 リオが料理をテーブルに運びながら、知り合いの状況をたずねる。

「うん、元気元気! 兄様は相変わらずだし、パティはね、なんと……、おおぅ……」

「?」

 いきなり言葉を切ったアリエルに、リオは首を傾げる。すると、今まで陽気に微笑んでいたアリエルの顔がたちまち真っ青になっていく。

「この嬢ちゃん、なんかいきなり固まっちまったぞ?」

 そう言ったアツトがアリエルを指差すが、無邪気な笑顔を作ったまま、固まっている。血の気が引いているのは一目瞭然だった。

「あはは、おねえちゃんの顔おもしろーい」

「こ、コラ、そんなこと言っちゃダメ! す、すいません」

 カーラの笑い声にも反応はない。リエラは慌てて妹を窘める。

「…………ヤバぁ、二人のこと、すっかり忘れてたぁ」

 暫くたってようやく出た言葉は、既に暗くなった闇夜に溶けて消えていったのだった。



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