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ロゥカス!  作者: 結倉芯太
2章
41/45

7.模擬戦闘

 見慣れた天井と嗅ぎ慣れた匂い。リオは上体を起こす。隣ではディエゴが無邪気な顔で眠っている。

 大口を開いたまま腹をかきむしる間抜けな弟の寝姿を見ると、我が家に帰ってきた事を改めて実感する。

 リオはディエゴに毛布を掛け直すと、置手紙をテーブルに添えて身支度を整える。

 出掛ける理由は明白だった。

 魔闘士になったからには早く仕事をこなし、稼がなければならない。一刻も早くこんな貧乏な暮らしとサヨナラしたいという強い気持ちがリオにはあった。

 その為には、まずスーぺルの魔闘士協会に登録をしなければならない。

 協会に登録すれば、依頼を受ける事が出来る。様々な制約も当然あるが、今までの稼ぎに比べたら圧倒的に利益が違う。

「よし」

 簡単に身支度を整えて、扉を開ける。すると、家の外壁にもたれるようにして座っていたアツトが右手をちょこんと挙げ、挨拶をしてくる。

「よお、おはようさん」

「……まだいたの?」

「うわっ、ひでーな。その言い方、さすがに傷ついちゃうわ~」

 眉根にしわを寄せて嫌がってはいるが、本心はさほど傷ついてはいまい。リオはアツトに背を向け、協会の方へと歩を進める。

「ちょっと待ってくれよ。俺も協会に用があんだって。どうせなら一緒に行こうぜ」

「……かまわない」

「よし、じゃあ同行させてもらおう」

 アツトは素早く起き上がると、着物を直しつつ、リオの後に続く。

「なぁ、協会まではそんなに距離もねえし、ちょっとおしゃべりでもしないか?」

「……何を?」

「いやさ、ここスーぺルでも物騒になってきてるだろ? 強盗や、傷害事件なんかはまだ良い方だ。最近は子供の誘拐や人斬りなんてのも多くなってきてる」

 随分と物騒な話題をふってくる。しかし、この街に住んでいる以上聞き逃してはいけない気もする。リオもここに住を構えて随分経つ。治安の良し悪しは察していた。確かに最近の治安は以前に比べて悪くなっているのは感じていた。ディエゴやリエラ達にも周囲の警戒は怠るなと言い聞かせは常にしている。

「……わかってる」

「だろ? リオの周りでも被害に遭っていたりするのか?」

「直接ではないけれど、スラムの子の中にはそういった子もたくさんいる」

「ふーん、やっぱりここでも似たようなもんか」

「ここでも?」

 引っ掛かった。今の言葉はそういった経験があると言っているに等しい。

「ああ、俺の国でもそれなりにな。人買いなんざ何処の国でもいるしな、被害にあっている人を見るのだって別にめずらしかない。ただ、この国は良くも悪くも民主主義だ。そんな自由な空気の中ってのは、大抵ドス黒い靄みたいなモンが、多少なりとも混ざっている感じがするもんさ」

 確かにこのスーぺルは大衆に選ばれた人間が治世を行う民主国家だ。入国に厳しい審査が無い反面、一部地域での治安はあまり良い方とは言えない。それにはリオの住むスラムも含まれる。

 しかし――

「なんで、今言う必要があるの?」

 アツトがなぜそんな事を話題に出すか、リオには理解できなかった。

「わかってないのか?」

 その問いにアツトは信じられないとばかりに聞き返してくる。

「何を?」

「マジかよッ? ……たく、気をつけろってコトだよ。御宅には目に入れても痛くねえほどの少年がいて、その伴侶候補の身内まで近くにいるんだ。加えて家にはあの大金だぜ? こんだけ言えばいい加減気付け」

「……あっ」

 考えもしなかった。確かにスラムに居を構え、かつ幼い子供(カーラ)を抱えている状況は、非常に危険なのは誰の目からしても明らかだ。

 最初に出会った時も、昨日の夜もそうだった。ひょっとしてアツトは心配してくれているのだろうか。そうだとしたら少しくらいは感謝しなければいけない。

「……ありがとう」

 少し恥ずかしくもあったが、リオは貴重なアドバイスをくれた先輩魔闘士に礼をする。

「なんだオマエ、無愛想な面してる割に良い表情するじゃんか」

「ッ! そんなことっ……」

「いやいや、少し口元が柔らかくなったつーか、優しい顔だな」

「エッ?」

 体内の温度が一気に上がっていくのを感じる。今まで何度か容姿を褒められた事はあったが、こういった不意を突かれたのは初めての経験だった。

「わりー、わりー。別にいつもが可愛くないって言ってるワケじゃないんだぜ。まぁ、なんつーか、そういう顔を見せてくれたのが素直に良いな、というか――」

「……それ以上言わないで。それにほら、もうギルド着く」

 そう、それ以上続けられたら頭が沸騰してしまう。リオは切り裂くような鋭い目をアツトに向けると、いつも以上の仏頂面でギルドまでの道を足早に歩く。

「オイオイ、いきなり何なんだよ? 俺なんかワリいコトでも言ったか……」

 一人残され気味になったアツトは独りごちる。

 リオはそんなアツトに振り向きもせず、正面に見えてきたギルドに向かった。

「へぇ、意外と近くにあったんだな」

「元々は、スラムの治安を安定させる為に建った保安所を改築したものだから」

「だからこんな場所にあるのか。まぁ、魔闘士連中にとっちゃあ問題ないが、依頼人なんかは困るんじゃねえか」

「支部が住民地区にもあるから問題無い」

「なるほどね」

 ギルド内を見渡すアツトをしり目にリオはギルドのカウンターへと足を運ぶ。

「ん? 珍しい客だな」

「客じゃない。登録に来た」

「……ほう、今年は随分と若い魔闘士が誕生したのう。そうかいそうかい、ならまずはこの用紙に名前を書いちゃくれんか?」

 リオの申請を受け、受付けの爺が片目だけを器用に大きくし、対応を始める。リオは差し出された用紙にペンを滑らせる。

「それを書いたら今度は入館審査だね。ちょっくら模擬戦闘をやってもらうよ」

「……え?」

「なんだい、模擬戦闘も知らんのかね。ここ、スーぺルの協会はね、戦闘の向き不向きの審査をして、登録された魔闘士に仕事の割り振りをするのさ。だから、最初に腕を試させてもらうのよ。そっちの若いもんも同様さね。コイツを書いたらさっさと準備しな」

 こういったシステムになっているとは知らなかった。リオは戸惑いの表情を見せる。

「言っとくが、模擬戦闘だからといって甘く見ていると、大怪我をするさね。もし危ないと思ったら、すぐに棄権する事をお勧めするよ」

 それは追い打ちをかけるような一言だった。魔闘士というのは登録するだけでもこんなにも大変だとは思ってもみなかった。

「……ったく、面倒な話だな」

「アツトは緊張とか、しないの?」

「するさ、そりゃ。何言ってんの」

「ふぅん……」

「まぁ、どうでもいいけど、先に俺が行くぜ。ちゃんとお手本見せてやっから、よく見とけよ」

「そうかい、まずはアンタからかい。そこの奥の扉から、武闘場に行けるようになっているから、武器もそこで受け取っておくれ。ああ、ちなみに武器は一通り揃っておるでの。まあ無理はせんことじゃ」

「了解した。しかし、俺もつくづく信用ないねえ……」

 アツトは怪訝な目でリオと翁を見たが、直ぐに爺の出された書面にサインを書くと、建物の奥へと歩を進める。

「武器は?」

「いらねえ。俺の相棒はコイツで十分だよ」

 扉付近でギルド所員に支給する武器をたずねられたアツトだったが、腰に帯びた刀を小さく持ち上げてから断る。

「では、御健闘を」

 アツトの仕草を了承の合図と捉えた所員が扉を開く。アツトは緊張感のない軽い足取りで奥へと進む。

「御連れの方も見られますか?」

 緊張した面持ちでいたリオに所員が声を掛ける。アツトが自身で『お手本』と言っていた、その戦いぶりが気にならないわけがない。

 リオは開かれた扉から中の様子を窺った。広さはフラッグ戦の一区画くらいだろうか、一対一で戦うのであれば十分な空間だった。

「さて、俺は何をすればいいのかね?」

「そうですね、私とひとつ踊って下さらないかしら?」

「へえ、アンタみたいな美女なら大歓迎だな。だけどな、あいにく舞踊は苦手なんだ。出来れば優しく手ほどきしてくれると嬉しいね」

「あら? そうでしたの? それは残念ですわ。この子達のレッスンは少々厳しいの。貴方に耐えられて?」

 アツトがおどけた様な口調で言うと、肩口の空いた上品なフリルドレスを身に纏った女所員が刺激的に応対する。女所員の脇には三体の小型人形が軽やかにフワリと浮いている。ポニーテール、サイドテール、ツインテールの人形達の容姿は、どの娘も主人に似たフリルドレスを着衣しており、家に持ち帰ってしまいたいくらい可愛い。しかし、その可愛らしい小さな両手には物騒なハサミを抱えている。

「そうか、なら試してみるかい? 俺もひよっ子に『お手本』を見せてやるって大言吐いてきちまった。……悪いけど、遠慮はしないぜ」

「そんな必要はありませんよ。私も小手調べなんて無粋なマネは致しませんわ」

「じゃあ、もう始めてもいいのかい?」

「ええ、どうぞ」

 その返事を聞くや、アツトは身を屈めて刀の柄に右手を添える。

「……これは」

 それはリオが見た事のない構え方だった。珍しい和装姿に東洋の刀、アツトの風貌から異質な空気を感じてはいたが、戦闘スタイルまで変わっているとは思わなかった。剣は抜かなければ切る事はできないではないか。アツトは刀を鞘におさめたままだ。

「ほう、抜刀術か……」

「抜刀術?」

 リオが疑問に思っていると、隣で一緒に観戦していた男性所員が唸るように状況の説明をしてくれる。

「ああ、東方に伝わる剣術の一つだな。鞘と剣との摩擦力を剣速に変える技術だ。同時に打ち合えば負ける事はないと聞いているが、初太刀が躱された場合、剣の返しが極端に遅れる為、完全に無防備になってしまうらしい」

 なるほど、つまり『初太刀で仕留めなければ後がない剣術』ということか。

「変わった構えね」

「そりゃどうも」

「来ないわけ?」

「少々奥手でね」

「貴方嘘ばかりね。後の先を狙う気でしょう」

「ありゃ、やっぱり分かる?」

 カウンター狙いの剣術という事は、どうやらあの女所員も気付いているようだ。

「なら、俺から仕掛けるしかないのかね」

 気のない言葉が溜息のように口から洩れると同時に、アツトは地を蹴り女所員へと猛進する。

 急接近したアツトはポニーテールの人形めがけ、抜刀する。

「ぽにー、ガードよ!」

 女所員の声に応答したポニーテールの人形が、大きなハサミでアツトの斬撃を防ぐ。一撃必中の攻撃を防がれたアツトは、刀を素早く鞘に戻し、後方に跳躍して間合いを取る。

「ふ~、こりゃ堅いね。しっかしアンタ、可愛い人形を操る割に考える事がエグいね」

「御称賛と受け取っておきますわ。貴方こそさっきの剣撃でこちらの動きを測っていた御様子。抜け目がありませんわね」

「他のお人形ちゃんで動きの止まった俺を挟撃しようとしてたからなー。俺もまだ切り刻まれたくないんでね」

「だから全力でこなかったわけですか?」

 女所員にそう言われたアツトは先ほどよりも前傾姿勢に構える。

「いんや、生憎俺はいつも全力でね。今からそこの『ぽにーちゃん』が斬られても怒んなよ」

「あら、たとえ斬られても補修は可能ですから心配無用です。まぁ本当に斬れるかは微妙ですけど」

「おいおい、俺ってやっぱり信用ないねえ。……まあいいや、結果が全て語ってくれるさ」

 そう言い放つと、アツトは更に前傾姿勢になる。まるで足元に力を込めるかのように。

「……行くぜ」

「っ!!」

 リオも、そして対面した女所員も驚きを隠せなかった。アツトが視界から消えたのだ。

「よう」

 そして女所員の眼前に唐突に現れたのだ。

「クッ! ぽにー!」

 たじろいだ女所員を守るように人形『ぽにー』が阻む。初撃の時と似たような展開となったが、今回はその時とは違う異質な雰囲気をリオは感じていた。

「……斬るぜ。弐刀(にとう)『閃断』」

 アツトの放った剣閃はまるで閃光のように人形を斬り裂いた。初太刀を受け切ったあの人形を、今はまるで紙切れのように断ち切ってしまった。

「あらあら、ぽにーが簡単にやられてしまいましたね」

「ありゃ、意外に冷静じゃねえッ?」

 リオも意外だった。正面を守る大事な人形がやられたにも関わらず随分と余裕そうな表情である。

「ついん、さいど! 今よっ、挟撃なさい! さぁ、どうするのかしら? 左右の挟撃、刀の返しは間にあっても一体倒すのがやっとでしょう? これで詰みですわ」

 この女所員も喰えない人だ。ついさっきまでの驚愕の表情は演技だったのか。まるでペテン師の見本を見せてもらっている気すらしてくる。

 しかし、アツトは絶体絶命だろう。誘いに乗ってしまったとはいえ、あの女所員の言うとおり、抜刀して振りぬいた刀を返して斬るには二体は不可能。せいぜい一体を斬るのが精いっぱいと言ったところだ。

「へへ、こりゃヤベえ。でもよ、まだ勝負が決まってない」

 そしてアツトは刀を素早く返し、左のサイドテールの人形を斬る。しかし背後から突進してくるツインテールの人形の攻撃は躱せそうにない。

「鞘抜刀、肆刀(しとう)(つぶら)』」

 アツトは鞘の口を、添えた左手で下げると、腰帯を起点としたテコの原理を利用して、背後から迫る人形の顎に鞘の先端をコツン、とヒットさせる。

 そこから、添えた左手で鞘を腰帯から逆手抜刀し、回転斬りを見舞う。鞘で砕かれた人形は、そのまま壁面へ叩きつけられた。

「……あらら」

「模擬戦闘はこれで終了ってことでいいんだよな?」

「ええ、文句ないわ。貴方、本当に『色無し』?」

「だから魔法なしでこんなにやれるんだよ」

「フフ、こんな方が未だに無名なんて世の中はまだ広いわね」

「そりゃ、どーも」

 アツトは飄々とした表情のまま、刀を鞘へおさめる。その仕草が、少し眩いモノに感じてしまったのは不覚であるが、認めなければならないだろう。

 アツトはソーザに匹敵する程の使い手だという事を――

 リオはそう判断した。





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