2.試験開始
アリエルは控え室へと繋がる階段を降り、指定の列に並ぶ。数分が経過し、そろそろアリエルの順番が回ってきそうな頃、突如、前方からどよめきのような歓声があがった。
「おいおい、『光』属性だってよ」
「ホントかよ?」
喧騒に耳を傾けながら、何が起こったのか確認する為に前にいた男の背中をトントン、と人差し指で軽く小突いて尋ねる。
「何かあったの?」
「なにもかんも、『光』属性の奴が現れたってよ!」
男はアリエルに振り返り、興奮した口調で話す。
「それのなにが凄いのさ?」
「お前っ! 知らないのかよ? 光の属性ってのは世界でも未だ2人しかいなかったんだぜ。ここ五年間ではたったの一人だ! これはある意味歴史的な瞬間だぜ! 他にも様々な希少属性ってのがあるが、『光』だけは飛びぬけて珍しい! 『光』属性ってぇだけで将来を約束されたようなもんだろうなぁ」
まるで自分の事のように話す男は、興奮の為かアリエルに上体をやや寄せ気味に、時々、口から唾を飛ばしてくる。アリエルは回避の為、少し後退りしながら両手をかざし、それをブロックする。
そもそも、アンタはその歴史的瞬間に立ち会うためにわざわざ試験を受けに来たのか、とアリエルは突っ込みたくなってしまう。そう言えそうなほど、男は自らの目的を忘れたかのように興奮していた。
喧騒の理由も分かり、これ以上この男と話すと気分が悪くなりそうだった。アリエルがそう考えていると、列が動き出したので、アリエルはすかさず男に告げる。
「わかった、凄いのは十分わかりましたぁ。あっ、そろそろ順番ですよ」
精一杯の愛想笑いをしてから、男の後方を指差す。男はアリエルに言われると、思い返したように我に返る。少し恥ずかしそうな表情を見せると検査室へ入っていく。
男が検査室へ入ったのを確認して、アリエルは膝丈ズボンのポケットからハンカチを取り出し、手を念入りに拭く。
全くデリカシーの無い人だったなぁ~。女の子に対してあんな事を気付かずやるなんて、紳士じゃないよ。ありゃ絶対彼女いないね――、とアリエルが心の中で腹を立てていると、検査室の前にいた女性に呼ばれる。
検査室に入ると、白衣を着た検査官が透明色の丸い石を持ってきた。
「え~、アリエルさん?」
検査官は手に持っている名簿に目を通しながら尋ねてくる。
「はい、番号D―15です」
返事をすると、検査官は持っていた小さな石をアリエルの前にある台の上に置く。
なんでもない、ただの透明色の強い小さな石ころ。
これが魔石なのだろうかと首を傾げているアリエルに、白衣を着た検査官が説明する。
「では、今から属性調査を行います。今ここにある魔石に、あなた御自身の血液を垂らして頂ければ結構です。魔石は血液に反応して色を変えますので、その色であなたの属性を調べます」
前の人からずっと同じ事を言ってきたのだろう。検査官は事務的に口を動かしながら、助手の女性が持ってきた果物ナイフの一つを取る。アリエルは緊張のせいか、体が少し固くなる。鼓動も大きくなっていくのが感じられた。
「石が赤に変われば火属性、青は水、黄は土、紫は雷、緑が風属性です。まぁ例外はありますが殆どの方が今挙げた五つの属性のいずれかに変化します。さぁ、それではやりましょうか、手を出してください」
先ほどと同様で、感情の無い言い方だったが、不思議とその口調が緊張感に拍車をかける。それをやわらげる為に、アリエルは大きく深呼吸をした後、右手を前に出す。そして検査官がアリエルの親指の腹を少し切り、流れ出た血液を石に垂らした。
すると、石は血液に反応して少し光った後、緑色へと変化した。
それはあまりにもあっけなく、一瞬で変わってしまった為、アリエルは口を開いたままポカンとした表情でそれを見ていた。そんなアリエルを尻目に検査官はアリエルの親指に包帯を巻きながら説明する。
「おめでとうございます。あなたには『風』の属性魔法の才能があるようですね。それではこの石に紐を通し、首に下げてから身体検査室へ移動してください」
アリエルは石を受け取ると、彼等に一礼して隣の身体検査室へと移動した。
自分が期待していた程の感動は無く、あまりにも淡々とした事務的な作業に呆気にとられたまま検査は終了した。
受付会場の中にある休憩室。元々建物自体は娯楽施設としての運用も兼ねているので、ここでは食堂としての機能も備わっており、これを利用している試験者も多くいた。彼らはこれから始まる実技試験に向けて作戦を立てたり、食事や休息を取ることで、十分な体力と鋭気を養っていた。
そんな多数の利用者がいる中で、紅茶を飲みながら読書に興じるパティを見つけるのは難しくなかった。アリエルはすぐに駆け寄って声をかける。
「待った~?」
「別に、私も終わったばっかだし」
呼ばれたパティはアリエルに気付き、視線を上げる。休憩室の一番奥のテーブルで、お茶を嗜みながら読書に興じていた彼女は、とても優雅で知的に見える。まさに絵になる美しさ、といったところだろう。
その美しい外見は、遠目から見てもかなり目立つ。しかし、パティにそんな事を言っても興味無さ気に笑うだけなので、アリエルは端的に結果だけを聞く。
「で、どうだった?」
「結構あっけないもんだったわね。思ってたより事務的すぎて少し興冷めね」
「そうそう、もう少し感慨深い感じがあってもいいのにねぇ。なんか拍子抜けしちゃったよ~」
アリエルはパティの向かいの椅子に腰を下ろすと、テーブルに頬杖をつきながら愚痴をこぼす。
「で、属性何だった?」
「火」
パティは開いていた本を閉じると、胸元から赤い魔石をちらりと見せて短く答える。
「へぇ、私は風。お互い属性があって良かったねぇ」
検査では魔石が変化せず、属性が無いと判断されるものも少なくない。そういった者は例え試験に合格しても魔法を使うことは出来ない。使おうとしても使えないのだから仕方がないが……。そう考えると、属性はやはり無いよりもあった方が良いのは当然だと、アリエルは思っている。
「そうね。後は実技試験をクリアするだけね」
「だね。ペアは勿論私と組んでくれんでしょ?」
お願いされたパティはアリエルと同じように頬杖をついて言う。
「私以外にアンタのパートナーになれる人なんて、この会場にはいないでしょ?」
小さく微笑むこの友人は、同年代の女の子より落ち着いた性格のせいか、時々年齢より大人びて見える。長くスラリとのびたブロンドの髪、切れ長の瞳がそれに拍車をかける。背も高いうえにスタイルも抜群なので、アリエルとしては羨ましい限りだ。
「じゃあさ、ご飯食べたら武器選びに行こうよ」
楽しそうな表情で語るアリエルを、パティは一瞥してから呆れ顔になる。
「アンタ、もう決まってるでしょ」
「パティだってそうじゃん」
お互い意地の悪そうな笑みで微笑み合った後、お昼の注文をする為、側を通過した店員を呼び止める。
「あ、そういえば、お昼はアンタのおごりだったわよね?」
――くそぅ、おぼえていやがったか……。
アリエルはからかう様な軽口を言い放つ親友を睨みつつ、懐からガマグチを取り出すと、中身の確認をする。