1.プロローグ
町の入り口に近づくと、活気のある商人達の声が聞こえてくる。この住み慣れた町を出て二週間程しか経っていないのに、やけに懐かしい気分になる。
しかし、このような気分になるのも無理はない。
リオはここ二週間近く、人生において最も濃密で大切な事を経験してきた。魔闘士試験を受験し合格すると、いきなりの『フラッグ』という名の魔闘士戦闘に参加した。魔闘士同士の六対六の旗取り戦。生と死が隣り合わせの戦いにリオは絶望を感じ、間違いなく死を覚悟した。しかし仲間の協力もあって、その絶体絶命のピンチをなんとか凌ぎ、こうやって五体満足のまま、この懐かしき故郷に帰って来られた。
あの時の経験はリオにとって何物にも代え難いものとなった。そう、ここで得た友情はリオにとって大切な宝物になったと断言できる。
両眼に当てていたゴーグルを外し、見慣れた街中を歩き始める。町の入口にある大きな石門をくぐり、路上狭しと犇めく出店通りを通る。
つい最近までは自分も弟もこの路上で雑貨売りの仕事で生計を立てていた。
「お、リオじゃねえか。どこ行ってたんだ?」
「え? まじか? しばらく見ねえから、どっかで娼婦にでも成り下がっちまったかと思ったぜ」
「そりゃねえだろうが、ディエゴがいるんだぜ。リオが弟残してどっかに消えちまうなんざ、絶対ありえねえ」
「そうだそうだ」
当然、顔見知りの店主達が口々に声を掛けてくる。パン屋、肉屋、果物屋の主人の三人は見た目もがっしりとしていて口も悪い、でも性格までねじ曲がった人達ではない。
「……魔闘士試験、行ってました」
「な、なんだとおっ!? 大丈夫だったのか? どっか怪我とかしてねえか?」
「ううん、大丈夫」
大袈裟に声をあげる店主に首を振って答える。
「……お前、よく生きて帰って来れたな」
「いや、そんな事より無事で何よりだ! 本当無理すんなよ……」
その言葉から親身に心配をしてくれているようだ。皆、根は優しい人達なのだろう。
しかし、リオが魔闘士試験に合格したとは誰も思っていなかったようだ。
「これ」
リオはパン屋のカウンターに置かれた小麦のパンを指差す。
「……ん?」
「このパンを下さい」
怪訝そうな顔で見返すパン屋の主人にそう言ってやると、笑い飛ばされる。
リオが指差したパンは、普通の家庭でも滅多に口にする事が出来ない上質な小麦で作られたパンである。それにリオ自身、一般家庭で食べられる大麦の固いパンですら、買った事がないのだから、笑われても不思議ではないし、リオもそう思っている。
「このパンを下さい」
だからこそ、もう一度繰り返す。今度はその小麦のパンに見合った硬貨を取り出して。
そして精一杯の笑顔を込めてもう一度。
「このパンをわたしに下さい」
店主達は先ほどの様にわたしを笑う事はなかった。