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ロゥカス!  作者: 結倉芯太
1章
31/45

29.決着

 今まで感じていた汗と土の匂いが消えた。これで五感の内の一つ目、嗅覚が消えた。

 既に味覚は失っていたので、正確に言えば、これで二つ目だろうか。今までの無理が祟ったせいだろう。昔過度に魔法を使用した際、使用後に味覚が戻ることはなかった。この闇の属性は本当に厄介極まりない。魔法を使用中の自分には、絶対に近づくなと、事前にアリエル達には忠告しておいた。こいつを使用する間、己の五感が徐々に削られていく。今のところ味覚と嗅覚で済んでいるが、視覚や触覚が持っていかれると、正直しんどくなる。感覚を失う間隔も、以前に比べると、随分短くなっている。視界も滲んで、手にしている剣の触感も薄れてくる。そろそろ、どちらかが消えそうだ。エステシオは以前、回避に専念して、攻撃に転じる様子はない。このままではこちらの五感全てが無くなり、がむしゃらに剣を振るう状態になりかねない。



 ――こんな時お前がいてくれたら。



 ソーザは彼女を思い出す。ミシェルとの約束と別れの瞬間は、今でも色褪せることなく、はっきりと覚えていた。

 そう、別れの時。

 倒れこむミシェルを抱えたソーザに、ミシェルは囁くように優しく話しかける。彼女の柔らかな手がソーザの頬にあたる。そして、彼女はその手を滑らせるようにソーザの口元へ。ミシェルの温かさが痛いほどに伝わる。

「……ねぇ、アレックス、実はね、私ってさ、妹がいるんだよ。アリエルっていって年の離れた、まだガキンチョのさ。幼い頃の私にそっくりだから、すぐ分かるよ」

 思い出す。亜麻色の美しい髪を。

「だからさ、私がいなくなって、もしね、もし妹が独りになったら――」

 思い出す。心配そうに下がっている可憐な眉を。

「――支えてやってくれないかなぁ。一人前になるまで、さ。本当は姉である、私の役目なんだけどね……」

 思い出す。伏し目がちで残念そうな蒼い瞳を。

「こんな有様だし」

 思い出す。呆れたような、その口ぶりを。

「アリエルをよろしくね。でも、私は幸せだったよ。貴方に会えて、過ごせて、笑って、泣いて、呆れたり、夢中になったり……、楽しかったよ……。ありがとうね、バイバイ……」

 ソーザは思い出す。寂しそうな、でも幸せそうな笑顔と、頬に流れる涙を。忘れない、あの時の約束を。



 ――約束は守るさ、絶対に。



 ソーザがそう決意し直した矢先、体躯がゆらりと柳のように揺れる。

 触感が無くなった。

 その一瞬の隙をついて、エステシオが強力な右ストレートを発射してくる。それをソーザは受け止める。

 エステシオは激しい衝突音でも響くかと思っただろうか。無音のままエステシオの拳は空を切る。というよりもこの場合、拳ではなく腕の間違いだった。

 彼の肘から先の部分は丸々消失しており、切断されたようなきれいな傷口からは、吹き出るように血が流出している。あっという間にソーザ達のいるエリアは血に塗れる。周囲を見渡し、エステシオは理解したようだ。自分の腕が斬られたのではなく、消し飛ばされたことを。

 剣に触れた拳は消え去り、腕はきちんと伸びきっていた。そう、剣に触れたであろうという肉体部分が、きれいさっぱりと消えてしまっていたのだ。

「悪いな、もう聴覚も消えちまって、何にも聞こえねぇんだ。視覚もここらへんでどうやら限界らしい。当たり所が悪いと一瞬で死ねないが勘弁してくれ」

 血の吹き出る腕を抱え、もがき苦しむエステシオの返り血を盛大に浴びたソーザは、霞みかかった視界の中、すり足でゆっくりと近寄ると、冷徹に言い放つ。悲鳴にも似た叫び声を上げていたエステシオは、みじん切りのようにソーザの双剣に切り刻まれ、その存在をこの世から消されてしまった。




 戦況を一望して、フランと対峙していたホアンは溜め息をつく。

「あの筋肉馬鹿が……。これじゃあもう勝利なんてもんはありえませんねぇ。まぁいいでしょう。彼を失ったのは痛いですが、それはこのフラッグ戦における場合ですからね」

 ホアンはそう呟くと、颯爽とフィールド外へと飛び出る。意図的な指定エリア外への逃亡は、基本退場となる。ホアンの行動は明らかに失格のそれに該当した。

「ダニエル! マイコ! 茶番は終わりです。役目は果たしましたよ。撤退します!」

 フィールド外から、両サイドバックに叫ぶ。それを聞いた二人は無言のまま後退し、フィールド外へと退いた。

 それはあまりにも呆気なく、迅速な対応だったので、二人の相手をしていたパティとアリエルは冗談だろう、と顔を見合わせている。

 なんにせよ、無人となった右サイドのフラッグをアリエルが叩き折って、『フラッグ』は終了した。後半戦が始まって七分が経過していた。

 両軍重傷者三名、死亡者一名を出した壮絶な戦闘が終わり、フランとアリエルは急ぎソーザの元へと駆けつける。

 ソーザの周囲にたちこめていた禍々しい噴煙は既になく、力無さそうに立ちつくすソーザを見て、フランは青ざめる。

 焦点の定まっていないソーザの視線は、ぶらりと天を青仰いでいる。フランがソーザの意識が飛んでいると理解した瞬間、ソーザは力無く崩れ落ちる。

「兄様? ……兄様!」

 その体躯を抱きとめたアリエルが、心配そうにソーザの体を揺さぶる。

「……」

 しかしソーザは反応しない。まるで全身麻痺におちいったように動かず、ただ小さくうわ言を呟く。

「私だよ! アリエルだよ!」

「……あぁ、約束は守ったさ」

 兄妹の会話は、聞く限り成立してはいなかった。

「何なのさ!? 約束って」

「ミシェルさんとの約束……」

「えっ…?」

 苛立つアリエルの後ろで、フランはソーザの代わりに返答する。

「彼女との約束だと思う。なんで私は気付かなかったのかな……。こんなに似ているのに、あんなに憧れていたのに。……どうしてあの時、私は気付かなかったのかな」

 血の繋がっていない兄妹、同じ髪と眼の色をした二人の女性。ミシェルとアリエルは姉妹だったのではないだろうか。そして、ミシェルは妹であるアリエルをソーザに託したのではないだろうか。そして、ソーザはその言葉を律儀に守り通したのではないだろうか。想像でしかないが、彼はきっとそういう男だ。

「もう、いいだろう……?」

「何がさ? 何にも良くないよ!」

 アリエルの腕の中で、息が細くなるソーザの意識を必死で取り戻させようと、叫ぶようにアリエルは反発する。

「駄目だよ! こんなのイヤだよ! ねぇ、どうにかして……」

 アリエルは大粒の涙と鼻水を垂らして、懇願する。もう、誰にお願いしているのかも定かでない。その背後でパティが救護班に向かって、ヒステリーでも起こしたかの如く、担架を要求している。

 フランは呆然と立ち尽くす。リオはロンドとコーラーを介護しながらも、遠めでアリエル達を心配そうに見つめている。

「…ねぇ、誰か……、誰か、お願い……」

 アリエルが(こいねが)う。

 フランは力なく横たわるソーザの状態に絶望した。

 その瞬間、ソーザの胸元の魔石と、アリエルの手元に置かれた二丁の銃がキラリと輝く――



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