28.予感
忠告というより、命令に近い形でソーザに念を押されたエステシオは生唾を飲む。
ソーザの表情の変化にも驚いたが、それ以上に戸惑いを隠せなかったのはソーザの雰囲気だった。周りの空気が張り詰め、エステシオの心臓を激しく圧迫させる。背中に冷たい汗をかいているのがわかる。
風の噂で知ってはいたが、やはりこの属性は危険だ。幻の闇属性。触れたものを一瞬で掻き消してしまう、最恐にして最悪。
エステシオの頭の中で真っ赤な色のベルがけたたましく警報を鳴らしている。
「いいか受けるなよ。受けた時が貴様の最後だ……」
そんな事をいいながら、エステシオの懐深くに入ってくるのだから無茶苦茶だ。エステシオはバックステップで間合いをとろうとするが、ソーザの漆黒の双剣は確実にエステシオの首筋に向けて飛んでくる。
身を捻り、間一髪で斬撃を避けると、エステシオはそのまま地面に転がって間合いをとる。
「いい勘だ。しかし俺もそんなに時間がかけられないんでね。残念だが貴様の希望通りの時間までは相手はしていられない」
ソーザは立ち上がったエステシオに双剣の先を突きつける。エステシオは久方ぶりに恐怖という感情を抱いていた。
フランは遠目でソーザの魔力解放を確認する。リオの援護に戻りながら、横目でソーザの周りを覆う黒の噴煙を心配そうに眺める。そして、一心に勝負の早期決着を望んだ。
多分、アリエルやパティはソーザの症状に気付いていないのだろう。これはフラン、そしてミシェルもおそらく知っていたであろう。その事実を知ったのは最近だった。アリエルの家に宿泊したあの日、皆との会話の中で些細だが、思えば矛盾した言葉があった。
あの日の出来事、食事中の楽しい談話と思い出話。アリエルが、からかうような笑い声で指摘したソーザの欠点。
―――『兄様は味音痴』
果たしてそうだっただろうか? フランは幼少期の頃を思い起こす。ソーザはミシェルよりも頻繁に厨房に入り、皆の夕飯を作っていた記憶があった。むしろ、ミシェルの料理が酷くて、仕方無しの部分が大きかったのだ。
味音痴ならば、その時にフランは思うはずだ。
ソーザの料理はまずかった、と
しかし、当時のフランはソーザの料理に違和感など感じなかった。思い出そうとしても、記憶にない。そこに夜、ソーザと話したあの内容だ。彼が話してくれた、ミシェルの話とフランが幼いながらに記憶していた映像。そこから導き出される答えは一つだけだった。
それは、
―――『ソーザの属性も彼女と同じく生命を糧にして発動する』
あくまで想像なのだが。もしかしたら、フランと別れた後、味覚障害になったかもしれない。しかし、それはあまりに都合が良すぎるのではないだろうか。やはり、ソーザの味覚障害は魔法の使用による後遺症ではないか。では何故、ソーザは突然そのような障害を背負ってしまったのだろう。
これも直ぐに答えは導き出された。ミシェルがいなくなったからだ。ソーザの戦闘後の負担を軽くしていたのは、間違いなく彼女の治癒魔法だった。彼女がいなくなったことによって、これまで彼女がソーザにおこなっていた生命の回復が出来なくなったのではないだろうか。そう考えると、それなりに辻褄は合う。ならば、彼の魔法の使用は彼自身の寿命を確実に縮めるものに間違いない。
だから、
「死なないで……」
フランは苦しい胸に手を当てて祈る。自身の予感が外れていることを。




