表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロゥカス!  作者: 結倉芯太
1章
3/45

1.アリエルとパティ


「じゃあ兄様、いってきま~す」

 丸太仕立ての小屋を出たアリエルは、家先の丘で洗濯物を干していた兄に外出を告げる。

「おっ、今日は試験だったな」

「そそ、パティと一緒に試験場。帰りは多分夕方になると思うよー」

「あんまり遅くなるなよ。スーペルとの平和条約が結ばれたっていってもまだ治安は安定してないからな」

 兄は目線を洗濯籠に落としたまま、妹へ忠告をする。

「これから魔闘士試験を受けにいくのに、そんな事言われてもなぁ……」

 団栗を頬に詰めこんだ小リスのような顔をしながら、アリエルは呟く。

 試験内容に近接格闘や銃撃戦が含まれた、危ない試験に赴くのに、兄はさも平然な面で『あんまり遅くなるな』というのだ。そんな試験を可愛い妹が受験するというのに、少しは心配した表情の一つくらい見せてくれてもいいではないかと思ってしまう。

 アリエルは兄の矛盾した言葉に眉根を寄せつつ、家を後にする。丘を下り、麦畑の広がる畦道を通り市街地へ入る。そこから幾重にもある裏道を縫って、大通りへと出た。

 大通りは通称「市場通り」と言われており、装飾店や飲食店が道の両端にズラリと軒を連ねる。店では店主らが商品の陳列をしたり、店の看板を掲げたりと忙しそうに準備をしている。もう少し経てば、この市場に新鮮な果物や魚、店頭に上品に飾られた雑貨を求め、多くの婦人達がやってくる。そうなると、十数人が横並びになっても余裕で往来出来る程の広い通りが、たちまち人で埋まり、身動きがとれなくなってしまう。アリエルは賑やかで活気のある風景は好きなのだが、人ごみの中は息苦しくて、苦手だった。

 そういう事情もあり、アリエルは市場が賑やかになって、人ごみに巻き込まれる前に、この大通りを抜けたいと感じ、また友人との待ち合わせの時間に遅れていることもあって、足早に合流場所である教会を目指す。

 目的地の教会は市場を北に抜けた町の中心部にあり、巨大な尖塔は町のどこからでも見つけられる、待ち合わせの場所としてはこれ以上ないスポットとなっている。

「パティ、待ったぁ?」

「遅いわよ、三十分の遅刻」

 アリエルにパティと呼ばれた女性は、腕組したまま、刺々しい視線を浴びせかけてくる。教会のシスターに間違われそうな真っ白なコートとロングスカート。唯一違うと思える、太もも近くまでスリットの入ったスカートは、淑女が着衣するそれではない。教会の敬虔なシスター達はこのような過激なスカートだけは絶対に穿かないだろう。

 それだけでも十分に魅惑的であるにも関わらず、獅子のたてがみのような色をしたブロンドの長い髪、切れ長の美しい瞳まで持ち合わせているのだから、同じ女としてはやっていられない、とアリエルは思っている。

 そんな美人な友人は約束の時間をオーバーした事にご立腹のようだった。

「ごめんごめん、お昼は私が奢るからさ、それでなんとか……」

 アリエルは両手を顔の前で合わせて申し訳なさそうに謝るついでに、語尾を少しずつ小さくすることで反省の意を強調させる。

「しょうがないわね」

 するとパティは肩をすくめ、やれやれといった感じで承諾する。パティがそこまで腹を立てていなかったので、アリエルは自然と顔が綻ぶ。もう、かれこれ四年の付き合いになる親友は怒りっぽい一面もあるが、基本積み重ねなければ、このような小さいことでは怒りはしない。

「そいじゃあ早く行こうよ。このままじゃ試験受けられなくなっちゃうよー」

 アリエルは遠くに見える立派なレンガ屋敷を指差し、歩を進める。パティは「全く調子良いんだから」と、諦めにも見える盛大なため息を漏らしていたが、アリエルは気にしないことにした。

 『魔闘士試験場』文字通り魔闘士の資格試験を主催する為に建てられた試験場である。入り口には大きな鉄門があり、その奥から横長いレンガ屋敷が出迎えてくれている。その背後には巨大な円形の闘技場があり試験はそこで行われる。

 とうとうこの時が来たのだ、と長年待ちわびてきた躍る心をアリエルは抑制するように、胸に手を当て深呼吸を一つすると、門をくぐる。

 現在、満十六歳以上になった男女は、魔闘士の資格を取得できる権利を貰える。また、試験場はこの独立都市国家『バーゼル』にしかない。

 アリエルが周囲を見渡すと、肌や髪の色が違う人も多く見受けられる。皆、この資格を目当てにこの国へやってくる。幼い頃は思わなかったが、そんな人達を見ると、旅程からくる疲労や旅費の工面などで大変だろうと、今では感じてしまう。

 現在、魔闘士の資格は世界共通の資格となっており、魔法の使用が認められる他、市街での武器の携帯も許可される。ここ数年で行われた治安維持の強化の成果もあって、比較的大きな街は治安が以前に比べると非常に良くなっている。

 『世界消滅戦争』からの教訓により、魔闘士の定義は大きく変わってしまった。

 魔法は魔石という特殊な石を媒介にして発動する。五年前まではその魔石さえあれば、魔法の才能のある者なら誰でも魔法を使用できた。そのせいか、善悪の判断も出来ない愚者達が多くいたのである。

 しかし、戦争が終わり、魔石を独立都市国家『バーゼル』が管理することで、魔法の濫用や悪用を防ぐことにした。その後、魔石が管理されるようになって魔闘士の資格取得法が世界的に成立し、魔闘士を志す者達がこの独立都市国家に集まってくるようになった。

 ここで魔闘士の資格を取得した者は結構な待遇で各国に迎えられる。警察や傭兵、才のある者は重要人物の警護に迎えられる等、需要は高い。リスクもあるが、それに見合う栄誉と破格の報酬が付いてくる。魔闘士は今、世間の憧れの的となっていたのだ。

「ふぇ~、思ったより人多いね~」

 受付を終えたアリエルは、辺りをキョロキョロと見渡しながら、試験会場へと向かう。

 試験会場である闘技場は、収容人数三千人規模の大きな施設だ。通常、試験の無い日はその名の通り闘技場として運用され、開催日は多いに賑わう。時にはスポーツ大会など庶民のレクレーションの場としても使われるバーゼルでも有数の娯楽スポットの内の一つだ。アリエルも兄と一緒に何度か足を運んでいる為、この会場は見慣れていた。その中心の壇上では、試験官長が試験内容の説明を言っているようだったが、アリエルはそんな大事な説明をまるで聞かずに、自分とは外見の違う異国の人々を興味深そうにジロジロと見ていた。きちんと聞かなくてはいけないのはわかっているが、異国の人間は珍しい為ついつい眼が泳いでしまう。

「コラっ、きちんと聞きなさいよ」

 アリエルがそんな散漫な状態でいると、横に立っているパティに頭を小突かれる。背が高く、聖職者に見えそうな服装のパティ。傍からみると、彼女がアリエルの保護者のように見えてしまっても、不思議ではない。

「あいたっ」

 あまり痛くないが、反射的に出た言葉と同時に、アリエルは渋々と目線を壇上へ移す。確かにパティの言う通り、この説明は自身の将来を左右するわけなのだから、しっかりと聞いて把握しておくべきだろう。元来、人の話を根気よく聞けるタイプではないが、此処は頑張って話を聞いておくことにした。それにこれ以上よそ見をしていようものなら、先ほどの遅刻の件と合わさり、パティが本気で切れそうだから――、というのもあった。

 壇上では初老の長く伸ばした白い髭が特徴的な官長が、ゆっくりとだがはっきりと耳に通る声で説明を続けていた。

 試験内容は属性の調査と身体検査をはさんでから、二対二のタッグ戦らしい。ペアは誰でもいいので、その場で決めてしまっていいようだ。それからタッグ戦で使用する武器の選択となる。試験の審査は勝敗よりも武器と魔法の使い方、戦術方法に重点を置く為、武器の選択は結果にかなり影響するので慎重に決める必要があるそうだ。試験内容の説明が終わると、会場内での注意事項やら飲食、休憩所の場所の案内等施設利用による説明へと話が切り替わる。すると、途端に試験官長のゆっくりとした口調が、催眠術のようにアリエルの眠気を冗長させてくる。

 度々会場に訪れているアリエルは、そういった共有施設の場所は既に分かっているので、今更そんな話に真剣に耳を傾ける程の理由はない。つまりは、興味の無い話を聞くのは退屈以外のなにものでもない、ということだった。欠伸は隣にパティがいるので我慢していたが、最早それも時間の問題になりそうだ。

「もうっ、そろそろ終わるわよ。それに、これから属性検査だから楽しみじゃない?」

 さてどうしようかと困っていると、パティがアリエルの気持ちを見透かしたかのように言う。さすがは親友といったところか。パティが発した言葉で、アリエルの眠気があっという間に飛びさっていく。

「だね! 私は何属性かなぁ。パティは何がいい?」

「何がいいって言われてもねぇ。こればっかりは生まれもったものだから、どうしようもないわね。でも属性がなんであれ私が選ぶ得物は変わらないわよ」

 パティは壇上に目を向けたまま、自信に満ちた表情でそう断言する。

「私も! 属性がなんなのかは気になるけど、私が使うのも変わらないよ。兄様の部屋にあるアレしかないもん」

「アンタも好きよねぇ、まぁどうでもいいけど」

 今までアリエルが『アレ』に対する憧れ話を散々パティに言ってきた所為か、パティはゲンナリとした顔をする。

 そんなやりとりをしている間に、試験内容の説明が終了する。アリエル達は属性の調査を行う為に、一度通路へと出る。闘技場の控え室が検査室になっており、各自定められた検査室へと移動する為だ。受験番号ごとに各々が指示された部屋へ行き、検査を受けることになっていた。

「アリー、あんた何号室?」

「Dかな。パティは?」

「私はB」

「じゃあ終わったら受付会場の中にある休憩所で待ち合わせってことで~」

「そうね」

 二人は互いに合流場所の確認をすると、指示された検査室へ向かう。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ