26.後半戦
後半の笛が鳴る。相手の布陣は読みどおり、エステシオとルイフェがアタッカー配置に変更となった形だ。
まずはソーザが双剣を携えて、ルイフェとマッチアップする。そしてパティとコーラーはエステシオ&サミーの相手をする。
やや不利だが、パワー対決ならパティ達もある程度渡り合えるだけの実力を持っている。そして、ホアンとマイコにはアリエルが監視の目を光らせて牽制する。左サイドには右からリオが応援に駆けつけ、遠距離射撃でパティたちをフォローしながら、念気による魔弾の注入作業に専念する。フランは自軍二段目でダニエルの動向を伺う。
とりあえず作戦通りに運んでいる。
「あら、その格好……。ひょっとして死神さんかしら?」
「……昔はそう呼ばれていた時もあったかな」
剣撃と足技の嵐の中で、二人は悠々と会話をする。ソーザは上段から中段へ変化してくる蹴りをあっさりと見抜き、がら空きかと思われた足元へ剣を滑らせるが、ルイフェも華麗な跳躍で見事に避ける。
「そろそろお遊びは止めようか」
「あら、もう少し付き合ってくれてもいいじゃない」
「いや、貴方にも『大事な人』が待っているんじゃないかな? 急がないといけないよ、ね?」
ソーザの一言に、ルイフェの表情が突如として強張る。そして、今にもソーザを呪い殺しそうな、憎憎しい視線を投げかける。
「彼女は安全な場所で保護してあるよ。だから貴女はここで糞みたいな血生臭い戦闘に加担するよりも、彼女の側にいて、笑顔でいるほうがずっといい」
ソーザは柔和な笑みをして続ける。
「今は俺の知り合いの家で世話になっているよ。バーゼルのギルドに、ジョージという男が働いている。そいつに『アレックス』の名前を出すといい、案内してくれるよ」
それを聞いたルイフェの頬に一筋の涙が伝う。先ほどの鬼の形相とはうって変わり、すがる様な安堵の表情を見せる。
「……ありがとう」
「お礼はきちんと会えてからでいいよ。それより早く会いに行ってあげなよ」
ソーザはそう言い放つと、素早くルイフェの懐に潜り、強烈な中足蹴りを見舞う。ルイフェはその打撃を受け、フィールド外へと吹っ飛ぶと、そのまま戦場に背を向けて走り去っていった。
さて、これで作戦の第一段階は終了した。
だが、俺にはまだ大事な仕事が残っている。さっさと片付けてまたのんべんだらりとした生活に戻るとするか。ソーザは思量する。
その様子を見ていた観衆はおろか、フランやコーラー、リオも驚きの表情を隠せなかった。
『ルイフェは俺が何とかするから――――』
ソーザは作戦の冒頭にそんな事を言っていた。パティとアリエルは、ソーザが何とかすると言ったら、絶対に何とかするものと信じて疑わない。だから今こんなに早く数的有利な状況が作れたこともアリエルは驚かない。
何よりも先ほどの二人の会話と表情を、アリエルはきっちり見聞きしていたのだから。
この聴力は視野に続くアリエルの長所といってもいい。
「さすが兄様」
「やっぱり有言実行の殿方は素敵よね」
アリエルとパティは呟きあう。
ルイフェがいなくなった事で、サミーは急ぎ、自軍一段目中央へと撤退する。ソーザは中央でパティ達の代わりにエステシオとマッチアップする。
劣勢だったパティとコーラーは一転、退いたサミーに追い討ちをかける。フランとアリエルは、それぞれダニエルとホアンの牽制を継続する。
下がったサミーは大盾に魔力を注入し、盾の強化を図る。土属性は物質を硬化させることが出来る為、攻撃を受け止めるには便利な属性である。
本人も優秀な魔闘士の自覚はあるらしく、これだけ硬化してあれば、そうそう破られることはないと思ったのだろう。どっしりと大盾を構え、パティとコーラーの一撃を迎え撃つ体制だ。
「狙い通り、ね!」
「思いっきりいくぞ!」
二人は同時に魔力を込めた一撃をサミーに叩き込む。耳を塞ぎたくなるような、金属による衝突音が響き渡る。それは前半戦で見せたエステシオがロンドを倒した時の音よりも凄まじかった。しかし、それでもサミーの大盾は壊れない。
「もう一丁!」
「あいよ!」
二人は再度、大きく振りかぶる。その時、右側面からコーラーに向かってマイコが射出したパチンコ玉が飛来する。あちらも黙ってみているわけではない。それをコーラーは右肩で受ける。
「ぐぅっ…!」
骨の砕ける嫌な音と共に、鉄矛に添えていた右腕がだらりと垂れたが、本人は笑みを浮かべ、片腕のまま勢いよく振り落とす。パティもそれに合わせ、魔法で真っ赤に滾った大剣を振る。
サミーはもう一度わずかな時間で念気し、盾を構える。とにかくありったけの念気で魔法を盾に注入を試みている。
先ほどと同じ、強烈な金属音が響く。サミーは二人の攻撃を受けきってみせたのだ。サミーはその強烈な一撃を受けきった事に対して、頬を少し緩めてみせた。彼はきっとパティ達の愕然とした表情を期待していたのだろう。
しかし、サミーの期待した光景は見られなかった。
「リオ、決めなさいよ」
「……わかってる。もう、わたしは逃げないっ!」
艶やかな表情をした金髪の女剣士が、まるで蝶の如く目の前から軽やかに舞うように消え、代わりにサミーの左肩に飛び込んできたのは光の塊だった。強烈な光弾による一撃が盾を破壊し、サミーの左肩を貫通した。気を失いかけるサミーの脇をパティが素早く駆け、中央フラッグを叩き折る。
「――ふぅ」
大きな息を一つ吐き、銃口を上げたリオは見事に大役を果たし、安堵の表情を見せる。この一撃の為にリオは後半開始前から念気で魔法弾を練り上げていたのだ。
攻撃能力の高い属性攻撃による中央突破。ソーザの作戦ががっつり嵌った形となった。ここで重要だったのは相手の気の緩みをつく事と、狙いを外さないことだった。リオがタイミングと狙いを外してしまえば、パティとコーラーの努力が水泡に帰すところだっただけに、アリエル達の喜びもひとしおである。
遠くの敵陣一段中央エリアではパティがサムズアップしてリオに成果の報告をしてくれる。この一撃で魔法力の尽きたリオは残る魔弾を握り締め、アリエルの援護にかかる。
第二段階完了。時間して後半開始からまだ二分も経過していなかった。
相手が迅速な連携で中央フラッグを破壊した。
ホアンは、ダガーで二丁拳銃の少女の砲撃を防ぎながら、思考する。
サミーとルイフェが戦線離脱、エステシオは死神の相手で手一杯。中央を破られたことで、サイドディフェンサーの二人の攻撃参加は最早望めないだろう。まさかこの短時間でここまで追いつめられたことは、今までの経験からいっても初めてのことだった。
なんといっても前半あれだけの恐怖心を植えつけた、銀髪の少女が立ち直ってくるとは思わなかった。光属性の無効化はこちらの思惑通りに進んでいたが、あの死神の登場で全てひっくり返されてしまったようだ。
「やばいねぇ、これはやばいですねぇ……」
元々その日暮らしの傭兵家業だ。この国の行く末に興味があるわけでもないし、命あっての人生だ。こんなところで真面目にやっても仕方がない。あの筋肉馬鹿は強い相手と戦えればいいみたいだし、本当に羨ましい限りだとホアンは思う。
さて、自分の事だが依頼の内容通りにはいかなかったが、このゲームの前に既にお膳立ては整っていたことだし、無闇に煽ることもないだろう。
「一応顧客に誠意だけでも見せにいきますか」
そう呟くと、ホアンはアリエルのマークを外し、リオの方へと進路を変更する。