24.絶望
あの黒い猛獣の攻撃は、どうやったら止められるのだろうか。リオは苦悩する。
ロンドの打撃を軽くあしらい、リオの光弾もなんなく手甲で受け止める。手数ではこちらのほうが多いはずなのに、全てが完璧にブロックされている。こちらの攻撃は効かず、対照的にエステシオの打撃はきっちりと防御していても、体の芯にまでダメージが響いてくる。両者の疲労度は一目瞭然だ。これでは作戦など、成立しようがない。
少なくとも、リオは初めて経験する恐怖と圧倒的戦力差に、精も根も果てようとしていた。
そんな状況下で、敵サイドディフェンサーのマイコに動きが見られる。後方でずっと待機していた幼い容貌をした少女は、手に握りしめていた鉄の玉を右腕に装着したスリングショットにセットすると、ゴムを引いて弾いた―――
それは、一瞬の出来事だった。
飛ばされた玉はフラッグのどれを目指すわけでなく、逆サイドへいるルイフェ目掛けて飛んでいく。射出された玉の目標であったルイフェは、パティの剣撃を飛翔して巧みにかわすと、そのまま空中に飛来してきた玉を蹴り飛ばす。
玉は勢いを増し、今度はエステシオの方へ飛来する。
エステシオは余裕を持って、その玉をがら空きの中央フラッグへ向けて、叩きつけるように押し出す。目にも留まらぬ速さとなった玉は、あっという間に中央フラッグを圧し折っていた。
その時間は正に刹那といってもよかった。
そして、リオの心に窮地という名の絶望を運んでくる。
中央のフラッグが破壊された。
それは、正規軍チームの状況を内外の者達に見せ付けるには十分すぎた。そして、リオの思考はネガティブなものに塗り潰されていく。
理解しなければいけない。しかし、理解などしたくはない。
この後、戦況はどうなるのだろうか。
あの童顔のサイドバックも攻め上がってくる? エステシオ一人でも、これだけなのだ。
もう一人加われば……、どうなる……?
…………いやだ。……嫌だ、嫌だ、嫌だ! わたしはまだ死にたくない!
リオは恐怖に顔を歪ませていた。目は虚ろに、自身の身を守るためのライフルはリオの手を離れ、地面へと落下していた。
そして、フィールド内で動転したリオを、エステシオは見逃さなかった。
エステシオは、リオの懐へ素早く潜り込むと、下から突き上げるようなアッパーを繰り出す。土属性によって強化された鋼鉄の拳が、リオの顔面を捉えにかかる―――。
全ての世界が止まったような不思議な感覚。そして、その間に襲い来る恐怖に耐え切れず、リオは目を閉じて、自らの視界を断つ。その瞬間でも、リオは死を受け入れようとは到底思えずに、死にたくないと、ひたすらに思った。
そして、顔面が陥没してもおかしくないような衝撃音がリオの耳を伝う。
無事ではいられない。リオは不安と恐怖で一杯の中で迫ってくる死の影に震えた。
……しかし音が響いただけで中々痛みがやってこない。リオはおそるおそる、閉じた瞳を開ける。目を開けたリオは尻餅をついた形でへたり込んでいた。
いつ尻餅をついたかはどうでもよかった。今は生きていることに安堵する。
しかし、リオは自身の更に後方に飛ばされたモノに愕然とした。そして、恐怖がまたリオを支配する。
そう、リオは無事だった。が、彼女は無事ではなかった。後方に飛ばされたロンドは口から大量の血を吐き、ガードした両腕はあらぬ方向に曲がり、身体は全身痙攣し、陸に上がった魚の如くピチピチと跳ねている。明らかに脳にダメージを受けている症状で、戦闘不能というのが一目瞭然で理解できる。
まるで落石の直撃にでもあったかのようなロンドの無残な姿を見て、リオは兢々となる。
ロンドはリオを守る為、己の身を盾にしたのだ。しかし、念気からの魔法構築をする時間がなかったようだ。殆ど生身の状態でエステシオの魔法強化された強烈な一撃を受けたロンドは、フィールド外部へと吹っ飛ばされてしまったのだ。
野営に設置された医師団がロンドを救護テントへ運び込む為、慌しく担架の準備を始めている。民衆からの驚愕と悲痛な叫びが、彼女の状態の酷さを物語る。
――わたしのせい? そうだ、わたしのせいだ……。でも助かった。本当ならわたしがロンドのようになっていた。リオは残酷にも、そう思った。
「戻れ、引くんだ! 右サイドはもう駄目だ! リオ、左まで引くんだ!」
そんな中、メンバーの中でいち早く指示を飛ばしたのはコーラーだった。そのコーラーの発した指示は右サイドの放棄だった。
リオはコーラーの指示と同時に、必死で左サイドへ駆け出した。背後ではロンドが医師団に囲まれていたが、リオにとっては、もうどうでもよかった。
死にたくない、その気持ちだけが先行する。リオは無様にフィールドを駆けた。