20.顔合わせ
案内された応接室に入ると、そこには短髪赤毛の女性と禿頭の大男が待っていた。フランは彼らに軽く会釈すると、アリエル達に席に座るよう促した。部屋には大きな長方形のテーブルがあり、両サイドに七,八人は座れる位の長椅子が設置されていた。フランは赤毛の女性の隣に腰を下ろし、アリエル達はその向かいに座る。
「まずは彼らを紹介しよう。彼女はビセンテ=ロンド。魔闘士として建国当初から、このトラヴァーリで警備を担当している」
「ロンドです。よろしくね、お嬢ちゃん達」
フランに紹介された赤毛の短髪女性はウィンクを一つ決め、気さくな物言いで自己紹介をする。見た目は二十代半ばから後半くらいだろうか、陽気な中に成熟した女性の雰囲気を感じさせる仕草に、アリエルは圧倒される。
「で、こちらがコーラー。土属性の魔闘士だ。傭兵として今回の戦いに参加してくれている」
「コーラーだ。よろしく頼むぞ」
こちらはロンドとは正反対に、堅苦しそうな言い方で禿頭を下げる。日に焼けた肌は、盛り上がった筋肉をより際立たせている。年齢は三十を間違いなく越えているとわかる中年面である。その風貌から、口調とは裏腹に暑苦しそうな印象を受ける。
「貴女達も自己紹介をお願いできるだろうか?」
アリエルはフランの言葉に頷くと、腰を上げる。こういう事は率先して一番手を名乗るようにしている。これはアリエル持論だが、自己紹介の一番手は相手の印象に残りやすいイメージがあるからだ。
「私はアリエル=コースター。友達の窮地を知って、助けにきました! よろしく!」
右手を敬礼のように高々と挙げ、宣誓するかのように、声を張り上げて挨拶する。
「パトリシア=バティスタです。私も微力ながら彼女の手助けを出来ればと」
アリエルの子供のような挨拶とは正反対。謙虚で礼節をわきまえた言葉でパティは言う。
よくもまぁ、そんな言い回しを思いつくものだ、とアリエルは感心する。
「リオ=メッシェルダーです……。よろしく」
「彼女達は私の友人であり戦友だ。今回傭兵として、反乱軍との戦いに参加してもらう事になった」
リオの名前だけの簡潔な紹介の後に、フランが補足を付け加える。
「今回はこのメンバーで『フラッグ』を闘うことになる。ロンドさん、今の状況はどうなっていますか?」
「こちらの『フラッグ』の申請に伴って、反乱軍の動きは現在鎮静化しています。おそらく反乱軍はこれを受けるつもりで『フラッグ』の準備をしている為と思われます。『フラッグ』については後数刻で魔闘士協会の認可が下りるものと思われますので、反乱軍はそれまで活動を行わず、表立って動くことはないかと」
ロンドが抑揚の無い声で、淡々と説明を続ける。
「もう一つ、裏切ったルイフェの事ですが、どうやら反乱軍側のスパイだということが発覚しました。おそらく『フラッグ』においても彼女が顔を出してくるものと思われます」
「ルイフェって?」
アリエルは、ロンドの話の中に出てきた見知らぬ人物について尋ねる。
「そうね、お嬢ちゃん達は彼女の事はわからないわよね。彼女は建国当初からの正規軍警備隊隊長の一人だったの。でも、この内乱のタイミングで反乱軍に寝返っちゃったの」
さっきまで丁寧だったロンドの口調が挨拶の時のような、くだけたものへと変わる。あまり堅苦しい喋り方は好きではないようだ。
「彼女は正規軍の中でも一番の魔闘士だったんだがな。それだけに、この裏切りはこちらにとって致命傷になった。彼女の裏切りによって、頭のいなくなった警備隊は壊滅状態。反乱軍の鎮圧が一向に進まなかったのは、これが原因といっても過言じゃない」
続けるように口を開いたのはコーラー。
「白豹」
「白豹?」
呟いたのはパティ。そして、復唱したのはアリエルだった。
「ああ、よく知っているな。それは前大戦での彼女の通り名だ。疾風のごとく戦場を駆け巡る、絹の様に白く透き通った肌をした美しい女豹。人々は彼女をそう言った」
「その大物さんが裏切ったことが、一番の問題なのよ。そのせいで私達は、定員ギリギリの状態でゲームにのぞまなければいけなくなったわけ。これが意味すること、判るわよね? お嬢ちゃんたち」
先輩魔闘士の二人が『白豹』について簡単に解説してくれる。要は『フラッグ』が始まれば、正規軍に闘える魔闘士が六人しかいないという事だ。
負傷した味方は交代することも出来ず、ゲームを続けなければならないし、その負傷者がチームの足を引っ張ることも十分考えられる。死亡した場合は最悪だ。交代による人数の補充は望めず、数的不利がチームを苦しめる。これくらいはアリエルにも理解できた。
「それで『フラッグ』の開催ですが、ロマリエ国の主導の下、二日後開催予定で進行しています。先発メンバーの登録表は、明日中にトラヴァーリ魔闘士協会支部に提出との事です。以上が報告となります。又、交代メンバーの登録は特に規定はありませんので」
話し終わると、ロンドが軽く伸びをして肩を鳴らす。やはり格式ばった喋り方は苦手だったようだ。ロンドはテーブルに置かれていた胡桃を手にとって殻を割ると、口に放り込み、ボリボリと音を立てて食す。普通に見れば、女性が恥じらうような食べ方だったが、ロンドがやると下品には見えず、逆に堂々とした態度は秀麗だった。
「まぁとりあえず。今、私達に出来ることなんて、全くありません。ゲームが成立すれば、反乱軍側と戦うだけ。メンバー構成はフラン嬢と私に全権がゆだねられているから、この面子で出場する事に問題ないわ。なにか質問は?」
腹を割ったようなロンドの話し方に、一同は首を振る。もうゲームの成立は決まったといってもいい。そしてメンバーも、今いる面子でどうにかするしかない。アリエル達は政治的な駆け引きや、机上の論争をやりに来たわけではない。元々『フラッグ』が行われた場合に限り、助っ人のつもりで駆けつけた。ゲームが決定的な今、先ほどの説明で十分である。
――しかし……、これは聞いておかなければ。
ゲームの開催が決定的になり、張り詰めた緊張感の漂う中でアリエルは手を挙げる。
「あの~、『フラッグ』のルールって知ってますか……?」
アリエルは恥を忍んで、信じられない発言をぶちかます。
つい最近まで、魔闘士試験の筆記対策をアリエルに散々指導してきたパティが、額に青筋を浮かべている。ロンドとコーラーは目を丸くさせ、リオとフランはまたか、と言った感じで苦笑いしている。
――これはヤバぁい……。
「あんたはっ……、なんで忘れてんのよっ……! このアンポンタン!」
パティは大きな怒声と共に、アリエルの顔面へ魔闘士手帳を投げつける。
「明日一日、それ見てちゃんとルール覚えなさいよ! いいわねっ! みっちり教えるから、覚悟しなさいっ……!」
顔面でそれを受け止めたアリエルは、横目でリオとフランに助けを求める。しかし、その視線は見事に逸らされてしまった。




