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ロゥカス!  作者: 結倉芯太
1章
20/45

18.説得



 アリエルは我が家の前に立っていた。蜂蜜漬け店でカネイラと別れた後、アリエルとパティはそれぞれの家へと戻り、家族の説得を試みようとしていた。

 パティは見た目麗しい上に、弁も立つ。パティの家は騎士の家柄である。彼女は家から教えられた騎士道精神を上手に利用し、家族の説得になんなく成功するだろう。パティの魅惑的な容姿と語りに籠絡しない人はいないんじゃないか、とアリエルは本心から思う。

 それに比べて、アリエルは口が達者なわけではないし、人を魅了できるような女らしい仕草も知らない。容姿もこれといって褒められるところなど、ほとんど皆無だ。こんな自分が、果たしてソーザを説得してフランの元に駆けつけることができるだろうかと不安になる。

 しかし、それでも駆けつけなければいけない。フランがあんなになってまですがり、助けを求めてきたのだ。それに応えなくて、なにが友だろう。フランが命を賭けるなら、自身も命を賭して手助けしよう。アリエルは心の中でそう決意し、ドアを開ける。

 中ではソーザがコーヒー片手に椅子に座って読書に勤しんでいた。アリエルを見やり「お帰り」と一言いうと、視線を本へと戻す。アリエルはつかつかとテーブルに向かって歩を進めると、ソーザの向かいの椅子に着席する。

「どうしたんだい?」

 いつもなら真っ先に自分の部屋に入っていくのだが、今日はそうもいかない。アリエルの不思議な態度に、ソーザが疑問の言葉を向けてくる。アリエルはごくりと唾を呑むと、勇気を振り絞って口を開く。

「兄様、お願いがあるの」

 アリエルの異質な物言いにソーザは本を置き、アリエルを見据える。そんなソーザに怯んではいけない。虚勢であることは見抜かれているが、胸を張って応じる。

「サン・クレッセントを貸して欲しいの」

 各々のグリップに太陽と三日月のシルエットが刻まれた二丁の拳銃。いつもきちんと手入れしてある状態から、ソーザが大切にしていることは一目瞭然だ。そして、アリエルが拳銃を扱うきっかけになった銃。

 小さい頃にその美しいシルエットに見入られ、いつか絶対に使ってやると決めていた。そして今がその時なのだ、とアリエルは感じる。

「お願い。私の友達が、今凄くピンチなんだよ!」

 その言葉を皮切りに、蜂蜜漬け店で起きた出来事を矢継ぎ早に説明する。

 トラヴァーリの情勢と反乱軍と正規軍のこと。フラッグ戦における魔闘士不足、それに皆がフランに協力することを約束したことを。

 まくし立てるように説明を終えると、アリエルはテーブルに置いてあったソーザの飲みかけのコーヒーをぐぃっとあおる。

「だからあの子達を私に貸して欲しいの!」

 カップを叩きつけるようにテーブルに置きながら、アリエルはソーザに懇願する。ソーザは腕組みし、物思いにふけったような渋い表情を見せる。

「俺は反対だ。大事な妹をそんな危ない場所に送り出してもいいと思う兄がどこにいる?」

 それを言われると、耳が痛い。

 でも、アリエルは行かなければいけなかった。

「友達を見捨てるなんて、出来ないよ」

「俺は見捨てるさ。世の中には救済できる人と出来ない人がいる。世界には個人がどんなに頑張っても、報われないことの方が遥かに多い。フラン嬢ちゃんの置かれている状況は、それにぴったり当てはまる。彼女もなんで自分から死地に赴く必要がある」

 ソーザから出る、耳を疑う言葉。厳しいところもあったが、基本的には優しい兄。そんなソーザから出る苛烈な言葉は、アリエルの体内を轟々と熱くする。

「酷い! そんなに自分の命が大事なの? 友達が助けを求めているのに『見捨てろ』なんてよく言えたもんだよ! 私は見捨てない! 絶対にフランを見捨てないよっ!」

 アリエルは体内で堪えていたものを一気に爆発させるように言い放つ。それに対し、ソーザは飄々と反論してくる。

「友達を助けようとすることは良い事だ。俺も助けてあげたいよ。でもこれは一個人で手に負えるケースじゃない。俺はわざわざアリエルが傷つきに行くのを見たくないから、こうやって忠告している。俺はアリーを失いたくない」

 『失いたくない』という一言が少し嬉しくも感じたが、それを言うならアリエルにも言い分はある。 そう――

「私だってフランを失いたくない!」

「じゃあ、なぜ彼女がトラヴァーリに戻るのを止めなかった?」

 その言葉に反射するように、アリエルの身体が硬直する。

 確かにフランだけを救いたければ、彼女をトラヴァーリに行かせなければ、それで終わる話なのだ。フランを無理やりにでもバーゼルに留めて、内乱が終わるのを待てば良いのだ。ソーザの言うことはもっともである。

「そもそも、トラヴァーリの行く末はトラヴァーリの人々が決めるべきだ。アリー達がトラヴァーリの人達を救う必要もなければ、権利だってない」

 自分達の国の進路は自分達で決定するべきだ。それが最初は『反乱』だとしても、後に『革命』へと言葉を変えることだってあり得るのだから。それが時の支配者に都合良く書き換えられた歴史だったとしても。

 ソーザの言うことは、つまりそういう事だった。

「でも私はフランを見てきた……。兄様の言う通りにすればフランは助かるよ。でも―――」

 それでもアリエルの意思は覆らなかった。

 フランが助けを求めた時の、あの切ない表情。目も鼻もぐしゃぐしゃになりながらしがみつき、恥も外聞も捨て頼ってきた。そう、フランはソーザの言う通りにすれば救えるかもしれない。

 でも、でも―――

「でも、それじゃ彼女の心は救えないよ! 私はフランの辛い顔が見たいんじゃないの! 少女のように無邪気に笑っている彼女が見たいの!」

 生き延びて母国がぐちゃぐちゃになっていく様子を、異国の地でただ呆然と見つめる沈んだフランをアリエルは見たくはなかった。

「もういいよ! 兄様が反対しても、私はフランを助けに行くから。銃なんて代わりはあるもん!」

 アリエルはそう言い捨てて、足早に自分の部屋にむかうと、急ぎ荷造りを始める。

もう家にはいられなかった。あんな事を言ってしまった手前、もう戻ってはこれないだろう。

 使い慣れて角の丸くなった古臭い机も、寝心地の良かったお気に入りのベッドとも別れを告げないといけない。これから自分は自立して生きていくんだ。アリエルはそう決心して、寝袋や僅かばかりの生活雑貨と手銭を荷袋に詰め込む。

 ソーザから十三歳の誕生日にもらった向日葵のヘヤピンも、市場通りで一目惚れして二か月分の小遣いをはたいて買ったお気に入りの手鏡も、無造作に袋に詰める。その一つ一つに、この家で暮らしてきた大切な思い出がつまっていた。

 ごわごわになった荷袋を担ぎ、ドアを開ける。アリエルの視界は滲み、もうまともに家の中を見ることが出来なくなっていた。

 居間には人の気配は無かった。ソーザは用事でもあってどこかへいってしまったのだろうか。それとも阿呆な妹に愛想を尽かしてしまったのか。

 この滲んだ視界では、慣れ親しんだ我が家を記憶に残しておけないじゃない。そう思ってアリエルは目元を拭う。

すると、キッチンのテーブルに置かれたあるものが目に飛び込んできた。何度か目を擦って確認してみたが、それは間違いなくあの拳銃だった。それぞれに太陽と三日月の美しいシルエットが刻まれた拳銃。

「なんでこれが……?」

 テーブルに近寄ると、銃に挟まれた紙を見つける。そこには殴り書きのように一文が書かれていた。それを見た瞬間、我慢していたアリエルの瞳からポツリと一滴の涙が落ちる。


『絶対に返しに戻ってこいよ   兄より』


 アリエルは荷袋をテーブルの上にどかりとおろし、中身をばら撒く。その中から本当に旅に必要な物だけを迅速に選択する。

 ヘヤピンや手鏡なんか旅の邪魔だ、必要ない。なぜなら、私は友達を助けてさっさとこの家に戻ってくるのだから。アリエルは心の内でソーザと約束を交わすと、再度真っ赤な目元をゴシゴシ拭う。

「視界は良好! 準備万端。さぁ、行くよっ!」

 アリエルは丘を下る。散らかしっぱなしのテーブルの上の雑貨は、あの優しい兄がきちんと片付けてくれるだろう。


 家を出てから、アリエルは都市の外門の前でパティと合流した。フランは本人の希望もあって、リオを連れ立ってトラヴァーリへと一足早く出立した。

「よくソーザさんを説き伏せられたわね」

 十字柄の大きなバスタードソードを背中につけたパティが、案の定そう聞いてくる。彼女の聖職者のような白いコートと背中の得物が不釣合いすぎる。

「説き伏せられるわけないじゃん。まぁ、納得はしてくれなかったけど、許してはくれたみたい」

 アリエルは太ももに巻いたガンホルダーを見せて、にこりと笑う。

「へぇ、銃も貸してくれたのね。ホント、たまげたわ。上出来じゃない」

 両眉をあげ、珍しく感心した表情でパティが手放しで褒める。

「でも最後まで反対されちゃったよ……。銃、絶対返すように、って書置きはあったけど」

「ふ~ん、じゃあ大丈夫でしょ。私達は絶対生きて、またこの場所に帰ってくるんだから。なんの問題もないわ」

 この相棒の発言にアリエルはいつも勇気付けられる。光の灯った強固な瞳は、いつ見てもとても頼りになる。本当に男じゃなくても惚れてしまいそうになる。

「パティが相棒でマジ助かったよ~」

 そう言いながら、アリエルは思いっきりパティの背中を叩く。

 込めた思いは感謝と照れ臭さが半々で。

「なによ、痛いわねぇ」

 背中を擦りながら、睨んでくるパティにアリエルは苦笑いで「ごめんごめん」と謝罪する。

 二人で外門を抜け、広大な大地へと足を踏み入れる。

 都市の周辺からトラヴァーリまでは分かり易い一本道である。というのは、バーゼルとロマリエを結ぶ街道の途中にトラヴァーリがあるからだ。だから、幼い子供でも迷うことはない。街道の周辺は見通しの良い草原地帯が続いており、気候も穏やかで人の往来も頻繁にある。所々で休憩所も存在し、人目の多い昼間に移動して、夜はきちんと休憩所の宿に宿泊すれば、女子供の旅でも問題ない。軽装でも十分走破可能な旅程である。

 バーゼルからトラヴァーリまでは二十里ほどの距離、通常二日間もあれば到着できるが、今はそんな余裕はない。二人は一刻も早くトラヴァーリへ向かうために、小走りで街道を駆け出した。



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