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ロゥカス!  作者: 結倉芯太
1章
18/45

16.昔話 2


 彼と会ったのは私が八歳の頃、その時の私の父は結構な有権者でな、まぁ、今も国では重要なポストについてはいるが、その当時は、それ以上に機密なポジションにいたんだよ。

 当然、そんな重要人物が命を狙われないはずがない。毎日のように厳重な警戒態勢がとられ、有能な警護者達に私達は守られていた。

 そんな中で、一際目立っていたのが彼らだったんだ。

 黒一色の服装に、気性の激しそうな眼をした青年と、真っ白なコートを羽織った、栗毛の美しい女性は、数多くいる警護者の中にいても、目立っていたので直ぐに見つけることが出来たよ。

 そして、彼女は度々私の遊び相手にもなってくれた。人形遊びや縄跳びを教えてくれた。外に遊びに出る時の警護者はもちろん彼女だった。常に彼女は私の側にいてくれて、私は彼女を本当の姉のように慕っていた。

 彼女は「本を読んで」、「一緒に寝て」、「もうお稽古は嫌だ」と駄々をこねる私に対して、いつも優しい笑顔で対応してくれた。当時はなにも感じなかったが、あの時代、殆どの人が自分の事で精一杯のはずなのに、子供の我が儘にあれだけ付き合っていた彼女は、素晴らしくできた女性(ひと)だった。

 ちなみに彼は私には近寄ろうとはしなかったが、常に彼女の傍らで行動していた。というか、当時の私は彼に嫉妬していたんだと思う。彼女を彼にとられるのが嫌で、私が逆に彼を避けていたんだ。彼女は彼の前では綺麗に笑うんだよ。本当に女神なんじゃないかと思うほどに。

 絶対に私の前では見せない表情だったから、私は彼女を問いただした。「どうして彼の前ではあんなに綺麗に笑えるの?」って。彼女は淑やかな笑みで答えてくれた。「貴女にもいつかきっと分かるよ」とね。

 彼らが来て、三ヶ月が経った頃だろうか。近隣諸国との情勢が険しくなり、治安も悪化した。最早建て直しが不可能なくらいに国は崩壊し、私達家族は他国へと亡命することになったんだ。

 道中の戦闘は苛烈を極めた。父が他国へ行くことによる、機密情報の流出を恐れた国の人間が、昼夜問わず、私達に向かって牙を剥いてきたからだ。

 私達は国の内外で狙われる羽目になった。人の血が流れない日はなくて、私は常に恐怖に震えていたよ。安心できるのは彼女が手を取ってくれていた時だけだった。その時だけは恐怖心も震えも治まった。彼女が私に魔法でもかけてくれたんじゃないかと思うほど、不思議と心が安らいだ。

 私が彼女の腕の中にいる間、彼は見張りを続け、時には敵を切り伏せ、私達家族を懸命に守ってくれていた。

 しかし、彼の闘い方は恐ろしく無謀だった。敵陣に突っ込み、周囲の人間を消していく……。敵の攻撃を避けるような行動もとらず、ただ闇雲に突進しているような彼の闘い方は今でも信じられない。何であのような無謀な突撃を繰り返していたのか、何故いつも独りで闘っていたのかも分からなかった。

 ただ彼の闘う姿はとても恐ろしくて残忍だった。でも、必死に私たちを守ってくれていることだけは痛いほど分かった。彼は敵を仕留めた後、必ずと言っていいほど私達の安否を自分の眼で確認しにきたから。そして私達を見つけた時の彼の表情は、彼が死神と呼ばれ、恐れられていたということを忘れさせるものだったよ。




「―――そうした彼らの活躍で私達は無事亡命でき、今こうして生きてアリーに会えたというわけだ」

 長い話を終え、フランは大きく息を吐き、一息つく。

「あの兄様がねぇ、信じられない~」

「勇ましいソーザさんなんて想像もできないわ。確かに腕は恐ろしくたつけど、暢気(のんき)な性格のあの人が敵陣に突っ込むなんて、無謀なことやるとは思えないわね。それこそ、老いたロバに乗って狼の群れに単騎駆けしていくようなものよ」

 今のソーザを見ると、無理はないだろうとフランも思う。

 ソーザは昔とは違い、落ち着いて物事を見ている気がする。荒々しさは冷静さに変わり、狂犬のような瞳は、羊のように穏やかになっていた。フランも最初にソーザに会った時、全くといっていいほど気付かなかった。ソーザの変わりようから、彼が変わった『何か』があったことは間違いないだろう。そして、その『何か』には間違いなくミシェルが関係しているのだろう。

「しかし、兄様の彼女もやっぱり優しい人だったんだね~。私憧れちゃうなぁ~」

「アンタは無理でしょ。落ち着きないし、ガサツだし」

「激しく同意……」

 瞳を輝かせ、ソーザの想い人を想像しているアリエルに対し、パティとリオの両サイドから、厳しい突っ込みを受ける。

「まぁまぁ、憧れるのは自由じゃないか。実際、私にとっても彼女は理想像だったよ」

 歯軋りをたてながら、鼻息荒くパティとリオを威嚇するアリエルをなだめながら、フランは言う。さっきまで乙女のようにうっとりとした表情が、今は猿のような阿呆顔になっている。本当に表情がコロコロ変わる女の子だ。

「彼女はアリーの言う通り、女性の鏡のような人だった。聖女といっても差し支えはなかったと思う。でも気のせいかな、心なしか雰囲気が―――」

「あーっ! 見て、もう資格証の発行始まってるよ! 早く行こうよ」

 フランはその先を喋ろうとしたが、アリエルの大きな声にかき消されてしまった。

 見ると、受付会場前の鉄門で試験官が資格証発行の説明を繰り返していた。

「ほらほらぁ、早くー」

 アリエルが会場を指差し、皆を急かしにかかる。

 フランは「全く貴女は子供か」と笑いたくなったが、アリエルの指を指す方向を見て、その気持ちが吹き飛んでしまった。そこには怪しげな目線をした集団がいた。

 彼らは鉄門周辺で、自分達を睨むように凝視している。一体彼らは何の為にあそこにいるのだろう。そして何故あんなに厳しい視線を向けられなければいけないのか。

「なぁ、アレは一体なんなんだ?」

 フランは隣を歩くパティにたずねる。正体不明な彼らが気になって、受付会場に近づけない。あの露骨な視線と態度は一般の人間がとる行動ではない。迂闊に行こうものなら、何をされるかわからない。警戒心ばかりが募る。

「ああ、あれはね、スカウトよ」

「スカウトぉ?」

 意外な回答に、思わず声が裏返ってしまう。パティはそれが可笑しかったのかクスっ、と小さく笑う。

「そう、スカウト。だって私たちはあの超難関の魔闘士試験に合格したのよ。いくらなりたてのひよっことはいっても、数少ない貴重な資格取得者なら、スカウトしにくるのは当然でしょ」

 パティはこの街の出身であるから、毎年こういったスカウト連中が来ることを知っていたのだろう。そうフランに言いつつ、パティは淑やかな笑顔で彼らの視線に応える。彼女は頼もしさを通り越して、最早図太いようにも思えた。

「なるほど……」

 確かにパティの言うとおり、魔闘士試験の合格人数は多いわけではない。

 フランもスカウト達の熱い視線を感じる。不思議なもので正体を知ってしまうと、彼らの視線が「有能な若手の魔闘士を勧誘するチャンスは逃せないのだ」と言っているような、真剣なものに見えてくる。

「昨日の魔闘士試験は勿論観戦してるだろうから、私達の闘いも当然チェック済みだろうねー。さて、あれを見てどれくらいのスカウトが声を掛けてくるかなぁ~」

 そう言ったのはアリエル。彼女も当然、彼らがどういった生業の者か知っている。その声はとても愉快そうだ。

 そうなのかと耳を傾けつつ、フランも受付会場に歩を進める。するとアリエルの予言通り沢山のスカウト達から、誘いの声が一斉に降りかかってくる。あまりの声音に耳を塞ぎたくなる。

 そのせいか、試験官の案内説明が聞き取り辛くなる。スカウト達に囲まれながらも、四人は近くにいた試験官になんとか説明を聞く。入り口で記名と本人確認を行い、受付会場へと入った。

 会場内は昨日の混雑振りが嘘のように静まり返っていて、受付に何人かが手続きをしてはいるが、掲示板や休憩室には全く人はおらず、受付横のしおれかけた観葉植物や館内案内表示板の方がかえって目立っているくらいだ。この閑散とした会場が、試験の難関さを示していた。

「ふぇ~、想像してたより合格者って少ないねー」

 アリエルの間の抜けた声が会場内に響く。

「……毎年このくらいしか合格しない」

 アリエルに対して、口を開いたのはリオ。こちらは控えめに話す。

「まぁそれだけ難関なのよ、この試験は。ほら行くわよ」

 パティは顎の先で受付を示す。受付では再度記名を行った後、昨日使用した魔石を正式に頂戴した。

 当然だが、魔法は魔石を身につけていないと発動しない。だから魔闘士は魔石を指輪に嵌め込んだり、ブレスレットに付けたりして、肌身離さず所持するのが一般的だ。そして協会から渡された魔石は首紐を付けられたタイプだった。最初くらいは首に垂らして持っておけということらしい。

 そして魔石と一緒に資格証と手の平サイズの魔闘士手帳を貰い、フランは意気揚々と闘技場をあとにする。

 リオやパティですら正式に魔闘士となったことが嬉しいらしく、手続きの間、終始頬が緩んでいた。無理も無い、それだけ難しい試験にフラン達は合格したのだ。嬉しくないはずがない。

「さて、帰るか」

 フランはそう言って胸を張ると、故郷トラヴァーリのある方角を見つめた。




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