15.昔話 1
燦々(さんさん)と輝く太陽とは反対に、午後の商業区は閑散としていた。昨日の夕刻にあれだけ忙しなく賑わっていた市場通りも、今は穏かな時間が流れている。
早朝は各地から入荷してくる野菜や肉、果物等の生鮮食品をめぐって、日が昇る前からあちらこちらで商人同士の取引が行われる。荷物持ち要員として主人に付き従っている小僧達は、ここで交渉術を盗み聞きして学ぶ。主人達はいつ離れるとも知れない丁稚の為に、自らが極めた話術をわざわざ教える事はしない、昨夜パティがそう言っていたのをフランは思い出す。
その後、商人達が仕入れた食品や花を買い求め、主婦や家政婦が怒涛の勢いで店先に押し寄せてくるのだ。そういったラッシュの時間帯は午前十時ほどでピークを過ぎる。
そして朝の忙しい時間帯を終えた商人達が、十二時までには露店で昼食を済ますので基本的に午後の商業区は暇な時間帯へ突入する。店によっては午後になると、一時店を閉めて夕刻前に再開するという店も珍しくないらしい。この街で買い物をするなら、覚えておかなければいけない。
「しっかし、また闘技場に行くのは面倒くさいなぁ……」
アリエルが道端の石ころを軽く蹴飛ばしながら愚痴る。石は広い通りをころりと転がる。
道は空いているので、四人は横一直線に並んで市場通りを歩いていた。今の時間帯ならば、幅をとって歩いても全く人の邪魔にはならない。
「仕方ないじゃない。資格証、いるんでしょう?」
「うっ、まぁそうだけどさぁ」
パティがその愚痴を拾い、アリエルにもっともな一言を浴びせかける。大体、昨日の今日で資格証を発行してくれる親切な魔闘士協会に、そんな愚痴をこぼすのは、ただの我が儘だと彼女は言いたいらしい。パティの一言が正論すぎて何も言えないアリエルは、苦虫を噛んだ渋い表情になる。
「そうそう、フランに聞きたいことがあるんだけど、いいかなぁ~」
「なんだ?」
話を逸らすように、店先の商品をキョロキョロと見回しながら、アリエルは発言する。
「なんで兄様はフランのことをさー、『フラン嬢ちゃん』って言ってたのさ。な~んか、引っかかるんだよね~。二人ってなんかあったの?」
「あ、それ私も気になってたのよね」
アリエルの言葉に便乗したのはパティ。朝の手合わせの際に、フランがソーザの事を『やはり彼は凄い』と発言したことが少し気になっていたと、パティは話す。そんな些細な台詞をよく覚えているなとフランは感心する。
教会の前を通り過ぎながら、フランは続ける。
「そうだな。簡単に言うと、私は小さい頃、ソーザさんにお世話になった事があるんだよ。その時、彼は傭兵をやっていて、私は彼の雇い主の娘だったからな。それも、もう八年程前の話だよ」
「へぇ、兄様に傭兵なんて過去があったんだぁ」
アリエルのその発言に疑問を感じて、フランは聞き返す。
「アリーはソーザさんの妹だろう? なぜ知らないのだ?」
リオも相槌をうち、アリエルのほうを見据える。蚊帳の外は嫌なようだ。
「昨夜も言ったけど、私と兄様は本当の兄妹じゃないんだよね~。私ってさ、戦争の終わった日に兄様に拾われたの」
アリエルは舌をペロッと出して言う。パティは肩をすくめて「そういうこと」と一言。
「だから私は兄様の事は詳しくは知らないんだ~。昔、彼女と一緒に魔闘士やってたって事は知っていたけど、傭兵をしていた事は知らなかったなぁ」
「そうか……。すまない」
フランはペコリと頭を下げ、視線を前方へ戻す。
これ以上は深入りすべきではない、とフランは判断した。アリエルも決して順風満帆の人生を歩んできたわけではないのだろう。話したくないことや、聞かれたくないことの一つや二つ持っているはずだ。
すると、アリエルはフランのそんな気持ちを要らぬ遠慮だと言わんばかりの迫力で歩み寄ってくる。フランは少し後退りし、アリエルの言葉を待つ。
「でも、私の知らない兄様を昨日あったばかりのフランが知ってたなんて、なんかずるいよ! その頃の兄様の話聞きたいな」
何を言うかと思えば、とても理不尽な言葉だった。
「そうねぇ、私も聞きたいわ。ソーザさんの昔話」
しれ~っと、パティが便乗してくる。飄々としているつもりらしいが、鼻がぷくぅと可愛らしく膨らんでいる。かなり興味津々の様子である。リオもこくこくと、上下に頭をふってフランを促す。
これは最早断れる状況でない事は、昨晩の枕投げの時に十分理解している。やれやれと肩を落としたフランは口を開く。




