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ロゥカス!  作者: 結倉芯太
1章
16/45

14・稽古


 朝食を終えたフランは、小屋の扉から顔を出し、様子を見守っていた。フランの顎のすぐ下で、パティも同じく、顔を外に出してくる。

「いつもこのような稽古をしているのか?」

 さっきまで眠気が頭の中で飽和していたのに、今はすっかり吹き飛んでしまっている。それもそのはず、久しぶりにソーザの剣技が拝見できるのだ。いやでも興奮するにきまっている。

「まぁね、アリーとソーザさんは、ほぼ毎日じゃないかしら。私も時々手合わせしてもらってるわよ」

「戦績は?」

 フランは剣を持った二人に視線を集中させながら、問う。

「未だに一撃入れたことすらないわよ」

 パティは己の腕を嘆くかのように、一つ息を吐く。

「貴方ほどの腕でもか。やはり彼は凄いな」

 昨日の試験でパティの実力はわかっている。非凡な才能を持った女剣士。彼女なら一人で軍の兵士二十人と渡り合えるだろう。しかし、そんな彼女でもソーザには全く敵わないと言う。

「始まったわよ」

 今のソーザの実力は如何ばかりなのか。フランがそう思っていると、パティがバトルの開始を告げる。

 先に動いたのはアリエルだった。

 ソーザの懐に素早く潜り込むと、突き上げる様に喉元を狙ってくる。

 彼女の小柄な体とスピードを生かした見事な突き上げを、ソーザは半身になり、なんなく捌く。

 アリエルはそこから横にしなやかに木剣を薙ぐ。ソーザは体格に似合わず、俊敏にしゃがみ、これをやり過ごす。アリエルは更に振り下ろしを試みるが、またもやソーザに飄々とかわされる。そしてソーザは半身の状態から身体を捻らせると、強烈な払い斬りを繰り出す。

 アリエルは剣を両手に持ち替え、その斬撃を受け止めるが、華奢な少女の身体は完全に衝撃を殺すことは出来ず、体がぐらりと揺れる。そこを追撃しようと、ソーザはすかさず間合いを詰めてくるが、アリエルはそれを察し、後方に飛び、間合いをとる。

 一瞬の攻防。

 それは息をつく暇もなく続けられる。間合いをとったアリエルに、今度はソーザが詰め寄る。猛牛が突進してくるかのような激しい寄せだ。アリエルはそれを払おうと木剣を横に一閃させるが、剣撃は簡単に受け止められてしまった。その勢いのまま、ソーザの体当たりを喰らったアリエルは、芝生の上に叩きつけられた。

「相変わらず反則的な強さね」

 パティの声が少し震え、上ずっている。それは尊敬と嫉妬の入り混じったようだった。

「言葉も無いな」

 フランは久しぶりに見たソーザの剣に、昔の面影を感じた。受け止めきれないほどの強烈な剣撃と、鬼神の如く襲い掛る激しい突進は、彼の戦闘スタイルだった。それが今でも失われていないことが嬉しかった。

「……いたたぁ」

 勢いよく叩きつけられ、涙目になったアリエルが背中を擦りながら、ゆっくりと立ち上がる。そして、一緒に飛ばされた木剣をアリエルが探すそぶりを見せるが、その探し物は見つからない。フランも木剣がアリエルと一緒に飛ばされたのだから、付近に転がっていると考えていただけに首を傾げる。

 しかし、それはソーザに歩み寄っていく銀髪の少女に目をやることで解決した。

 リオが木剣を拾い上げると、ソーザの前に立つ。リオには悪いが、くたびれた上着と所々繕ってある皮のズボンを着た少女は、町で物乞いをしていても、全く違和感が無い。ソーザと並んでいると、身なりは貧しく可愛い容姿をしているので、娼婦でもしているのかと思われても仕方のない光景だった。

「どうか、わたしと一手」

 リオからの短い請願。ソーザは剣を握りなおして「どうぞ」と一言。

 それを聞くや、リオはアリエル顔負けの素早さで一気に間合いを詰める。

 それは奇襲と言っても差し支えなかった。

 先手必勝と言わんばかりに、リオの小さい身体が跳躍する。

 リオは剣を両手持ちとし、体を空中で一回転させながら振り下ろした。ソーザはこれを受け止める。剣と剣がぶつかり合う音が衝撃の強さを語る。そして、リオは弾かれる反動を利用して、後方へ退く。

 リオは着地と同時に、素早い動きから間合いを詰め、体ごと回転するかのような横薙ぎを放つ。勿論両手持ちである。ソーザはこれを寝そべるように屈んでやり過ごすと、その体勢のまま、足払いでリオの下半身を崩しにかかるが、リオもバックステップで上手くかわす。

「今度はリオか、いいセンいってるんじゃないか?」

 実際、リオの動きは素晴らしかった。

「あら、思っていた以上に身軽ね。あの子」

 パティも驚きの表情を見せる。

 仕切り直し。

 リオはそこから両手持ちによる剣撃を何度も繰り出すが、ソーザはこれを柳のようにしなやかにいなす。三十合くらいの打ち合いが終わったくらいだろうか。

 とうとう、リオの息が上がり始めた。肩で息をし、顔は汗まみれになっていた。

 そして長時間の連撃と緊張感から、リオが呼吸を整えようとした、その一瞬の気の緩み。

 その様子は外野で見物していたフランにも理解できた。武芸に通じているものならば、呼吸と間合いを考慮して戦う。接近戦での息継ぎは連撃の合間か、相手との間合いが開いた時のみ行うのが定石だ。リオにはそれが出来ていなかった。

 リオは、まだソーザの攻撃範囲であるにも関わらず、大きく息を吸ってしまった。その事で肩が上がり、腕の可動範囲が限られてしまった。ソーザはそれを見逃さず、狙いすましたかのようにその体躯を走らせ、リオに接近すると、リオの剣を払い落とす。

 アリエルも理由が分かったのか、胡坐を組み、その上に頬杖をつきながら渋い顔をしていた。「あれでもだめかぁ」と呟くあたり、どうやらリオの応援をしていたようだ。

 しかし、リオはあれだけ見事な剣さばきを見せたのに、どうしてあんな初歩的なミスをしたのだろうか?

「解せないわね」

 パティもフランと同じことを思ったらしい。

「とりあえず行ってみよう」

 リオの真意が分からず、パティとフランは寝巻き姿のまま、ソーザたちの下へ駆け寄ることにした。

 フラン達が来ると、落ちた剣を見つめるリオにソーザが歩み寄って握手を求める。

「中々に凄いな、君は」

 リオは握手に応じ「ありがとうございました」と礼を言う。

「なぜ両手持ちで? この剣は一応女の子でも片手で使えるようになっているけど」

 ソーザは木剣を指差してリオに尋ねると、リオはその木剣を拾い、

「アリーとの手合わせの時、アリーの攻撃が簡単に弾かれていたから」

 その一言で、リオの意図がガラスのように透けて見えてくる。

 先ほどのアリエルとの手合わせ。

 リオはあの時アリエルがソーザの突進を払おうと剣を振い、簡単に弾かれ、やられていた事を指摘したのだ。

「そうか、それで君はパワーを重視したスタイルで俺に挑んだのか。剣を両手で持ち、スピードを落とさず、回転することで遠心力を発生させた。それを利用して一撃の重さを増やしたのか。君は聡明だね。アリーは少し見習ったほうがいいんじゃないか? アリーはこの三年間ずっと同じ戦法、手数と速さにものをいわせた撹乱戦法のみときたもんだ。手数とスピードばっかりで、パワー不足を補おうとは一切考えなかったんじゃないか」

 フランもソーザの言う通りだと思った。

「うぅ、面目ない~」

 アリエルは兄に短所を指摘され、うな垂れる。自分が三年間気付きもしなかった事を、リオにしかもたった一回の手合わせで看破された事による恥ずかしさも入っているのだろう。アリエルの顔は耳まで赤かった。

 反面パティは底意地の悪い笑みを浮かべ「私は分かってたけど、あんたの為になんないから言わなかったのよ」と耳打ちしている。昨日の晩の事といい、なんて非道い女だろう。

「しかし、君の攻撃は分かり易い。斬り込みのタイミングなんかは素人同然だった。そう、まるで拳闘で言うテレフォンパンチみたいだったよ。俺に攻撃させないように連撃を繰り返したり、呼吸の取り方といい、ひょっとして君は実戦の経験もしくは武術の心得が全くないんじゃないか?」

 リオは黙って頷く。

「しかしリオの剣技はたいした欠点も無く見事なものでした。とても素人の扱いとは思えませんが」

 フランがそう言ったのは、リオの剣が工夫を凝らした見事な技に見えたからだ。

「確かに、試験の時だって普通にライフル扱ってたわねぇ」

「どうやら二人の話を聞く限り、君は武器の扱いに関しては天才的らしいね。まぁ、アリーと俺の手合わせで効率的な闘い方を見出すあたり、洞察力は間違いなく良いものを持っているね。しかし、もう少し戦闘経験や武術の鍛錬をしたほうがいいな。正直、今のままでは君は魔闘士としては大成しないだろうな」

「えっ!」

 アリエルが驚きの声をあげる。そんな彼女を尻目にパティが冗舌にしゃべくる。

「当たり前じゃない。だって武器の扱いは出来ても、武術経験が全く無いのよ。フェイント技術も、間合いのとり方も知らないリオが生き残るのは厳しいわよ。私達みたいなひよっ子相手ならともかく、ソーザさんみたいな腕の立つ魔闘士と鉢合わせした場合、リオの弱点なんか直ぐにばれちゃうわよ」

 バッサリと斬る。

「そっかぁ、私がリオのライフルをかわせたのは本当に運が良かったって事になるね」

 アリエルの言葉に驚いたリオが「なぜ?」と問う。

「だってリオの撃つタイミングにさ、もしフェイントが混ざっていたら、私絶対に避けることなんて出来なかった。だからリオがそういった技術を身につけてなくて本当に助かったよ~」

「武術の鍛錬は一日の長というものがあるからね。君は洞察力に優れている面がある、こちらは才能による部分も大きいし、どちらかというとフェイントや心理戦に重点をおいて戦う術を見出したほうがよさそうだ」

 ソーザの意見は的確だった。補強すべき点は長所にするべきだ。洞察力や心理を読み取る能力は経験と才能に頼る部分が大きいし、武術に関する技術は一朝一夕で身につくものではない。ならば、可能性のある前者を重点的に鍛えることで、後者の不利を補えばよいというのだ。

「しかし、それでもやはり戦闘経験が足りないのでは」

 フランは指摘する。

 アリエルは幼い頃からソーザに稽古してもらっているし、パティとフランも家柄から日頃の鍛錬は怠っていないだろう。そう考えると、明らかにリオだけが経験不足だ。

「でも、リオはそこら辺の魔闘士よりよっぽど凄いと思うよ!」

 それに対してアリエルが応戦する。先ほどの手合わせや、魔闘士試験の時のリオを見れば、誰もがアリエルの言葉に頷くだろう。しかし、ソーザの表情は依然厳しいままだ。

「確かにそうなんだが、それとこれとは話が違う。彼女はこの中では圧倒的に経験不足だね。だから彼女にしかできないやりかたで、これからの戦場を生き残る必要がある。俺はアリーの友達に死んで欲しくないから、こうやって忠告してるんだよ」

 ソーザからの死の臭いを含ませた発言に一同は凍りつく。前戦争を魔闘士として経験したからこそ言える言葉であることは、十分に理解できた。重い空気が皆の両肩にのしかかってくる。

「……わかりました」

 そうポツリと返事をするリオは、少し表情が暗い。魔闘士になったばかりで、いきなり辛辣な言葉を受けたのだから無理もない。

「まぁ、そう落ち込む事はないさ。欠点があるのはリオちゃんだけじゃないよ。アリーだって小手先の技が多いから、力押しでこられるとすぐに対応出来なくなるし、パティは逆に力で押し切ろうとする展開が好きな傾向があるからね。それぞれ短所はあるんだよ。俺が言いたいことは一つだけ。己を知れってことだ。自分の良いところ、悪いところを冷静に分析すれば、何処を修正すればいいか自ずと見えてくる。そうすれば、きっと自分だけの特別な武器が何かも分かってくるはずだよ」

 ソーザに欠点を言われ、頬を人差し指でカリカリと掻いて恥ずかしそうな表情をするアリエル。パティは腕組みをして悠然と構えているが、顔が真っ赤だ。

 しかし二人は恥ずかしがりながらも、ソーザの言葉には真剣に耳を傾けていた。

 フランもそれだけの価値があったと思う。

「フランはないの? 私達ばっかで卑怯だよ」

 すると、アリエルは掻いた頬を膨らませながら、ソーザに突っかかる。どうせなら皆欠点を晒せばいいのだ、と言わんばかりの様子だ。

「フラン嬢ちゃんはなぁ。まだ実際に手合わせしたこともないからなぁ……」

 ソーザは回答に困る素振りを見せる。

 フランの闘う姿をソーザは見たこともないのに、短所を言えと言われてもどうしようもないということだろう。そんなアリエルの滅茶苦茶な投げかけを、ソーザは苦笑して流す。

「でも皆いい魔闘士だと俺は思う。リオちゃんも自分の短所と長所が分かっていれば、さっきも言ったけど、君にとってはプラスになることだ。己を知ることは凄く大事なことなんだから」

 そしてソーザはアリエル達の顔を見渡し言う。

「後、これだけは忘れないでくれ。魔闘士は危険な職業だ。命だって失うことは珍しくない。だから絶対に死なないでくれ。残された人達が悲しむような事はしないでくれよ」

 そう言うソーザの瞳は哀愁を帯びて、どこか遠くを見ていた。その瞳の理由は昨晩の出来事でもう分かっていた。フランは力強く頷く。




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