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ロゥカス!  作者: 結倉芯太
1章
15/45

13.リオの朝



 空は快晴。朝食は大麦のパンと、山羊のミルクとチーズ、香草を混ぜて煮たスープが出た。昨日の晩御飯もそうだが、久しぶりに贅沢なご飯を食べた。

 スープにパンを浸して口に入れた時の濃厚なチーズの味と、鼻をくすぐる、焼けたパンとハーブの香りをどう表現したらいいのだろう。昇天しそうなくらい旨かったというべきか。

「ごちそうさまでした……」

 この幸せをくれた兄妹に感謝の礼を込めて、言葉にする。

 リオは昨日、魔闘士の資格試験に見事合格した。この世で一番困難と言われた魔闘士試験にだ。しかもリオの属性は、なんと『光』だった。光属性はこの世界では三人しかいない、希少属性の一つらしい。

 リオは出来るだけ早く家に帰り、弟のディエゴにこの白銀に輝く綺麗な魔石を見せてあげたかった。そして早く職を見つけ、ディエゴに楽をさせてあげたい。寝るに困らない家があって、今朝みたいな朝食がきちんと取れる生活ができる、そんな素敵な暮らしをするのだ。小屋の前にある井戸で歯を磨きながら、リオは将来のビジョンを思い浮かべる。それはきっと水桶に映る自分の歯以上に輝いているに違いない。

「ぬふ、ふふふ」

「何にやけてんの?」

 リオが希望に満ちた将来を妄想しながら、にやけた顔で歯ブラシを口に突っ込んでいると、横から矢のような勢いでアリエルが顔を出してきた。予想もしないアリエルの登場に、リオは驚いてむせる。ゴホゴホと咽いて器官に入った磨き粉を吐き出す。

「っ! んっ! ……なんでもない」

「でもさ、異様なぐらい可笑しな顔してたよ~。ものすっごく変な顔だった」

「ちょっと考え事、大したことない」

 リオは再び黙考する。そんなに崩れていたのだろうか。感情が顔に出ることなど、今まで殆ど無かったはずなのに。これはひょっとして目の前にいるアリエルの影響を受けたのだろうか。

 試合では敵同士だったのにも関わらず、アリエルはリオに声を掛けてくれた。正直、あの時のリオは試合に敗北したことで、完全に塞ぎ込んでいた。そんなリオに、アリエルは合格発表の瞬間まで側にいて、世話を焼いてくれた。そして、合格した時は一緒に祝福してくれた。野宿でも構わないと思っていたリオの身を案じて、家に招待してくれたのには驚きを隠せなかった。そんな貧乏くさいリオに対し、アリエルは真っ当な客人のように扱ってくれる。そんな優しさを他人から受けたことは今まで殆ど無かったので、リオは戸惑った。

 思い返せば酷い人生だったと思う。

 リオは戦災孤児だった。長く続いた戦争のせいで、両親は亡くなったらしい。生まれ故郷すら知らない。物心がついた時、リオは既に使われる側の人間だった。一つ下の弟と一緒に麦畑に捨てられていたところを、老夫婦に拾われた。そして、毎日奴隷のように働かされてきた。与えられる食料は、カビが生えたパンが一つと汚れた水。部屋はまるで牢獄のように暗くて寒かった。しかし、それでも生きることはできた。あの老夫婦の仕打ちは辛かったが、生きていくだけの食料と衣服は恵んでくれた。

 それが嫌になった十二の頃。戦争は終結したが、リオの住んでいた街は荒廃してしまっていた。混沌と騒乱に紛れながら、リオは弟と逃げるように育ってきた街を出た。

 そして、生きる為に手を汚してきた。盗みもしたし、人も騙した。死にたくなかった、生きる為ならなんでもした。そして醜行を繰り返し、根無し草のような生活を送りながら、姉弟は『スーペル』に流れ着いた。

 そこで、リオはやっとの思いで職についた。生活雑貨の売り子で、一生懸命頑張って売っても、賃金は姉弟が食っていくに足りなかった。食べる為に弟のディエゴも廃材の処理を請け負う業者の小僧として、日が暮れるまで働くことで、なんとか生活が成り立っていた。

 そんな中、唯一の希望が魔闘士試験だった。リオ達は必死でお金を貯めた。日々の食費を削り、時間の許す限り、労働と勉学に勤しんだ。試験は資格年齢が早いリオが受ける事にした。ディエゴが受けるといっても、リオは許すつもりはなかったのだが。

 そして今に至る。

「――本当、お世話になった」

 歯磨きを終えて、小屋に戻ろうとするアリエルにリオは礼をする。

「ん? 別にいいって、困った時はお互い様って言ったじゃん」

 コップと歯ブラシを掲げながら、快活な笑顔で返事するアリエルは、朝日に照らされているせいか、リオから見ると、とても眩しく見える。

「そういやリオは今日帰っちゃう?」

「うん、弟が心配だから」

「そっか……、じゃ今度は私が会いに行くね!」

 リオはその言葉にどう返事していいのか分からなかった。

 目を伏せ、困惑した表情になる。が、最終的には小さく「待ってる」と精一杯の勇気を振り絞って返事をした。

 数分後、リオも歯磨きを終えたので、コップをキッチンに返す為、小屋へと戻る。

 小屋へ入ると、パティが大きな欠伸をしながら、アリエルの部屋から出てきた。手も沿えずに遠慮なく開かれた欠伸は、パティのような品格の漂う乙女がするような欠伸とはとても思えなかった。腕や足の部分にフリフリの付いた紺色の寝巻きはあちこち乱れており、彼女の胸や(もも)といった魅惑的な部分を露わにしている。

 リオがコップと歯ブラシを両手に呆然と目を丸くしてパティを見ていると、それに気付いたパティが寝ぼけ眼でじっと見返してくる。

「……おはよぅ」

 一呼吸置いて、ようやく挨拶がきた。どうやら、パティは朝に弱いらしい。

 パティは目をゴシゴシさせながら、食器棚からコップを取り、側にあった飲料用の水瓶から水をすくって飲む。それでも眠たそうな目は変わらず、着崩れたそのままの格好でパティはのそのそと外へ出て行った。

 あのままでいいのだろうかとリオは心配になったが、パティはパジャマまでこの家に置いていたのだ。きっとソーザやアリエルは十分理解しているのだろう。

 リオは「はぁ」と一つ嘆息をついて、キッチンにコップを返すと、背後でまたドアの開く音。

 のっそりと、ソーザの部屋から出てきたのはフランだった。こちらも寝癖が酷く、綺麗な桃色の髪がバッサバサである。当然、目の焦点は定まっていない。薄生地の寝巻きのおかげで、胸とお尻のラインをくっきりと露になっており、これはこれで破壊力抜群である。

「…おぉ、おはよう……」

 引き続き立ち尽くしたリオに、フランは朝の挨拶をする。腹をポリポリと掻きながら、彼女も顔を洗う為、ゆったりとした動作で外套を羽織り、扉を開けて外に出て行く。

 リオはこう思うことにする。

 ――巨乳の奴は朝が弱い、と。

 アリエルの部屋に入り、身支度を整える。リオの荷物は旅をするのに必要最低限の物だけを持ち歩いている。寝袋は無く、身を包む毛布が一枚、それにナイフと地図、後は砂避けのゴーグル。そんな軽装備なので、身支度は直ぐに終わる。

 出立の準備も終わり、ソーザに泊めてもらったお礼を言う為にリオは居間へと移動する。

 そこではソーザの代わりに寝巻き姿のパティとフランがおり、もそもそと朝食を摂っていた。彼女達はこんなに立派な食事をなんと面倒くさそうに食べているのだろう。育ちの違いがあるというのはわかっているが、それでもリオは軽い憤りを感じた。しかし、彼女らに自分の価値観を押し付けるのはいけないと思い、そのまま何も言わずに通過する。これがディエゴなら、本気の拳を頭の天辺にお見舞いしてやるところである。

 小屋の外に出ると、ソーザは風通しの良い丘の上で洗濯物を干している最中だった。風にあたりながら、ゆっくりと歩み寄ると、ソーザがこちらに気付き、軽く手を挙げてきた。

「やぁ、どうしたんだい?」

 リオも軽く頭を下げる。

「色々、ありがとうございます。その、ご飯も美味しくて、ベッドも快適で……」

 上手く言葉に出来ず、それが恥ずかしくて顔が熱くなる。

「いや、こちらこそ久しぶりに賑やかで楽しかったよ。良かったらまたおいで、その時は腕を振るって歓迎するよ」

 この兄妹は笑い方がとても似ていた。ソーザはアリエルと同じような笑顔でリオにまた来てくれと言ってくれている。少し違うといえば「良かったらまたおいで」と言うソーザの言葉から、リオがそんな機会が無いと思っているという事を、薄々だが感じているところだろう。おそらくソーザはリオの置かれている立場を、服装や振る舞いで大方理解できている。

「……はい、その時はまた宜しくお願いします」

 リオは笑顔を作る。後を濁さぬように、いい顔でいられたと思った。

「あーにさまぁ~!」

 すると、背後からアリエルの呼びかけが聞こえてきた。リオが振り返ると、アリエルが納屋から木剣を両手に持ち、小走りでこちらへ向かってくる。そして一メートルほど手前の辺りで片方の木剣をソーザに向かって投げる。彼は洗濯物をカゴに戻し、木剣を手に取る。

「もうそんな時間か、朝は時間が経つのが早いねぇ」

 リオは二人の行動についていけず、思わず間に入ってしまう。

「……なにをするの?」

 言葉は遠慮気味の小さな声だった。

 しかし、アリエルはそんな声を聞き逃すこともなく返答してくれる。

「毎朝、私は兄様と武術の鍛錬をしてるのさ。拳銃や剣の使い方もこうやって覚えたの」

 そう言うアリエルは、右手に持った木剣を前方に構える。

「いつもアリーはいきなりだからな。こっちが何かしていようとお構いなしだよ」

 ソーザの方は構えも取らず、自然体でアリエルから目を外さない。

 いつの間にか二人の間に緊迫感のある空気が張り詰める。リオも思わず息を呑む。

 この兄妹の手合わせを見る事は、これから魔闘士となって働く自分にとって、きっと良い経験になるはずだ。

 そう思いながら、リオは二人の動向を見つめた。




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