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ロゥカス!  作者: 結倉芯太
1章
11/45

9.夕食



 フランが家に入ると、花柄エプロン姿の優しい瞳の男が、愛想の良い笑顔で出迎えてくれた。

「やぁ、いらっしゃい」

「すいません、ソーザさん」

 出迎えた男に対し、パティは軽く御辞儀して、照れ臭そうに笑う。それが少女のように柔らかな笑みだったのに、フランは驚いた。そして同時に、パティがソーザとも古くからの馴染みだという事が、パティがソーザの手伝いをさも当然のように始めたところから窺えた。

 フランは家の中を拝見する。五人程度が、なんとか食事できるくらいの丸いテーブル。必要最低限の調味料しか置かれていない地味なキッチン。後は小さな食器棚と衣料タンスが部屋の隅に置かれている。そのどれもが飾りっ気のない家具で、質素な感じが漂う家だった。

 フランがそんな感想を心中で思っていると、

「私も何か手伝えることない、ですか?」

 意外にも隣から遠慮がちな声でリオが口を開いた。

 その申し出に、ソーザはにこやかな笑みで応対する。

「じゃあ、頼もうかな。今からアリーが向こうの納屋で、折りたたみ式のベッドを取りにいくはずだから、お嬢さんはそれを手伝って貰えないかな?」

「リオが手伝ってくれるなら、私も助かるよ~」

 兄妹からの依頼にリオは「うん」と小さく頷くと、アリエルと一緒に納屋へ向かう。

 一人取り残されたフランは頬を指で掻きながら、申し訳なさそうに「私にも何か手伝えることは?」と聞いたが、ソーザからは「いいから、そこに座ってゆっくり休んでていいよ」と言われ、もう何も言えず、一人気まずい雰囲気を出しながら、椅子に座って夕飯が出来るのを待つ羽目になった。

 夕飯はトマトときのこのパスタと、付け合せにサラダが用意されていた。小さなテーブルを皆で囲み、和やかに食事が始まる。

 アリエルは口をモゴモゴさせ、今日あった出来事を身振り手振りを織り交ぜながら、ソーザに話していた。時折リオにも同意を求め、強引に会話に引っ張り込んで話す光景は、酒場で他の客に絡んでいる酔っ払いを見ているのと同じように見えるのは、フランの気のせいではないだろう。リオが時々ウンザリするような目をしているのは確認できたし、ソーザもアリエルに合わせて笑ってはいるが、時折聞き流すような素振りが伺える。

「で、その円盤使いの騎士さんがフラン、銀髪のちっちゃ可愛い子がリオだよ」

 フランは話の流れでいきなり自己紹介を始めたアリエルに戸惑いながらも、フォークを置き、軽く会釈する。

「フラン=バレッジです。今日は泊めていただくうえに、このような美味しい食事まで用意して頂いて本当に感謝します」

 フランは上品に口を拭ってからきりだす。自分だけが何にもしていない所為か、ここできちんと礼をしておかなければ気がすまない。リオもぺこりと頭を下げ、感謝を示す。

「そうでしょ、そうでしょ。美味しいでしょ~。なんと、味付けは私がしたんだよ。兄様は味音痴だから、料理の仕上げは絶対に私が担当するんだ~」

 アリエルがエヘン、と鼻を鳴らす。実際にパスタはアリエルが胸を張れるに十分な美味さだった。

「そんな、困った時はお互い様じゃないか。なぁ、アリー」

 自己紹介を聞いたソーザは食べる手を止めて頭を振る。

「そうそう、パティなんて金持ちでなぁんにも困ってないのに、何度うちに泊まってタダ飯食べたことか……」

「あんたねぇ……、そっちだって料理の仕上げだけじゃない。ほとんどはソーザさんが料理して、あんたは最後の味見担当大臣じゃないの」

「味見担当大臣上等~。じゃあパティは兄様の地獄の調味配分無視の料理を召し上がりたいの?」

「うぐぅ…、それはちょっと……」

 意外にもパティがアリエルに言いくるめられている。こういう逆転パターンもありえるらしい。

「それにしても散々な言われようだな、俺は」

「えっ! ……そ、そんな事はないですよ」

「そうそう、少し斬新な味というか、その、ね」

 肩をすくめ、冗談交じりに自嘲するソーザを、アリエルとパティは慌ててフォローする。

 そんなやりとりを見て、クスっと笑ったのはリオだった。小柄で銀髪、銀眼の少女は笑うととても可愛らしかったのだが、すぐに表情を戻したので見られるのは一瞬だけだった。花火のようにキレイでパッと消える、そんな儚さのある微笑だった。

 アリエルが屈託無い笑顔で「可笑しかったかな?」と聞くと、リオはまた少し口元を崩して答えた。

「こういう食事。……いいな、と思う」

 皆でわいわいと会話を楽しんで、食後のお茶を嗜む。リオの言うとおり、素晴らしい一時である。リオは口の周りにパスタソースを付けながらも、それを気にせず、皆の話に耳を傾け笑っている。その様子からも、彼女が食事と会話を十二分に満喫しているのが見てとれる。

 それから一時間ほど話しただろうか、すっかり日も落ちて小さな窓越しに見る外は真っ暗になっていた。

「そろそろお開きにしましょうか」

 フランの視線に気付いたのか、パティがそう告げる。確かに食事による満腹感も落ち着いてきたし、頃合はちょうどよかった。リオも小さく欠伸をしているし、そろそろ寝る準備をしたほうが良さそうだ。

 すると、ソーザが立ち上がり、タオルをタンスから取り出してアリエルに放り投げる。

「食事の前に沸騰させたお湯が納屋に用意してあるから、皆で湯浴みしておきな。今日は汗かいただろ、ちゃんと汚れを落としとけよな。まぁ予想以上のおしゃべりで、お湯は少しぬるくなっているかもしれないが、そこは我慢してくれよ」

 準備のいい兄である。いつも気が利いているのだろうな、とフランは思った。

 夕刻フランは暇を持て余していた為、暇つぶしにソーザの料理の手際を見ていたが、これも屋敷の家政婦顔負けの腕前だった。そんなソーザからタオルを受け取り、フラン達は納屋へと移動を開始した。

 外は風が心地よく、向かいの小屋までのわずかな距離ではあるが食後で温まった体がいい具合に冷やされる。

 先頭を歩くアリエルは後ろ向きに歩きながら、リオと談笑している。リオの表情も彼女の笑顔に釣られているかのように柔らかい。アリエルの少し後ろを歩くパティは「転んでも知らないわよ」と嘆息気味に注意を促していた。

 その忠告に「大丈夫、だいじょ―――」と言葉を紡げずに丘に転がるアリエルを見て、フランは腹を抱える。本当に良い一時だった。





 アリエル達を見送った後、ソーザは自分の部屋に飾ってある二丁の拳銃を手に取る。そして、そのまま窓際まで歩く。どことなく懐かしげな気持ちになり、その想いを月夜に投げかける。

「血は争えないな、ミシェル。それにバレッジ家のお嬢さんか、なにか運命めいたものを感じるよな」

 拳銃を机に置いて、それを愛でる様に優しく撫でる。その手の上にポタリと小さな雫が落ちた。

 夜が小屋を静かに包んでいた。




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