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短編

ユースクリーム・アイスクリーム

作者: 間宮 榛



 暑い夏の日、今日も誰かがどこかで冷たいものを食べています。

 シロップのかかったかき氷、冷たくて甘いアイスクリーム、キンキンに冷えたジュースやお茶、氷でキュッとしめたそうめんやうどん。

 ほら、あなたも心当たりがあるでしょう?

 この夏、あなたは何度、冷たいものを食べましたか?





 クーラーのきいた涼しいコンビニから炎天下のコンクリートロードに出てきた高校生の女の子は、ぎらぎらと照りつけるお日様を見上げました。

「あっつー……やっぱこんな日はコレに限る!」

 そう言って女子高生がビニール袋からとりだしたのは、アイスクリーム。先程コンビニで買ってきたばかりのものです。ベリッと豪快に袋を開けて、まさにかぶりつこうとした瞬間。

「ねぇ、冷たいものばかり食べてたらダメよ」

 真っ白なワンピースを着た、見知らぬ女の人に止められました。この暑いのに二の腕まである白い手袋をはめ、顔には汗ひとつかかず、涼しげな表情をしています。

「……なんですか、あなた」

「私? 冷たいものばかり食べてるあなたに、ちょっと忠告をしようと思って」

 にっこりと女の人は笑うと、女子高生の手からするりとアイスを取り上げました。

「あっ、あたしのアイス!」

 せっかく買ったアイスを取られ、般若のような表情になった女子高生を気にすることなく、女の人は微笑みながら、女子高生の口元にぴんと立てた人差し指をそっと当てました。

「取り返しのつかないことに、なっちゃうわよ?」

 手袋越しでもわかる、ひやりとした指が、女子高生の唇から離れていきます。

「……どういう、ことですか」

 女の人に盗られたアイスから目を離さず、女子高生は尋ねました。涼しげな水色をしたアイスは、まだまだ暑さに負けず溶けるものかと頑張っているようです。

「暑いからって、冷たいものばかり食べてない?」

「そりゃ、暑いから……やっぱり冷たいもの食べたくなるじゃないですか」

 女子高生はむすっとした顔で、それでも律義に答えました。

「綺麗なシロップのかかったかき氷とか、冷たくて甘いアイスクリームとか、キンキンに冷えた飲み物とか、氷を浮かべたそうめんとか。私も好きで、よく食べてたわ。『暑いから』って言い訳して」

「人のこと言えないじゃないですか」

 ふふふ、と何を思い出したのか、ゆっくりと歩く女の人は静かに笑いました。

「そうね。でも、そういうあなたも心当たりがあるんでしょう? ……冷たいものばかり食べてたらね、そういうものしか体が受けつけなくなったの」

「典型的な夏バテですね」

「最初は私も夏バテだって思ったわ。……でもね、違ったの。そのうち、アイスクリームとか、かき氷とか、氷のように冷たいものしか口にできなくなったのよ」

 少し俯き、悲しげな笑顔で女の人は言葉を切りました。近くの木に止まっているのでしょうか、たくさんの蝉の声が二人の間に沈む沈黙をかき消していきます。女子高生は黙って、アイスと女の人を見つめながら、次の言葉を待ちます。

「……冷たいものしか摂れなくなって、平熱がどんどん下がって。体調は悪くならなかったけれど……そのうちね、指先から、異変が起こっていったの」

 女の人はそう言って、アイスを持っている手とは反対の手を、すぅっと持ち上げました。真っ白な手袋をはめたその手は、見た限り特に異変はありません。日焼け防止によく売られているシンプルな白い手袋にも、その細くて折れそうな指にも、違和感はありません。

「何が、あったんです、か?」

 いつの間にか話に引き込まれていた女子高生が、恐る恐る、問いかけました。

「……見たい?」

 女の人はそう言い、一歩、女子高生に近付きました。

「え?」

「手袋を取れば、わかるわ。見てみたい?」

 また一歩、女の人が女子高生に近付きました。純白の手袋の指先をつまみ、軽く引っ張ればするりと外せてしまいます。不思議な光を瞳にたたえた女の人が怖くなったのか、女子高生は一歩、後ずさりしました。

「え、その……何があったかだけ教えてくれれば……」

「……そう? 見なくていいの?」

「えっと、聞いてから、で……」

「……わかったわ。教えてあげる」

 女の人は女子高生に近付くのをやめると、手袋から手を放しました。そうしてふわりと花がほころぶように笑うと、女子高生のいる方に手を伸ばしました。

「指先からね……透明に、なっていくの」

「……とーめい?」

「ええ。形はあるんだけどね、向こう側が見えるくらい透き通って、冷たくなっていくの。まるでガラスや氷みたいに、ね……」

 降り注ぐ日光に手をかざし、女の人は空を仰ぎました。何事もないように動くその手が、手袋の下でガラス細工のように透明だということは、女子高生には到底信じられませんでした。しかし、先程唇に触れたその手の冷たさは、忘れられませんでした。

 女の人の様子を見ていて、ふと、女子高生は気づきました。女の人の顔にかかる手の影が、ひどく薄いことに。地面にのびる女の人の足下の影が、薄いことに。女子高生の足元にはくっきりと、濃い影が広がっているにもかかわらず。

 女子高生と目が合った女の人が微笑んだ瞬間、風が強く吹きました。女の人が持ったままのアイスは、この暑さのなかしっかりと形を保ったまま、少しも溶けてはいませんでした。ぞくりと、女子高生の背筋を寒気が走りぬけました。

「きゃっ……きゃあああああああああああああああああっ!!」

 それが合図だったかのように、女子高生は大声で叫ぶと走り去ってしまいました。蝉時雨のなかに残されたのは、白いワンピースの女の人と、水色のアイスクリーム。

「……やだ、そんなに怖がらなくても……。でも、冷たい物の食べすぎには気をつけなくっちゃね……体が全部透明になったら、かなわないもの……」

 ふふっ、と女の人は笑うと、ソーダ味のアイスに赤い舌を這わせました。



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