キモチは義理チョコに
連日続いた寒さも疲れたのかはたまた神の子には逆らえないのか、休息日にはきっちり休みを取るようだ。太陽がいつにも増して強く感じるのは、きっと邪魔するものが何も無いというだけではないはずだ。きっと明日いる勇気を、暗い運命を明るくする光を分け与えているのだろう。
あたしはどきどきと自己主張する心臓を抑えて確認する。
明日はバレンタイン。今日はチョコを作らないといけない、のだけど。材料は一昨日、調理は昨日やってしまった。目の前にあるピンクのリボンが結ばれた赤と白のストライプ模様の箱がそれを証明している。
今日、だと思ったんだけどね。
まったくいくら毎日部活で忙しいからって、こんな大切な日を間違えるなんて、馬鹿だな、あたしって。
内心自虐しながらも心機一転、明日身に着けるアクセサリでも買おうと決意した。日を間違えたのがバレると恥ずかしいので、作ったチョコをポーチにしまう。今日は寒いからきっと平気。あたしは赤のチェックのスカートと赤を基調とした胸の上部が僅かに見えるくらい開いた服を着て、黒のダウンジャケットを重ねる。ちょっと大胆かなと思ったが、ダウンジャケットを着てるからこれでいっか、と結論づける。
目的地のアクセサリショップは駅向こうで、少し駅前と言うには遠いが歩いて行ける距離。自転車に乗るという手もあったが、あたしは運動の為に歩いて行くことにした。
行く途中、アクセサリショップの一番近いコンビニでふと雑誌を見たくなって立ち寄った。雑誌中の占いには十字架のアクセサリがオススメとかかれてあった。
日曜日であるのに加えてバレンタイン前日というのもあってか、アクセサリショップは大賑わいしていた。カップルの少なくはない。
横目でチラッと一組のカップルに目を向け、あれがもしあたしと彼ならと想像して私は顔を真っ赤にした。何考えてるんだろ、あたしってば。
居心地の悪さを感じたあたしはパッと見て一番気に入った、十字架に蛇が巻き付いたシルバーのネックレスを手に会計に向かい、お金を支払う。
その帰り、少し背の高い見知った、というより知らず知らず見続けていた同じクラス男子を見つけ、心を跳ね上げる。
彼だ。大野竜也。色が落ちかけている仕様のジーンズにあまり厚くない黒のトレーナーという姿で歩いている。時々ニヤッと笑ったりしている。
「大野くん」
呼びかけると大野はあたしを見て眉を寄せた。が、すぐに元通りになる。
「加藤」
ドキッとした。ダウンジャケットの中であたしの熱気が膨らみ、ちょっと暑すぎる。あたしはダウンジャケットの上を少し大きめに開く。それでもまだ少し、熱い。
「こんなところでなにしてんの」
「それはこっちのセリフだよ」
ちょうど大野も駅方面に向かうようであたし達は自然と横並びに。横を向けば大野の横顔が見えるが恥ずかしくてなかなか見る事が出来ず、何かきっかけを探す。するとそれは大野から来た。
「図書館に行こうかと思って」
「そっか」
「お前は」
「あたしはお買い物。アクセサリとか見るの好きなんだよね」
「そか」
大野が言う。あたしは少し不安になった。あたしはドキドキしているけど、もしかしたら相手はそんなの意識していないかもしれない、そう思うと胸が痛い。
耐えきれないのであたしは今日買ったばかりのネックレスを首に当てて、大野に見せつける。
彼はすぐに前を向いて、それから、
「うん、いいんじゃない」
「そう、えへへ、ありがと」
お世辞だろうけど、あたしにとっては何にも勝る言葉だ。足音が軽いステップを踏み、地面が叩かれる度に軽いテンポが湧いてくる。自然と体が前に行き、腕一つ分大野より前に出る。
「じゃ僕、図書館行くから」
大野の言葉で、もう駅が近付いてるのが分かった。ちょっと寂しい気がした。
あたしは図書館がどこか分からないけど、帰り道から大野が外れると言っているのだから駅前のどこかなのだろう。
「うん」
大野を止める方法がなかったのでそのまま見送ろうとして、あたしはポーチに堅いものが当たるのと同時にその希望を見つけた。
「あ、ちょっと待って」
点滅する信号を渡ろうとしていた大野を呼び止め、ポーチから希望を取り出す。信号が赤になり今まで赤だった信号が青に変わった。
「はい」
「これなに」
大野が手のひらに置いた箱をジッと見つめる。
そうだ、今日はバレンタインじゃなかった。
間違いに気付くと恥ずかしくなって頬を朱に染める。
「チョコ、明日バレンタインでしょ」
「僕に」
「うん」
それでも大野が受け取ったことに、あたしは気恥ずかしさとはまた違った恥ずかしさを覚えた。顔が火照ってる。
受け取った大野はあたしを見てる。告白のチャンス到来。
「言っとくけどギリだからね」
出た言葉はなりよりも先に否定の言葉。箱まで凝った開けたら想いがいっぱいつまったチョコ、けどあたしは気恥ずかしさには勝てずそう言うしかなかった。
後ろを向いたらきっと伝わらない。だからあたしは大野を真正面に捉えたまま、後ろ向きに歩く。信号は点滅してのが見え、トトっとペースを上げると服が少しズレて襟先がかなり下に行く。あ、今日の服、ま、いっか。いつかはありのままのあたしを見てもらうんだから。
「分かってるって」
本当かな。
「勘違いしないでよ」
あたしの想いを。
「しないよ、お前の彼氏に怒られちまう」
「彼氏なんていないよ」
彼氏にしたい人なら目の前にいるんだけどね。
あたしは最後に手を振る。そして念を押す。
「いないんだからねえ」
いなかったらあたしを彼女にしてくれるのかな。淡い期待を抱きながら、身を翻して角を曲がる。
明日学校ではやっぱりあまり話さないだろうけど、話してくれたらきっと希望が届いたってこと。ギリの言葉に含まれたチョコよりも甘いギリじゃない気持ち、大野には伝わるかな。
バレンタインの日を間違えるようなあたしだから不安が無い訳じゃないけど、でもチョコを渡す事が出来たから良いとしよう。
いないんだからねえ。今はまだ、彼氏が。今は、まだ、ね。
あ、もう休みは終わりかな。あたしは気持ち早歩き。冷たい雪がどうか積もりますように。
ちょっぴり夢見がちな高校生のホワイトバレンタイン、イブ。
少しやりすぎたかなと反省中