エピローグ
あの配信から、三ヶ月が経った。
茉白姫輝──きてぃの登録者数は、50万人を突破していた。
「みんな〜! 今日は歌枠だよ〜!」
配信画面に映るきてぃは、以前と変わらない白ギャルのアバターだ。
だが、話し方は少し変わっていた。
「今日はリクエスト募集してるから、何でも言ってね!」
語尾の「〜じゃん」や「〜っしょ」は残っているが、以前ほど無理に作っている感じはない。
自然体に近い、それでいて少し明るいキャラクター。
それが、今のきてぃだった。
『アイドル時代の曲歌って!』
『最近の流行りの曲もお願い!』
『ボカロも聴きたい』
コメント欄が賑やかだ。
「よっしゃ、じゃあまずはアイドル時代のやつから〜」
軽やかに歌い始める。
歌の解禁は、予想以上の反響を呼んだ。
元々アイドルとして歌唱力には定評があった彼女の歌声は、Vチューバー界隈でも注目を集めた。
歌ってみた動画は次々とバズり、コラボの依頼も殺到した。
「歌枠、週一でやってるけど、もっと増やそうかな〜?」
『やって!』
『毎日でもいい』
『きてぃちゃんの歌声が栄養』
リスナーとの距離感も、以前より近くなった気がする。
裏アカがバレてから、彼女は時々配信中に「○○さん、この前のコメント覚えてるよ」と声をかけるようになった。
リスナーたちは、そのたびに驚き、喜ぶ。
(みんなのこと、ちゃんと見てるよ)
それが、彼女のスタイルだった。
配信を終えて、きてぃは裏アカを開いた。
今では、このアカウントは公式に「きてぃの裏アカ」として認知されている。
『今日の配信、楽しかった。○○さんのリクエスト、すごく嬉しかったな』
『△△さん、最近来てないけど大丈夫かな。仕事忙しいって言ってたから、無理しないでね』
『明日は久しぶりにゲーム配信。楽しみ!』
投稿すると、すぐにリプライが飛んでくる。
『今日もありがとう!』
『きてぃちゃん優しい』
『明日も見るよ!』
温かいやり取りが、タイムラインを流れる。
彼女は、スマホを置いて窓の外を見た。
夕暮れの空が、オレンジ色に染まっている。
(本当に……夢みたい)
あの炎上から、全てが変わった。
いや、炎上ではなかった。それは「バズり」だったのだ。
それから、きてぃの活動は加速した。
歌枠、ゲーム配信、雑談配信、コラボ──
男性Vチューバーとのコラボも続けている。
ただ、今は「恋愛経験ゼロ」がネタになっていて、コラボ相手にからかわれることが多い。
「きてぃちゃん、本当に彼氏作らないの?」
ある日のコラボ配信で、男性Vチューバーに聞かれた。
「作らないっていうか……作り方が分からないっていうか……」
『正直w』
『可愛い』
『守りたい』
コメント欄が笑いに包まれる。
「そもそもさ、恋愛ってどうやって始まるの? 少女漫画みたいに運命の出会いとかあるわけ?」
「きてぃちゃん、マジで少女漫画基準なんだ……」
相手のVチューバーが呆れたように言う。
「だってあたし、それしか知らないし!」
包み隠さず言う彼女に、リスナーたちは好感を抱いた。
『この正直さが良い』
『応援したくなる』
裏アカバレ以降、きてぃは嘘をつくことをやめた。
配信でも、分からないことは分からないと言う。
できないことは、できないと言う。
『最近のきてぃ、のびのびしてるよな』
『そのせいか、前よりトーク面白くなってる』
演じていない分、彼女の魅力は以前よりも素直に発揮されるようになった。
数ヶ月後。
マネージャーとの連絡の際、きてぃはかつての同僚の近況を知る。
「え……聖花香恋さんが……?」
あの炎上のあと、活動休止を経てそのまま引退した聖花香恋の話だった。
「ええ。事務所は辞めたけど、名前を変えてまだVチューバーやってるらしいわ」
マネージャーの南雲さんが、複雑な表情で言った。
「どこかの小さい事務所に入ったみたい。登録者は……まあ、以前の十分の一くらいかな」
「そう、なんですね……」
きてぃは、複雑な気持ちになった。
香恋がいなければ、自分の裏アカがバレることもなかった。
でも、香恋がいたからこそ、今の自分がいる。
「香恋さんのこと……怒ってる?」
南雲さんが、心配そうに聞いた。
「うーん……怒っては、ないかな」
きてぃは首を横に振った。
「確かに、あの時は怖かった。アイドルの時のこと思い出しちゃって……でも、結果的に良かったから」
「優しいのね、きてぃちゃんは」
「優しいっていうか……運が良かっただけです。私の裏アカがたまたま変なこと書いてなかったから、みんな受け入れてくれた。でも、香恋さんは……」
きてぃは言葉を濁した。
香恋の裏アカは、ファンへの愚痴や彼氏との惚気が中心だった。
それが悪いわけではない。でも、清純派を売りにしていた彼女にとっては、致命傷だった。
「まあ、人それぞれの生き方があるわよね」
南雲さんが、優しく言った。
「きてぃちゃんは、きてぃちゃんらしく頑張ればいいの」
「はい!」
そして──ある日の配信で、きてぃは重大発表をした。
「みんな〜! 実は……3Dモデルができたよ〜!」
『マジで!?』
『おめでとう!』
『見せて見せて!』
画面に、3Dのきてぃが現れた。
白ギャルの衣装。プラチナブロンドの髪。
それが、立体的に動く。
「どう? 可愛い?」
きてぃがくるりと回ると、髪が揺れる。
『可愛い!』
『めっちゃ良い!』
『これで歌ってみた撮れるね』
『アイドルの時のダンス、超上手かったしまた見たい!』
「そうなの! これからもっと色んなことできるから、楽しみにしててね!」
きてぃは笑顔で言った。
3Dお披露目配信は、同時接続10万人を記録した。
その夜。
配信を終えたきてぃは、裏アカに投稿した。
『今日の3Dお披露目、たくさんの人が見に来てくれて嬉しかった。ここまで来られたのは、みんなのおかげです』
『アイドルの時は、途中で終わっちゃった。でも今は、続けられてる』
『これからも、頑張ります。ずっと、みんなと一緒にいたいから』
投稿すると、すぐにリプライが来る。
『こっちこそずっと一緒にいるよ』
『応援してる』
『きてぃちゃん大好き』
温かい言葉が並ぶ。
『もう裏アカじゃなくてファンの集いだよなw』という書き込みもある。
きてぃは、スマホを見つめた。
(ありがとう……本当に、ありがとう)
窓の外を見る。
夜空には、星が瞬いていた。
アイドルを辞めた時、彼女は絶望していた。
もう二度と、ファンの前に立てないと思っていた。
でも──
今、彼女はここにいる。
新しい姿で、新しい名前で。
でも、ファンを想う気持ちは変わらない。
(これからも……ずっと)
茉白姫輝は、静かに微笑んだ。
彼女の輝かしい日々は、まだ始まったばかりだった。




