表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

5

 

 配信の開始ボタンをクリックしようとする、その手が──。

 思った以上に震えていることに、配信開始の直前になって気づいた。

 それでも、震える手で開始ボタンを押す。

 配信画面に、茉白姫輝のアバターが現れた。

 いつものプラチナブロンドの髪。白ギャルの衣装。

 だが、その動きは明らかにぎこちなかった。

「え、えっと……みんな……」

 声も震えている。


 同時接続数は、開始数秒で1万人を突破した。

 普段の配信の10倍以上だ。

 怖くて、コメント欄もまともに見れない。

 でも、コメント欄が、物凄い速度で流れていくのだけはわかる。

 恐る恐る、薄目でコメント欄を見る。


(……?)

 様子がおかしい。

『きてぃちゃん!』

『待ってた!』

『カルピス飲んだ~?』

『1:9で薄めた?www』

『大丈夫?』

『きてぃちゃん最高!』

 きてぃは困惑した。

 炎上しているはずなのに、なぜか温かいコメントが多い。しかも「カルピス」って何?


「あ、あの……香恋さんの件で、あたしにも彼氏がいるんじゃないかって疑惑が出てるって……」

 言葉が震える。

「男性Vさんとコラボしたりしてたから……色々誤解されてるかもしれないけど……」

 ちゃんと分かってもらわなきゃ……。きてぃは必死に弁明しようとした。

 だが、コメント欄の反応は予想外だった。

『誤解してないよ!』

『きてぃちゃん悪くない!』

『むしろありがとう!』

『一生推す!』

「え……?」

 きてぃは戸惑った。

 炎上しているはずなのに、なぜか好意的なコメントばかりだ。

「あ、あの……あたし、男性Vさんたちとは……本当に親しい仲とかじゃなくて……ただコラボしてただけで……!」

『知ってる知ってる!』

『握手会以外で手を繋いだことないんだよね!』

『恋愛経験ゼロだって書いてあった!』

『ピュアすぎるだろwww』

(握手会……? なんで知ってるの……?)


 頭の中が(???)で溢れる。

 そこに流れてきたひとつのコメントが、きてぃの目に止まった。


『裏アカ見たよ!』


「え……裏アカ……?」

 きてぃの動きが止まった。

「裏アカ……バレてるの……?」

 同時接続数は、2万人を超えた。

『全部読んだ! 5年分!』

『感動した!』

「え、ええええええ!? 5年分!? 全部!?」

 きてぃの声が裏返った。


『アイドル時代の投稿から全部!』

『白石希乃美さん、美少女すぎる』

『中身ブスとか言ってすみませんでした』

『サーセンっした!!』

「うわあああああ! 名前まで!? アイドルのことも!?」

 きてぃは両手で顔を覆った。アバターも同じ動作をする。

 恥ずかしさで死にそうだった。

「全部バレてる……全部……!」

 ギャルキャラが嘘だということも。

 お酒が飲めないということも。

 恋愛経験ゼロということも。

 アイドルだったことも。

 全部、全部! バレている……!


『きてぃちゃん可愛い』

『恥ずかしがってるの初めて見た』

『ところでストロングゼロの空き缶は片付けた?』

 最後のコメントを見て、きてぃは慌てた。

「あ、あれは嘘! 部屋にストロングゼロなんてないから! むしろ毎日掃除してるし!」

『知ってる』

『裏アカに書いてあった!』

『無理してたんだね……』

「あああああ! そこまで読んだの!?」

『全部読んだって言ってるでしょ!』

『カルピス1:9も!』

『お酒は匂いが無理、も!』

『一生喪女かも、も!』

「やめてえええええ!!」

 きてぃが叫ぶ。

 同時接続数は、3万人を突破していた。


『きてぃちゃん、落ち着いて』

『みんな味方だから』

 温かいコメントが流れる。

 きてぃは、恐る恐る聞いた。

「み、みんな……怒って……ない……の?」

『なんで怒るの?』

『むしろ感謝してる』

『裏アカの内容最高だった』

「で、でも……あたし、配信では色々盛ってたし……」

 きてぃは震える声で続けた。

「恋愛経験豊富って匂わせたり……酒豪だって言ったり……」

『全部嘘って知ってる!』

『「経験人数7万人って登録者数のことだった」ってやつ最高!』

『読んで爆笑した』

「あああああ! そこも読んだの!?」

 きてぃの声が裏返った。

『きてぃちゃん、「経験人数」の意味知らなかったんだよねw』

『後から気づいて大赤面したって書いてあった』

『可愛すぎる』

『少女漫画で恋愛勉強してるのも可愛い』

「もう……もうやだ……」

 きてぃは完全にパニックになっていた。

「こんなの……公開処刑じゃん……!」


 だが、コメント欄は温かかった。

『大丈夫だよ』

『みんな味方だから』

『むしろ嬉しかった』

「え……嬉しかった……?」

 きてぃは、ゆっくりと顔を上げた。

『だって、裏アカ全部ファンへの感謝だった』

『一人一人の名前覚えてくれてたんだよね』

『俺のことも覚えててくれた』


 そして、あるコメントが流れた。

『◇◇です。おばあちゃんの卵豆腐の話、ありがとうございました』

 きてぃの動きが止まった。

「え……◇◇さん……?」

『あの時、「おばあちゃん食欲ない」ってコメントしたら』

『次の配信で卵豆腐の話してくれて』

『裏アカ見て、あれが俺のおばあちゃんのためだったって知って泣きました』

『おばあちゃん、今は卵豆腐食べてくれてます』

『本当にありがとうございました』

 きてぃの目から、涙が溢れた。

「◇◇さん……おばあちゃん、元気になったんだ……良かった……」

『きてぃちゃん泣いてる?』

『優しすぎる』

『こういうことずっとやってたんだね』


 さらに、別のコメント。

『歌手志望の□□です』

『あの時のアドバイス、本当にありがとうございました』

『裏アカ見て、わざわざ芸能関係者の人に連絡取ってくれてたって知って……』

『しかも、嫌な思い出があったのに、私のために……』

『今、ボイトレ頑張ってます。オーディションも受けてます』

『きてぃちゃんのおかげです』

 きてぃは、もう我慢できなかった。

「□□ちゃん……頑張ってるんだ……良かった……」

 涙が止まらない。

『きてぃちゃん、ずっとこうやってファンのこと気にかけてたんだね』

『裏アカ見て分かった』

『ありがとう』

 コメント欄が、感謝の言葉で埋まる。

 同時接続数は、4万人を超えていた。


 きてぃは、少しずつ状況を理解し始めた。

「これって……炎上じゃなくて……?」

『炎上なわけないでしょ!』

『むしろ感謝祭!』

『きてぃちゃん最高!』

『一生推す!』

 温かいコメントが流れ続ける。

 きてぃは、深呼吸をした。

「……分かった。全部、正直に話すね」

『待ってた!』

『聞きたい!』

 同時接続数は、5万人に達していた。


 きてぃは、リスナーの質問に一つ一つ答えていった。

「これからもギャルキャラ続けるの?」という質問には──

「うーん……完全にやめるわけじゃないけど……もう少し、素に近い感じでやろうかな。無理してキャラ作るの、疲れちゃって」

『それがいい!』

『素のきてぃちゃんが見たい!』

『応援する!』

「男性Vとのコラボは?」という質問には──

「続けるよ! 楽しいし、向こうのリスナーさんも来てくれるし。でも、恋愛関係とかは全然ないから安心して……っていうか、あたし恋愛の仕方知らないし……」

『それも裏アカに書いてあった!』

『少女漫画で勉強してたやつ最高だった』

「うわあああ! それも読んだの!?」

 きてぃが叫ぶ。

『「少女漫画みたいな恋愛ってあるの?」って書いてあった』

『可愛い』

「うわあぁぁ……。恥ずかしい……」


 そして、最後の質問。

「歌は……歌わないの?」

 コメント欄が、その質問で埋まった。

『歌聴きたい!』

『アイドル時代の歌声、動画で見た』

『絶対上手いよね』

 きてぃは、少し迷った。

「歌……封印してたんだよね。アイドルってバレないように……」

『もうバレてるから大丈夫!』

『歌って!』

『お願いします!』

 リクエストが殺到する。

 きてぃは、深呼吸をした。

「……そうだね。じゃあ、一曲だけ」

『やった!』

「アイドル時代、一番最後に歌った曲……歌うね」


 マイクの設定を調整する。

 前奏が流れる。

 そして──

 きてぃが歌い始めた瞬間、コメント欄が止まった。

 透き通るような歌声。丁寧に紡がれる音符。感情を込めた歌詞。

 それは、配信で見せていたギャルキャラとは全く違う、彼女の本当の姿だった。

 アイドルとして、ファンの前で歌っていた時の、あの姿。

 1番が終わり、2番に入る。

 コメント欄が、ゆっくりと動き出した。

『……泣いた』

『声きれい……』

『こんなに上手いのに封印してたのか』

 サビで、きてぃの声が高く伸びる。

 画面の向こうで、彼女は泣きながら歌っていた。

 アイドルを辞めてから、こうして歌うのは初めてだった。

 封印していた、自分の一部。

 でも、もう隠さなくていい。

 最後のフレーズを歌い終えて、きてぃは静かに頭を下げた。

「……ありがとう、みんな」

 コメント欄が、拍手の絵文字で埋まる。

『最高だった』

『また歌って』

『一生ついていく』

 同時接続数は、7万人に達していた。


「じゃあ……そろそろ終わるね。今日は、本当にありがとう」

 きてぃは、最後に笑顔を見せた。

「裏アカ全部見られて……正直、めちゃくちゃ恥ずかしかったけど……でも、みんなが受け入れてくれて……嬉しかった」

『こっちこそありがとう』

『本当のきてぃちゃんが見れて嬉しい』

『これからも応援する』

『カルピス1:9で乾杯!』

 最後のコメントを見て、きてぃは笑った。

「もう、カルピスネタ引っ張りすぎでしょw」

『一生ネタにする』

『次の配信でカルピス飲んでよ』

「分かった分かった! じゃあ次、カルピス飲みながら配信するよ!」

『やった!』

『約束だぞ!』

「これからも……よろしくね、みんな」


 配信が終了する。

 画面が暗転した瞬間、茉白姫輝は椅子に座ったまま、大きく息を吐いた。

「終わった……」

 体中の力が抜ける。

 だが、その表情は晴れやかだった。

「もう……嘘つかなくていいんだ」


 スマホを見る。

 Xitterは、祝福のメッセージで溢れていた。

『きてぃちゃんの配信最高だった』

『歌声に感動した』

『裏アカ読んで、ファンになった』

『一生推します』

『カルピス1:9買ってくる』

 最後のコメントに、思わず笑ってしまった。

 涙が溢れた。

 嬉しくて、嬉しくて、止まらなかった。

「ありがとう……本当に、ありがとう……」

 茉白姫輝は、スマホを抱きしめた。

 死刑執行台だと思っていた場所は、実は祝福の場だった。

 長い夜が、ようやく明けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ