表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

1


「っしゃあああああ! 倒したァァァ!」

 画面の中で、白いプラチナブロンドの髪をなびかせたアバターが両手を高々と上げた。

 茉白姫輝ましろ きてぃ──通称きてぃは今、「超ムズアクション、全クリするまで眠れません!耐久配信」に挑戦中。

 配信開始から三十時間を超えて、ようやくゲームの中ボス、「タイラント」を撃破したのだ。

「タイラント」は、高難易度アクションと言われるこのゲームの中でも特に手強いことで有名で、多数のゲーマーの壁となってそびえ立つ悪名高き「門番」だ。


『やったああああ!』

『タイラント倒したあああ!』

『きてぃちゃんすげええ!』

『30時間超えとか頭おかしい(褒めてる)』


 コメント欄が祝福の嵐に包まれる。きてぃ本人も、アバターの向こう側で目頭を押さえていた。

「みんな……ありがとな……。あたし一人じゃ絶対無理だったし……」

 声が震えている。普段の軽いノリはどこへやら、素の感情が滲み出ていた。


『きてぃちゃんマジ泣きじゃん』

『でもまだラスボスあるぞ!』

『ここまで来たらあとちょっと!』

『最後まで付き合うぜ!』

 

 そう、まだ終わりではない。この先にラスボスが待っている。

 だが、その時──画面の端にDiscordの通知が表示された。マネージャーの南雲さんからだ。

「あー、ちょっと待ってね……」

 きてぃが通話に出ると、画面越しに女性の切迫した声が響いた。

「きてぃちゃん! もう限界よ! すぐに配信終わって!」

「え、でも南雲さん! あと少しでラスボスじゃん! エンディング見たいっしょ、みんな!」

 きてぃは慌ててリスナーに同意を求めた。


『見たい!』

『ここまで来たら最後まで!』

『いや体が心配だって』

『30時間超えはヤバいでしょ』


 コメント欄は真っ二つに割れた。心配する声と、最後まで見届けたいという声が激しくぶつかり合う。

「南雲さん! あと六時間だけ! 三十六時間で絶対終わらせるから!」

「六時間!? きてぃちゃん、あなた今何時間起きてるか分かってる!?」

「分かってる! でも、みんなここまで付き合ってくれたんだよ? あたしだけの都合で終われないじゃん!」

 画面の向こうで、南雲マネージャーが深いため息をついた。

「……分かったわ。でも三十六時間ジャストで強制終了するから。一分でも過ぎたら問答無用よ」

「了解っす! じゃあみんな、ラストスパートいくよ!」

 きてぃは再びコントローラーを握った。目は充血し、手は微かに震えている。それでも彼女は笑顔を絶やさなかった。


『よっしゃ! ラスボスまで行くぞ!』

『残り6時間!』

『きてぃちゃんファイト!』

『伝説の配信にしようぜ!』


 それから五時間四十分後。

 画面には、ラスボスの第三形態が表示されていた。体力ゲージはあと僅か。

 きてぃの手は限界まで疲労していた。視界がぼやける。目薬を何度差しても、もう効かない。集中力も、限界だ。

「あと……あと少し……!」

 必死に回避し、隙を見て攻撃を叩き込む。

 コントローラーを握る手が痙攣しそうだ。でも、止められない。


『残り時間10分!』

『間に合うか!?』

『きてぃちゃん頑張れ!』


 そして──

 ついに、ラスボスの体力ゲージが、ゼロになった。

「っしゃああああ! やったぁぁぁ!」

 きてぃの歓声が響く。目は充血し、声は枯れかけているが、その瞬間は純粋な喜びに満ちていた。


『おめでとう!!!!』

『やったああああ!』

『伝説の配信だわこれ!』

『36時間かけてクリアとか頭おかしい(最大級の賛辞)』


 コメント欄が祝福で埋め尽くされる。画面には自動的にスタッフロールが流れ始めた。

「みんな……本当にありがとな……。キミらがいなきゃ……絶対無理だったし……」

 きてぃの声が震える。BGMに乗せて、開発スタッフの名前がゆっくりと流れていく。


『きてぃちゃん泣いてる?』

『こっちまで泣けてきた』

『最後まで見届けられて良かった』

『ゆっくり休んでね』


「じゃあみんな、スタッフロール見終わったらお別れだからね──」

 そう言いながら、きてぃは画面を見つめた。残り時間はあと数分。

 まるで計算したかのようなジャストタイミングだった。

 スタッフロールの最後に、「Thank you for playing」の文字が表示される。


「──っと、これでエンディングまで全部見たね! いやー、マジで良いゲームだった!」

 きてぃの声は枯れかけていたが、満足感に満ちていた。


『本当に伝説の配信だった』

『おつかれさま!』

『また明日も来るわ』


「みんな本当にありがとな! キミらがいなきゃあたし、とっくに諦めてたし!

 ストゼロキメて寝るわ! じゃあまた──」


『おいおいww』

『死ぬぞww』


 挨拶もそこそこに、きてぃは配信を終了した。アバターの動きが止まり、画面が暗転する。

 その瞬間、茉白姫輝──本名は白石希乃美だが、ずっと「きてぃ」として長時間配信していたため、今はその名前さえ思い出すのが億劫だった──は、椅子から立ち上がることもできず、そのままデスクに突っ伏した。

「しんどい……マジでしんどい……」

 VRヘッドセットを外す気力もない。体中の筋肉が悲鳴を上げている。意識も飛びそうだ。

 それでも、彼女の口元には笑みが浮かんでいた。

「でも……楽しかった……」

 ふらふらとベッドまで這うように移動し、彼女は倒れ込んだ。

 枕に顔を埋めると、思考が霧のように溶けていく。

(あの時に比べたら……全然つらくない……)


 意識が遠のく中で、彼女の脳裏に過去の記憶が蘇る。

 華やかなステージ。眩しいスポットライト。黄色い歓声。

 そして──突然の醜聞。裏切り。失望。

(……ファンのみんなが応援してくれる限り……私は、頑張れる……)

 茉白姫輝は、そのまま深い眠りに落ちた。


 彼女が知らないところで、ネットの海では新たな嵐が巻き起こり始めていた。

 それは、彼女にとって最悪の──あるいは最高の──転機となる嵐だった。

 眠り姫が目覚めたとき、嵐の向こうに待っているのは、はたして何だろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ