表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

第7話:E級昇格試験

翌朝、レンは早くに目を覚ました。


今日は休養日のはずだったが——昨夜から、落ち着かない。


明日が、E級昇格試験だ。


ホブゴブリンとの再戦。


レンは起き上がり、ノートを手に取った。


ページをめくる。


以前のホブゴブリン戦の記録。


【ホブゴブリン戦:敗北】

短剣が折れた

首に深い傷を負った

エリナさんに助けられた


あの時の記憶が、鮮明に蘇る。


折れた短剣の感触。


首を流れる血。


エリナの涙。


レンは無意識に、首の傷跡を触った。


かさぶたは既に剥がれ、薄い傷跡だけが残っている。


(でも、今は違う)


レンはノートの次のページを開いた。


最近の記録。


スキルの本質を理解したこと。


複数のスキルを効率的に使えるようになったこと。


『群狼感覚』と『遠吠え』の実験成功。


ウルフ戦での分断を乗り越えたこと。


(成長した……確かに、成長した)


レンは窓の外を見つめた。


朝日が、街を照らし始めている。


(明日……必ず、倒してみせる)


レンは腰の袋を確認した。


魔法付与された鋼製短剣。


セラから受け取った持続力強化薬。


準備は、整っている。


レンは深く息を吸った。


(大丈夫。今の僕なら、戦える)


---


翌朝。


試験当日。


レンはギルドへ向かった。


いつもより早い時間だが、ミラは既にカウンターにいた。


「おはよう、レン」


ミラが笑顔で迎える。しかし、その笑顔には——わずかな不安が混じっている。


「おはようございます、ミラさん」


「今日が、試験ね」


「はい」


レンは首を縦に振った。


「試験官は、もうすぐ来るわ」


ミラが説明する。


「B級冒険者のガルドさんが、試験官を務めてくださるの」


ミラは少し安心したような表情を浮かべた。


(良かった……ガルドさんが引き受けてくれて)


ミラは心の中で思った。


ガルドは、試験官の中でも特に厳格なことで知られている。


しかし——同時に、秘密厳守を徹底することでも有名だ。


受験者のスキル詳細を、決して口外しない。


ギルドへの報告も、最低限。


戦闘能力、判断力、合否。


それ以外は、一切報告しない。


(レンさんのスキルのこと……他の試験官だったら、詳しく報告されてしまうかもしれない)


(でも、ガルドさんなら……秘密を守ってくれる)


これが、ミラにできること。


レンのスキルの秘密を守るために、ミラができる精一杯のこと。


(レンさん……頑張って)


ミラは祈るように思った。


その時、ギルドの扉が開いた。


「レン、こちらが今日の試験官よ」


ミラが紹介する。


「ガルドだ」


試験官——ガルドは、簡潔に名乗った。


40代と思われる男性。傷だらけの顔。鋭い眼光。


明らかに、数多くの実戦を経験してきた冒険者だ。


筋骨隆々とした体。腰には長剣。


立っているだけで、圧力がある。


「B級冒険者のガルドさんが、試験官を務めてくださるわ」


ミラが説明する。


ガルドはレンを値踏みするように見つめた。


無言の圧力。


レンは思わず息を呑んだ。


「……よろしくお願いします」


レンは頭を下げた。


「フン」


ガルドは短く応じただけだった。


その時、ギルドの扉が再び開いた。


「レン」


エリナが入ってくる。


「エリナさん」


「試験、頑張りなさい」


エリナはレンの肩に手を置いた。


「でも、油断しないで」


「はい」


「あんたなら大丈夫よ」


その声には——確かな信頼があった。


ガルドは、エリナとレンのやり取りを黙って見ていた。


「……行くぞ」


ガルドが短く告げる。


「はい」


レンはミラとエリナに一礼して、ガルドに従った。


「レンさん……」


ミラが声をかける。


「必ず、戻ってきてね」


「はい」


ミラの目には、不安と期待が入り混じっていた。


---


森へ向かう道中、ガルドは無言だった。


レンも、何を話していいか分からず、黙って歩く。


ただ——時折、ガルドの視線を感じる。


観察されている。


値踏みされている。


(この人は……どんな基準で判断するんだろう)


レンは不安を感じた。


試験のルールは何なのか。


制限時間はあるのか。


使って良い道具は。


しかし、ガルドは何も説明しない。


沈黙が続く。


レンは、その沈黙に耐えながら歩いた。


しばらくして、ガルドが口を開いた。


「お前、何歳だ」


「15です」


「フン」


ガルドは短く応じた。


そして——少しだけ、口を開いた。


「一つ、言っておく」


「はい」


レンは緊張した。


「お前のスキルについて、私は詮索しない」


「え?」


「試験で見せたスキルについても、詳細は報告しない」


ガルドは前を向いたまま続けた。


「ギルドへの報告は、最低限だ」


「戦闘能力、判断力、合否」


「それ以外は、報告しない」


「……」


レンは驚いた。


なぜ、そんなことを?


「冒険者のスキルは、命を守る最後の砦だ」


ガルドは続けた。


「それを他者に知られることは、命の危険に繋がる」


「だから、私は秘密を守る」


「それが、私の方針だ」


レンは、ガルドの背中を見つめた。


(この人は……)


(受験者を、守ろうとしている……)


「……ありがとうございます」


レンは頭を下げた。


「礼はいらん」


ガルドは短く言った。


「ただし、それは私が合格と判断した場合だけだ」


「不合格なら、容赦なく落とす」


「はい」


レンは真剣に応じた。


ガルドは再び黙った。


しかし、その背中には——確かな信念があった。


---


森の東側に到着した。


「あそこだ」


ガルドが指差す。


茂みの向こうに——ホブゴブリンの姿。


レンの心臓が、激しく打った。


あの時の記憶が蘇る。


折れた短剣。


首の痛み。


エリナの涙。


「……」


レンは首の傷跡を無意識に触った。


「怖いか」


ガルドが問う。


「……はい」


レンは正直に答えた。


「だが、戦います」


ガルドは何も言わなかった。


ただ、少しだけ——目を細めた。


「森の東側でホブゴブリンを見つけた。お前はそいつを倒せ」


ガルドは簡潔に告げた。


「私は見ている。それだけだ」


それだけ?


レンは戸惑った。


試験のルールは? 制限時間は? 使って良い道具は?


しかし、ガルドはそれ以上何も言わなかった。


「……分かりました」


レンは了承した。


「行け」


それだけだった。


レンは剣を抜いた。


ガルドは木に寄りかかり、腕を組んで見ている。


完全に観察者。


(失敗したら……即失格なんだろうな)


レンは深呼吸した。


腰の袋から、セラの持続力強化薬を取り出す。


一口飲む。


爽やかな香りが鼻をくすぐる。


体の中に、温かいものが広がっていく。


(大丈夫。今の僕なら、倒せる)


レンは前を向いた。


ホブゴブリンは、まだこちらに気づいていない。


レンは『嗅覚強化』を起動させた。


ホブゴブリンの匂い。


ゴブリンより濃く、強い獣臭。


周囲に他の気配は——ない。


ホブゴブリン1体のみ。


(よし)


レンは『鋭敏』と『戦術眼』を起動させた。


感覚が研ぎ澄まされる。


戦場が、俯瞰的に見える。


ホブゴブリンの位置。


周囲の地形。


木々の配置。


全てが、頭の中で立体的に把握できる。


レンは静かに前進した。


ホブゴブリンとの距離が縮まる。


20メートル。


15メートル。


10メートル。


その時——。


ホブゴブリンが、レンに気づいた。


「グルルルル……」


低い唸り声。


ホブゴブリンが、大きな棍棒を構える。


ゴブリンの倍以上の体格。


筋肉質な体。


鋭い牙。


(あの時と……同じだ)


しかし。


(でも、今は違う)


レンは剣を構えた。


ホブゴブリンが、突進してくる。


速い。


ゴブリンとは比べ物にならない速さ。


棍棒が、振り下ろされる。


あの時——この攻撃を避けられなかった。


しかし。


『鋭敏』が動きを予測させる。


レンは左に身を捻る。


棍棒が、空を切った。


レンのいた場所を、棍棒が叩く。


地面が、えぐれる。


(今の……まともに受けたら)


レンは冷や汗をかいた。


しかし——避けられた。


以前とは、違う。


——ガルドの眉が、わずかに動いた。


(予測……している?)


ガルドは腕を組んだまま、じっと見つめている。


レンは反撃に転じた。


『素早さ』を起動。


体が軽くなる。


ホブゴブリンの背後に回り込む。


『剛力』を起動。


腕に力が満ちる。


短剣を振り下ろす。


しかし——。


ホブゴブリンが、棍棒で防いだ。


ガキィン!


衝撃が腕に伝わる。


(硬い……!)


ホブゴブリンが、反撃してくる。


棍棒が横薙ぎに振るわれる。


レンは『素早さ』で後退。


距離を取る。


(正面から斬りつけるだけでは……倒せない)


レンは冷静に状況を分析した。


『戦術眼』で、戦場を俯瞰する。


ホブゴブリンの位置。


周囲の木々。


地形。


(あそこなら……)


レンは木の密集地帯へ移動した。


ホブゴブリンが追ってくる。


狭い空間。


大きな体のホブゴブリンには、不利な地形。


ホブゴブリンが棍棒を振るう。


しかし——木に当たって、弾かれる。


その隙に、レンは攻撃した。


『剛力』で短剣を突き立てる。


ホブゴブリンの脇腹に、短剣が刺さる。


「グオオオ!」


ホブゴブリンが咆哮する。


怒りに満ちた目。


ホブゴブリンが、棍棒を捨てた。


そして——素手でレンに襲いかかる。


速い!


『鋭敏』でも、ギリギリだ。


ホブゴブリンの拳が、レンに迫る。


レンは『素早さ』で横に跳ぶ。


拳が、木の幹を砕く。


(素手でも……この威力……!)


レンは息を呑んだ。


ホブゴブリンが、再び襲いかかる。


連続攻撃。


レンは『鋭敏』と『素早さ』で回避し続ける。


しかし——。


(このままでは……じり貧だ)


レンは決断した。


(一撃に、全てを賭ける)


レンは『戦術眼』で、ホブゴブリンの動きを分析する。


次の攻撃は——右拳。


レンは深く息を吸った。


ホブゴブリンの右拳が振るわれる。


レンは——あえて避けなかった。


『衝撃吸収』と『身体強化』を同時起動。


短剣で、拳を受け止める。


ガキィン!


衝撃が全身に走る。


しかし——『衝撃吸収』の本質を理解している。


衝撃を体全体に分散させる。


手のひらから、前腕、上腕、肩、背中へ。


レンの体が、わずかに後退する。


しかし——耐えた。


そして。


ホブゴブリンの体勢が、一瞬崩れた。


今だ!


レンは『素早さ』を全開にした。


一気に踏み込む。


ホブゴブリンの懐に入る。


『剛力』を最大限に発動。


短剣を——心臓に向けて、突き立てる。


ズブリ。


深々と、刃が刺さった。


「グ……」


ホブゴブリンの動きが、止まる。


そして——崩れ落ちた。


地面に倒れるホブゴブリン。


レンは息を整えた。


傷は——ない。


無傷で、倒せた。


あの時とは、違う。


「……やった」


レンは小さく呟いた。


——ガルドは腕を組んだまま、じっと見つめていた。


(複数のスキルを……同時に?)


(しかも、消耗の色がない)


(15歳で……この動き)


(地形を利用した戦術)


(衝撃を受け止める技術)


(……これは)


ガルドの評価が、大きく変わった。


しかし、表情には出さない。


ただ、黙って観察を続ける。


レンは、ホブゴブリンの魔石を回収した。


手が、わずかに震えている。


(勝った……本当に、勝った)


あの時、倒せなかった相手。


今、無傷で倒せた。


レンは深く息を吐いた。


「終わったか」


ガルドが近づいてくる。


レンは緊張した。


合格なのか。不合格なのか。


ガルドは倒れたホブゴブリンを見て、レンを見た。


「……合格だ」


その言葉に、レンは安堵した。


体の力が、抜ける。


「ありがとうございます」


レンは頭を下げた。


「ただし」


ガルドは続けた。


「いくつか、言っておくことがある」


「……はい」


レンは顔を上げた。


ガルドは鋭い目で、レンを見つめている。


「お前、スキルをいくつ持っている」


「え……」


レンは戸惑った。


スキルの数を聞かれるとは思わなかった。


「答えなくてもいい。だが、見ていれば分かる」


ガルドは腕を組んだ。


「お前は、スキルに頼りすぎている」


「……」


「スキルは便利だ。だが、それは道具に過ぎない」


ガルドは続けた。


「道具に使われるな。道具を使え」


「道具に……使われる?」


「そうだ」


ガルドは鋭い目でレンを見た。


「お前の動き、スキルありきだ。スキルがなければ、何もできないだろう」


「……」


図星だった。


レンは、自分の戦い方を振り返る。


確かに——スキルに頼っている。


『素早さ』がなければ、避けられない。


『剛力』がなければ、攻撃が通らない。


『鋭敏』がなければ、動きを予測できない。


スキルがなければ——何もできない。


「基礎を疎かにするな」


ガルドは言った。


「剣の振り方。足の運び方。呼吸の仕方」


「スキルがなくても戦える——それが、本当の強さだ」


レンは、その言葉を胸に刻んだ。


(基礎……)


確かに、レンは基礎的な戦闘技術を学んでいない。


冒険者になってから、ずっとスキルに頼ってきた。


スキルがあれば、基礎がなくても戦える。


しかし——それは本当の強さではない。


ガルドの言葉が、レンの心に重く響いた。


「だが」


ガルドは少しだけ、表情を緩めた。


「お前の年齢で、ホブゴブリンを無傷で倒せるのは……大したものだ」


「ありがとうございます」


「調子に乗るな」


ガルドはすぐに厳しい顔に戻った。


そして——少し考えるように間を置いた。


「規定では、これでE級昇格だが……」


ガルドは腕を組んだ。


「私の判断で、お前をD級に推薦する」


「え……?」


レンは顔を上げた。


D級?


E級試験だったのに?


「お前の実力は、E級ではない」


ガルドは断言した。


「複数のスキルを同時使用し、消耗の色もない」


「15歳で、ホブゴブリンを無傷で単独撃破」


「地形を利用した戦術」


「衝撃を受け止める技術」


ガルドは続けた。


「これは……D級相当の実力だ」


「でも……」


「規則より、実力を重視する」


ガルドは鋭い目でレンを見た。


「それに……F級から開始した冒険者で、ここまで短期間でD級相当の実力を示した者は……ギルドの歴史でも前例がない」


「伝説の冒険者たちは、元々実績があった。だから最初からB級やA級でスタートできた」


「しかし、お前は……F級から、たった3週間でここまで来た」


ガルドは少しだけ、表情を緩めた。


「……才能があるな」


「そ、そんな……」


レンは戸惑った。


D級昇格。


予想していなかった。


「ただし、勘違いするな」


ガルドはすぐに厳しい顔に戻った。


「お前はまだ弱い」


「D級になったからといって、慢心するな」


「はい」


「基礎を疎かにするな。スキルに頼りすぎるな」


「……はい」


「それができれば……お前は、もっと強くなれる」


「それに……」


ガルドは少し考えるように間を置いた。


「ミラから、頼まれた」


「ミラさんから?」


「『レンさんのスキルの秘密を、守ってください』とな」


レンは驚いた。


ミラが、そこまで……。


「安心しろ」


ガルドは短く言った。


「お前が今日使ったスキルについて、私はギルドに詳細を報告しない」


「報告するのは、『複数のスキルを効率的に使用し、ホブゴブリンを無傷で撃破。D級相当の戦闘能力と判断力を有する』……それだけだ」


「スキルの種類、数、詳細……それらは、一切報告しない」


「ありがとうございます」


レンは深く頭を下げた。


「礼を言うなら、ミラに言え」


ガルドは歩き出した。


「あいつは、お前のことを本気で心配している」


「受付嬢として、できる限りのことをしようとしている」


ガルドは振り返らずに続けた。


「大事にしろ」


「はい」


レンは強く頷いた。


ガルドの背中が、森の中に消えていく。


レンは、しばらくその場に立っていた。


(ミラさん……)


(そこまで、考えてくれていたんですね……)


レンは、ミラへの感謝を新たにした。


(D級……)


(本当に、僕が……?)


レンは信じられない思いだった。


E級昇格試験で、D級推薦。


F級から、たった3週間。


(基礎……か)


新たな課題が、見えてきた。


---


ギルドに戻ると、ミラが駆け寄ってきた。


「お帰りなさい!」


ミラの顔には、安堵の色がある。


「合格……したの?」


「はい。それと……」


レンは少し言いづらそうに続けた。


「D級に、推薦されました」


「……え?」


ミラの動きが止まった。


「D級……って」


「はい」


「E級試験だったのに……D級?」


ミラは理解が追いつかない様子だった。


「試験官のガルドさんが……僕の実力がE級ではないと判断して……」


「そんな……」


ミラは息を呑んだ。


「F級から、たった3週間で……D級!?」


ミラの声が震えている。


「これは……ギルドの歴史でも……」


ミラは言葉を失った。


しばらくして、ミラは我に返った。


「……すごい」


ミラが呟いた。


「本当に、すごいわ……レンさん」


ミラの目には、涙が浮かんでいた。


「おめでとう……本当に、おめでとう」


「ありがとうございます」


レンは頭を下げた。


その時、エリナが近づいてきた。


「D級、か」


エリナは短く言った。


「驚いたわ。まさか、E級試験でD級推薦とは」


「でも……」


エリナは少し笑った。


「妥当ね。あんたの実力なら」


「エリナさん……」


「ただし」


エリナの表情が厳しくなった。


「D級になったからといって、油断しないで」


「はい」


「基礎訓練は、続けるわよ」


「もちろんです」


レンは真剣に応じた。


「おめでとう、レン」


ミラがD級冒険者の証を渡す。


銀色のプレート。


F級の黒色、E級の銅色とは、明らかに違う輝き。


「これが、あなたの新しい冒険者証よ」


「ありがとうございます」


レンは、そのプレートを受け取った。


D級冒険者。


F級から、たった3週間。


信じられない速度での昇格。


しかし——。


(まだまだ、これからだ)


ガルドの言葉が、頭に残っている。


「お前はまだ弱い」


「慢心するな」


エリナが去った後、レンはミラに声をかけた。


「ミラさん」


「何?」


ミラが振り返る。


「試験官……ガルドさんを選んでくださったこと」


レンは真剣な目で見つめた。


「ありがとうございます」


「え……?」


ミラは少し驚いた。


「ガルドさんから聞きました」


レンは続けた。


「『ミラから、スキルの秘密を守ってくれと頼まれた』と」


「あ……」


ミラは視線を逸らした。


「ミラさんが、僕のことを考えて……ガルドさんを選んでくださったんですね」


「それは……」


ミラは少し照れたように言った。


「私にできることは、少ないから……」


「受付嬢として、できることを……やっただけよ」


「ミラさん……」


「レンさんのスキルのこと、知ってしまったから」


ミラは続けた。


「守らなきゃって……思ったの」


「他の試験官だったら……スキルの詳細を、全部ギルドに報告してしまうかもしれない」


「でも、ガルドさんなら……秘密を守ってくれる」


ミラは少し不安そうに尋ねた。


「ガルドさん……ちゃんと秘密、守ってくれた?」


「はい」


レンは頷いた。


「ガルドさんは、『複数のスキルを効率的に使用し、D級相当の戦闘能力を有する』……それだけを報告すると言ってくださいました」


「スキルの種類、数、詳細……それらは一切報告しないと」


「良かった……」


ミラは安堵した表情を浮かべた。


「本当に、良かった……」


「ミラさん」


レンは深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


「いいのよ」


ミラは優しく笑った。


「私も……レンさんの力になりたいから」


「これが、私にできることだから」


二人の間に、温かい空気が流れる。


レンは、改めてミラへの感謝を感じた。(ミラさんは……いつも、僕のことを考えてくれている)


(受付嬢として、できる限りのことを……)


ミラは、依頼を選ぶだけではなかった。


試験官を選ぶことも、レンのためにしてくれていた。


「ミラさん」


「うん?」


「これからも、よろしくお願いします」


「ええ」


ミラは柔らかく笑った。


「こちらこそ、よろしくね」


---


その日の午後、レンはセラの工房を訪れた。


扉をノックする。


「どうぞ!」


セラの声が響く。


扉を開けると、セラが実験台の前に立っていた。


「レンさん!」


セラが振り返る。


「試験……どうでしたか?」


「合格しました。それと……D級に昇格しました」


「D級……!?」


セラが驚いた表情を見せた。


「E級試験だったのに……D級ですか?」


「はい。試験官のガルドさんが、推薦してくださって」


「すごい……」


セラは息を呑んだ。


「F級から、たった3週間で……D級昇格なんて」


「普通なら、数ヶ月……いえ、半年以上かかるはずなのに」


セラは驚きを隠せない様子だった。


「レンさん、本当におめでとうございます!」


セラが嬉しそうに笑った。


「ありがとうございます」


「でも……これは、レンさんのスキルの本質理解が……成果を出した証拠ですね」


セラは研究者の目になった。


「私の理論が、実践で証明された……」


「はい。セラさんのおかげです」


「いえ……」


セラは首を振った。


「私は、理論を提示しただけ」


「実践したのは、レンさんです」


「でも、セラさんがいなければ……ここまで成長できませんでした」


レンは感謝を込めて言った。


「本当に、ありがとうございます」


「……」


セラは少し顔を赤らめた。


「そんなに感謝されると……照れます」


二人の間に、温かい空気が流れる。


「それで」


セラが口を開いた。


「戦闘は……どうでしたか? 詳しく聞かせてください」


「はい」


レンは今日の戦闘について話した。


ホブゴブリンとの戦い。


『戦術眼』で地形を利用したこと。


『衝撃吸収』で攻撃を受け止めたこと。


そして——無傷で勝利したこと。


セラは、真剣に聞いていた。


「素晴らしいです」


セラが言った。


「スキルの本質を理解して、効率的に使えている証拠ですね」


「はい。でも……」


レンは少し複雑な表情を浮かべた。


「試験官に、『スキルに頼りすぎている』と言われました」


「スキルに……頼りすぎている?」


「はい」


レンはガルドの言葉を伝えた。


「道具に使われるな。道具を使え」


「基礎を疎かにするな」


「スキルがなくても戦える——それが本当の強さだ」


セラは、しばらく考え込んだ。


「……なるほど」


セラが呟いた。


「確かに、その通りかもしれません」


「え?」


「レンさんは、スキルの本質を理解することで、効果を高めてきました」


セラは続けた。


「でも、それは『スキルをどう使うか』という話」


「……」


「試験官の方が言っているのは、『スキルがなくても戦える基礎力』のことでしょう」


セラは真剣な目でレンを見つめた。


「剣の振り方。足の運び方。呼吸の仕方」


「それらは、スキルとは別の……基礎的な戦闘技術です」


「基礎的な……戦闘技術」


「はい」


セラは頷いた。


「レンさんは、スキルの使い方は上達しました」


「でも、基礎的な戦闘技術は……まだ未熟かもしれません」


「……」


レンは、自分を振り返った。


確かに——基礎を学んでいない。


剣の構え方。


足の運び方。


呼吸の仕方。


全て、独学だ。


スキルがあれば、基礎がなくても何とかなってしまう。


しかし——それでは、本当の強さには到達できない。


「エリナさんに……教えてもらったらどうですか?」


セラが提案した。


「エリナさん?」


「はい。エリナさんは、剣士として基礎がしっかりしているはずです」


セラは続けた。


「レンさんのパートナーですし……教えてくれるんじゃないでしょうか」


「……そうですね」


レンは頷いた。


(エリナさんに、頼んでみよう)


新たな目標が、見えてきた。


---


その日の夜、レンは宿の部屋でノートを開いた。


今日のことを、記録する。


【E級昇格試験:合格 → D級昇格推薦】


ホブゴブリン1体を単独で撃破

無傷で勝利


試験官ガルドの評価:

「お前の実力は、E級ではない」

「D級相当の実力だ」


D級への推薦理由:

- 複数スキルの同時使用

- 消耗の色がない

- 15歳で無傷での撃破

- 地形を利用した戦術

- 衝撃を受け止める技術

- 冷静な判断力


ガルドの言葉:

「F級から開始した冒険者で、ここまで短期間でD級相当の実力を示した者は、ギルドの歴史でも前例がない」


「伝説の冒険者たちは、元々実績があった。だから最初からB級やA級でスタートできた」


「しかし、お前は……F級から、たった3週間でここまで来た」


F級スタート組としては、最短記録。


でも——ガルドの警告も忘れてはいけない。


「お前はまだ弱い」

「慢心するな」

「基礎を疎かにするな」

「スキルに頼りすぎるな」


D級になったからといって、油断してはいけない。


【新たな課題:基礎戦闘技術の向上】


剣の振り方

足の運び方

呼吸の仕方


これらは、スキルとは別の基礎力。


今まで、独学でやってきた。

スキルがあれば、基礎がなくても何とかなってしまう。


しかし——それでは本当の強さには到達できない。


セラさんの提案:

エリナさんに基礎を教えてもらう


エリナさんは、剣士として基礎がしっかりしているはず。

パートナーだから……教えてくれるかもしれない。


明日、エリナさんに頼んでみよう。


【ガルドについて】


試験官として、非常に厳格だった。

しかし——同時に、受験者の秘密を守ることを徹底している。


ガルドの方針:

「冒険者のスキルは、命を守る最後の砦だ」

「それを他者に知られることは、命の危険に繋がる」

「だから、私は秘密を守る」


ギルドへの報告は、最低限のみ:

- 戦闘能力

- 判断力

- 合否


スキルの種類、数、詳細は一切報告しない。


そして——ミラさんが、ガルドさんを試験官に選んでくれていた。


理由:

僕のスキルの秘密を守るため。


他の試験官だったら、スキルの詳細を全てギルドに報告してしまうかもしれない。

でも、ガルドさんなら……秘密を守ってくれる。


ミラさんは、受付嬢としてできることを……精一杯やってくれている。


依頼を選ぶだけじゃない。

試験官を選ぶことも。


【ミラさんへの感謝】


いつも、僕のことを考えてくれている。

これからも、ミラさんの期待に応えられるよう……強くなりたい。


受付嬢として「できること」をやってくれた。

試験官を選ぶことで、僕のスキルの秘密を守ってくれた。


ミラさんは、本当に……大切な人だ。


【次にすべきこと】


- エリナさんに基礎戦闘技術を教えてもらう

- スキルに頼らない戦い方を学ぶ

- D級冒険者として、より高度な依頼に挑戦する

- 引き続き、スキルの本質理解を深める


スキルの活用と、基礎戦闘技術。


両方を磨いていく。


それが、本当の強さへの道だ。


ノートを閉じる。


レンは窓の外を見つめた。


月が、静かに街を照らしている。


(D級冒険者になった)


(でも、これはスタート地点に過ぎない)


ガルドの言葉が、レンを駆り立てる。


「お前はまだ弱い」


「慢心するな」


(もっと、強くなる)


(基礎を学び、スキルを磨く)


(そして——本当の強さを手に入れる)


レンは決意を新たにした。


明日から、新しい修行が始まる。


エリナとの訓練。


基礎戦闘技術の習得。


レンは目を閉じた。


静かに、眠りについた。


---


翌朝。


レンは早めにギルドへ向かった。


エリナに、訓練を頼むためだ。


ギルドに入ると、エリナは既に来ていた。


いつものように、壁際の椅子に座って剣の手入れをしている。


「おはようございます、エリナさん」


レンが声をかける。


「おはよう」


エリナは短く答え、顔を上げた。


「どうしたの? 今日は依頼?」


「いえ、その……」


レンは少し言いづらそうに口を開いた。


「エリナさんに、お願いがあります」


「お願い?」


エリナが剣の手入れを止める。


「はい。基礎戦闘技術を……教えていただけないでしょうか」


「基礎戦闘技術?」


エリナは少し驚いた表情を見せた。


「はい」


レンは昨日のことを話した。


試験官ガルドから指摘されたこと。


「スキルに頼りすぎている」と言われたこと。


「基礎を疎かにするな」という言葉。


エリナは黙って聞いていた。


「……なるほどね」


エリナが呟いた。


「確かに、あんたはスキルの使い方は上手くなった」


「でも、基礎は……まだまだね」


「はい」


レンは認めた。


「だから、教えてください」


「……」


エリナは少し考え込んだ。


そして——小さく笑った。


「いいわよ」


「本当ですか?」


「ええ。でも」


エリナの表情が、厳しくなった。


「私の訓練は、厳しいわよ」


「覚悟はできています」


レンは真剣な目で答えた。


「そう」


エリナは立ち上がった。


「なら、今から始めましょう」


---


訓練場——ギルドの裏手にある広い空き地。


冒険者たちが、訓練や模擬戦に使う場所だ。


エリナとレンは、向かい合って立っていた。


「まず、剣を構えてみて」


エリナが言った。


レンは剣を構える。


いつもの構え。


戦闘で使っている構え。


「……ダメね」


エリナが即座に指摘した。


「え?」


「足の位置が悪い。重心が高すぎる。剣の角度もおかしい」


エリナは次々と指摘する。


「それじゃあ、まともに攻撃を受け止められないわ」


「でも、今まで……」


「スキルで補ってたからでしょ」


エリナは厳しく言った。


「『身体強化』や『衝撃吸収』があれば、多少構えが悪くても何とかなる」


「でも、それは本当の強さじゃない」


「……」


レンは黙った。


図星だった。


「いい? 基礎っていうのは、スキルがなくても戦える土台のこと」


エリナは続けた。


「その土台がしっかりしていれば、スキルはさらに活きる」


「逆に、土台が脆弱なら……いくらスキルがあっても、限界がある」


エリナはレンの前に立った。


「まず、足の位置から直すわ」


エリナがレンの足を、自分の足で押す。


「ここ。もっと広く」


レンは足を広げた。


「重心は、もっと低く」


腰を落とす。


「剣は、この角度」


エリナがレンの剣を持つ手を、調整する。


「……これで、もう一度構えて」


レンは、エリナに指示された通りに構える。


以前とは、全く違う感覚。


足元が安定している。


重心が低く、踏ん張りが利く。


「いい。その構えを、体に覚えさせなさい」


エリナが言った。


「今から、その構えのまま……10分間、動かないで」


「10分……ですか?」


「そう。簡単でしょ?」


エリナは少し意地悪そうに笑った。


レンは、その構えを維持した。


最初の1分は、問題なかった。


しかし——2分を過ぎた頃から、足が震え始めた。


3分で、腕が痛くなってきた。


5分で、汗が噴き出した。


(辛い……)


レンは歯を食いしばった。


エリナは、黙って見ている。


7分。


足が、限界に近い。


8分。


腕が、震えている。


9分。


視界が、ぼやけてきた。


10分。


「……そこまで」


エリナの声が響いた。


レンは、構えを解いた。


その瞬間、足の力が抜けて——倒れそうになった。


エリナが、レンの肩を支える。


「お疲れ様」


「あ……ありがとうございます……」


レンは息を整えた。


(たった10分……構えを維持するだけで、こんなに……)


「これが、基礎よ」


エリナが言った。


「正しい構えを維持するには、それだけの筋力と体力がいる」


「あんたは、スキルで誤魔化してたから……基礎的な筋力が足りてない」


「……」


「でも、心配しないで」


エリナは優しく言った。


「これから鍛えれば、すぐに身につくわ」


「はい」


レンは頷いた。


「次は、素振りよ」


エリナが剣を構える。


「私の動きを、よく見て」


エリナの剣が、ゆっくりと振られる。


美しい軌道。


無駄のない動き。


「剣は、腕だけで振るんじゃない」


エリナが説明する。


「腰を使う。肩を使う。全身を使って振る」


エリナの動きは、まるで踊りのようだった。


「今度は、あんたがやってみて」


レンは剣を構え、振った。


「ダメ」


エリナが即座に止めた。


「腕だけで振ってる。腰が使えてない」


「もう一度」


レンは再び振る。


「まだダメ。肩に力が入りすぎ」


「もう一度」


何度も、何度も。


エリナは容赦なく指摘し続ける。


レンは、何度も振り続けた。


10回。


20回。


30回。


腕が、悲鳴を上げている。


しかし——エリナは止めない。


「もう一度」


50回。


「もう一度」


100回。


レンの腕は、もう限界だった。


「……そこまで」


エリナが、ようやく止めた。


レンは、その場に座り込んだ。


汗が、滝のように流れている。


「お疲れ様」


エリナが水筒を差し出す。


「ありがとう……ございます……」


レンは水を飲んだ。


喉が、焼けるように渇いていた。


「今日は、ここまでにしましょう」


エリナが言った。


「え? でも……」


「無理しないで」


エリナは首を振った。


「基礎の訓練は、毎日少しずつ積み重ねるもの」


「一日で全部やろうとしても、体を壊すだけよ」


「……はい」


レンは了承した。


「明日も、来られる?」


エリナが尋ねる。


「はい。もちろんです」


「なら、明日も訓練しましょう」


エリナは少し柔らかい表情を見せた。


「あんた、真面目ね」


「え?」


「普通、ここまで厳しい訓練したら……もう嫌だって言うわよ」


エリナは小さく笑った。


「でも、あんたは『明日も来ます』って言う」


「それは……」


レンは少し照れた。


「強くなりたいですから」


「そう」


エリナは頷いた。


「その気持ちがあれば、きっと強くなれるわ」


「それに……」


エリナは少し真剣な表情になった。


「あんた、D級になったのよ」


「はい」


「D級ってことは……より強い魔物と戦うってこと」


エリナは続けた。


「基礎がしっかりしていないと……いつか、大怪我するわ」


「……」


「だから、厳しくても……ちゃんと基礎を身につけなさい」


エリナの声には、確かな心配があった。


「はい」


レンは真剣に応じた。


二人は訓練場を後にした。


---


その日の夜、レンは宿の部屋でノートを開いた。


【今日の訓練:基礎戦闘技術(1日目)】

エリナさんに訓練をしてもらった。


内容:

- 正しい構えの習得

- 構えの維持(10分間)

- 素振り(100回)


感想:

想像以上に厳しかった。


正しい構えを10分維持するだけで、足と腕が限界になった。

今まで、いかにスキルに頼っていたかを痛感。


素振りも、腕だけで振っていたことを指摘された。

「腰を使う。肩を使う。全身を使って振る」


エリナさんの動きは、本当に美しかった。

無駄がなく、流れるような動き。


あれが、基礎がしっかりしている動きなんだと理解した。


【エリナさんの言葉】

「基礎っていうのは、スキルがなくても戦える土台のこと」

「その土台がしっかりしていれば、スキルはさらに活きる」

「逆に、土台が脆弱なら……いくらスキルがあっても、限界がある」


「D級ってことは……より強い魔物と戦うってこと」

「基礎がしっかりしていないと……いつか、大怪我するわ」


確かに、その通りだと思う。


今まで、スキルで全てを補っていた。

でも、それには限界がある。


基礎を身につければ……スキルはもっと活きるはず。


そして——D級になったからこそ、基礎が重要。


【明日の予定】

- 朝:訓練(エリナさん)

- 午後:依頼(可能なら)


毎日、少しずつ積み重ねる。


それが、本当の強さへの道。


ノートを閉じる。


レンは窓の外を見つめた。


体は疲れているが——心は充実している。


(今日、一歩前進した)


(基礎を学び始めた)


(これから、毎日積み重ねていく)


レンは目を閉じた。


明日も、訓練が待っている。


厳しい訓練。


しかし——それが、強くなるための道。


レンは決意を新たにした。


静かに、眠りについた。


---


【今回獲得したスキル】

- なし(基礎戦闘技術の訓練開始)


【第7話終了時点】


ランク:D級(昇格!)


筋力:33 (E)

敏捷:36 (E)

耐久:30 (E)

魔力:52 (D-)

知力:68 (D)

総合戦闘力:219(全ステータス合計値)


保有スキル数:21個(固有スキル含む)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ