第7話:E級昇格試験
翌朝、レンは早くに目を覚ました。
今日は休養日のはずだったが——昨夜から、落ち着かない。
明日が、E級昇格試験だ。
ホブゴブリンとの再戦。
レンは起き上がり、ノートを手に取った。
ページをめくる。
以前のホブゴブリン戦の記録。
【ホブゴブリン戦:敗北】
短剣が折れた
首に深い傷を負った
エリナさんに助けられた
あの時の記憶が、鮮明に蘇る。
折れた短剣の感触。
首を流れる血。
エリナの涙。
レンは無意識に、首の傷跡を触った。
かさぶたは既に剥がれ、薄い傷跡だけが残っている。
(でも、今は違う)
レンはノートの次のページを開いた。
最近の記録。
スキルの本質を理解したこと。
複数のスキルを効率的に使えるようになったこと。
『群狼感覚』と『遠吠え』の実験成功。
ウルフ戦での分断を乗り越えたこと。
(成長した……確かに、成長した)
レンは窓の外を見つめた。
朝日が、街を照らし始めている。
(明日……必ず、倒してみせる)
レンは腰の袋を確認した。
魔法付与された鋼製短剣。
セラから受け取った持続力強化薬。
準備は、整っている。
レンは深く息を吸った。
(大丈夫。今の僕なら、戦える)
---
翌朝。
試験当日。
レンはギルドへ向かった。
いつもより早い時間だが、ミラは既にカウンターにいた。
「おはよう、レン」
ミラが笑顔で迎える。しかし、その笑顔には——わずかな不安が混じっている。
「おはようございます、ミラさん」
「今日が、試験ね」
「はい」
レンは首を縦に振った。
「試験官は、もうすぐ来るわ」
ミラが説明する。
「B級冒険者のガルドさんが、試験官を務めてくださるの」
ミラは少し安心したような表情を浮かべた。
(良かった……ガルドさんが引き受けてくれて)
ミラは心の中で思った。
ガルドは、試験官の中でも特に厳格なことで知られている。
しかし——同時に、秘密厳守を徹底することでも有名だ。
受験者のスキル詳細を、決して口外しない。
ギルドへの報告も、最低限。
戦闘能力、判断力、合否。
それ以外は、一切報告しない。
(レンさんのスキルのこと……他の試験官だったら、詳しく報告されてしまうかもしれない)
(でも、ガルドさんなら……秘密を守ってくれる)
これが、ミラにできること。
レンのスキルの秘密を守るために、ミラができる精一杯のこと。
(レンさん……頑張って)
ミラは祈るように思った。
その時、ギルドの扉が開いた。
「レン、こちらが今日の試験官よ」
ミラが紹介する。
「ガルドだ」
試験官——ガルドは、簡潔に名乗った。
40代と思われる男性。傷だらけの顔。鋭い眼光。
明らかに、数多くの実戦を経験してきた冒険者だ。
筋骨隆々とした体。腰には長剣。
立っているだけで、圧力がある。
「B級冒険者のガルドさんが、試験官を務めてくださるわ」
ミラが説明する。
ガルドはレンを値踏みするように見つめた。
無言の圧力。
レンは思わず息を呑んだ。
「……よろしくお願いします」
レンは頭を下げた。
「フン」
ガルドは短く応じただけだった。
その時、ギルドの扉が再び開いた。
「レン」
エリナが入ってくる。
「エリナさん」
「試験、頑張りなさい」
エリナはレンの肩に手を置いた。
「でも、油断しないで」
「はい」
「あんたなら大丈夫よ」
その声には——確かな信頼があった。
ガルドは、エリナとレンのやり取りを黙って見ていた。
「……行くぞ」
ガルドが短く告げる。
「はい」
レンはミラとエリナに一礼して、ガルドに従った。
「レンさん……」
ミラが声をかける。
「必ず、戻ってきてね」
「はい」
ミラの目には、不安と期待が入り混じっていた。
---
森へ向かう道中、ガルドは無言だった。
レンも、何を話していいか分からず、黙って歩く。
ただ——時折、ガルドの視線を感じる。
観察されている。
値踏みされている。
(この人は……どんな基準で判断するんだろう)
レンは不安を感じた。
試験のルールは何なのか。
制限時間はあるのか。
使って良い道具は。
しかし、ガルドは何も説明しない。
沈黙が続く。
レンは、その沈黙に耐えながら歩いた。
しばらくして、ガルドが口を開いた。
「お前、何歳だ」
「15です」
「フン」
ガルドは短く応じた。
そして——少しだけ、口を開いた。
「一つ、言っておく」
「はい」
レンは緊張した。
「お前のスキルについて、私は詮索しない」
「え?」
「試験で見せたスキルについても、詳細は報告しない」
ガルドは前を向いたまま続けた。
「ギルドへの報告は、最低限だ」
「戦闘能力、判断力、合否」
「それ以外は、報告しない」
「……」
レンは驚いた。
なぜ、そんなことを?
「冒険者のスキルは、命を守る最後の砦だ」
ガルドは続けた。
「それを他者に知られることは、命の危険に繋がる」
「だから、私は秘密を守る」
「それが、私の方針だ」
レンは、ガルドの背中を見つめた。
(この人は……)
(受験者を、守ろうとしている……)
「……ありがとうございます」
レンは頭を下げた。
「礼はいらん」
ガルドは短く言った。
「ただし、それは私が合格と判断した場合だけだ」
「不合格なら、容赦なく落とす」
「はい」
レンは真剣に応じた。
ガルドは再び黙った。
しかし、その背中には——確かな信念があった。
---
森の東側に到着した。
「あそこだ」
ガルドが指差す。
茂みの向こうに——ホブゴブリンの姿。
レンの心臓が、激しく打った。
あの時の記憶が蘇る。
折れた短剣。
首の痛み。
エリナの涙。
「……」
レンは首の傷跡を無意識に触った。
「怖いか」
ガルドが問う。
「……はい」
レンは正直に答えた。
「だが、戦います」
ガルドは何も言わなかった。
ただ、少しだけ——目を細めた。
「森の東側でホブゴブリンを見つけた。お前はそいつを倒せ」
ガルドは簡潔に告げた。
「私は見ている。それだけだ」
それだけ?
レンは戸惑った。
試験のルールは? 制限時間は? 使って良い道具は?
しかし、ガルドはそれ以上何も言わなかった。
「……分かりました」
レンは了承した。
「行け」
それだけだった。
レンは剣を抜いた。
ガルドは木に寄りかかり、腕を組んで見ている。
完全に観察者。
(失敗したら……即失格なんだろうな)
レンは深呼吸した。
腰の袋から、セラの持続力強化薬を取り出す。
一口飲む。
爽やかな香りが鼻をくすぐる。
体の中に、温かいものが広がっていく。
(大丈夫。今の僕なら、倒せる)
レンは前を向いた。
ホブゴブリンは、まだこちらに気づいていない。
レンは『嗅覚強化』を起動させた。
ホブゴブリンの匂い。
ゴブリンより濃く、強い獣臭。
周囲に他の気配は——ない。
ホブゴブリン1体のみ。
(よし)
レンは『鋭敏』と『戦術眼』を起動させた。
感覚が研ぎ澄まされる。
戦場が、俯瞰的に見える。
ホブゴブリンの位置。
周囲の地形。
木々の配置。
全てが、頭の中で立体的に把握できる。
レンは静かに前進した。
ホブゴブリンとの距離が縮まる。
20メートル。
15メートル。
10メートル。
その時——。
ホブゴブリンが、レンに気づいた。
「グルルルル……」
低い唸り声。
ホブゴブリンが、大きな棍棒を構える。
ゴブリンの倍以上の体格。
筋肉質な体。
鋭い牙。
(あの時と……同じだ)
しかし。
(でも、今は違う)
レンは剣を構えた。
ホブゴブリンが、突進してくる。
速い。
ゴブリンとは比べ物にならない速さ。
棍棒が、振り下ろされる。
あの時——この攻撃を避けられなかった。
しかし。
『鋭敏』が動きを予測させる。
レンは左に身を捻る。
棍棒が、空を切った。
レンのいた場所を、棍棒が叩く。
地面が、えぐれる。
(今の……まともに受けたら)
レンは冷や汗をかいた。
しかし——避けられた。
以前とは、違う。
——ガルドの眉が、わずかに動いた。
(予測……している?)
ガルドは腕を組んだまま、じっと見つめている。
レンは反撃に転じた。
『素早さ』を起動。
体が軽くなる。
ホブゴブリンの背後に回り込む。
『剛力』を起動。
腕に力が満ちる。
短剣を振り下ろす。
しかし——。
ホブゴブリンが、棍棒で防いだ。
ガキィン!
衝撃が腕に伝わる。
(硬い……!)
ホブゴブリンが、反撃してくる。
棍棒が横薙ぎに振るわれる。
レンは『素早さ』で後退。
距離を取る。
(正面から斬りつけるだけでは……倒せない)
レンは冷静に状況を分析した。
『戦術眼』で、戦場を俯瞰する。
ホブゴブリンの位置。
周囲の木々。
地形。
(あそこなら……)
レンは木の密集地帯へ移動した。
ホブゴブリンが追ってくる。
狭い空間。
大きな体のホブゴブリンには、不利な地形。
ホブゴブリンが棍棒を振るう。
しかし——木に当たって、弾かれる。
その隙に、レンは攻撃した。
『剛力』で短剣を突き立てる。
ホブゴブリンの脇腹に、短剣が刺さる。
「グオオオ!」
ホブゴブリンが咆哮する。
怒りに満ちた目。
ホブゴブリンが、棍棒を捨てた。
そして——素手でレンに襲いかかる。
速い!
『鋭敏』でも、ギリギリだ。
ホブゴブリンの拳が、レンに迫る。
レンは『素早さ』で横に跳ぶ。
拳が、木の幹を砕く。
(素手でも……この威力……!)
レンは息を呑んだ。
ホブゴブリンが、再び襲いかかる。
連続攻撃。
レンは『鋭敏』と『素早さ』で回避し続ける。
しかし——。
(このままでは……じり貧だ)
レンは決断した。
(一撃に、全てを賭ける)
レンは『戦術眼』で、ホブゴブリンの動きを分析する。
次の攻撃は——右拳。
レンは深く息を吸った。
ホブゴブリンの右拳が振るわれる。
レンは——あえて避けなかった。
『衝撃吸収』と『身体強化』を同時起動。
短剣で、拳を受け止める。
ガキィン!
衝撃が全身に走る。
しかし——『衝撃吸収』の本質を理解している。
衝撃を体全体に分散させる。
手のひらから、前腕、上腕、肩、背中へ。
レンの体が、わずかに後退する。
しかし——耐えた。
そして。
ホブゴブリンの体勢が、一瞬崩れた。
今だ!
レンは『素早さ』を全開にした。
一気に踏み込む。
ホブゴブリンの懐に入る。
『剛力』を最大限に発動。
短剣を——心臓に向けて、突き立てる。
ズブリ。
深々と、刃が刺さった。
「グ……」
ホブゴブリンの動きが、止まる。
そして——崩れ落ちた。
地面に倒れるホブゴブリン。
レンは息を整えた。
傷は——ない。
無傷で、倒せた。
あの時とは、違う。
「……やった」
レンは小さく呟いた。
——ガルドは腕を組んだまま、じっと見つめていた。
(複数のスキルを……同時に?)
(しかも、消耗の色がない)
(15歳で……この動き)
(地形を利用した戦術)
(衝撃を受け止める技術)
(……これは)
ガルドの評価が、大きく変わった。
しかし、表情には出さない。
ただ、黙って観察を続ける。
レンは、ホブゴブリンの魔石を回収した。
手が、わずかに震えている。
(勝った……本当に、勝った)
あの時、倒せなかった相手。
今、無傷で倒せた。
レンは深く息を吐いた。
「終わったか」
ガルドが近づいてくる。
レンは緊張した。
合格なのか。不合格なのか。
ガルドは倒れたホブゴブリンを見て、レンを見た。
「……合格だ」
その言葉に、レンは安堵した。
体の力が、抜ける。
「ありがとうございます」
レンは頭を下げた。
「ただし」
ガルドは続けた。
「いくつか、言っておくことがある」
「……はい」
レンは顔を上げた。
ガルドは鋭い目で、レンを見つめている。
「お前、スキルをいくつ持っている」
「え……」
レンは戸惑った。
スキルの数を聞かれるとは思わなかった。
「答えなくてもいい。だが、見ていれば分かる」
ガルドは腕を組んだ。
「お前は、スキルに頼りすぎている」
「……」
「スキルは便利だ。だが、それは道具に過ぎない」
ガルドは続けた。
「道具に使われるな。道具を使え」
「道具に……使われる?」
「そうだ」
ガルドは鋭い目でレンを見た。
「お前の動き、スキルありきだ。スキルがなければ、何もできないだろう」
「……」
図星だった。
レンは、自分の戦い方を振り返る。
確かに——スキルに頼っている。
『素早さ』がなければ、避けられない。
『剛力』がなければ、攻撃が通らない。
『鋭敏』がなければ、動きを予測できない。
スキルがなければ——何もできない。
「基礎を疎かにするな」
ガルドは言った。
「剣の振り方。足の運び方。呼吸の仕方」
「スキルがなくても戦える——それが、本当の強さだ」
レンは、その言葉を胸に刻んだ。
(基礎……)
確かに、レンは基礎的な戦闘技術を学んでいない。
冒険者になってから、ずっとスキルに頼ってきた。
スキルがあれば、基礎がなくても戦える。
しかし——それは本当の強さではない。
ガルドの言葉が、レンの心に重く響いた。
「だが」
ガルドは少しだけ、表情を緩めた。
「お前の年齢で、ホブゴブリンを無傷で倒せるのは……大したものだ」
「ありがとうございます」
「調子に乗るな」
ガルドはすぐに厳しい顔に戻った。
そして——少し考えるように間を置いた。
「規定では、これでE級昇格だが……」
ガルドは腕を組んだ。
「私の判断で、お前をD級に推薦する」
「え……?」
レンは顔を上げた。
D級?
E級試験だったのに?
「お前の実力は、E級ではない」
ガルドは断言した。
「複数のスキルを同時使用し、消耗の色もない」
「15歳で、ホブゴブリンを無傷で単独撃破」
「地形を利用した戦術」
「衝撃を受け止める技術」
ガルドは続けた。
「これは……D級相当の実力だ」
「でも……」
「規則より、実力を重視する」
ガルドは鋭い目でレンを見た。
「それに……F級から開始した冒険者で、ここまで短期間でD級相当の実力を示した者は……ギルドの歴史でも前例がない」
「伝説の冒険者たちは、元々実績があった。だから最初からB級やA級でスタートできた」
「しかし、お前は……F級から、たった3週間でここまで来た」
ガルドは少しだけ、表情を緩めた。
「……才能があるな」
「そ、そんな……」
レンは戸惑った。
D級昇格。
予想していなかった。
「ただし、勘違いするな」
ガルドはすぐに厳しい顔に戻った。
「お前はまだ弱い」
「D級になったからといって、慢心するな」
「はい」
「基礎を疎かにするな。スキルに頼りすぎるな」
「……はい」
「それができれば……お前は、もっと強くなれる」
「それに……」
ガルドは少し考えるように間を置いた。
「ミラから、頼まれた」
「ミラさんから?」
「『レンさんのスキルの秘密を、守ってください』とな」
レンは驚いた。
ミラが、そこまで……。
「安心しろ」
ガルドは短く言った。
「お前が今日使ったスキルについて、私はギルドに詳細を報告しない」
「報告するのは、『複数のスキルを効率的に使用し、ホブゴブリンを無傷で撃破。D級相当の戦闘能力と判断力を有する』……それだけだ」
「スキルの種類、数、詳細……それらは、一切報告しない」
「ありがとうございます」
レンは深く頭を下げた。
「礼を言うなら、ミラに言え」
ガルドは歩き出した。
「あいつは、お前のことを本気で心配している」
「受付嬢として、できる限りのことをしようとしている」
ガルドは振り返らずに続けた。
「大事にしろ」
「はい」
レンは強く頷いた。
ガルドの背中が、森の中に消えていく。
レンは、しばらくその場に立っていた。
(ミラさん……)
(そこまで、考えてくれていたんですね……)
レンは、ミラへの感謝を新たにした。
(D級……)
(本当に、僕が……?)
レンは信じられない思いだった。
E級昇格試験で、D級推薦。
F級から、たった3週間。
(基礎……か)
新たな課題が、見えてきた。
---
ギルドに戻ると、ミラが駆け寄ってきた。
「お帰りなさい!」
ミラの顔には、安堵の色がある。
「合格……したの?」
「はい。それと……」
レンは少し言いづらそうに続けた。
「D級に、推薦されました」
「……え?」
ミラの動きが止まった。
「D級……って」
「はい」
「E級試験だったのに……D級?」
ミラは理解が追いつかない様子だった。
「試験官のガルドさんが……僕の実力がE級ではないと判断して……」
「そんな……」
ミラは息を呑んだ。
「F級から、たった3週間で……D級!?」
ミラの声が震えている。
「これは……ギルドの歴史でも……」
ミラは言葉を失った。
しばらくして、ミラは我に返った。
「……すごい」
ミラが呟いた。
「本当に、すごいわ……レンさん」
ミラの目には、涙が浮かんでいた。
「おめでとう……本当に、おめでとう」
「ありがとうございます」
レンは頭を下げた。
その時、エリナが近づいてきた。
「D級、か」
エリナは短く言った。
「驚いたわ。まさか、E級試験でD級推薦とは」
「でも……」
エリナは少し笑った。
「妥当ね。あんたの実力なら」
「エリナさん……」
「ただし」
エリナの表情が厳しくなった。
「D級になったからといって、油断しないで」
「はい」
「基礎訓練は、続けるわよ」
「もちろんです」
レンは真剣に応じた。
「おめでとう、レン」
ミラがD級冒険者の証を渡す。
銀色のプレート。
F級の黒色、E級の銅色とは、明らかに違う輝き。
「これが、あなたの新しい冒険者証よ」
「ありがとうございます」
レンは、そのプレートを受け取った。
D級冒険者。
F級から、たった3週間。
信じられない速度での昇格。
しかし——。
(まだまだ、これからだ)
ガルドの言葉が、頭に残っている。
「お前はまだ弱い」
「慢心するな」
エリナが去った後、レンはミラに声をかけた。
「ミラさん」
「何?」
ミラが振り返る。
「試験官……ガルドさんを選んでくださったこと」
レンは真剣な目で見つめた。
「ありがとうございます」
「え……?」
ミラは少し驚いた。
「ガルドさんから聞きました」
レンは続けた。
「『ミラから、スキルの秘密を守ってくれと頼まれた』と」
「あ……」
ミラは視線を逸らした。
「ミラさんが、僕のことを考えて……ガルドさんを選んでくださったんですね」
「それは……」
ミラは少し照れたように言った。
「私にできることは、少ないから……」
「受付嬢として、できることを……やっただけよ」
「ミラさん……」
「レンさんのスキルのこと、知ってしまったから」
ミラは続けた。
「守らなきゃって……思ったの」
「他の試験官だったら……スキルの詳細を、全部ギルドに報告してしまうかもしれない」
「でも、ガルドさんなら……秘密を守ってくれる」
ミラは少し不安そうに尋ねた。
「ガルドさん……ちゃんと秘密、守ってくれた?」
「はい」
レンは頷いた。
「ガルドさんは、『複数のスキルを効率的に使用し、D級相当の戦闘能力を有する』……それだけを報告すると言ってくださいました」
「スキルの種類、数、詳細……それらは一切報告しないと」
「良かった……」
ミラは安堵した表情を浮かべた。
「本当に、良かった……」
「ミラさん」
レンは深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「いいのよ」
ミラは優しく笑った。
「私も……レンさんの力になりたいから」
「これが、私にできることだから」
二人の間に、温かい空気が流れる。
レンは、改めてミラへの感謝を感じた。(ミラさんは……いつも、僕のことを考えてくれている)
(受付嬢として、できる限りのことを……)
ミラは、依頼を選ぶだけではなかった。
試験官を選ぶことも、レンのためにしてくれていた。
「ミラさん」
「うん?」
「これからも、よろしくお願いします」
「ええ」
ミラは柔らかく笑った。
「こちらこそ、よろしくね」
---
その日の午後、レンはセラの工房を訪れた。
扉をノックする。
「どうぞ!」
セラの声が響く。
扉を開けると、セラが実験台の前に立っていた。
「レンさん!」
セラが振り返る。
「試験……どうでしたか?」
「合格しました。それと……D級に昇格しました」
「D級……!?」
セラが驚いた表情を見せた。
「E級試験だったのに……D級ですか?」
「はい。試験官のガルドさんが、推薦してくださって」
「すごい……」
セラは息を呑んだ。
「F級から、たった3週間で……D級昇格なんて」
「普通なら、数ヶ月……いえ、半年以上かかるはずなのに」
セラは驚きを隠せない様子だった。
「レンさん、本当におめでとうございます!」
セラが嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます」
「でも……これは、レンさんのスキルの本質理解が……成果を出した証拠ですね」
セラは研究者の目になった。
「私の理論が、実践で証明された……」
「はい。セラさんのおかげです」
「いえ……」
セラは首を振った。
「私は、理論を提示しただけ」
「実践したのは、レンさんです」
「でも、セラさんがいなければ……ここまで成長できませんでした」
レンは感謝を込めて言った。
「本当に、ありがとうございます」
「……」
セラは少し顔を赤らめた。
「そんなに感謝されると……照れます」
二人の間に、温かい空気が流れる。
「それで」
セラが口を開いた。
「戦闘は……どうでしたか? 詳しく聞かせてください」
「はい」
レンは今日の戦闘について話した。
ホブゴブリンとの戦い。
『戦術眼』で地形を利用したこと。
『衝撃吸収』で攻撃を受け止めたこと。
そして——無傷で勝利したこと。
セラは、真剣に聞いていた。
「素晴らしいです」
セラが言った。
「スキルの本質を理解して、効率的に使えている証拠ですね」
「はい。でも……」
レンは少し複雑な表情を浮かべた。
「試験官に、『スキルに頼りすぎている』と言われました」
「スキルに……頼りすぎている?」
「はい」
レンはガルドの言葉を伝えた。
「道具に使われるな。道具を使え」
「基礎を疎かにするな」
「スキルがなくても戦える——それが本当の強さだ」
セラは、しばらく考え込んだ。
「……なるほど」
セラが呟いた。
「確かに、その通りかもしれません」
「え?」
「レンさんは、スキルの本質を理解することで、効果を高めてきました」
セラは続けた。
「でも、それは『スキルをどう使うか』という話」
「……」
「試験官の方が言っているのは、『スキルがなくても戦える基礎力』のことでしょう」
セラは真剣な目でレンを見つめた。
「剣の振り方。足の運び方。呼吸の仕方」
「それらは、スキルとは別の……基礎的な戦闘技術です」
「基礎的な……戦闘技術」
「はい」
セラは頷いた。
「レンさんは、スキルの使い方は上達しました」
「でも、基礎的な戦闘技術は……まだ未熟かもしれません」
「……」
レンは、自分を振り返った。
確かに——基礎を学んでいない。
剣の構え方。
足の運び方。
呼吸の仕方。
全て、独学だ。
スキルがあれば、基礎がなくても何とかなってしまう。
しかし——それでは、本当の強さには到達できない。
「エリナさんに……教えてもらったらどうですか?」
セラが提案した。
「エリナさん?」
「はい。エリナさんは、剣士として基礎がしっかりしているはずです」
セラは続けた。
「レンさんのパートナーですし……教えてくれるんじゃないでしょうか」
「……そうですね」
レンは頷いた。
(エリナさんに、頼んでみよう)
新たな目標が、見えてきた。
---
その日の夜、レンは宿の部屋でノートを開いた。
今日のことを、記録する。
【E級昇格試験:合格 → D級昇格推薦】
ホブゴブリン1体を単独で撃破
無傷で勝利
試験官ガルドの評価:
「お前の実力は、E級ではない」
「D級相当の実力だ」
D級への推薦理由:
- 複数スキルの同時使用
- 消耗の色がない
- 15歳で無傷での撃破
- 地形を利用した戦術
- 衝撃を受け止める技術
- 冷静な判断力
ガルドの言葉:
「F級から開始した冒険者で、ここまで短期間でD級相当の実力を示した者は、ギルドの歴史でも前例がない」
「伝説の冒険者たちは、元々実績があった。だから最初からB級やA級でスタートできた」
「しかし、お前は……F級から、たった3週間でここまで来た」
F級スタート組としては、最短記録。
でも——ガルドの警告も忘れてはいけない。
「お前はまだ弱い」
「慢心するな」
「基礎を疎かにするな」
「スキルに頼りすぎるな」
D級になったからといって、油断してはいけない。
【新たな課題:基礎戦闘技術の向上】
剣の振り方
足の運び方
呼吸の仕方
これらは、スキルとは別の基礎力。
今まで、独学でやってきた。
スキルがあれば、基礎がなくても何とかなってしまう。
しかし——それでは本当の強さには到達できない。
セラさんの提案:
エリナさんに基礎を教えてもらう
エリナさんは、剣士として基礎がしっかりしているはず。
パートナーだから……教えてくれるかもしれない。
明日、エリナさんに頼んでみよう。
【ガルドについて】
試験官として、非常に厳格だった。
しかし——同時に、受験者の秘密を守ることを徹底している。
ガルドの方針:
「冒険者のスキルは、命を守る最後の砦だ」
「それを他者に知られることは、命の危険に繋がる」
「だから、私は秘密を守る」
ギルドへの報告は、最低限のみ:
- 戦闘能力
- 判断力
- 合否
スキルの種類、数、詳細は一切報告しない。
そして——ミラさんが、ガルドさんを試験官に選んでくれていた。
理由:
僕のスキルの秘密を守るため。
他の試験官だったら、スキルの詳細を全てギルドに報告してしまうかもしれない。
でも、ガルドさんなら……秘密を守ってくれる。
ミラさんは、受付嬢としてできることを……精一杯やってくれている。
依頼を選ぶだけじゃない。
試験官を選ぶことも。
【ミラさんへの感謝】
いつも、僕のことを考えてくれている。
これからも、ミラさんの期待に応えられるよう……強くなりたい。
受付嬢として「できること」をやってくれた。
試験官を選ぶことで、僕のスキルの秘密を守ってくれた。
ミラさんは、本当に……大切な人だ。
【次にすべきこと】
- エリナさんに基礎戦闘技術を教えてもらう
- スキルに頼らない戦い方を学ぶ
- D級冒険者として、より高度な依頼に挑戦する
- 引き続き、スキルの本質理解を深める
スキルの活用と、基礎戦闘技術。
両方を磨いていく。
それが、本当の強さへの道だ。
ノートを閉じる。
レンは窓の外を見つめた。
月が、静かに街を照らしている。
(D級冒険者になった)
(でも、これはスタート地点に過ぎない)
ガルドの言葉が、レンを駆り立てる。
「お前はまだ弱い」
「慢心するな」
(もっと、強くなる)
(基礎を学び、スキルを磨く)
(そして——本当の強さを手に入れる)
レンは決意を新たにした。
明日から、新しい修行が始まる。
エリナとの訓練。
基礎戦闘技術の習得。
レンは目を閉じた。
静かに、眠りについた。
---
翌朝。
レンは早めにギルドへ向かった。
エリナに、訓練を頼むためだ。
ギルドに入ると、エリナは既に来ていた。
いつものように、壁際の椅子に座って剣の手入れをしている。
「おはようございます、エリナさん」
レンが声をかける。
「おはよう」
エリナは短く答え、顔を上げた。
「どうしたの? 今日は依頼?」
「いえ、その……」
レンは少し言いづらそうに口を開いた。
「エリナさんに、お願いがあります」
「お願い?」
エリナが剣の手入れを止める。
「はい。基礎戦闘技術を……教えていただけないでしょうか」
「基礎戦闘技術?」
エリナは少し驚いた表情を見せた。
「はい」
レンは昨日のことを話した。
試験官ガルドから指摘されたこと。
「スキルに頼りすぎている」と言われたこと。
「基礎を疎かにするな」という言葉。
エリナは黙って聞いていた。
「……なるほどね」
エリナが呟いた。
「確かに、あんたはスキルの使い方は上手くなった」
「でも、基礎は……まだまだね」
「はい」
レンは認めた。
「だから、教えてください」
「……」
エリナは少し考え込んだ。
そして——小さく笑った。
「いいわよ」
「本当ですか?」
「ええ。でも」
エリナの表情が、厳しくなった。
「私の訓練は、厳しいわよ」
「覚悟はできています」
レンは真剣な目で答えた。
「そう」
エリナは立ち上がった。
「なら、今から始めましょう」
---
訓練場——ギルドの裏手にある広い空き地。
冒険者たちが、訓練や模擬戦に使う場所だ。
エリナとレンは、向かい合って立っていた。
「まず、剣を構えてみて」
エリナが言った。
レンは剣を構える。
いつもの構え。
戦闘で使っている構え。
「……ダメね」
エリナが即座に指摘した。
「え?」
「足の位置が悪い。重心が高すぎる。剣の角度もおかしい」
エリナは次々と指摘する。
「それじゃあ、まともに攻撃を受け止められないわ」
「でも、今まで……」
「スキルで補ってたからでしょ」
エリナは厳しく言った。
「『身体強化』や『衝撃吸収』があれば、多少構えが悪くても何とかなる」
「でも、それは本当の強さじゃない」
「……」
レンは黙った。
図星だった。
「いい? 基礎っていうのは、スキルがなくても戦える土台のこと」
エリナは続けた。
「その土台がしっかりしていれば、スキルはさらに活きる」
「逆に、土台が脆弱なら……いくらスキルがあっても、限界がある」
エリナはレンの前に立った。
「まず、足の位置から直すわ」
エリナがレンの足を、自分の足で押す。
「ここ。もっと広く」
レンは足を広げた。
「重心は、もっと低く」
腰を落とす。
「剣は、この角度」
エリナがレンの剣を持つ手を、調整する。
「……これで、もう一度構えて」
レンは、エリナに指示された通りに構える。
以前とは、全く違う感覚。
足元が安定している。
重心が低く、踏ん張りが利く。
「いい。その構えを、体に覚えさせなさい」
エリナが言った。
「今から、その構えのまま……10分間、動かないで」
「10分……ですか?」
「そう。簡単でしょ?」
エリナは少し意地悪そうに笑った。
レンは、その構えを維持した。
最初の1分は、問題なかった。
しかし——2分を過ぎた頃から、足が震え始めた。
3分で、腕が痛くなってきた。
5分で、汗が噴き出した。
(辛い……)
レンは歯を食いしばった。
エリナは、黙って見ている。
7分。
足が、限界に近い。
8分。
腕が、震えている。
9分。
視界が、ぼやけてきた。
10分。
「……そこまで」
エリナの声が響いた。
レンは、構えを解いた。
その瞬間、足の力が抜けて——倒れそうになった。
エリナが、レンの肩を支える。
「お疲れ様」
「あ……ありがとうございます……」
レンは息を整えた。
(たった10分……構えを維持するだけで、こんなに……)
「これが、基礎よ」
エリナが言った。
「正しい構えを維持するには、それだけの筋力と体力がいる」
「あんたは、スキルで誤魔化してたから……基礎的な筋力が足りてない」
「……」
「でも、心配しないで」
エリナは優しく言った。
「これから鍛えれば、すぐに身につくわ」
「はい」
レンは頷いた。
「次は、素振りよ」
エリナが剣を構える。
「私の動きを、よく見て」
エリナの剣が、ゆっくりと振られる。
美しい軌道。
無駄のない動き。
「剣は、腕だけで振るんじゃない」
エリナが説明する。
「腰を使う。肩を使う。全身を使って振る」
エリナの動きは、まるで踊りのようだった。
「今度は、あんたがやってみて」
レンは剣を構え、振った。
「ダメ」
エリナが即座に止めた。
「腕だけで振ってる。腰が使えてない」
「もう一度」
レンは再び振る。
「まだダメ。肩に力が入りすぎ」
「もう一度」
何度も、何度も。
エリナは容赦なく指摘し続ける。
レンは、何度も振り続けた。
10回。
20回。
30回。
腕が、悲鳴を上げている。
しかし——エリナは止めない。
「もう一度」
50回。
「もう一度」
100回。
レンの腕は、もう限界だった。
「……そこまで」
エリナが、ようやく止めた。
レンは、その場に座り込んだ。
汗が、滝のように流れている。
「お疲れ様」
エリナが水筒を差し出す。
「ありがとう……ございます……」
レンは水を飲んだ。
喉が、焼けるように渇いていた。
「今日は、ここまでにしましょう」
エリナが言った。
「え? でも……」
「無理しないで」
エリナは首を振った。
「基礎の訓練は、毎日少しずつ積み重ねるもの」
「一日で全部やろうとしても、体を壊すだけよ」
「……はい」
レンは了承した。
「明日も、来られる?」
エリナが尋ねる。
「はい。もちろんです」
「なら、明日も訓練しましょう」
エリナは少し柔らかい表情を見せた。
「あんた、真面目ね」
「え?」
「普通、ここまで厳しい訓練したら……もう嫌だって言うわよ」
エリナは小さく笑った。
「でも、あんたは『明日も来ます』って言う」
「それは……」
レンは少し照れた。
「強くなりたいですから」
「そう」
エリナは頷いた。
「その気持ちがあれば、きっと強くなれるわ」
「それに……」
エリナは少し真剣な表情になった。
「あんた、D級になったのよ」
「はい」
「D級ってことは……より強い魔物と戦うってこと」
エリナは続けた。
「基礎がしっかりしていないと……いつか、大怪我するわ」
「……」
「だから、厳しくても……ちゃんと基礎を身につけなさい」
エリナの声には、確かな心配があった。
「はい」
レンは真剣に応じた。
二人は訓練場を後にした。
---
その日の夜、レンは宿の部屋でノートを開いた。
【今日の訓練:基礎戦闘技術(1日目)】
エリナさんに訓練をしてもらった。
内容:
- 正しい構えの習得
- 構えの維持(10分間)
- 素振り(100回)
感想:
想像以上に厳しかった。
正しい構えを10分維持するだけで、足と腕が限界になった。
今まで、いかにスキルに頼っていたかを痛感。
素振りも、腕だけで振っていたことを指摘された。
「腰を使う。肩を使う。全身を使って振る」
エリナさんの動きは、本当に美しかった。
無駄がなく、流れるような動き。
あれが、基礎がしっかりしている動きなんだと理解した。
【エリナさんの言葉】
「基礎っていうのは、スキルがなくても戦える土台のこと」
「その土台がしっかりしていれば、スキルはさらに活きる」
「逆に、土台が脆弱なら……いくらスキルがあっても、限界がある」
「D級ってことは……より強い魔物と戦うってこと」
「基礎がしっかりしていないと……いつか、大怪我するわ」
確かに、その通りだと思う。
今まで、スキルで全てを補っていた。
でも、それには限界がある。
基礎を身につければ……スキルはもっと活きるはず。
そして——D級になったからこそ、基礎が重要。
【明日の予定】
- 朝:訓練
- 午後:依頼(可能なら)
毎日、少しずつ積み重ねる。
それが、本当の強さへの道。
ノートを閉じる。
レンは窓の外を見つめた。
体は疲れているが——心は充実している。
(今日、一歩前進した)
(基礎を学び始めた)
(これから、毎日積み重ねていく)
レンは目を閉じた。
明日も、訓練が待っている。
厳しい訓練。
しかし——それが、強くなるための道。
レンは決意を新たにした。
静かに、眠りについた。
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【今回獲得したスキル】
- なし(基礎戦闘技術の訓練開始)
【第7話終了時点】
ランク:D級(昇格!)
筋力:33 (E)
敏捷:36 (E)
耐久:30 (E)
魔力:52 (D-)
知力:68 (D)
総合戦闘力:219(全ステータス合計値)
保有スキル数:21個(固有スキル含む)




