第5話:成長の実感
翌朝、レンはギルドへ向かった。
首の傷は、ほぼ完治している。かさぶたができており、もう痛みはない。セラの治癒ポーションの効果は確かだった。
「おはよう、レン」
ミラが笑顔で迎える。
「おはようございます」
「首の傷、もう大丈夫?」
「はい。セラさんのポーションのおかげで、ほぼ治りました」
レンが包帯を外して見せる。かさぶたになった傷跡が残っているが、ほとんど気にならない。
「良かった」
ミラは安心した表情を浮かべた。
「セラのポーション、効いたのね。あの子、腕は確かだから」
「はい。とても効果的でした」
「ところで」
ミラが少し探るような口調で尋ねた。
「セラとは、仲良くできそう?」
「はい。とても良い方でした」
レンは笑顔で答えた。
「色々と話を聞いてくれて、すごく参考になりました。知識も豊富で、話していて楽しかったです」
「そう……楽しかったのね」
ミラの笑顔が、わずかに引きつった。
「それは良かったわ。セラ、普段は人見知りするのに……レンとは、すぐ打ち解けたみたいね」
「そうなんですか?」
「ええ」
ミラは視線を逸らした。
「まあ、セラが気に入ったなら、良かったわ」
言葉は優しいが、どこか棘がある。
レンは、ミラの様子がいつもと違うことに気づいた。
(何か……機嫌が悪い?)
しかし、理由が分からない。
その時、ギルドの扉が開いた。
「レンさん!」
金髪のエルフが、息を切らして駆け込んでくる。白い実験服の裾が、風に揺れている。
セラだった。
「セラさん?」
レンが驚く。ミラも目を丸くしている。
「どうしたの、セラ。朝からギルドに来るなんて珍しいわね」
ミラが声をかけた。その声には、わずかな棘がある。
「レンさんに、これを」
セラが小瓶を差し出した。透明なガラス瓶の中で、青白い液体がわずかに光を放っている。
「昨日の夜、作ったんです」
「え? でも……」
レンが受け取ろうとした瞬間、ミラが割って入った。
「セラ、レンさんは今から依頼に行くところよ」
「知ってます。だから、今渡したかったんです」
セラは譲らない。その目には、研究への情熱が燃えている。
セラはレンの近くに寄り、小声で囁いた。
「レンさんのスキル、複数同時使用で体力消耗が激しいって言ってましたよね? だから、持続時間を延ばす薬を作りました」
「え……」
レンは驚いて、周囲を見回す。ミラには聞こえていないようだ。
「効果を試してほしいんです」
セラがレンの手に小瓶を押し付ける。その指先が、一瞬レンの手に触れた。
ミラの表情が、わずかに曇る。
二人が耳打ちしている様子を見て、何か疑わしそうな目を向けている。
「結果を、後で教えてください」
セラが小声で続けた。
その時、ギルドの扉が再び開いた。
「おはよう、レン」
エリナが入ってくる。
そして、三人の様子を見て、わずかに眉をひそめた。
「……何の話?」
「おはようございます、エリナさん。セラさんが、薬を持ってきてくれて」
「薬?」
エリナがセラを見る。セラも、エリナを見返す。
二人の視線が、一瞬交錯した。
エリナは、セラを観察するように見つめる。年齢は自分より若い。エルフ特有の美しさを持ち、知的な雰囲気が漂っている。そして——レンを見る目に、明確な興味がある。
セラも、エリナを観察している。鍛えられた体。剣士特有の鋭い目つき。そして、レンの隣に立つ姿が、自然だ。
「初めまして。セラと申します。錬金術師です」
セラが先に口を開いた。礼儀正しく、しかしどこか探るような口調。
「エリナ。剣士」
エリナの返答は短い。
「レンさんのパートナーですか?」
「ええ」
「そうですか」
セラは小さく微笑んだ。
「レンさんのこと、よろしくお願いします」
「……こちらこそ」
エリナが短く答えた。
二人の間に、微妙な空気が流れる。
ミラが咳払いをする。
「セラ、そろそろ工房に戻らないと。朝から実験してたんでしょ?」
「あ、そうでした」
セラは慌てて踵を返した。
「じゃあ、レンさん。結果、待ってますね」
セラが駆け出していく。その後ろ姿を、三人が見送った。
「……友人?」
エリナがミラに尋ねる。
「ええ。錬金術師としては優秀よ」
ミラは淡々と答えた。
「レンとは、仲良くなったみたいね」
「そうみたいね」
エリナは短く答えた。
レンは小瓶を腰の袋にしまった。
ミラが見送る。その視線は、どこか複雑だった。
「今日の依頼は、森の奥のゴブリンの群れ討伐よ」
ミラが依頼書を渡す。
「推定10体程度。報酬は銀貨30枚」
ミラは付け加えた。
「もし推定より多く倒せたら、特別報酬として1体につき銀貨1枚追加ね。最近、ゴブリンの数が増えているみたいだから……もっと出るかもしれないわ」
「10体……いえ、それ以上かもしれないんですね」
レンが呟く。
「大丈夫。今までより数は多いけど、あんたなら対応できるわ」
エリナが言った。
「それに……」
エリナはレンを見つめた。
「私がいるわ」
言葉には、信頼と保証があった。
「はい」
レンは頷いた。
「気をつけてね、二人とも」
ミラが見送る。
二人は森へ向かう。
「そういえば」
エリナが口を開いた。
「新しい武器、使い心地はどう?」
「まだ実戦では試していませんが……握った感じは良いです」
「そう。なら、今日試せるわね」
エリナは頷いた。
「ゴブリン相手なら、ちょうどいい練習になるわ」
「はい」
レンは自分の手を見つめた。
「強くなりたいんです。もっと」
「さっきも言ったわね」
「はい。エリナさんに、守られてばかりじゃいられない」
エリナは少し驚いた表情を浮かべた。
「……本当に、私に似てるわね」
「え?」
「私も、昔……同じことを思ってたわ」
エリナは前を見つめた。
「誰かを守りたいって。もう、失いたくないって」
「エリナさん……」
「でもね」
エリナは振り返った。
「一人で抱え込まないで。一緒に戦うのが、パートナーでしょ?」
その目には、優しさがあった。
「はい」
レンは頷いた。
「一緒に、強くなりましょう」
エリナが微笑んだ。
「ええ。一緒に」
森の奥に進むにつれ、レンは『嗅覚強化』を常に起動させていた。
ゴブリンの匂い。土の匂い。木々の匂い。腐葉土の湿った香り。
その中に——何か、違う匂いが混じっている。
獣臭。しかし、いつもより濃い。
「エリナさん」
「何?」
「ゴブリンの匂いが……いつもより濃いです」
「濃い?」
エリナの表情が変わった。足を止め、周囲を見回す。
「はい。数が、多いかもしれません」
「……そう」
エリナの表情が引き締まった。剣の柄に手をかける。
「分かったわ。警戒しましょう」
二人は剣を抜き、慎重に前進する。
レンの心臓が、速く打ち始めた。
(前回は、ホブゴブリン1体で……)
首の傷跡が、わずかに疼く。あの時の痛み。流れ落ちた血の感触。折れた短剣。
(でも、今は違う)
レンは新しい短剣を握りしめた。魔法付与された鋼製短剣。軽く、しかし頑丈だ。
(今の僕なら……)
セラの言葉が蘇る。
「スキルの本質を理解する」
そうだ。今日は試す日だ。
理論を、実践に変える日だ。
「レン」
エリナが振り返った。
「大丈夫?」
「はい」
レンは頷いた。
「大丈夫です」
「なら、いいわ」
エリナは前を向いた。
「でも、無理はしないで。危なくなったら、すぐに声をかけて」
「はい」
(エリナさん……)
心配してくれている。
前回の戦闘で、首に傷を負った時。
エリナは、完全に取り乱していた。
涙まで流していた。
(もう、心配させない)
レンは決意を新たにした。
(今日は、無傷で帰る)
その時、茂みが揺れた。
「……来るわ」
エリナが呟いた。
レンも構える。
次の瞬間、ゴブリンの群れが姿を現した。
「……12体ね」
エリナが数える。
「予想より多いわね」
「どうしますか?」
「私が8体、あんたが4体」
エリナが剣を構える。
「前回より多いけど、できるわね?」
「はい」
レンは腰の袋から、セラが渡してくれた小瓶を取り出した。
「これは……」
エリナが小瓶を見る。
「セラさんが作ってくれた、薬です」
レンは小瓶を開け、一口飲んだ。
爽やかな香りが鼻をくすぐる。ハーブと、わずかな甘み。
体の中に、温かいものが広がっていく。
疲労を感じにくくする効果だろうか。体が、わずかに軽くなった気がする。
「行くわよ」
エリナが飛び出した。
レンは『嗅覚強化』と『鋭敏』を起動させた。
ゴブリンの位置、動き、呼吸。全てが明確に把握できる。
そして——今日は違う。
セラとの会話を思い出す。
「スキルの本質を理解する」
『素早さ』とは何か?
ただ足が速くなるだけではない。
筋肉の強化。神経伝達の加速。体重感覚の軽減。
その全てを、意識する。
『素早さ』を起動。
瞬間、体が軽くなった。
以前より、明らかに軽い。
足の筋肉が引き締まり、地面を蹴る力が増している。
(これが……本質を理解するということ……?)
レンは地面を蹴った。
ゴブリンの背後に、一瞬で回り込む。
「速い……!」
レンは驚いた。以前の『素早さ』とは、明らかに違う。
ゴブリンが振り返る前に、新しい短剣を振り上げる。
今だ——『剛力』を起動!
腕の筋肉が瞬時に膨張し、圧倒的な力が満ちる。
短剣を振り下ろす。
ズバッ!
新しい短剣が、ゴブリンの肩から脇腹まで深々と切り裂いた。
ホブゴブリンの時とは違う。
折れない。曲がらない。
魔法付与された鋼製短剣は、確実にゴブリンを斬った。
一体目、撃破。
(武器が違うだけで、こんなに……!)
(そして、『剛力』の効果も……以前より強い気がする)
レンは次のゴブリンに向かった。
二体目のゴブリンが棍棒を振り下ろす。
『衝撃吸収』と『身体強化』を同時起動。
棍棒を短剣で受け止める。
ガキィン!
衝撃が腕に伝わるが、以前より軽い。
『衝撃吸収』の効果が、明らかに向上している。
セラと実験した時に理解した、衝撃を体全体に分散させる感覚。
手のひらから前腕、上腕、肩、背中へと衝撃が流れていく。
(これも……本質を理解したから……?)
反撃。『剛力』が既に起動している。
短剣がゴブリンの腕を切り裂く。
二体目、撃破。
(『剛力』を維持したまま戦える……!)
三体目、四体目のゴブリンが同時に襲いかかってくる。
二体同時——これは厄介だ。
『戦術眼』を起動。
瞬間、視界が変わった。
戦場が、俯瞰的に見える。
自分の位置。敵の位置。地形。障害物。
全てが、頭の中で立体的に把握できる。
(あそこなら……!)
レンは素早く移動した。
木々が密集している場所へ、ゴブリンを誘導する。
狭い空間。二体が同時に攻撃できない地形。
これで、一対一の状況を作れる。
『鋭敏』をさらに強化。
感覚が研ぎ澄まされる。
ゴブリンの呼吸、筋肉の動き、視線の向き。
全てがスローモーションのように見える。
(『戦術眼』で位置を分析し、『鋭敏』で動きを把握する……!)
先頭のゴブリンが棍棒を振り上げる。
動きが、手に取るように分かる。
左に避ける。
棍棒が、レンのいた場所を通り過ぎる。
カウンター。
『素早さ』と『剛力』を同時起動したまま、短剣を突き立てる。
ゴブリンの脇腹に、深々と刃が刺さる。
三体目、撃破。
後ろのゴブリンが、怯んだ。
隙ができた。
レンは一気に詰める。
短剣が、四体目のゴブリンの首筋を切り裂く。
四体目、撃破。
レンは息を整えた。
体力の消耗は……以前より少ない。
『剛力』と『素早さ』の同時使用。そこに『鋭敏』と『戦術眼』を加えた。
爆発的な戦闘力を得られるが、通常なら代償も大きい。
しかし——。
(疲労が……軽い?)
セラの薬の効果だろうか。
複数のスキルを同時使用しているのに、疲労感が少ない。
(これなら……もっと戦える)
レンは、自分の成長を実感した。
(前回は、ホブゴブリン1体で精一杯だった)
(短剣は折れ、首に傷を負った)
でも——今は違う。
ゴブリン4体。前回より多い相手。
しかし、無傷で倒せた。
武器も、折れていない。
(強くなった……確かに、強くなった)
(ありがとう、セラさん)
レンは心の中で、感謝した。
エリナは8体のゴブリン相手に、余裕をもって対応していた。
剣が閃き、一体、また一体と倒れていく。
しかし、意識の一部は常にレンに向いている。
(速くなってる……)
レンの動きが、以前とは明らかに違う。
迷いがない。無駄がない。
スキルの組み合わせも、洗練されている。
位置取りも完璧だ。
(まるで……あの頃の私みたい)
エリナは、自分の過去を思い出した。
——守られてばかりじゃいられない。
そう思って、必死に強くなろうとした日々。
朝から晩まで、剣を振った。
手が豆だらけになっても、止めなかった。
誰よりも多く、依頼をこなした。
疲れて倒れるまで、戦い続けた。
それは——大切な人を守るため。
その人の隣に立つために。
その人と、対等なパートナーになるために。
でも——。
エリナは頭を振った。
(今は、考えるな)
目の前のゴブリンに集中する。
剣が、ゴブリンの首を斬り落とす。
七体目。
そして、最後の一体。
エリナは深く息を吸った。
ゴブリンが棍棒を振り上げる。
その時——別のゴブリンの死体の影から、もう一体のゴブリンが現れた。
死んだふりをしていたのか。
ゴブリンが、エリナに向かって棍棒を投げつける。
死角から。
「エリナさん!」
レンの声が響いた。
レンは『素早さ』を全開にして、エリナとゴブリンの間に飛び込む。
短剣で、飛んでくる棍棒を打ち払う。
ガキィン!
棍棒が地面に落ちる。
「レン!」
エリナが振り返る。
「今です!」
レンが叫ぶ。
エリナは即座に動いた。
棍棒を投げたゴブリンに、一瞬で距離を詰める。
剣が、ゴブリンの心臓を貫いた。
八体目、撃破。
エリナは剣を振り、血を払った。
そして、レンを振り返った。
レンも、無傷で立っている。
(成長してる……本当に)
エリナの胸に、複雑な感情が湧き上がった。
嬉しさ。安心。そして——。
(今度こそ……守り抜くわ)
エリナは剣を鞘に収めた。
(あんたは……失わせない)
「やるじゃない」
エリナが声をかけた。
内心では、安堵と——誇らしさがあった。
「前より、ずっと良くなってるわ」
「ありがとうございます」
レンが頭を下げた。
「それに……助けてくれて、ありがとう」
エリナは、わずかに微笑んだ。
「死角からの攻撃、気づかなかったわ」
「いえ。『鋭敏』のおかげです」
「それでも、あんたが動いてくれたから、助かったわ」
エリナはレンの肩に手を置いた。
「一緒に戦うって、こういうことね」
「はい」
レンは頷いた。
12体のゴブリンを倒し、素材を回収する。
「お疲れ様」
エリナが声をかけた。
「今日は、本当に良かったわ」
「ありがとうございます」
レンが魔石を袋に入れながら答える。
「あの……エリナさん」
「何?」
「エリナさんの剣、すごく速かったです」
レンは率直に言った。
「僕、エリナさんの動きをちゃんと見たのは初めてかもしれません」
エリナは、わずかに驚いた表情を浮かべた。
「そう? いつも見てるでしょ」
「いえ。今日は、余裕があったから……ちゃんと見られました」
レンは続けた。
「8体を、あっという間に。まるで、踊っているみたいでした」
「踊ってる……ね」
エリナは苦笑した。
「でも、あんたも速かったわよ」
「いえ、エリナさんには全然……」
「比べるものじゃないわ」
エリナは首を振った。
「私は、もう何年も剣を振ってる。あんたは、まだ始めたばかり」
エリナは素材を袋に入れながら続けた。
「でも、あんたの成長速度は……異常よ」
「異常……ですか」
「ええ。普通、F級の冒険者がゴブリン4体を同時に相手にするなんて、考えられない」
エリナはレンを見つめた。
「それも、無傷で」
「それは……スキルのおかげです」
「スキルも、あんたの実力のうちよ」
エリナはレンの目を見つめた。
「自信を持ちなさい。あんたは、強くなってる」
「……はい」
レンは頷いた。
エリナの言葉が、心に染み込んでいく。
「ただし」
エリナは続けた。
「油断はしないで。ゴブリンは弱い魔物よ。もっと強い相手には、まだ通用しないかもしれないわ」
「はい。分かっています」
「それと……」
エリナは少し言いづらそうに言った。
「さっき、何か飲んでたわね」
「あ、はい。セラさんが作ってくれた薬です」
「セラ……錬金術師の?」
「はい」
「……そう」
エリナは何か考え込むような表情を浮かべた。
「効果はあった?」
「はい。複数のスキルを同時に使っても、疲労が少なくて」
「なら、良かったわ」
エリナは短く答えた。
しかし、その表情には、わずかな複雑さがあった。
(セラ……レンの協力者、か)
朝、ギルドで見た光景を思い出す。
セラが、息を切らしてレンに薬を渡していた姿。
「昨日の夜、作ったんです」
レンのために。
(レンは……信頼されているのね)
エリナは、自分でも理由の分からない感情を抱いた。
嫉妬ではない。
でも——。
(私も、もっと……力になれたら)
エリナは立ち上がった。
「帰りましょう」
「はい」
二人は森を出て、ギルドへ向かった。
ギルドに戻る。
「お帰りなさい。ゴブリン討伐、完了ね」
ミラが笑顔で迎える。
「はい。12体倒しました」
「12体? 依頼は10体だったのに」
「森に多くいました」
「そう。じゃあ、報酬は銀貨30枚に、特別報酬で銀貨2枚。合計で銀貨32枚ね。半分ずつで、それぞれ銀貨16枚」
ミラが報酬を渡す。
「二人とも、怪我はない?」
「はい」
レンが答えた。エリナは黙っている。
「エリナ? どうしたの?」
ミラが心配そうに尋ねた。
「……何でもないわ」
エリナは短く答えた。
「ちょっと、疲れただけよ」
「そう……」
ミラは納得していない様子だったが、それ以上は聞かなかった。
「じゃあ、ゆっくり休んでね」
「ええ」
エリナは、ギルドを出て行った。
レンは、その背中を見送った。
「レン、ちょっといい?」
ミラがレンを引き止めた。
「はい」
「エリナ、何かあった?」
「いえ。今日は無事に依頼を完了しました」
レンは答えた。
「そう。なら、良かったわ」
ミラは微笑んだ。
「あ、それと」
ミラは少し声のトーンを変えた。
「セラの薬、どうだった?」
「とても効果的でした。疲労が少なくて」
「そう……良かったわね」
ミラの笑顔が、わずかに引きつった。
「セラ、朝から張り切ってたものね。レンさんのために作ったって」
「そうなんですか」
「ええ。昨日の夜、ずっと工房にこもってたって」
ミラは複雑な表情を浮かべた。
「セラ、研究熱心だから」
「助かりました。次の依頼でも、使わせてもらいます」
「そう……なら、良かったわ」
ミラは視線を逸らした。
レンは、ミラの様子がまた変だと感じた。
(何か……機嫌が悪い?)
しかし、理由が分からない。
宿に戻る。
部屋に入り、窓を開ける。夜風が、心地よい。
レンはベッドに腰かけ、今日一日を振り返った。
(成長した……確かに、成長した)
自分の手を見つめる。
ゴブリン4体を、無傷で倒せた。前回、ホブゴブリン1体で苦戦し、短剣が折れ、首に傷を負った。
でも——今は違う。
(セラさんの理論は、正しかった)
スキルの本質を理解することで、効果が向上する。
『素早さ』の仕組み。『衝撃吸収』の原理。
それを意識するだけで、これほど変わる。
(もっと、理解を深めなければ)
レンは、スキルツリーを思い浮かべた。
21個のスキル。
まだ、全てを使いこなせているわけではない。
『遠吠え』——これは、仲間に合図を送るスキル。
でも、僕が使うとしたら……遠距離にいるエリナさんに、声で合図を送れるかもしれない。
『群狼感覚』——仲間の位置を感覚的に把握できる。
これは、パーティ戦闘で役立つはずだ。エリナさんの位置を常に把握できれば……。
『毒耐性』——毒への抵抗力。
これも、本質を理解すれば……毒を完全に無効化できるかもしれない。
普段使っていないスキルも、活用方法はあるはずだ。
(試してみよう。明日の依頼で)
(そして……エリナさん)
レンは、パートナーのことを思った。
「守られてばかりじゃいられない」
自分がそう言った時、エリナは言った。
「私も、同じだったから」
エリナにも、守りたい誰かがいた。
でも、守れなかった。
(だから、強くなった)
エリナの剣技。あの速さ。あの正確さ。
それは、全て——誰かを守るために磨かれたものだ。
(僕も……強くならなければ)
エリナを守るために。
ミラを守るために。
セラを守るために。
そして——自分自身を守るために。
レンはノートを取り出した。
(記録しよう。今日のことを)
そして、明日のために。
レンは、ペンを手に取った。
【今日の成果】
ゴブリン12体討伐
報酬:銀貨16枚(半分)
【重要な発見:スキルの本質理解の実践】
セラとの議論を実戦で試した
結果:
- 『素早さ』:体感で1.5倍の効果向上
筋肉の強化、神経伝達の加速、体重感覚の軽減を意識
以前とは明らかに違う速さを実感
- 『剛力』:維持したまま戦闘可能、以前より強力
腕の筋肉が瞬時に膨張、圧倒的な力
複数回の攻撃でも維持できた
- 『衝撃吸収』:効果が明らかに向上
衝撃を体全体に分散させる感覚を理解
手のひら→前腕→上腕→肩→背中へと流す
- 『戦術眼』+『鋭敏』の併用:
戦術眼で位置を分析、鋭敏で動きを把握
結果、スローモーションのように敵の動きが見える
木々の密集地への誘導など、地形を活用できた
スキルの本質を理解することで、確実に効果が高まる
セラの仮説は正しかった
【新しい武器の評価】
魔法付与された鋼製短剣
- 折れない
- 貫通力が高い
- 扱いやすい
- ゴブリン4体を無傷で倒せた
前回(ホブゴブリン戦)との対比:
- 前回:1体で苦戦、短剣が折れ、首に傷
- 今回:4体を無傷で撃破
確実に、成長している
【セラの持続力強化薬】
戦闘前に使用
複数のスキルを同時使用しても、疲労が少ない
通常なら体力消耗が激しいはずが、軽減されている
効果:
- 『剛力』『素早さ』『鋭敏』『戦術眼』を同時使用
- 通常なら疲労が激しいはずが、軽度で済んだ
- 戦闘後も、以前より疲労感が少ない
【エリナとの会話】
「守られてばかりじゃいられない」
僕がそう言った時、エリナさんは言った
「私も、同じだったから」
エリナさんも、昔……誰かを守りたくて、強くなろうとした
でも——何かがあった
「もう、失いたくない」
その言葉には、深い痛みがあった
エリナさんは、誰かを失っている
だから、強くなった
そして今、僕にも同じものを感じているのかもしれない
「一緒に強くなりましょう」
エリナさんは、そう言ってくれた
【今日の戦闘で学んだこと】
エリナさんと協力して戦うことの大切さ
死角からの攻撃を『鋭敏』で察知
エリナさんを守ることができた
「一緒に戦うって、こういうこと」
エリナさんの言葉が、嬉しかった
【未使用スキルの活用方法について】
『遠吠え』:
- 本来は仲間への合図
- 遠距離にいるエリナさんへの声での合図に使えるか?
- 次の依頼で試してみる
『群狼感覚』:
- 仲間の位置を感覚的に把握
- パーティ戦闘で有効なはず
- エリナさんの位置を常に把握できれば、死角からの攻撃も防げる
- これも試してみる価値がある
『毒耐性』:
- 毒への抵抗力
- 本質を理解すれば、完全無効化も可能かもしれない
- 毒を持つ魔物との戦闘で試したい
普段使っていないスキルにも、活用方法はあるはず
一つずつ、実験していこう
【次にすべきこと】
- スキルの本質理解をさらに深める
- 未使用スキルの実験(遠吠え、群狼感覚など)
- エリナさんと一緒に強くなる
- E級昇格を目指す(残り3件)
- セラに今日の結果を報告
ノートを閉じる。
窓の外を見ると、夜が更けていた。
月が、静かに街を照らしている。
(エリナさん……)
レンは、パートナーのことを思った。
(一緒に、強くなろう)
(そして、守りたい)
(エリナさんを。ミラさんを。セラさんを)
(大切な人たちを)
レンは、窓を閉めた。
そして、ベッドに横になる。
今日一日の疲労が、じわりと体に染み込んでくる。
しかし、それは心地よい疲労だった。
(成長している……確かに)
レンは目を閉じた。
明日への期待を胸に。
静かに、眠りについた。
---
【第5話終了時点】
筋力:33 (E)
敏捷:36 (E)
耐久:30 (E)
魔力:52 (D-)
知力:68 (D)
総合戦闘力:219(全ステータス合計値)
保有スキル数:21個(固有スキル含む)
依頼達成数:7件(E級昇格まで残り3件)




