第3話:苦い記憶
エリナとパーティを組んでから、三日が経った。
「おはよう、レン」
ギルドでミラが笑顔で迎えてくれる。
「今日もエリナと一緒?」
「はい。今日は少し離れた場所の依頼を受ける予定です」
レンはノートを確認しながら答えた。この三日間で、ゴブリン5体、ラットマン3体、ウルフ2体を討伐した。合計26体。F級としては、かなりのペースだ。
そして、新しいスキルも増えた。
【獲得スキル一覧(追加分)】
・ラットマン系統:毒耐性Lv.1、鋭敏Lv.1、牙攻撃Lv.1
・ウルフ系統:疾走Lv.1、群狼感覚Lv.1、遠吠えLv.1
特に『鋭敏』は感覚が研ぎ澄まされるスキルで、敵の位置把握や危険察知に非常に役立っている。『嗅覚強化』と組み合わせることで、さらに効果が高まることも分かってきた。
「順調そうね。エリナとは、うまくやってる?」
「はい。少しずつ、連携も良くなってきました」
それは本当だった。最初は明らかに警戒されていたが、三日間の共同作戦で、エリナの態度も微妙に変わってきている。完全に心を開いたわけではないが、以前のような刺々しい拒絶感は薄れていた。
「今日も気をつけてね」
森の入り口で、エリナが待っていた。
「おはよう」
「おはようございます」
以前より、挨拶が自然になった。ただし、エリナの表情はまだどこか慎重さを残している。まるで、レンという人間を品定めしているかのように。
「今日の依頼は?」
「北の森、ホブゴブリンの討伐です」
レンがノートを開いて見せる。
【ホブゴブリンの特徴】
ゴブリンの上位種。体格が大きく、知能も高い。
武器の扱いに長け、時に戦術を用いる。
推定保有スキル:戦術眼、武器術、統率
「ホブゴブリンか……」
エリナの表情が引き締まった。眉間にしわが寄り、唇が薄く引き結ばれる。
「ゴブリンとは格が違う。油断したら死ぬわよ」
声のトーンは、いつもより低く、真剣だった。
「分かりました」
二人は北の森へ向かった。
歩きながら、エリナが口を開く。
「そういえば、スキルの組み合わせ、その後どうなった?」
「はい。昨日、『素早さ』と『身体強化』を組み合わせてみました」
「結果は?」
「すごく良かったです。速く動けて、なおかつ力も強い。ただ」
レンは少し眉をひそめた。
「体力の消耗が激しくて。長時間は維持できませんでした」
「当然でしょうね」
エリナが振り返る。
「複数のスキルを同時に使えば、それだけ負担も大きいに決まってる。使いどころを絞りなさい。決定的な瞬間だけ、全力を出せばいい」
言葉には、実戦経験に裏打ちされた重みがあった。
「なるほど……それは考えていませんでした」
ノートにメモを取る。エリナの助言は、いつも的確だった。
「また書いてる」
エリナが小さくため息をついた。しかし、表情は以前より柔らかい。
「本当に学者みたいね、あんた」
「すみません。でも、記録しておかないと忘れてしまうので」
「別に謝る必要ないでしょ」
エリナの声のトーンが、ほんの少し変わった。いつもの突き放すような冷たさが、わずかに和らいでいる。
「そういうところは……悪くない」
言葉の後、エリナは視線を逸らした。
「ありがとうございます」
「礼はいいから」
エリナが足を止めた。
「匂い、分かる?」
レンは『嗅覚強化』を起動させた。
「……います。前方、約百メートル。複数の獣臭」
「複数?」
「はい。少なくとも三体以上」
エリナの顔が険しくなった。剣の柄に手をかける。
「厄介ね。ホブゴブリンは群れで行動することがある。警戒して」
二人は音を殺して前進する。
茂みの向こうに、三体のホブゴブリンが見えた。
通常のゴブリンより一回り大きく、筋肉質な体格。手には剣や斧を持っている。そして、何かを話し合っているようだ。
「知能が高い……」
エリナが息を潜めて囁いた。
「普通のゴブリンは、あんな風に作戦会議なんてしない」
確かに、三体は身振り手振りで何かを伝え合っている。時折、こちらの方向を指差すような動作も見えた。
「どうしますか?」
「私が二体を引き受ける。残りの一体は、あんたが相手をして」
エリナがレンを見つめた。瞳には厳しい光があった。
「一体なら、あんたでも何とかできるでしょ。無理そうなら声をかけて。すぐに加勢する」
「分かりました」
エリナの言葉に、信頼を感じた。完全ではないが、少なくとも「足手まといにしかならない」とは思われていない。
エリナが構えた。
「行くわよ」
エリナが飛び出した。一瞬で距離を詰め、銀光が閃く。金属音が響き、ホブゴブリンの咆哮が上がった。
残りの二体がこちらを向く。
レンは『素早さ』を起動させ、側面に回り込んだ。
「こっちだ!」
一体のホブゴブリンの視線がレンに向く。黄色い瞳に、殺意が宿っていた。
「来い!」
ホブゴブリンが斧を振り上げて襲いかかってくる。刃が風を切る音。速い。そして、重い。
『衝撃吸収』と『身体強化』を同時に起動。全身に力が満ちる。
ホブゴブリンの斧を短剣で受け流す。ガキィンと金属音が響き、なんとか攻撃を逸らすことができた。
反撃。『鋭敏』を起動させた。感覚が研ぎ澄まされる。ホブゴブリンの呼吸、筋肉の動き、視線。全てがスローモーションのように見える。
地面を蹴り、低く身をかがめる。ホブゴブリンの横薙ぎの一撃が、頭上を通り過ぎた。
隙ができた。今だ!
『剛力』を起動し、短剣を突き立てる。狙いは脇腹。
短剣がホブゴブリンの肉に食い込む。致命傷だ。
「ガァッ!」
しかし、その瞬間。
パキィン!
短剣の刃が、根元から折れた。
ホブゴブリンの硬い筋肉と骨に阻まれ、安物の短剣は耐えきれなかった。
「っ!」
レンの手に残ったのは、柄と刃の破片だけだった。
そして、致命傷を負ったホブゴブリンが、最後の力を振り絞って斧を振り上げた。
死に際の一撃。
『素早さ』で後ろに跳ぶ。しかし。
ホブゴブリンの斧が、レンの首筋をかすめた。
「ぐっ!」
首筋に鋭い痛み。温かい液体が肩に流れ落ちる。血だ。止まらない。服が赤く染まっていく。
ホブゴブリンが地面に倒れる。倒した。しかし。
「レン!」
エリナの声が響いた。声は、普段聞いたことのない高さだった。
振り返ると、エリナの顔が青ざめている。二体を相手にしながらも、視線はレンの首筋に釘付けになっていた。
「大丈夫です!」
叫んだものの、声が揺れている。出血は止まらず、視界がかすかにぼやけた。
エリナの表情が歪んだ。目が見開かれ、唇が小刻みに震える。
「また……また、こんな……!」
エリナが叫んだ。声は震え、いつもとは違う高さだった。
次の瞬間、エリナの動きが変わった。
これまで見たことのない、圧倒的な速さと力。二体のホブゴブリンを、一瞬で斬り伏せた。銀光が二度閃き、二つの死体が地面に崩れ落ちる。
そして、レンの前に駆け寄る。
「レン!」
エリナが駆け寄ってくる。足取りは、普段の落ち着いた動きとは違う。
「首、見せなさい!」
エリナがレンの首筋を確認する。手つきは慣れたもので、手際よく傷の深さを調べた。しかし、指先がかすかに震えている。
「致命傷じゃない……血管は無事……でも、血が……!」
エリナが腰の袋から布を取り出し、傷口を強く押さえる。
「痛い?」
「少し……でも、大丈夫です」
「大丈夫なわけないでしょ!」
エリナが叫んだ。目は見開かれ、呼吸が荒い。
「首の傷は……首の傷は……!」
エリナが言いかけて、口を閉ざした。唇が震え、目を伏せる。
「すみません……短剣が折れて」
「謝らなくていい。悪いのは私よ。あんたの装備を確認しなかった。あんたに一体任せたのに、フォローが遅れた」
エリナの声は震えていた。手は布を強く押さえ続けている。
「でも……倒せました」
「バカ……命を賭けるな……!」
エリナの声が詰まる。そして、目から一筋の涙がこぼれ落ちた。
「もう……もう、あんなことは……!」
言葉は、途中で途切れた。エリナは顔を背け、唇を噛みしめている。
三体のホブゴブリンの死体から、魔石と素材を回収する。エリナが全て手際よく行った。レンは動けなかった。首の傷が痛み、血がまだ滲んでいる。
そして、光の樹形図が現れた。
【ホブゴブリン系統Lv.1獲得】
戦術眼、武器術、統率
頭の中に、新しい情報が流れ込む。戦場を俯瞰する視点。武器の扱い方。仲間との連携。そして、『統率』のスキルには特殊な効果があることが分かった。
同じパーティメンバーと共に戦うことで、互いの熟練度が上昇しやすくなる。エリナと一緒に戦えば、彼女の成長も早まるのだ。
同時に、体の奥で何かが変化する感覚があった。筋肉がわずかに引き締まり、力が増したような感じ。
「立てる?」
エリナが手を差し伸べた。
「はい」
レンは立ち上がった。首の傷はまだ痛むが、エリナの応急処置のおかげで血は止まっている。
「帰りましょう。今すぐに」
エリナの声には、有無を言わせぬ強さがあった。
二人は森を出て、ギルドへ向かった。
森を出る途中、ふと背筋に冷たいものを感じた。
誰かに見られているような気配。
振り返っても、木々が揺れているだけだ。
「どうした?」
エリナが尋ねる。
「いえ……何でもありません」
気のせいだろう。そう思いながらも、レンは首筋の傷を無意識に押さえていた。
ギルドに到着する。
「お帰りなさい。ホブゴブリン討伐、お疲れ……って、レン! その首!」
ミラが驚いて駆け寄ってきた。
「すぐに治療師を!」
「もう応急処置は済んでる」
エリナが短く答えた。
「ギルドの治療師を呼んで。ちゃんと縫合してもらわないと」
ミラが慌てて奥へ走っていく。
「三体も倒したの? すごいけど……レン、無茶しすぎよ」
ミラが戻ってきて、治療師を連れてきた。
「報酬は銀貨45枚と、ホブゴブリンの素材買取が銀貨15枚。合計で銀貨60枚。半分ずつで、それぞれ銀貨30枚ね」
「ありがとうございます」
治療師が首の傷を確認する。
「浅いですね。致命傷ではありませんが、出血量が多かったようです。縫合が必要です」
治療が始まる。エリナは、ずっとレンの傍にいた。表情にはまだ動揺が残っている。
治療が終わると、ミラが続けた。
「あ、そうだ。エリナ。あなたに伝言があるの」
「伝言?」
「ギルドマスターから。今日の夕方、時間があるときに話があるって」
「グレンさんが? 珍しいわね」
エリナが少し眉をひそめた。
「分かった。後で行ってみる」
「何かあった?」
ミラが心配そうに尋ねる。
「さあ。でも、グレンさんが個人的に呼び出すなんて、滅多にないことよ」
エリナが少し考え込んだ。
「まあ、後で聞いてみるわ」
三人で少し雑談をする。以前より、ずっと自然な雰囲気だった。
「そうだ、レン」
エリナが言った。
「明日は休みにしない? その傷、ちゃんと治さないと」
「え? でも」
「無理は禁物よ」
エリナの目に厳しい光があった。奥には、何か強い感情があるように見えた。
「首の傷は……危険なのよ。少しでも悪化したら、命に関わる」
「分かりました。明日は休みにします」
「じゃあ、明後日。また朝、ギルド前で」
「はい」
エリナはギルドマスターの部屋へ向かった。
「仲良くなったわね」
ミラが微笑んだ。
「エリナ、あんなに人を気遣うの、久しぶりよ」
「そうなんですか?」
「ええ。前のパーティが解散してから、誰に対しても壁を作ってたの。でも、あなたには少しずつ心を開いてる」
ミラの言葉に、胸が温かくなった。
宿に戻る前に、ミラが追加で声をかけてきた。
「そうそう、レン。友人の錬金術師が、あなたに会いたがってるの」
「え?」
「セラっていうエルフの子なのよ。私があなたのことを話したら、興味を持ったみたい。明日の午後、『セラの錬金工房』で待ってるって」
「分かりました」
宿に戻る。
部屋でノートを広げた。
【今日の成果】
ホブゴブリン系統Lv.1獲得:戦術眼、武器術、統率
【ステータス変化】
筋力:31 → 33 (E)
【重要な発見:統率スキルの特殊効果】
パーティメンバーと共に戦うことで熟練度上昇
エリナと一緒に戦えば、彼女も強くなりやすい
相互成長の仕組みか?
【装備の問題】
短剣が折れた
ホブゴブリンの硬い筋肉と骨に耐えられなかった
新しい武器が必要。今の所持金で購入可能か要検討
【エリナの過去についての仮説】
彼女は首の傷にトラウマを持っている
「また、こんな」という言葉から推測
かつて同じような状況で仲間を失った可能性が高い
だから、僕が傷を負った時、あそこまで動揺した
涙まで流していた
あれは……仲間を失った記憶が蘇ったからだろうか
彼女が壁を作る理由。もう誰も失いたくないから?
でも、僕には少しずつ心を開いてくれている
それは、信頼してくれているということだ
【戦闘での教訓】
ホブゴブリンの攻撃力は予想以上
装備の確認を怠った。エリナにも指摘された
首の傷。命に関わる危険があった
エリナの本気を見た
二体を一瞬で斬り伏せた
あれは、僕を守るための全力だった
【スキル同時使用の課題】
『素早さ』+『剛力』+『身体強化』+『鋭敏』+『衝撃吸収』を同時使用
爆発的な戦闘力を得られたが、体力消耗が激しい
決定的な瞬間だけ使う。エリナの言葉を忘れない
【明日の予定】
午後にセラ(錬金術師)と会う
新しい武器の購入も検討
【気になること】
森を出る時、誰かに見られているような気配を感じた
振り返っても誰もいなかったが……
気のせいだろうか
ノートを閉じて、首の傷を確認した。包帯が巻かれている。
「エリナさん……」
彼女は、誰かを失っている。
首の傷で、血を流して。
それは、きっと、仲間だった誰か。
窓の外を見ると、夕日が沈んでいく。
そして、屋根の向こうに。一瞬、人影があったような気がした。
黒いローブを纏った、細い影。
影は、エリナの方向を見つめていた。
レンが窓に近づくと、影は音もなく消えていた。
「……気のせいか?」
首をかしげながら、レンはカーテンを閉めた。
しかし、影は確かにそこにいた。
そして、小さく呟いていた。
「エリナ……まだ、あの時のことを引きずっているのか」
夜の闇に、声は消えた。
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【獲得スキル一覧(追加分)】
固有スキル:スキルツリー(レベル表記なし)
ラットマン系統
- 毒耐性Lv.1:毒に対する抵抗力が向上する
- 鋭敏Lv.1:感覚が研ぎ澄まされ、危険察知能力が上がる
- 牙攻撃Lv.1:牙を使った攻撃技術を獲得
ウルフ系統
- 疾走Lv.1:走行速度が大幅に向上する
- 群狼感覚Lv.1:仲間の位置を感覚的に把握できる
- 遠吠えLv.1:遠くまで届く声で仲間に合図を送る
ホブゴブリン系統
- 戦術眼Lv.1:戦場を俯瞰し、最適な行動を判断する
- 武器術Lv.1:様々な武器を扱える
- 統率Lv.1:パーティメンバーと共に戦うことで熟練度が上昇しやすくなる
【成長記録(第3話終了時点)】
筋力:33 (E)
敏捷:36 (E)
耐久:28 (E)
魔力:52 (D-)
知力:68 (D)
総合戦闘力:217
討伐数:
- ゴブリン:13体
- スライム:4体
- コボルト:3体
- オーク:1体
- ラットマン:3体
- ウルフ:2体
- ホブゴブリン:3体
- 合計:29体
保有スキル数:21個(固有スキル含む)
依頼達成数:6件(E級昇格まで残り4件)
パーティメンバー:エリナ・クロフォード(剣士・パートナー)
【新たな出会い予定】
- セラ(エルフの錬金術師):ミラの友人。明日の午後に面会予定
【負傷状況】
- 首筋に裂傷(治療師による縫合済み)




