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第1話:目覚めの日

王都の外れの図書館。レンは膝ほどもある書物を抱え、ページをめくる。


『魔獣生態大全・第三巻』


ゴブリン、スライム、オーク——それぞれが固有のスキルを持ち、環境に適応して進化する。知れば知るほど、謎は深まる。


「ふむ……」


革袋から小さなノートを取り出す。几帳面な文字で気になった箇所を書き写していく。余白には図解や疑問符。このノートは既に三冊目だった。


「レン、また勉強?」


司書のおばあさんが呆れ顔で声をかけてきた。


「はい。来週、冒険者登録に行くので」


「本ばかり読んでて大丈夫なの? あんた、細いし」


「でも、知識があれば工夫できますから」


おばあさんは苦笑しながら、レンの隣に腰を下ろした。


「前にも同じこと言ってた子がいたわねぇ。その子も真面目で、あんたみたいにノートばかり書いてた」


「その人は……今、どうしてるんですか?」


「立派な冒険者よ。E級まで昇格したって、この前お礼に来てくれたわ」


おばあさんが優しく微笑む。


「だから、あんたも大丈夫。真面目な子は、ちゃんと生き残るものよ」


その言葉に、少し勇気が湧いた。


「ありがとうございます」


「ほらほら、お礼なんていいから。閉館時間よ。今日は帰りなさい」


一週間後。


冒険者ギルドの石造りの建物が、朝日に照らされている。出入りする冒険者たち——筋骨隆々とした戦士、魔法の杖を持つ魔導士、素早そうな身のこなしの斥候。


その中に混じって、革の軽鎧と短剣だけの自分は明らかに浮いている。


「……準備は、してきた」


革袋からノートを取り出す。これまで書き溜めたモンスターの情報。知識は武器になる——そう信じて、扉を押し開けた。


ギルド内は活気に満ちていた。依頼を選ぶ冒険者、報酬を受け取る冒険者、仲間と作戦を練る冒険者。様々な会話が飛び交う。


「初めての方ですね」


受付カウンターで、優しそうな女性が声をかけてくれた。名札には「ミラ」と書かれている。


「はい。冒険者登録をしたいのですが」


「分かりました。こちらの書類に必要事項を記入してください」


丁寧に書類を埋めていく。名前、年齢、出身地。そして——保有スキル。


ペンが止まる。


保有スキル:−


当然だ。スキルは訓練や実戦で獲得するもの。図書館で本を読んでいただけの自分に、スキルなどあるはずがない。


「保有スキルがないのは珍しいわね」


ミラが書類を受け取りながら言った。悪気はない——むしろ、心配してくれているような口調だ。


「たいてい、剣術とか体術とか、何か一つは持ってるものなんだけど」


「すみません……これから、頑張ります」


「謝ることないですよ」


ミラが優しく微笑んだ。


「皆、最初は初心者です。私だって、登録したばかりの頃はスキルなんて一つもなかったんですから」


「ミラさんも、冒険者だったんですか?」


「昔ね。今は受付の方が性に合ってるけど」


ミラはどこか懐かしそうに目を細めた。


「それじゃあ、適性検査をしますね」


ミラに案内されて、測定室へ向かう。


部屋の中央には、青白く光る水晶球が台座に据えられていた。


「両手をこの水晶に当ててください。魔力を通して、あなたの基礎能力を測定します」


言われた通り、水晶球に手を当てる。温かい。魔力が流れ込んでいくのを感じる。


水晶球が淡く光り、空中に文字が浮かび上がった。


筋力:28 (E)

敏捷:35 (E)

耐久:26 (E)

魔力:52 (D-)

知力:64 (D)


「魔力と知力は平均以上ですね。魔法使いや支援役が向いているかもしれません」


ミラが測定結果を見ながら言った。


「でも……戦闘系の依頼を受けたいんです」


「そうですか。でしたら、まずは小型モンスターの討伐から始めることをお勧めします。ゴブリンやスライムなら、新人でも対処できますよ」


ミラは受付に戻り、銀色のカードを取り出す。


「こちらがあなたのギルドカードです」


名刺ほどの大きさで、表面にレンの名前とランクが刻まれている。裏面には複雑な魔法陣のような模様が浮かび上がっていた。


「魔力を込めると、現在の基礎能力値が表示されます。成長の記録として使ってください」


カードに魔力を込める。表面に淡い光で文字が浮かび上がる。


【レン・アルトリア / F級】

筋力:28 (E)

敏捷:35 (E)

耐久:26 (E)

魔力:52 (D-)

知力:64 (D)

保有スキル:なし


「保有スキルの欄は、スキルを獲得すると自動的に更新されます。訓練や実戦でスキルを身につけたら、ここに表示されるはずですよ」


こうして、正式に冒険者として登録された。ランクはF級。最低ランクだが、それは当然のことだ。


ギルドを出ようとすると、ミラが声をかけてきた。


「レン、無理しないでね。怪我したら、ちゃんと治療してから次の依頼を受けること。約束よ?」


「はい。ありがとうございます、ミラさん」


その優しさが、少しだけ緊張を和らげてくれた。


手に持った依頼書を確認する。


『森のゴブリン討伐 報酬:銀貨3枚 推奨ランク:F~E』


初めての依頼。初めての実戦。


不安よりも、期待の方が大きい。ついに、本物のモンスターを見られる。そのスキルを、この目で確認できる。


森への道を歩きながら、ノートに書き込む。


【ゴブリンの特徴】

小型の人型モンスター。知能は低いが、集団で行動する。武器は棍棒が多い。推定保有スキル:棍棒術、身体強化、夜目


文献で読んだ知識を、改めて整理する。準備と計画で、不足する戦闘力を補う——それがレンのやり方だ。


森に入って一時間。


立ち止まり、地面を観察する。足跡。折れた枝。そして、かすかに漂う獣臭。


「……いる」


慎重に茂みの向こうを覗く。緑色の小柄な人型生物が二体、何かを漁っている。


ゴブリンだ。


深呼吸。心臓の音が、やけに大きく聞こえる。震える手で短剣を握り直す。


知識はある。準備もした。あとは——実行するだけ。


音を殺し、ゴブリンに近づく。一歩、また一歩。落ち葉を踏まないように。距離が縮まる。三メートル、二メートル。


今だ。


飛び出す。


ゴブリンが振り返る寸前、短剣がその背中に食い込んだ。肉を裂く感触。鈍い抵抗。そして——温かい液体が手に伝う。


「ギィッ!」


ゴブリンが甲高い悲鳴を上げ、膝から崩れ落ちる。緑色の血が地面に滴る。獣臭と、血の鉄錆びた匂いが鼻をつく。


やった——そう思った瞬間。


背後から、風を切る音。


「っ!」


咄嗟に横へ転がる。地面に叩きつけられる衝撃。視界が揺れる。棍棒が、さっきまで自分がいた場所を叩きつけていた。


土が跳ね、木の根が砕ける。


もう一体のゴブリンが、牙を剥き出しにして迫ってくる。


冷たい汗が背を伝う——死ぬ。


本能が、危険を叫んでいる。


立ち上がる。短剣を構える。ゴブリンが再び棍棒を振り上げる。


避けきれない——!


短剣で棍棒を受け止めた。ガキィン!鈍い衝撃が腕を走る。骨が軋む音が耳の奥で響く。力負けして、身体が後方に吹き飛ばされた。


背中を木に強打。肺から空気が押し出される。視界が歪む。


「っ……はぁ……!」


荒い息。全身が痛い。


しかし——観察しろ。


ゴブリンが棍棒を持ち上げる。その瞬間、右脇が開く。一瞬だけ、隙ができる。


文献で読んだ。ゴブリンの攻撃パターン——棍棒を振り下ろす際、必ず体勢が崩れる。


そこだ。


ゴブリンが振り下ろす。横に転がり、同時に踏み込んだ。開いた脇腹に、短剣を突き立てる。


「ギャアァッ!」


ゴブリンが悶絶し、棍棒を落とす。短剣を引き抜き、首筋を斬りつけた。


ゴブリンが倒れる。痙攣し——やがて動かなくなった。


「はぁ……はぁ……」


その場に座り込む。全身が震えている。汗と血で服が貼りつく。


勝った。初めての実戦。何とか——生き延びた。


緑色の血が地面に広がる。死体はそのまま横たわっている。


慎重に近づき、短剣でゴブリンの腹部を裂いた。嫌な感触。しかし、冒険者になると決めた以上、これも仕事だ。


内臓を掻き分けると、小指の先ほどの結晶が見つかった。


「魔石……」


淡く光る青い結晶。モンスターの体内で生成される、貴重な素材だ。全ての個体が持っているわけではないと聞いていたが、運が良かった。


魔石を革袋にしまい、次にゴブリンの右耳を切り取る。討伐の証明として、ギルドに提出する部位だ。


その時だった。


ゴブリンの死体から、奇妙な光が立ち上った。


「……え?」


それは、樹木のような形をしていた。いや、樹木のような「何か」。太い幹があり、そこから無数の枝が伸びている。さらに細かく分岐し、複雑な樹形図を描いている。淡い青白い光が、脈動するように明滅していた。


死体から浮かび上がるそれは、まるでモンスターの魂のようにも見えた。


美しい——レンは思った。幻想的で、神秘的で。


光の樹形図が、ゆっくりとレンへ近づいてくる。触れると——溶けるように、胸に吸い込まれていった。


「っ……!」


温かい。心地よい。そして——何かが、流れ込んでくる。


頭の中に、情報が流れ込む。棍棒の握り方。構え方。振り下ろす軌道。体重の乗せ方。訓練したことなど一度もないのに——身体が、知っている。


そして、筋肉が引き締まる感覚。視界が、鮮明になる感覚。


「何だ、これ……!?」


自分の手を見つめる。確かに変わった。力が満ちている。


震える手で、倒れたゴブリンの棍棒を拾い上げる。重い。しかし——扱える。どう握り、どう振るべきか、分かる。


試しに一振りしてみた。棍棒が風を切り、狙い通りの軌道を描く。


「モンスターのスキルを……獲得した」


声が震えた。興奮で、呼吸が荒くなる。


革袋からギルドカードを取り出し、魔力を込めた。


表面に浮かび上がった文字——変わっている。


【レン・アルトリア / F級】

筋力:28 → 29 (E)

敏捷:35 (E)

耐久:26 → 27 (E)

魔力:52 (D-)

知力:64 (D)

保有スキル:スキルツリー、棍棒術Lv.1、身体強化Lv.1、夜目Lv.1


「本当に……獲得してる!」


思わず森の中で小さくガッツポーズ。周囲に誰もいないのを確認してから、もう一度。


子供みたいだと自覚しているが、止められない。


これほど嬉しいことが、今まであっただろうか。


目が、最初に表示されたスキル名に釘付けになった。


「スキルツリー……?」


他のスキルには「Lv.1」という表記があるのに、このスキルだけレベル表記がない。


「これは……何だ?」


カードを何度も確認したが、表示は変わらない。他のスキルは理解できる。『棍棒術』『身体強化』『夜目』——ゴブリンが持っていたであろうスキルだ。


しかし、『スキルツリー』とは?


「もしかして、これが……モンスターのスキルを獲得する能力そのもの?」


興奮が少し落ち着いて、ノートを取り出す。


【現象】

ゴブリン討伐後、光の樹形図が出現し、体内に吸収された


【結果】

ギルドカードで確認。ゴブリンのスキルを獲得

・固有スキル「スキルツリー」が出現(レベル表記なし)

・棍棒術Lv.1

・身体強化Lv.1

・夜目Lv.1


【ステータス変化】

筋力+1、耐久+1


【仮説】

モンスターを倒すと、そのスキルを獲得できる?

「スキルツリー」がその能力の源?


【疑問】

①これは一般的な現象なのか?それとも特殊な能力なのか?

②他のモンスターでも同様の現象が起こるのか?

③獲得できるスキルに上限はあるのか?

④スキルに「レベル」があるが、どうすれば上がる?

⑤「スキルツリー」とは何か?なぜレベル表記がない?


【最重要疑問】

なぜ自分だけがこの能力を持っているのか?

偶然?それとも——何か理由がある?


手が止まらない。書きたいことが溢れてくる。これは、とんでもない発見かもしれない。いや、もしかしたら誰でも経験することなのかもしれない。


確かめる必要がある。


「もっと……もっと試してみないと」


立ち上がる。体中の痛みは、今は気にならない。それよりも、この能力を確かめたい。他のモンスターでも同じことができるのか。スキルはどう機能するのか。


胸が期待で満たされた。


もう一体のゴブリンの死体にも近づき、魔石を探す——しかし、見つからない。腹部を裂いても、結晶は存在しなかった。


「やはり、すべての個体が持っているわけではないんだな」


右耳を切り取り、討伐の証明を確保する。


その日、慎重に森を探索し、さらに四体のモンスターと遭遇した。


ゴブリン二体。スライム二体。


二体目のゴブリンとの戦闘——今度は『棍棒術』を使った。拾った棍棒を握る。不思議と、身体が動きを覚えている。構え、間合い、振り下ろすタイミング——全てが自然に身体に染み付いている。


ゴブリンの攻撃を棍棒で受け流し、反撃。以前より、ずっと楽に倒せた。


そして、また光の樹形図が現れた。しかし——。


ギルドカードを確認する。


【レン・アルトリア / F級】

筋力:29 (E)

敏捷:35 (E)

耐久:27 (E)

魔力:52 (D-)

知力:64 (D)

保有スキル:スキルツリー、棍棒術Lv.1、身体強化Lv.1、夜目Lv.1


「変わらない……?」


首を傾げる。


「一体目の時は、ステータスが上がったのに。二体目では何も変化していない」


ノートに書き込む。


【観察】

ゴブリン二体目を倒したが、ステータスに変化なし


【仮説】

同じモンスターを倒しても、常にステータスが上がるわけではない?

または、何か条件がある?


三体目のゴブリンも倒したが、やはりステータスに変化はなかった。魔石も出なかった。三体倒して、魔石を持っていたのは最初の一体だけ。


【ゴブリン三体討伐時点】

筋力:29 (E)

耐久:27 (E)

保有スキル:スキルツリー、棍棒術Lv.1、身体強化Lv.1、夜目Lv.1


「スキルレベルも上がらない……」


その疑問をノートに書き留める。


【疑問】

同じモンスターを複数倒しても、スキルレベルが上がらない


【可能性】

①レベルを上げるには、もっと多くの数を倒す必要がある?

②特別な条件がある?(より強い個体を倒す、特定の方法で倒す等)


【要検証】

数をこなして様子を見る必要がある


そして、スライムとの戦闘。


初めて見る、半透明のぷるぷるとした生物。予想外に苦戦した。物理攻撃が効きにくい。棍棒が沈み込むだけで、ダメージが通らない。


しかし、観察してみれば弱点は見つかる。中心部に、小さな核のようなものが見える。


あれだ。


核を狙って短剣を突き立てる。スライムが痙攣し——やがて崩れ落ちた。


そして、スライムからも光の樹形図が現れた。


今度は柔らかく、流動的な形をしている。それが胸に吸い込まれていく。


頭の中に、新しい情報が流れ込む。『衝撃吸収』。『形態変化』。


再びギルドカードを確認した。


【レン・アルトリア / F級】

筋力:29 (E)

敏捷:35 (E)

耐久:27 → 28 (E)

魔力:52 (D-)

知力:64 (D)

保有スキル:スキルツリー、棍棒術Lv.1、身体強化Lv.1、夜目Lv.1、衝撃吸収Lv.1、形態変化Lv.1


「新しいスキル……そして、今度は耐久だけが上がった!」


またやってしまった。周囲を見回す。誰もいない。


小さくガッツポーズ。


興奮を抑えきれず、ノートに書き込む。


【発見】

・異なる種類のモンスターからは、新しいスキルを獲得できる

・スキルの種類によって、上昇するステータスが異なる?

・衝撃吸収:耐久+1


二体目のスライムも倒したが、やはりステータスに変化はなかった。魔石は一体目から採取できた。


ノートに詳細を記録する。


【スライム二体討伐時点】

耐久:28 (変化なし)

保有スキル:スキルツリー、棍棒術Lv.1、身体強化Lv.1、夜目Lv.1、衝撃吸収Lv.1、形態変化Lv.1


【観察結果のまとめ】

①初めて倒したモンスターの種類からスキルを獲得し、ステータスが微増(+1程度)

②同じモンスターを複数倒しても、ステータスやスキルレベルに変化なし

③異なる種類のモンスターからは、新しいスキルを獲得できる


【未解明の疑問】

・スキルレベルはどうすれば上がる?

・ステータス上昇は初回のみ?それとも条件がある?

・スキルレベルに上限はある?

・より強力なモンスターのスキルは、ステータス上昇幅も大きい?

・固有スキル「スキルツリー」の正体は?


【今後の方針】

・とりあえず数をこなして、様子を見る

・様々な種類のモンスターと戦い、データを蓄積する

・スキルレベル上昇の条件を探る


日が暮れる頃、ようやく森を出た。傷だらけで、服も破れている。しかし、表情は充実感に満ちていた。


ギルドに戻ると、ミラが驚いた顔で迎えた。


「レン! 大丈夫なの!? その怪我……」


「あ、はい。何とか……ゴブリンを倒してきました」


「倒したのは何体?」


「ゴブリン三体と、スライム二体です」


ミラの目が見開かれた。


「五体も!? 初日で!?」


その驚きように、少し照れくさくなる。


「あの……運が良かっただけです」


「謙遜しなくていいのよ。頑張ったんでしょう?」


ミラが優しく微笑む。その笑顔に、少しだけ緊張が解けた。


「はい……必死でした」


「でしょうね。その傷、痛々しいもの。討伐の証明を見せてもらえる?」


布に包んだものをカウンターに置いた。ゴブリンの耳三つ、スライムの核二つ。


「確かに。ゴブリン三体、スライム二体ね。それで、素材は?」


「これを」


別の袋を取り出す。中には魔石が二つ。ゴブリンから一つ、スライムから一つ。五体倒して、魔石が出たのは二体だけだった。


「魔石二つ。初日でこれは運がいいわね」


ミラは魔石を鑑定用の水晶に翳す。


「ゴブリンの魔石は銀貨5枚、スライムの魔石は銀貨3枚で買い取るわ。討伐報酬と合わせて……」


ミラが計算し、銀貨を並べた。


「討伐報酬が銀貨12枚、魔石買取が8枚。合計で銀貨20枚ね」


「ありがとうございます」


受け取ろうとすると、ミラが小さな布袋を差し出してきた。


「あ、レン。これ、良かったら」


「これは……?」


「傷薬よ。私の大事な——」


ミラは言葉を切った。何かを思い出すように、遠い目をする。


「……新人冒険者さんだもの。ちゃんとケアしないとね」


その表情に、一瞬だけ影が差したように見えた。元冒険者だったミラさんに、何があったのだろう——そう思ったが、すぐにいつもの笑顔に戻った。


「ありがとうございます、ミラさん」


ミラがウインクする。その優しさが、胸に染みた。


「それと……」


ミラは真剣な表情になった。


「念のため、もう一度能力測定をしませんか? 初日でこれだけの成果は異例なので」


「あ、はい」


再び測定室へ。魔力測定の水晶に手を置く。


数値が浮かび上がる。


筋力:28 → 29 (E)

敏捷:35 (E)

耐久:26 → 28 (E)

魔力:52 (D-)

知力:64 (D)


「……あら?」


ミラが不思議そうな顔をした。


「筋力と耐久が少し上がってるわね。午前中の測定から、それぞれ変化してる。普通の人でも一週間くらい訓練すれば、これくらいは上がるものだけど……初日の実戦でここまで成長するなんて、珍しいわ」


「そう、なんですか」


「ええ。実戦での緊張感が、あなたの潜在能力を引き出したのかもしれないわね」


内心、安堵する。大幅な上昇ではなかったため、ミラも不審には思っていないようだ。


ギルドカードと同じ数値だ。やはり——モンスターのスキルを獲得したことで、能力値も向上したのだ。ただし、上昇幅は控えめ。


「あなた、何か特別なスキルを持っているの?」


その質問に、言葉に詰まった。


「えっと……その……」


どう説明すればいいのか。自分でもまだ、この能力が何なのか理解できていない。『スキルツリー』という固有スキルが表示されているが、それが何を意味するのか分からない。


「実は、自分でもよく分かっていなくて……」


正直に答える。


「今日、初めて実戦に出て、何かが変わった気はするんですが……それが何なのか、まだ理解できていないんです。だから、うまく説明できなくて、すみません」


ミラは優しく微笑んだ。


「そういうこともあるわ。冒険者の中には、自分の才能に気づかないまま活動している人も多いの。焦らず、ゆっくり自分の力を理解していけばいいわよ」


「はい……ありがとうございます」


胸を撫で下ろす。無理に説明しようとして変な嘘をつくより、正直に「分からない」と言う方が良かったようだ。


「今日はゆっくり休んでね。明日も来るなら、ちゃんと体を休めること。約束よ?」


「はい」


受付を離れようとすると、ミラが呼び止めた。


「あ、それと——今日は本当によく頑張ったわね。偉いわよ」


その言葉に、思わず笑顔がこぼれた。


宿に戻る。


部屋に入ると、ベッドに倒れ込みたい衝動に駆られたが——その前に、やるべきことがある。


机に向かい、ノートを広げる。


今日獲得したスキルのリスト。それぞれの効果。戦闘での実感。ギルドカードに表示された数値。書くべきことが山ほどある。


【獲得スキル一覧】

固有:スキルツリー(Lv表記なし)

ゴブリン系:棍棒術Lv.1/身体強化Lv.1/夜目Lv.1

スライム系:衝撃吸収Lv.1/形態変化Lv.1


【ステータス変化の記録】

ゴブリン1体目(初回):筋力+1/耐久+1

ゴブリン2体目:変化なし

ゴブリン3体目:変化なし

スライム1体目(初回):耐久+1

スライム2体目:変化なし


【最終ステータス】

筋力:28→29(+1)/耐久:26→28(+2)


【重要な発見】

①初めて倒したモンスターの種類からスキル獲得、ステータス微増(+1程度)

②同じモンスター複数討伐では、すぐにレベルやステータス上昇せず

③異なる種類のモンスターから、新しいスキル獲得可能

④複数のスキルを同時に保有できる

⑤固有スキル「スキルツリー」が出現——これがスキル獲得能力の源?


【現時点での疑問】

・スキルレベルを上げるには何が必要?(討伐数?特別な条件?)

・スキルレベルに上限はあるのか?

・より強力なモンスターのスキルは、効果も大きい?

・同じモンスターを何体倒せば、何か変化が起こる?

・「スキルツリー」とは正確には何なのか?


【最重要疑問】

なぜ自分だけがこの能力を持っているのか?

他の冒険者も同じ現象を経験しているなら、もっと知られているはず。

偶然の産物?それとも——何か特別な理由がある?


【ミラさんへの説明について】

能力について聞かれたが、自分でも理解できていないため、正直に「分からない」と答えた。

無理に説明しようとするより、理解してから話す方が良いと判断。

今後、能力の全貌が分かってから、信頼できる人に相談することも検討すべき。


【研究方針】

・とりあえず数をこなして、様子を見る

・様々な種類のモンスターと戦い、データを蓄積する

・スキル同士の組み合わせ効果を検証する


【長期目標】

様々なモンスターのスキルを収集し、最適な組み合わせを見つける

「スキルツリー」の正体を解明する


ノートを閉じて、窓の外を見た。星が輝いている。


「これは……想像以上だ」


笑みを浮かべる。モンスターのスキルを獲得できる能力。これがどれほど特殊なものなのか、まだ分からない。しかし、一つだけ確かなことがある。


この能力があれば、様々なモンスターのスキルを研究できる。組み合わせを試せる。無限の可能性がある。


そして——スキルレベルの上昇条件も、まだ謎のまま。それを解明するのも、また楽しそうだ。


「簡単に答えが出ないからこそ、面白い」


再びノートを開き、明日の計画を書き始めた。


次はどのモンスターと戦おうか。どんなスキルを獲得できるだろうか。そして、スキルレベルを上げる条件は何なのか。


考えるだけでワクワクする。


「明日も……頑張ろう」


ノートに書き込む手が止まらない。疑問、仮説、実験計画——ページはあっという間に埋まっていく。


気づけば、ランプの油が半分近く減っていた。


「あ……」


時計を見る。もう夜中だ。


「また夢中になりすぎた……」


苦笑しながらノートを閉じる。司書のおばあさんにも、よく注意されたものだ。


「明日も早いのに」


ベッドに横になる。体中が痛むが、それ以上に——充実感がある。


今日は、人生で一番濃密な一日だったかもしれない。


瞼が重くなる。意識が遠のいていく。


最後に頭に浮かんだのは——明日、どんなモンスターに会えるだろうか、という期待だった。


翌朝。


早めに目を覚ました。身体中が痛む。昨日の戦闘の傷が、まだ残っている。


しかし、それ以上に——ワクワクする気持ちの方が大きい。


「今日も、森へ行こう」


起き上がり、ノートを確認する。


【今日の目標】

①コボルトまたはラットマンと戦い、新しいスキルを獲得する

②ゴブリンをさらに数体倒し、スキルレベル上昇の条件を探る

③スキルの組み合わせ効果を実戦で試す


ミラにもらった傷薬を傷口に塗る。しみるが、効果はありそうだ。


「ミラさん、ありがとう」


朝食を済ませ、ギルドへ向かう。


「おはよう、レン」


ミラが笑顔で迎えてくれた。


「昨日はよく休めた?」


「はい。今日も依頼を受けたいのですが」


「元気ね。でも、無理はしないでね」


ミラは依頼書の束を指差した。


「今日はどうする? また森のゴブリン? それとも、別のモンスター?」


依頼書を眺める。


『森のコボルト討伐 報酬:銀貨4枚 推奨ランク:F~E』

『森のラットマン討伐 報酬:銀貨4枚 推奨ランク:F~E』


「コボルトを受けたいです」


「分かったわ。気をつけてね。コボルトはゴブリンより素早いから、油断しないように」


「はい。気をつけます」


「あ、それと——」


ミラが少し真剣な表情になった。


「そろそろパーティを組むことも考えてみない? 一人で活動するのも限界があるわ」


「パーティ、ですか」


確かに、一人では限界がある。より強いモンスターと戦うには、仲間が必要だろう。


「今すぐじゃなくてもいいけど。ちょうど、メンバーを探している冒険者もいるから、機会があれば紹介するわね」


「はい。お願いします」


森へ向かう。


今日は、昨日より深く進む。コボルトは森の奥に生息しているはずだ。


ノートを確認しながら歩く。


【コボルトの特徴】

犬に似た小型の獣人。素早く、嗅覚が鋭い。推定保有スキル:嗅覚強化、素早さ向上、爪攻撃


森に入って二時間。


立ち止まる。風向きが変わった。獣臭が、こちらに流れてくる。


「……いる」


茂みの向こうを覗く。犬に似た小柄な獣人が一体、何かの匂いを嗅いでいる。


コボルトだ。


慎重に近づこうとした——が。


コボルトが突然、こちらを振り向いた。


「ガウッ!」


匂いで気づかれた——!


コボルトが駆け出す。速い。ゴブリンの比ではない。


短剣を構えたが、目が追いつかない。


右から——!


咄嗟に横へ跳ぶ。コボルトの爪が腕を掠めた。鋭い痛み。血が滲む。


「っ……このままじゃ——」


鼓動が耳を塞ぐ。口の中が鉄の味がする。


『身体強化』を起動——筋力が満ちる。視界が研ぎ澄まされる。


コボルトが再び襲いかかる——速い!


いや、待て。落ち着け。


呼吸を整え、コボルトの動きを観察する。


速いが——直線的だ。獣の本能で動いているため、フェイントがない。


次の攻撃を予測する。右側から来る——。


地面を蹴る音。獣臭が右から迫る。


読める——!


棍棒を右へ振るった。風を切る音。


ガン!


棍棒がコボルトの側頭部を捉えた。鈍い手応え。骨に当たった感触。


「ギャン!」


コボルトが怯む。よろめいて体勢を崩す。


今だ——!


踏み込み、短剣を突き立てた。コボルトの首筋に刃が食い込む。


コボルトが倒れる。死体が残る。


「はぁ……はぁ……何とか……」


全身に緊張が走っていた。ゴブリンより遥かに手強い。一瞬の判断ミスが、命取りになる戦いだった。


死体に近づき、腹部を裂く。魔石は——ない。


「残念……」


耳を切り取り、討伐の証明を確保する。


そして、コボルトの死体から光の樹形図が現れた。


今度は、鋭く、素早い動きをしている。それが胸に吸い込まれていく。


頭の中に、新しい情報が流れ込む。『嗅覚強化』。『素早さ』。『爪攻撃』。


ギルドカードを確認した。


【レン・アルトリア / F級】

筋力:29 (E)

敏捷:35 → 36 (E)

耐久:28 (E)

魔力:52 (D-)

知力:64 (D)

保有スキル:スキルツリー、棍棒術Lv.1、身体強化Lv.1、夜目Lv.1、衝撃吸収Lv.1、形態変化Lv.1、嗅覚強化Lv.1、素早さLv.1、爪攻撃Lv.1


「新しいスキル……そして、今度は敏捷が上がった!」


周囲を見回す。誰もいない。


小さくガッツポーズ。


ノートに書き込む。


【コボルト1体目(初回)】

敏捷+1


【獲得スキル】

嗅覚強化、素早さ、爪攻撃


「やはり、初めて倒したモンスターからスキルを獲得すると、ステータスが微増する。そして、スキルの種類によって上昇するステータスが違う」


『嗅覚強化』を試してみた。


目を閉じる。集中する。


周囲の匂いが、鮮明になった。木々の匂い。土の匂い。そして——獣臭。


「すごい……近くにモンスターがいる。これは面白いかもしれない」


匂いを辿り、さらに森の奥へ進んだ。


その日、合計で十体のモンスターを倒した。


ゴブリン五体。コボルト三体。スライム二体。


コボルト二体目との戦闘——今度は『嗅覚強化』を活用した。


匂いで位置を把握する。右後方から接近してくる。


振り向きざまに棍棒を振るう——!


コボルトの突進に、棍棒が直撃。以前より、ずっとスムーズに対処できた。


『嗅覚強化』があれば、奇襲を防げる。これは便利だ。


しかし——ギルドカードを確認すると、やはりスキルレベルは変わらなかった。ステータスも変化なし。


「やはり、同じモンスターを倒しただけでは、スキルレベルは上がらない……」


少し落胆したが、すぐに気を取り直す。


「でも、これはこれで面白い。スキルレベルを上げる条件を見つけることが、次の研究テーマだ」


日が暮れる頃、ギルドに戻った。


「レン! 今日も無事だったのね」


ミラが笑顔で迎えてくれた。


「はい。コボルトとゴブリンを倒してきました」


「何体?」


「合計で十体です」


ミラは驚いた顔をした。


「十体!? 二日目でそんなに……あなた、本当にF級なの?」


「はい……でも、まだまだ学ぶことが多いです」


討伐証明と魔石を差し出す。ゴブリンの耳五つ、コボルトの耳三つ、スライムの核二つ。そして、魔石が四つ。


「お疲れ様。討伐報酬が銀貨28枚、魔石買取が……」


ミラが計算する。


「合計で銀貨48枚ね」


銀貨を並べながら、ミラが言った。


「あのね、レン。あなた、このペースだとすぐにE級に昇格できるわよ。F級の昇格条件は、十件の依頼成功と、推薦状。あなたはもう二件達成してるから、あと八件ね」


「そうなんですか」


「ええ。でも、無理はしないでね。ランクを上げることより、生きて帰ることの方が大事だから」


「はい。ありがとうございます」


「今日も、これあげる」


ミラが小さな布袋を差し出す。傷薬だ。


「また、いいんですか?」


「当然よ。私の大事な——」


ミラは言葉を切って、少し遠い目をした。


「……新人冒険者さんだもの。ちゃんとケアしないとね」


一瞬、その表情に影が差したように見えた。でも、すぐにいつもの優しい笑顔に戻る。


「ありがとうございます、ミラさん」


その優しさが、今日も胸に染みた。


宿に戻り、ノートを広げた。


【二日目の記録】


【討伐数】

ゴブリン:合計8体(昨日3体+今日5体)

スライム:合計4体(昨日2体+今日2体)

コボルト:合計3体(今日3体)


【獲得スキル】

・固有スキル:スキルツリー(レベル表記なし)

・ゴブリン系統:棍棒術Lv.1、身体強化Lv.1、夜目Lv.1

・スライム系統:衝撃吸収Lv.1、形態変化Lv.1

・コボルト系統:嗅覚強化Lv.1、素早さLv.1、爪攻撃Lv.1


【ステータス】

筋力:29(変化なし)

敏捷:36 (E)

耐久:28(変化なし)


【重要な発見】

・ゴブリンを8体倒したが、スキルレベルは上がらない

・同じモンスターを複数倒しても、ステータスは上がらない(初回のみ)

・コボルトからは敏捷が上昇するスキルを獲得

・『嗅覚強化』を実戦で活用。位置把握に極めて有効


【現時点での結論】

・スキルレベルを上げるには、単純に数を倒すだけでは不十分

・何か別の条件がある可能性が高い

・または、必要な討伐数が予想以上に多い(20体?50体?100体?)


【次の疑問】

・より強い個体を倒せば、レベルが上がる?

・違う種類のモンスターを倒すことで、何か変化がある?

・スキルを実戦で多用すれば、レベルが上がる?


【今後の方針】

・引き続き様々なモンスターと戦い、新しいスキルを獲得する

・同じモンスターも倒し続けて、レベル上昇の条件を探る

・スキルの組み合わせ効果を検証する


ノートを閉じて、窓の外を見た。


「スキルレベルの謎……解明するのが楽しみだ」


笑みを浮かべる。


簡単に答えが出ないからこそ、研究のしがいがある。


明日も、森へ行こう。もっと強いモンスターと戦おう。もっとスキルを集めよう。


そして——この能力の秘密を、解き明かしたい。


「明日は、ラットマンと戦ってみよう。そして、スキルの組み合わせも試してみたい」


ノートに書き込む手が止まらない。疑問、仮説、実験計画——ページはあっという間に埋まっていく。


窓の外では、星が静かに輝いていた。


---


【獲得スキル一覧(第1話終了時点)】


固有スキル:スキルツリー(レベル表記なし)


ゴブリン系統:

- 棍棒術Lv.1:棍棒系武器の扱いに長ける

- 身体強化Lv.1:筋力と耐久力を底上げする

- 夜目Lv.1:暗所での視力が向上する


スライム系統:

- 衝撃吸収Lv.1:物理攻撃のダメージを軽減する

- 形態変化Lv.1:身体の柔軟性が増す


コボルト系統:

- 嗅覚強化Lv.1:嗅覚が鋭くなり、獲物の位置を把握しやすくなる

- 素早さLv.1:敏捷性が向上する

- 爪攻撃Lv.1:爪を使った攻撃技術を獲得


【成長記録】


筋力:28 → 29 (E) [+1]

敏捷:35 → 36 (E) [+1]

耐久:26 → 28 (E) [+2]

魔力:52 (D-)

知力:64 (D)

総合戦闘力:169 → 173 (+4)


討伐数:

- ゴブリン:8体

- スライム:4体

- コボルト:3体

- 合計:15体


保有スキル数:9個(固有スキル含む)

依頼達成数:2件(E級昇格まで残り8件)

ちょっと煮詰まってしまったので新しいシリーズを投稿いたします。

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