第一陣 その男、独眼竜
小高い丘の上に一人の男が立っていた。
精悍な顔つきにボサボサの髪、そして眼帯をした右目が特徴的だった。
男は片一方の左目で何かを見つめている。
物思いにふけるようにいつまでも、いつまでも。
見つめる先には夕日で染められた赤い平原が広がっている。
時折吹くそよ風に草が波打ち、静かな音楽を奏でる。
優雅で美しいこの赤い平原も男には血に染められたものとしか思えなかった。
男は拳を握りしめ天を仰ぐ。
それが神への祈りなのか、自分への問い掛けなのかは分からなかったが、その表情は覇気に満ちていた。
その覇気は竜の如く、誰もが畏怖を感じるものだった。
彼に称号を与えるとしたら『独眼竜』だろうか。
男は天を仰いだまま小さく呟く。
「彰宗……わしはお主の名を継ぎ天下を統一してみせるぞ」
彼の名は伊達彰宗。
若干十八歳で東北の雄伊達家の当主となった。
では何故彼がこう呟いたのか。
その理由は遡ること一か月前のことだ。
まばらに伸びた草が風に揺れる夕暮れの丘に二人の男がいた。
学生服の胸元を大きく開けて寝転がっている。
一人は右目に眼帯をした優しい顔つきの少年。
名前は伊達彰宗。
東北の雄伊達家の跡継ぎである。
もう一人は精悍な顔つきでボサボサの髪をした男で名前は片倉琥十朗。
二人とも家路の木陰で一時の休息を取っていた。
時折吹く微風が心地よかった。
「のう琥十朗。何故人は歴史を繰り返すのかのう?」
彰宗が不意に尋ねる。
だがその口調からその問いが心の奥底から出てきたということが分かった。
琥十朗は突然の問いに黙り込んでしまった。
彰宗が微笑して続ける。
「困るのは罪のない民だけなのにのう」
彰宗は悲しそうに消えそうな声で呟いた。
琥十朗は何も答えることができず、そのまま流れる夕暮れの雲を眺めつづけた。
しばらく沈黙が続いた後、琥十朗が静かに口を開いた。
「じゃあ、お主は何故己の剣を振るうのだ?」
その問いに彰宗は少し驚いた顔をする。
流れる雲を見つめながら静かに答えた。
「わしは何故戦っているのかはわからんけど」
「けどなんじゃ?」
琥十朗がそう尋ねると彰宗は苦笑を浮かべて呟く。
「それが分からんから戦っておるのかも知れんのう」
「そうか……」
琥十朗は納得できていないような顔をしていたがそれ以上は追及しなかった。
「のう琥十朗。わしはこのまま戦い続けてその答えを見つけ出すことができるだろうか」
「さあな。でも……」
琥十朗は勢いよく起き上がり彰宗を見下ろす。
夕暮れの陽光が重なり琥十朗が少し大きく見えた。
琥十朗は微笑んで続ける。
「その答えが見つかるまでわしはお主について行くからのう」
琥十朗が手を差しだす。
彰宗はその手をしっかりと掴み起き上がる。
「そうか……じゃあお主とわしでその答えを見つけに行くとするかのう」
そう言うと二人は夕暮れの丘を後にした。
風に揺れる草木は赤の平原に優しい音楽を奏で、流れる雲は時の流れのように赤い平原に時を刻む。
この日誓った約束は守られることはなかった。
その日の夜、彰宗の家、つまり米沢城では宴会が開かれていた。
家臣一同と当主の家系のものが集まり宴を楽しんでいる。
「いやあ、今日は何の宴会であろうな」
「そりゃあ彰宗様の当主襲名の宴であろう」
家臣の笑い声が大広間によく響く。
酒を酌み交わし顔を赤く染め、既に無礼講といった状態だった。
その片隅で一人この宴会を快く思っていない者がいた。
長く美しい黒髪に整った顔立ち、綺麗な着物を着た彰宗の母、華姫である。
華姫は鋭い憎悪の目で上座を見つめている。
そこは代々伊達家当主が座る場、今日の宴会でおそらく彰宗が座ることになる場所だ。
華姫はその場所を一時たりとも目を逸らさなかった。
何故華姫がここまで彰宗を嫌うのかと言うと、彰宗が醜いかららしい。
自分から授かった右目を失い、黒い眼帯をはめた親不孝者だと言い嫌っている。
彰宗は幼少のころ友達と真剣で遊んでいて、誤って右目を斬られてしまったのだ。
手術の結果、何とか一命は取り留めたものの傷ついた右目は元には戻らなかった。
その傷つけた友人は他でもない琥十朗なのだが。
その時広間の襖が勢いよく開いた。
騒いでいた家臣たちも静まり姿勢を正す。
上座の赤い座布団の上に一人の少年が座る。
右目に眼帯をした少年、そう、彰宗である。
その横にまだ若いが貫禄のある男が座った。
その男こそ彰宗の父であり伊達家の当主、伊達義宗である。
義宗は咳払いをして口を開いた。
「皆ももう知っておるかもしれんが、今日の宴会はわしの息子彰宗に当主の座を譲ろうと思ってのう。わしもまだまだやれるが彰宗には早くに当主の座について世界をよく見てもらいたいのじゃ。わしはこの天下を取る為に隠居する。何か異論はあるかのう」
義宗の質問には誰も答えなかったが、その代わりに歓喜の叫びがあちこちからあがった。
家臣のその様子を見て宥めるように義宗が続ける。
「よしよし、分かった。では新当主彰宗より一言頂こうかの」
義宗は彰宗に目線を移しそれを求める。
彰宗は軽く頷き家臣たちを一瞥した後ゆっくりと話し始めた。
「本日はこの彰宗の当主襲名の宴に参加してくれて有り難く思う。わしが当主に就くにあたって皆に言っておく。わしは勿論この天下を統一するために自ら剣を振るう。だがわしは時々思うのじゃ。何故わしは剣を振っているのかと」
家臣は歓喜の声から静まり返り怪訝な顔をしている。
当然だろう。一城の当主が何故剣を振るっているのかなんて訊くのだから。
その怪訝な顔を無視して彰宗は続ける。
「困るのは民だけじゃ。そしてわし等も死と隣り合わせなのじゃ。わしは死ぬのは怖いが民を護りたいという気持ちもある。だからわしはその答えが見つかるまで戦い続けたいと思っておるのじゃ。皆ついてきてくれるな」
その瞬間静まり返った広間がまた歓喜の渦に変わった。
人々は声高々に笑い「わし等は皆ついていきます」「彰宗様に乾杯!」と言って酒を酌み交わす。
琥十朗が彰宗を見るとにっこりと微笑んで見せた。
(そうじゃ彰宗。お主はそれでいい。堂々と胸を張ってこの天下を登り詰めて行けばいい)
その琥十朗の思いが伝わったのか彰宗は軽く頷き赤い大きな盃を手に取り酒を注いだ。
琥十朗も小さな御猪口に酒を注ぎ、それを同時に飲み干した。
宴会は深夜まで行われ男も女も皆彰宗の襲名に酔いしれた。
ただ一人の女を除いて。
空には黒い雲がかかり闇夜を更に闇に沈める。
華姫は一人口惜しそうに明かりのない暗い部屋で座っていた。
「調子に乗りおって……莫迦者どもめ。だがその酔いも明日の朝には晴れるであろう。のう、畠山よ」
華姫が襖を一瞥する。
その時、稲光と共に天を割るような轟音が米沢城を襲った。
襖の先には一人の男が見える。
がっちりとした体格でいかにも猛者といった感じだ。
畠山は静かに答える。
「はい。この私が伊達彰宗を消してみせます」
「そうか。楽しみにしておるぞ」
そう言うと華姫は甲高い声で笑い出す。
狂ったように何度も何度も奇声の様な声で笑った。
城内にも響いただろうが起きるはずがない。
皆、彰宗が戦場を駆ける姿を夢見て寝ているのだから。
それが叶わぬ夢であるのに。
次の日の朝、外は雨が降っていた。
黒い雲が容赦なく雨を大地へと降らす。
こんな日には暗殺などの隠密な仕事がしやすい。
そんな暗い朝に彰宗と琥十朗と琥十朗の弟は丘へと出かけていた。
雨に打たれて服が透けている。
「珍しく強い雨じゃのう」
彰宗が空を仰ぎ呟く。
琥十朗は短く「そうじゃのう」とだけ答えて視線は後ろの木にあった。
丘の上に立つその木は樹齢何百年と言われる巨木である。
毎年夏にはこの木を囲み盆踊りが踊られるほどだ。
琥十朗はその木から少し息を荒らした人の気配を感じていた。
まるで誰かを暗殺する前の緊張感を漏らしているかのような。
彰宗もちらちらと後ろに視線を流していることからその気配には気付いているだろう。
「のう彰宗。お主木の上に人を置いてきたのか?さっきから怖がったように息を切らしているぞ」
琥十朗は巨木を向き少し大きな声で言う。
彰宗も後ろを向き答える。
「いや、わしは木の上に人を置いてくることはせん。だが木の上で怯える人間などいるわけ無かろう。それとも……」
「それとも?」
「わしに怯え取るのかもしれんのう」
彰宗が言い終わると同時にドスンという音を立てて一人の男が木から下りてきた。
がっちりとした体格に伸びた黒い髭が猛者を連想させる。
昨夜、華姫と会談していた畠山である。
畠山は鼻息を荒くさせて近づいてくる。
「誰がお主に怯えてるだと!? ふざけるな!」
「ほお……ではお主何をしに来たのじゃ?」
彰宗が睨むような目で訊ねると、畠山は低く笑い刀を抜いた。
「分かっておるだろう。……お主を殺す為じゃ彰宗!!」
言うのと同時に刀を振り下ろしていた。
彰宗と琥十朗と弟はあっさりと避けたがものすごい力だ。
振り下ろした地面に亀裂が入っている。
それを立て続けに繰り出してくるので琥十朗たちは反撃の隙がない。
「まずいのう。あれを喰らったらお終いじゃ」
「つまりはあたらなければいい話じゃ。龍次、このことを義宗様に伝えろ」
そう言うと琥十朗の弟、龍次は丘を下って行った。
だがすぐに高い悲鳴が丘に響き渡った。
龍次の声だ。
「どうした龍次!?」
「兄さん来ちゃ駄目だ!」
龍次の声も届かず琥十朗が丘を下ろうとすると痛烈な痛みが肩を襲った。
目線を移すと刀が肩を貫いている。
そう、待ち伏せされていたのだ。畠山の部下に。
刀を貫いた部下はにやにやと笑いながら刀を抜いた。
鮮血が吹き出し琥十朗は地面に臥した。
赤い血が雨に混ざり地面に溶けていく。
「琥十朗!!」
彰宗が琥十朗と龍次に駆け寄る。
だがこれは判断ミスだった。
一時の感情に流されると戦場では命を落としかねない。
駆け寄る彰宗に畠山が立ちはだかった。
「おい、よそ見するほど余裕があるのか?」
畠山がニヤッと笑う。
彰宗はしまったと思ったがすでに遅かった。
畠山の凶刃が胸を……貫いた。
赤い血が濡れたシャツを染めていく。
数十秒後にはシャツは真っ赤に染まった。
そして彰宗は力なく地面に倒れる。
「彰宗えええええ!!」
琥十朗の叫びが湿った丘に響く。
だがその声も低く冷たい雨にやがて掻き消された。
「これで俺が、畠山家が東北を統一できる」
畠山はニタニタと笑いながら、動かない彰宗を見て呟く。
狂ったように笑いながら、雨に打たれて天を仰ぐ。
琥十郎は自分の体が溶けそうなほど熱くなっていくのを感じた。
心の奥底からふつふつと湧いてきて全てを燃やし尽くしそうだ。
痛みを忘れ、ただただ笑い狂った、友を貫いたあの男を殺したいという復讐の魂が燃えていた。
「畠山……お主どうなるかわかっておるのか?」
琥十郎が刀をゆっくりと抜き訊ねる。
鮮血が吹き出すが気にすることなく鋭い目で畠山を睨む。
「どうなるかだと? さあな。俺はただ華姫様に頼まれたんだ」
「華姫殿にか?」
「ああ、彰宗を殺してくれれば俺に伊達家を譲るように仕向けるんだとさ」
畠山は依然として笑ったまま答える。
ニタニタして、ネジが外れてしまったのか傍から見たら変質者だ。
(なるほど、彰宗を殺して自分の思い通りのままの弟の方を継がせれば伊達家を牛耳ることができるというわけか)
後ろで畠山の部下が揃いに揃って畠山家が東北の覇者だと言って笑い始める。
「だがそれは無理な相談だのう」
「何故だ?」
「お主はわしの手でここでくたばるからな」
琥十郎は腰の刀を抜き、ゆらりと構える。
凛々しい顔とその顔と鋭い覇気を纏わせたその姿は竜の如く、鋭い目つきで畠山を捕えていた。
「ほお、なかなかできそうな雰囲気だな。だが数が違いすぎる。勝負にならん」
畠山が自信に満ちた様子で言った。
だが次の瞬間自信に満ちた顔は青ざめた。
逆に恐怖で顔が歪ませる。
「数だと? ここにはお主とわししかおらんぞ」
そう、彼はわずか数十秒で十数名の畠山の部下を斬り捨てて見せたのだ。
返り血を舌で舐めながら刀を畠山へと突き付ける。
「龍次、お主は城へと戻りこのことを義宗様に伝えろ」
「わ、わかった」
龍次は怪我を負いながら必死で丘を下りて行った。
その様子を見届けた後、琥十郎は鬼のような眼差しで畠山を見る。
たとえ刺し違えてでも刺し殺すとでもいうような表情だ。
降りやまぬ雨が容赦なく二人を打ち沈黙を作る。
琥十郎は刀をしっかりと握って身構える。
そして勢いよく飛び出した。
「畠山、許さんぞ!」
琥十郎は刀を下に向けたまま突っ込む。
畠山の目の前まで来たところで高く飛躍する。
両手で素早く刀を上段へと振り上げ、そのままの勢いで振り下ろす。
斬撃が空を切り裂き畠山へと迫る。
なんとか横へと転がり免れたが、あと少し遅かったら捌かれた魚のように首と胴体が離れていただろう。
琥十郎は間髪を入れずに刀を振る。
我を忘れたように次々に刀を振り、畠山を追い詰める。
だが怒りに任せて戦う奴ほど感情的なため動きを読まれやすい。
畠山も数々の戦場を掻い潜ってきた猛将だ。そんな攻撃ではやられるはずがない。
動きをよく見て振り下ろされるところを読んでいるのだ。
ただ斬撃が繰り出された後から次の斬撃への間が短いため、反撃の隙がないのだ。
「どうしたんじゃ。元気がないのう」
「いや、ここからさ」
ニヤリと少し余裕を見せて笑う。
琥十郎は気に食わなかったのか更に激しく刀を振るう。
だが鋭い斬撃は空を斬り、ブンブンと音を鳴らすだけだ。
(半端ないスピードだな。これは将来大物になるな。まあ俺がここで殺しちまうんだが)
畠山は琥十郎の力に感心しながらも余裕の表情だった。
(いずれ疲れて足元がふらつく。そこで仕留めるしかない)
そう思った時、琥十郎の上体がが傾く。
足を濡れた地面にとられたらしい。
しまったと思ったが遅かった。
畠山はこの瞬間を見逃さなかった。
刀をしっかりと握りしめ歯を食いしばる。
「もらったぞ。そこだあああ!」
そう叫びながら刀を振り抜く。
鋭く無駄のない斬撃が琥十郎を斬った。
鮮血が吹き出し、悲痛な叫び声が雨の湿った丘に響く。
琥十郎は斬られた右目を抑えながら畠山を睨む。
「熱くなりすぎなんだよ。動きが漏れ漏れだ」
悔しさでより体が熱くなっていく。
だが自分の手に付いたドロッとして生温かいものを見ると血の気が引いて行くのが分かった。
ドロッとしたそれは赤く、留まることなく溢れ出てくる。
「お前も終わりだな。今楽にしてやるよ」
畠山が刀を突き付け言った。
琥十郎は息を漏らしながら微笑んで答える。
「そうはいかんのう。わしはまだ終わってはおらんからのう」
そう言うとゆっくりと体を起こし刀を構える。
覇気が強いのは先ほどと変わらなかったが、今は異様なほど冷静だった。
右目を血に染め、口元を軽く緩めているその姿はどこか不気味である。
(なんだこいつ。さっきとは比べ物にならないくらい大きく見える)
畠山は悠然と立つ琥十郎に畏怖の念を感じた。
全てを飲み込むブラックホールのような不気味な雰囲気が丘全体を包む。
「どうじゃ。驚いたか?」
「い、いや別に驚いてはいない」
琥十郎の異様な落ち着いた声に畠山は言葉を詰まらす。
「じゃあ、再開しようかのう」
と言い終わる前に琥十郎は動いていた。
先ほどの落ち着きとは反対に動くこと雷挺の如し。
まるで雷のように鋭く斬撃を繰り出す。
強烈な一撃が畠山の体を駆け抜ける。
悲痛な叫び声とともに左腕が綺麗に斬れて地面に落ちていた。
「ああああああ!! お前何をした!?」
畠山が斬れた左腕を抑えながら訊ねる。
琥十郎は依然として微笑んだまま答える。
「何もしてないがのう。斬っただけじゃ」
淡々と答えて一呼吸置き、
「さて……終わらそうかのう」
と畠山を嘲笑して刀を振り下ろした。
鈍い音が湿った丘に響いた――
しばらくして龍次が呼んだ援軍と義宗が来た。
鎧を身に着けていないところからして救援を聞いてそのまま駆けつけたのだろう。
義宗は胸を貫かれ赤く染まった彰宗を見てその場に崩れた。
当主を継いだ溺愛の息子が一日で失ってしまったのだ。
いや、正確にはまだ生きているが致命的である。
彰宗は顔を青くしてその場に仰向けで倒れている。
小さくゆっくりと呼吸の音が聞こえる。
「彰宗……しっかりせんか!」
「父上……」
父、義宗の声にゆっくりと瞼を開け、掻き消されてしまいそうな擦れ声で答える。
青ざめたその顔はいつ死んでもおかしくない。
義宗は笑みをこぼすが知らずと涙が頬を伝わっていた。
「父上……頼みがあります」
「な、なんじゃ?」
「わしはもう死にます。わしが死んだと知れば他の大名が黙ってないでしょう。だから……わしの死を隠してください」
「ば、馬鹿を言うでない。お主はまだ生きれる」
「いいえ。わしはもう駄目じゃ。自分のことは自分がよくわかる」
彰宗はにこりと微笑んで義宗を見る。
必死に笑顔を作っているのがわかる。
これが彰宗の限界だろう。
「わかった。どうすればいい?」
義宗は息子の死を受け入れて最後の望みをかなえることにした。
彰宗はありがとうと小さく言ってから内容を言った。
「わしの影武者を立ててください」
「影武者か……誰に任せるのじゃ」
「それは……」
彰宗が黙って琥十郎の方を見る。
「琥十郎だと!?」
「はい、琥十郎ならわしの跡をついで天下を統一してくれるでしょう」
「わかった。琥十郎いいかのう?」
琥十郎は黙ったまま彰宗を見つめる。
彰宗は死に際とも思えないような燃える目で琥十郎を見つめている。
後は任せたというように見ていた。
だがやりきれないのだろうか、どこか悔しげだ。
しばらく見つめあったあと琥十郎は静かに答えた。
「わかった。彰宗、わしはお主の跡をついで天下を統一して見せるぞ」
「ありがとう。じゃあお主にこれを渡しておこうかの」
すると彰宗は自分の右目から眼帯を外し琥十郎に渡す。
その眼帯は黒く、伊達家の家紋の上に竜が彫られている。
「いいのか?」
「俺の影武者ならこれをつけていないといかん」
「そうか……」
琥十郎は黒い眼帯を右目にゆっくりとはめて見せた。
その姿は彰宗とそっくりである。
「どうじゃ。似合っておるかのう」
「ああ、似合っておる。後は頼んだぞ……」
そう言うと彰宗は瞼をゆっくりと閉じた。
「彰宗しっかりしろ!」
「彰宗!」
義宗と琥十郎が名前を呼んだが決して答えることはない。
ただただ、雨の音がうるさく丘を包むだけであった。
伊達彰宗、若干十八歳で伊達家を継ぎ死亡する。
まだ若すぎる死だ。
それは伊達家にとって痛い損害となった。
時は戻り、彰宗こと琥十郎は赤い平原を見つめてもう一度言う。
「彰宗……わしはお主の名を継いで天下を必ず統一してみせるぞ」
そう言うと彰宗は夕暮れの丘を後にした。
夕暮れの丘には朱色に輝く一つの墓標が立っていた。
真新しく大きな墓標だ。
丁寧な作りに竜が描かれている。
今にも動きそうな躍動感溢れる竜だ。
そこに名前は刻まれていなかった。




