【怪異ファイル01】ボタルダール森林保護区 その2
「ふーん、失踪者が多数ね……元々は珍しい蛇がやたら多いただの森だったと」
シモンはタブレットを手に、浮かした水筒からお茶を注ぎ、一休みしていた。しかし黒い瞳はその内容を不審に思っているようで。
「蛇、蛇ねぇ……そういう系なのかもな。あ〜面倒くせぇ。んあ、なんであんなとこにガキが居んだよ」
蛇というワードに何か引っかかりながらも、悪態をついていると、車の行先に13歳くらいの子供が立っていた。子供は顔がすっぽり覆い被さるようなローブを着ていたため、顔が全く分からなかった。その子供はシモンに気がついたのか、足速に森の中に入っていった。
「おいおいおい……一応、地域怪異度Aだぞ……一般人が入ったって分かったら面倒だろ……はぁ、後で探すか」
諦めたようにそう言うとシモンは車のエンジンをかけ、魔法を使わずに舗装の悪い道を駆けて行った。
なぜ、魔法を使わないのか。それはこれから行く村がこの魔法が蔓延るご時世にも関わらず、まだ魔法使いを異端のものとして扱っているからであった。この村は滅多に魔法士は生まれないことが事前調査で分かっている。
シモンは頭の中に調査資料と一緒に送られていた手紙の内容を思い出していた。
――ハロー、シモン
この調査の前に帰還者の話をまとめた書類を送ります。まあ読むのを面倒くさがりそうなので、私が要約しといてあげますよ。感謝してくださいね。
ボタルダール森林保護区は禁足地になるまでは普通に観光客で溢れてたみたいです。しかし干ばつが起きたらしく、被害としては近くの村の作物が全部枯れるくらいの影響をもたらしたみたいですよ。そこからみたいです、居なくなる人が増えたのは。とある帰還者の1人が蛇の学者でね、毎年のように赴いていたみたいなのですが、あそこには伝承で大蛇が住んでいるとの話です。あ、そうそう、ちなみに帰還者のほとんどが非魔法士です。これが何を指すのかは自分で考えるんですよ。
君の愛する上司、アーノルド・ハインリヒより
この手紙の最後の部分まで思い出してしまったのは誤算だった、という顔でシモンは車を走らせる。
「ああ、ここか。まぁ、作戦通りに行くか」
そして車を停め、怪異蠢く森の手前の村に入って行った。
***
「ようこそお越し下さいました! こんな辺鄙な村まで、さぞお疲れになったでしょう。ささっ、ご飯の準備ができています! こちらに! あっお荷物あればお持ちしますよ!」
村の20代後半くらいの男性が悪気のない満面の笑みでシモンのことを迎え入れてくれた。赤茶色の短めの髪に、顔にそばかすがある。シモンは意気込んで村に入ったというのに、思っていた雰囲気とは違って驚いていた。もっと陰険な雰囲気だと考えていたからだ。しかし、警戒心は緩めない。こういう反応の村は何かある。それは今までの経験から推測されることであった。
(おそらくだが、年齢的にも雰囲気的にもこの男は村長ではない。しかし、村長から命令されていたとしても、あまりにも人が良すぎる)
「いやぁ、こんなところに今代最強と謳われる魔法使いさんが来てくれるなんて! 僕、シモンさんのファンなんですよ! 後でサインお願いしてもいいですか!?」
「お、おう……いいけどよ……」
「うわあぁぁ、嬉しい! 家宝にします、ほんと! あ、名乗ってませんでしたね。僕はジョゼ・ハイセルと申します。村長の息子です。よろしくお願いします!」
シモンは警戒するのも馬鹿馬鹿しくなった。それもそのはず、ジョゼからは全く悪意を感じないからだ。ただの田舎の魔法使いに憧れる青年といった感じだった。
ジョゼは村を案内がてら、村長宅に連れて行くのかと思いきや、隣の家に案内した。村は赤茶色の煉瓦造りの家々で、少し昔を感じる外観が並んでいる。真ん中の広場のすぐ横に村長宅があり、1番大きな家だった。シモンはしきりに辺りを見渡していたが、特に変なものはなく、拍子抜けてしまった。
(異常は感じられないな。ジョゼなんて、気前のいい青年、という印象しか持てねぇ)
「着きました! 僕の妻がご飯をつくってくれているんです! 妻の料理はとっても美味しいですよ! シモンさん、早く!」
いつの間にかジョゼの家に着いていた。ジョゼの家も周りの家と変わった様子はなく、煉瓦造りの、強いて言えば、他よりも綺麗な建物だった。扉が開いて、中から燻んだ金髪の女性がシモンを歓迎する。
「いらっしゃいませ! こんな辺鄙な田舎の村まで、ご足労いただきありがとうございます! 私はフロリアと申します。こんなものしか出せませんが、手によりをかけて作らせて頂きましたので、ご賞味くださると幸いです! こちらにどうぞ! 私も実はシモンさんのファンなんですよ!」
(妻、か……あいつは料理は下手くそだったな。ダークマターしか作れねえ。だけど、一生懸命に頑張る姿はいつも綺麗だったな)
シモンはフロリアのことを見て、昔を思い出していた。亡き妻――アイリーンの楽しそうに料理をしている後ろ姿。ミルクティー色の髪を1つにまとめて、動くたびに揺れる。失敗した時の申し訳なさそうな、子犬のような桃色の瞳。全てが懐かしいとシモンは感じていた。
心ここに在らずで突っ立っているシモンを見て、ジョゼは心配そうに覗き込む。
「シ、シモンさん……やっぱりお疲れなんですね……」
「いや、大丈夫だ。それよりもお前の奥さんの料理は美味いんだってな。早く食べようじゃないか。あ、村長は来ないのか?」
シモンは何事も無かったかのように、ジョゼの言葉に反応を示したのに対し、ジョゼはそのことを聞くと、少し暗い顔をした。そして、今までとは違う声色で話し始めた。
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