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番外編5 「これが私の仕事です」後編

 本部襲撃から2週間が経ちました。連日連夜の作業で、ようやくひと段落しました。すれ違う隊員全員に心配される程、目の下に大きな隈を作っていました。寝不足で髪はボサボサ、お肌はカッサカサでしたが、それを気にする余裕は私にはありませんでした。

 何故なら近日中に王国騎士団との大規模な戦いを控えているからです。戦闘の規模は前回の比ではないと聞かされ、私は立ち眩みを起こしました。仕事が増えるから? そんなどうでもいい理由ではありません。仲良く談笑した仲間が、一緒にご飯を食べた仲間が、私を命懸けで守ってくれた仲間が、戦場で命を落とすこと。それが私には恐ろしくてたまりませんでした。


 ですが、私の願いなど叶うはずもなく決戦の日はやってきます。


「いいか? メルティ。一応預けていくが、これはなんだ……薪みたいなものだ。無事に帰ってきたら鍋の火起こしにでも使ってくれ」


「はい。確かにお預かり致します」


 冗談ぽく笑いながら、上等な封筒を渡してくる隊員がいました。


「あっ俺も一応な。火種は多い方がいいだろう?」


「はい。確かに……」


 隊員達はイタズラっぽい笑顔を浮かべながら私に封筒を手渡してきます。「後で燃やしてくれ」「ちり紙が無くなったら使ってくれ」など、皆さんふざけた台詞とともに私へ封筒を預けていきます。誰かが執務室へ訪れる度に、私はそれを毎度立ち上がり、頭を下げ丁寧に受け取り金庫へしまいます。なぜなら皆さんが預けていった物は『遺書』なのですから。

 生きて帰れば遺書はただの紙切れになる。皆さんそうなると信じ、努めて明るく振る舞いながら私に遺書を託していったのです。

 

 


 出撃当日。この日を迎えてしまった以上、私にできることはありません。


(今日が終わった後、どうか私に仕事をさせないで下さい……)


 皆が出撃していった後、そんなことを神様に祈りました。







 日が暮れる前、支部の方が守りを固める本部に吉報が届きました。戦勝報告です。私は腰が抜ける程に安堵しました。ですが数秒後、地獄が始まりました。ここからは語るのも辛いので史実をそのままご覧下さい。


 




 隊員死者78名。また幹部含む200名超が重軽傷。





 王国騎士団元帥、ジェノス・ランドールの謀反を未然に防ぎ、王都の土地と市民を守り抜いた英雄アイギス8番隊。しかしその代償として隊員の5分の1を失う結果となった。




「次の方……どうぞ」


「あの! あの! 夫と連絡が取れないんです!! 夫は……ターキッシュは無事なんでしょうかっ!?」


 酷く取り乱した女性が執務室でメルティに詰め寄る。


「ターキッシュ……あのターキッシュ・ブライヤ隊員のことでしょうか?」


「そうよ!! 私はブライヤの妻です!! 治癒院にはいなかったの! 夫は!? 夫は今どこにっ!?」


「……少々お待ち下さい」


 負傷した隊員は全て支部の治癒院に運ばれた。軽症ならば復帰して家族とすでに連絡が取れている。つまり連絡が取れず、治癒院にもいないということは――――

 メルティは名簿を確認する。ターキッシュの名前を見つけたメルティの顔が一瞬硬直したのを女性は見逃さなかった。


「嘘でしょ……」


 女性は膝から崩れ落ちる。そしてうわ言を口走っていた。メルティは封筒の束からターキッシュの名前があるものを手に取る。


「奥様。ターキッシュ・ブライヤ隊員よりお預かりしていたものをお返し致します。どうかお受け取り下さい」


 女性は遺書を受け取ると中身を見る前にその場で絶叫する。遺書を渡されるということは、その隊員が亡くなっているという証明に他ならない。

 女性は他の隊員に支えられ執務室を後にする。身寄りのないメルティには隊員は家族も同然だ。絶叫する女性の気持ちは痛いほどに理解できる。だが、今はまだメルティに泣くことも叫ぶことも許されない。


「次の方……どうぞ」


 震える声で列に並ぶ家族に声をかける。大半が隊員の「死」を伝えるのが役目だったが稀に吉報を届けることもできた。


「モーガン隊員ならば治癒院で魔法による治療を受けております。重症ではありますが、命に別状はないとのことなので数日中には面会できるかと……」


「そぅ……ああ……よかった……」


 モーガンの母親だろうか、年配の女性が他の家族を気にして控えめに安堵の声を漏らす。


「こちらが治癒院の地図になります」


「えぇ〜と……」


 この辺りの地理に疎いのか女性は不安げな表情を浮かべる。


「もし不案内ならば隊員がご案内致します」


 メルティが女性を気遣う。


「いいのよ。そこまでしてくれなくて」


「然様ですか……」


「息子の無事がわかっただけで十分だわ。どうもありがとう」


 女性はメルティの手を握る。


「貴女達の方がよっぽど辛いでしょうに。頑張ってね」


「――――っ!?」


 不意に優しい言葉をかけられて熱いものが込み上げてくる。メルティは強靭な理性で()()を抑え込み、上を向いて水気を取る。そして気を張って仕事に戻る。



 隊員の安否の確認に来る家族への応対。これが戦後処理のメルティの仕事だった。ターキッシュの妻のようにように目の前で絶叫されたり、怒りと悲しみの矛先のわからない遺族に掴みかかられることもあった。そしてモーガンの母親のように労いの言葉をかけてくれる者もいた。

 そんな日々が10日程続いた。メルティの精神は傍目に見て限界だった。これ以上負担をかければ彼女が壊れてしまう。


「メルティ。代わるよ。少し休め」


 隊員のひとりが見兼ねてそう言った。しかし――


「いいえ。これは私の仕事です。それに皆さんの遺書は私が預かったものです。私の手でお返しするのが筋ですから」


 メルティは据わった目で頑なに仕事を譲らなかった。これ以上は本当にメルティが潰れてしまうと、隊員は隊長のシャロンに指示を仰いだ。隊長命令で強引にでも休ませようとしたのだ。だが――――


「なりません。これはメルティさんの仕事です。彼女に任せて下さい」


 普段温和なシャロンには珍しい厳しい口調だった。それから3日が経った。


「今の方で……最後かしら……」


 名簿にある死者78人全員にチェックが入る。メルティは黙って名簿を閉じる。

 お疲れ様と声をかけることすらはばかられる。それくらいメルティの表情には生気がなかった。名簿を引き出しにしまおうとしたとき、不意に声がした。


「あ、あの」


 執務室の扉の端に小さな女の子がいた。見たことない子だった。


「どうしたの? 何かご用?」


 メルティは優しく声をかける。少女は遠慮がちに執務室へ入ってくる。少女がメルティの前まで来ると、もう一度訪ねる。


「もしかして、家族の人を探しているの?」


 そう言うと少女の顔がぱぁっと明るくなった。そして捲し立てるように話し出した。


「わたしサリー8歳なの。あのねお父さんとお母さんはいなくて、おじいちゃんとおばあちゃんがいるけど病気で寝てるの。だからね。私が汽車とお船乗ってここまできたの。たくさん間違ったから遅くなったの。それでね着いたらこれを渡せって言われてるの」


 少女は話し終えると古ぼけた巾着からボロボロの紙を差し出す。しかし雨にうたれたのか滲んで読めたものではなかった。


「ねえサリーちゃん。誰を探しにきたの?」


 隊員の名前が分かればと少女に訪ねた。


「ダッダお兄ちゃん」


「ダッダ?」


 メルティの知らない名前だった。


「ごめんね。調べるから少しだけ待ってくれる?」


「うん!」


 メルティは名簿を取り出すも、首を傾げた。


(おかしい……亡くなった隊員は全員家族が確認した。チェックも済ませたし、遺書も手元にはひとつもない。それにダッダなんて人、いたかしら?)


 メルティは全員のフルネームを全て把握しているわけではなかったが「ダッダ」という名前には聞き覚えがなかった。死者だけでなく、負傷者、そして全隊員リストに目を通すが「ダッダ」という名前を見つけることはできなかった。


(まさか支部の人? いや、でも支部の人は今回の戦いには参加していないし……)


「ねえサリーちゃん。お名前全部教えてくれる?」


「サリーね。サリー・ウォーターって言うの」


 その言葉を聞き、メルティはある人物を思い出す。


「ひょっとしてダッダお兄ちゃんて、『ダレル』ってお名前かな?」


 メルティの言葉を聞き、サリーが跳ねる。


「そうダレル! ダッダお兄ちゃん!」


 ダッダはダレルのあだ名のようだ。ダレル・ウォーター。8番隊の隊員である。なかなか名前が見つからないはずだ。彼は今回の戦いで死んでなどいないからだ。

 メルティは名簿をしまい、戸棚から大きめの封筒を取り出し、中にある書類を机に広げ1枚を手に取った。


 サリーはそんなメルティをキラキラした目で見つめていた。


「サリーちゃん。よく聞いてね」


「うん!」


「○月○○日、サリーちゃんのお兄さん、ダレル・ウォーター隊員は、8番隊本部にて亡くなっています」  


「え?」


 ダレル・ウォーターは王都防衛戦ではなく、魔族が8番隊本部を襲撃したあの日に命を落としたのだ。魔族襲撃に際して死亡した十数名の隊員。ダレルはその内のひとりだ。亡くなった十数名の内、唯一家族と連絡が取れなかったのがダレルだった。

 8番隊では基本的に隊員の死を家族に手紙で伝えたりはしない。「伝えたいことがあるから本部まで来てほしい」「来れないのなら、こちらから隊員を派遣する」というシステムだ。手紙ではなく同じ8番隊の人間が直接、仲間の最後を家族へ伝えるためだ。現代においては非効率な方法ではあるが、これがアイギスの為に尽くして死んだ人間に対する礼節であると8番隊では考えられている。

 メルティの元に亡くなった隊員の家族が押し寄せてきたのはこのためだ。


「ダッダお兄ちゃん、死んじゃったの?」


「はい、連絡が取れず……お伝えするのが遅くなり申し訳ありませんでした」


 メルティは子供のサリーに敬語を使い、誠心誠意頭を下げた。これがダレルと家族に対する礼儀だからだ。


「お兄ちゃん……死んじゃったんだ……」


 サリーの顔から希望が消えた。みるみる間に涙が溜まり、今にも決壊しそうだった。だが、彼女は踏み止まる。


「あのね。もしダッダお兄ちゃんが死んじゃってたらカタミ? があれが貰ってくるように言われてるの。それから死んだときのことが詳しく書いてある紙も貰ってこいって……」



 サリーは消え入りそうな声でメルティに告げた。恐らくは祖父母にそのように言いつけられていたのだろう。

 涙を両袖で懸命に拭うサリーにメルティがハンカチを差し出す。


「サリー泣かない。戦って死んじゃうのは立派なことだから泣いちゃ……だめって……」


 自分に言い聞かせるようにそう言うとついにサリーはしゃがみ込んで嗚咽が止まらなくなる。

 サリーを抱き締めて、一緒に涙を流す。仕事でなければメルティはそうしていただろう。だが、今彼女がやるべきことは違う。

 ダレル・ウォーターの住所を記された名簿を見て、サリーの祖父母に対して手紙を書き始める。


『○月○○日。サリー様は無事、本部に到着致しました。お伝えしなければならないことがありますので、サリー様をお連れして隊員と共にご自宅へお伺い致します』


 必要最低限の情報を書いた手紙をサリーの祖父母に送る。3日後、メルティは隊員を連れてサリーの祖父母を訪ねた。

 ダレルは若くして主力戦闘部隊へ配属された優秀な隊員であったこと。本部防衛のため、命懸けで戦ったこと。そのおかげで自分は生き延びることができたこと。感謝と謝罪の言葉をメルティは床に伏せる祖父母に丁寧に説明した。

 

 


 本部に戻ったメルティはようやく戦後処理を終えて長期の休暇が言い渡された。休日前夜メルティは真っ暗な執務室、椅子の上でひとり膝を抱えていた。やっと涙を流すことが許された。泣いても、叫んでいい。全ての処理を終えて感情を出すことが許されたのだ。だが、不思議と涙は流れて来なかった。感情が壊れたのかと思ったが違う。言い様のない罪悪感が彼女を襲っていた。


 あの夜、家族が死んだ。しかし自分は生き残った。大森林で、本部で、王都で、仲間が死んだ。しかし自分は生き残った。彼女に一切の非はなくとも、それでも罪悪感に苛まれるそれがメルティ・ウェルズだった。


「もう……辞めようかな……」


 こんな思いをするくらいなら……そう思ったときだ。



「メルティさん」


「シャロン……隊長?」


「休暇を1日だけいただけませんか?」


「はい?」


 数日後。メルティはシャロンに連れられてとある国を訪れていた。大きな教会の裏には広大な霊園がある。


「墓地ですか?」


「はい。ここにはアイギスの歴代隊員が眠っています」


「ここが……」


 見渡す限り墓石で埋め尽くされている。数える気すら起きない。


「墓地と言っても骨もない人も大勢いますけどね」


「そうですか……」


 どこかに今回亡くなった隊員の墓石もできるのかも知れない。だが、メルティは違うことを考えていた。


「バレてました? 私が辞めたいって思っていたこと……」  


「あら、そんなことを考えていたんですか?」  


「…………」


「辞めてもおかしくない。それだけの負荷を与えていたと自覚はしていました」


「それで引き止めるために、ここに連れてきたんですか?」


「少し違います」


「少し?」


「貴女は優秀な人です。例え戦闘能力がなくても8番隊には必要不可欠な人材だと思っています」


(やっぱり引き止めてるじゃん……)


「でもね。今回、どれだけ貴女が心を痛めたか。それを理解しておきながら尚、組織に尽くせとは言えません。もし辞めたいのなら遠慮なく言って下さい。再就職の斡旋も致しましょう」


「待って下さい。ならどうして私をここに連れて来たんですか? 理由がわからないです……」


「私が言いたいことはひとつだけ。自ら命を絶つようなことだけはしないで下さい。それがお伝えしたかったことです」  


 自殺はするな。それがシャロンがメルティに伝えたいことのようだ。メルティは思った。確かに今回の一件で自分にかかった精神的な負荷は自殺してもおかしくはない。だが彼女はそんなことを考えたことはなかった。


「自ら命を絶つって……そんなことするわけないじゃないですか!」


 シャロンは意外そうな目で彼女を見る。


「確かに死にたいって思うくらい辛かったですよ! でも自分から死ぬなんて亡くなった皆に対する冒涜です!」 


 メルティは睨むような目でシャロンを見た。


(私はこの子を見くびっていたようですね……)


 シャロンがメルティを墓地に連れてきたのは、無論彼女が自ら命を絶たないように釘を刺すためだ。彼女にはそれだけ負担をかけたとシャロンはそう思っていた。しかし彼女は自殺することは生きたくても叶わなかった仲間に対する冒涜行為だと言った。どうやら完全にシャロンの取り越し苦労だったようだ。


 シャロンは真っ直ぐ彼女を見る。


「な、なんですか?」


「メルティ・ウェルズ」


「はっ、はい!」


 メルティはフルネームを呼ばれ思わず直立不動になる。


「今を持って、貴女をアイギス本部主力戦闘部隊8番隊、第10席に任命します」


「はっ、はい! って……はあ!?」


 突然の幹部昇格にメルティは狼狽える。


「私! 辞めるかも知れないんですよ!?」


「辞めるなら辞めるで構いません。ですが貴女へ与えた席次は取り消しません」


「横暴だ……」


 シャロンは佇まいを正しメルティを見る。


「例え戦場に立つことができなくとも、貴女の仕事、そして働きにはそれだけの価値があるのですよ」


「私の仕事に……価値が……」


 普段は地味な事務仕事。そして有事の際は皆を傷つけ、自分も傷つく過酷な役目。そのどこに席官に据える程の価値があるのだろうか。彼女は冷静に考え込む。


「少し考えさせて下さい」


「ええ。休暇は長いですからね。ゆっくりと考えて下さい」


 









 はい。そんな感じで、私ことメルティ・ウェルズは席官に任命され晴れて幹部の仲間入りを果たしました。もちろんお仕事は続けることにしました。長くなりましたが「これが私の仕事」なんです。表に出ない戦いの裏側もなかなか過酷だと知っていただけましたでしょうか? ではまた機会があればお会いしましょう。


 メルティ・ウェルズ






 番外編3〜5完

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