番外編4 「これが私の仕事です」中編
入隊して4年が経ちました。本部の移転と言う事で慌ただしい毎日です。新しい本部は王都と学院の中間地点にある古城です。400人が生活するわけですから、こういうスケールになってしまうんですよね。城と言えど400人で清掃、修繕を行うので1週間もすれば本部機能として問題なく回るようになりました。でもまあ、この1週間の忙しさは思い出したくもないですけど。
本部が移転してからは色々と部隊に変化がありました。
「入るわよ」
「あっ、ステラさん。お疲れ様です」
「私年下なんだけど、なんで敬語?」
「あはは〜なんとなくです」
ステラ・アンサンブル。元諜報機関の暗殺者をしていた人です。色々ありアイギスの諜報員になりました。入隊の経緯がアレだったので、当初は引くくらい無愛想でした。ですが仕事柄、関わる回数が増えていくと段々と態度は軟化していきました。
「無愛想なのは元々の性格がこうだからよ。あとこれ隊長からの預かりもの」
「ありがとうございます!」
ステラさんはやる気なさそうに見えるのは態度だけで、仕事はしっかりこなすタイプでした。事務員と諜報員は他言できない機密を抱えることもあり、同じ秘密を共有するという部分で私は彼女に親近感を覚えていきました。彼女もそれは同じらしく、今では月に一度か二度はプライベートで食事をする程度には仲良しです。
そしてもうひとり。
「失礼致します」
「お疲れ様です。副隊長」
「その『副隊長』と言うのはなかなか慣れませんね……」
そう言って上品な笑顔を向けてくるのは、セシリア・グリーングラス副隊長。ステラさんと同じ諜報機関の暗殺者だった人です。しかもシャルロット3席を負かす程の実力者で、入隊と同時に空席だった『副隊長』の地位に就きました。セシリア副隊長の入隊に際して実は色々あったのです。
まずひとつ目の理由は入隊と同時に副隊長の地位に就いたことです。他部隊から優秀な人材が就任するならまだしも、他所から連れてきた人材をいきなり副隊長に据えることは、他の席官や隊員の方からすれば面白くありません。
そしてふたつ目の理由はセシリア副隊長が元々暗殺者だったことです。ようするに敵対していた人間を自軍のナンバー2にしたと言うことです。
これは面白くないとか以前に危険だという声が上がりました。セシリア副隊長を実力で抑えられるのはシャロン隊長だけです。そのシャロン隊長も四六時中セシリア副隊長を見張っているわけではありません。もし、セシリア副隊長が再び我々に牙を向ければ……という懸念がありました。結局シャロン隊長の鶴の一声で副隊長就任が決まったセシリア副隊長でしたが、入隊後も隊員からの目は厳しいものがありました。
「少しここで休ませていただいても構いませんか?」
「はい。もちろんです。ではお茶を淹れますね」
「申し訳ありません……」
セシリア副隊長は疲れた声でした。表向きは上官として扱われていても、影ではいつ裏切るのかと監視されているような毎日です。そんな毎日に疲弊したのか、事務員として個室が与えられている私の執務室をちょくちょく訪ねてくるようになりました。
「どうぞ」
「ありがとうございます。いただきます」
淹れたお茶を上品な仕草で口に運ぶ。貴族いや、神職を彷彿とさせるような気品が彼女にはありました。とても暗殺者には見えない。いや、一流だからこそ対極にいる人間に見えるように振る舞っているのだろうか。そしてセシリア副隊長がまさかの年下であるという驚愕の真実を知るのはもう少し先でした。もっと仲良くなりたいなと思っていた矢先、彼女は遠方へ行くことになりました。寂しくはなりますが落ち込むようなことではありません。だって永遠の別れではないのだから。
騎士団が不穏な動きをしている。そんな報告書が各地から届いていたある日。そう確か雨の日でした。
「何っ!? 何の音!?」
突然、大砲でも撃ち込まれたような轟音と衝撃が本部全体を襲いました。私が机から落ちたインクを拾おうと身を屈めたときでした。
「敵襲っー!! 敵襲っー!! 総員配置につけぇ!!」
魔法で拡張された声が本部内に響きます。
「敵襲っ!? なんで!?」
ここは精鋭が集う主力戦闘部隊の本部です。誰が攻めてくると言うのでしょうか。そんなことを考えていると、室内外で戦闘を行う音と叫び声が聞こえてきました。魔物の叫び声、そして味方の悲鳴が聞こえます。
「魔族っ!? なんで……」
ジェノス・ランドールにより意図的に襲撃された本部でしたが、当時の私には知る由もないことです。
「メルティっ!? 無事か!?」
「コニーさん!」
コニーさんという平隊員が来てくれました。
「魔族の集団だ! 本部を囲むように攻めて来やがった! 外に逃してやる余裕はない! 執務室に隠れていろ!」
「はっ、はい!!」
私はコニーさんが出ていくと、すぐに執務室に鍵をかけて机の下に隠れました。落としていたインクがブラウスに付きますが、そんなことを気にしている余裕などありません。できるだけ体を丸め、ガタガタ震える体を抱き締めます。恐怖のあまり力いっぱい目を瞑りました。すると視界が閉ざされ、本部内の戦闘の音が耳に入りました。隊員の叫び声、悲鳴、そして魔族の断末魔。様々な声が耳に入りある事実に気が付きます。
(もしかしてやられてる……)
そう直感的に思ったときです。ある事実を思い出します。そう、今日は多くの隊員が出払っていることに。その事実に気づいた私は思わず口を覆いました。隊長や副隊長はおろか、席官も本部にはいない。そして大半の戦闘員も。つまり現在、本部には微々たる戦力しかいないと私は気づいてしまいました。
「……っ!!」
味方の戦力も、敵の軍勢も正確にはわからない。ただ、今聞こえてくる音から判断すれば戦況は芳しくない。
(もしかして……私、死んじゃうかも……)
そんな絶望が襲ってきます。私は思考停止して机の下で震えていました。普段の仕事なら多少なり部隊に貢献できますが、いざ戦闘が始まってしまえば私はあまりにも無力です。せめて足手まといにならないように身を隠すことが私にできる唯一のことでした。
「ひっ!?」
破壊音が一層近づいてきました。私は恐怖で発狂しそうでした。
(死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない)
壊れた機械のように「死にたくない」と頭の中で繰り返します。そしてついに執務室の扉が破壊される音が聞こえました。
「――――っ!!」
執務室の机は三辺に側板があるタイプなので反対側から覗き込まない限り私の姿は見えません。声を出さないように手を口に抑えつけて息を殺します。運がよければ見つからずに済む可能性がありました。心臓は裂けそうなくらい早く動いていましたが、可能な限り呼吸を止めます。
不意に音が止みました。心臓の鼓動が喧しくて、私がそのことに気づいたのは何秒か、いや何十秒か経った後でした。
(音が止んだ……?)
もしかして味方が敵をやっつけてくれたのか、あるいは敵が撤退したのか。理由はわかりませんが、私は僅かに安堵しました。恐る恐る机から顔を出します。そして壊されたであろう執務室の入口へ顔を向けます。そこにいたのは――――
「あ……」
絶望が声になりました。私の視界に入ったのは天井に頭がつくくらい巨大な魔族でした。魔族を目にするのは人生で2回目です。そう、あの夜以来でした。
「あ……あ……」
私は声にならない声を上げ、その場に座り込みます。そして温かい何かが下半身を濡らしました。ですが、私にはこれを恥ずかしいと思う余裕などありませんでした。
魔族が一歩、こちらへ歩み始めました。その瞬間私は死ぬのだと理解しました。ああ、死ぬんだ。私は今、ここで死ぬんだと思ったとき――――
「風の魔法 鎌鼬!」
私の背後から窓が割れる音がしました。そして魔族の苦しむ声も。
「メルティ生きてる!?」
「ステラさん……」
絶体絶命のところでステラさんが助けに来てくれました。
「城内はもう無理。捨てて逃げるわよ!」
「は、はい!」
ステラさんの魔法で目を潰された魔族の脇を擦り抜けて私達は屋外へ逃げます。しかしそこにはさらなる地獄が待っていました。
「嘘……」
数十体の魔族が、未だに本部の外側にいました。
「ちっ! ふざけんじゃないわよ」
ステラさんは腰にあった短刀を抜きます。
「あんたはそこの瓦礫に隠れてて。はっきり言って足手まとい」
ステラさんはそう言って魔族の群れに単身突っ込んでいきました。本部の内外では未だに戦闘を繰り広げる音がしていますが、明らかに亡くなった方も視界に入りました。
「あぐっ!」
ステラさんが腕を斬られました。ですが私には飛び出して彼女に駆け寄る勇気はありませんでした。そして隠れている私に気がついたのか、数体の魔族がゆっくり近づいてきました。終わった。今度こそ死ぬんだと諦めました。
「白光の爆撃波!」
空から白い光が降り注いできました。そして爆弾でも落とされたかのように周囲はけたたましい爆音、爆風、そして魔族の断末魔が響き渡ります。私はわけがわからず頭を抱えてしゃがみ込んでいました。
(今度は何!?)
私が状況を理解できたのは遠ざかる人影が小さくなった頃でした。見覚えのある綺麗な銀髪。
「セシリア副隊長……?」
彼女は本部を取り囲む魔族を一掃するとまた姿が見えなくなります。遠方にいるはずの彼女が何故、本部に現れたのかはわかりません。ですがおかげで私は命拾いすることができました。
「助かったみたいね。さすがセシリア……」
腕からの出血を押さえながらステラが呟きました。
「止血を」
私はスカートを破りステラさんの腕に巻きつけました。
「ありがと。じき隊長もくるわ。それまでに状況を確認してくれる?」
「は、はい! わかりました!」
本部は半壊。至る所から火の手を上がっていました。亡くなった人。重症の人。自力で動ける人。行方不明の人。可能な限り正確に現状把握をしていきます。入隊して4年も経てば400名全員が顔馴染みです。
「コニーさん……」
最初に執務室へ隠れていろと指示をくれた優しい人。
「ナナリーさん……」
いつも笑顔で挨拶をしてくれる優しい人。
「リックさん……」
入隊して最初に仕事を教えてくれた優しい人。
しばらくしてシャロン隊長が到着しました。その時すでに十数名の隊員の死亡が確認できました。シャロン隊長の魔法で消火と治療が進められていき、私はあらゆる感情を押し殺し記録を残していきます。亡くなった隊員を悼む暇はありません。私には膨大な戦後処理の仕事が待っています。優しかった仲間達の死を嘆くより優先すべき大切なこと。これが私の仕事なのだから――――




