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番外編1 不器用な愛情

 王国騎士団本部。


 元帥執務室では、二大組織のトップが顔を揃えていた。王国騎士団元帥クレア・ネル・オーガスト。そしてアイギス本部主力戦闘部隊8番隊隊長のシャロン・セントレア・アールグレイのふたりだ。


「恐れ入ります」


 シャロンは元帥側付きのドランが淹れた紅茶に口につける。その様子をクレアはじっと眺めていた。そして頃合いを見計らってシャロンに話しかける。


「それで? 視察の結果はいかがだったのかしら?」


 主導権を取られまいと敢えて高圧的に話す。しかしシャロンはクレアの態度を意に介することなく、いつも通りの穏やかな様子で答える。


「そうですね。月に一度、こうして美味しい紅茶をいただくことが段々と楽しみになってきました」


「そう、それは何より」


 5月。アイリス達が学院を卒業して2ヶ月が経った。そして先の大戦から1年近くが経とうとしていた。社会的信用を地に落とした王国騎士団はクレアを最高指導者として新たなスタートを切った。しかし現在の騎士団はアイギス8番隊の監視下にあり、事実上は傘下組織のような位置付けになっている。だから8番隊隊長のシャロンが月に一度、正しく組織が機能しているか監査のため視察にやってくるのだ。


「お互い面倒だけど、しばらくは仕方ないわね」


「はい。常駐にならなかっただけでも御の字かと」


 当初、国王を初めとした国内貴族はアイギスの幹部を騎士団に送り込み、組織を運営しろと捲し立てた。しかしシャロンがこれを固辞。定期的に監査を入れる形で、上の人間を納得させた。

 シャロン自身は「騎士団の再起は、騎士団の手で行うべき」という理念のもと、騎士団運営は元帥に指名したクレアに一任し、その他は一切の口出しはしていない。今日も視察とは名ばかりで、クレアと共に世間話をしながら騎士団施設を回っていただけだ。


「本当に騎士団運営には口を挟まないつもりなのね」


 もう何度目かわからない形式的な視察だったが、騎士団内部についてシャロンが口を出したことはなかった。いつも適当に施設を回った後に、クレアの部屋でお茶を飲んで解散だった。


「もちろんです。お困りなら助力は致しますが、仔細については全てお任せします」


 クレアは当初、シャロンのことを信用していなかった。いや、組織のトップとして簡単に他人を信用してはいけないのだ。


(この女は、あの狡猾だったランドールをやり込めた人間。油断はできない)


 かつては、そうやって最大限シャロンを警戒していたクレアだったが、シャロンと顔を合わせる度に毒気を抜かれるような思いをしていた。


「随分と私を高く買っているようだけど、私はランドールほどお人好しではないわよ」


「あら、そうなんですか?」


 こちらの牽制をにっこりと笑い、やり過ごすシャロン。


「おかわりをいただいても?」


「はっ。すぐに」


 本当にお茶を楽しみに来たかのような態度だ。クレアは毒気が抜かれると同時に苛立ちを覚える。何か言ってやろうと思考を巡らせていると、シャロンが先に口を開く。


「クレア元帥は自分を『冷徹な人間』『狡猾な人間』だと思っているようですが、(わたくし)はそうは思いません」


「そう」


 クレアはシャロンから目線を外す。


「あの戦い、黒衣の騎士団(ブラックメイツ)や騎士団の援護がなければ、少なくともブラッドの部隊は全滅していたでしょう。貴女のあの行動はジェノス・ランドールさえ予測していないものだったと思います。お見事でした。そしてありがとうございます。貴女のお陰で部下の命は救われました」 


 シャロンは戦いにおけるクレアの働きに感謝すると同時に、その知略を高く評価した。派閥争いに敗れ、牙を折られた将官を見事演じ、ここしかないという局面で反旗を翻し、正義を履行したその勇気を。


「ふん。騎士団が敗れたときのために、アイギスに恩を売っておいただけよ。事実こうして元帥の椅子に座っているわ。ただそれを変な正義感に駆られた行動と思うのなら、見る目がなかったわね」


「あら、それは残念でした」


 シャロンはそう言って新しく淹れられた紅茶を飲む。


「そうやって私のことをわかったような態度を取るのは気に入らないわね」


「お気を悪くしたのならごめんなさい。ただ貴女は似ていると思ったのです」


「誰に?」


「…………」

 

「殺すわよ」


「あら、私は何も言っていませんが?」


「はっ。大方、私があのランドール(たぬき)と似ていると言いたいのでしょう?」


「ええ」


「屈辱だわ」


 クレアは心底嫌そうな顔をする。だが、屈辱と言いながらも否定はしなかった。クレアにも自覚はあるのだ。プロミネンス達に洗脳される以前の、青臭い理想を掲げていたジェノス・ランドールに彼女はよく似ていた。


「おっと。もうこんな時間ですね。私はそろそろおいとま致します。御馳走様でした」


「ドラン」


「はっ!」


 クレアはドランにシャロンを見送らせる。そしてシャロンに触発されたのか、昔を思い出す。ジェノスの信念に共感して、共に騎士団の発展に務めた日々のことを。



 十数年前。


 親友ジーナ・フランベルを失い、自身も大怪我を負った。再起不能と言われた彼女だが、右足に障害を残しながらも復帰を果たす。しかし怪我が原因で魔力欠乏症にかかり、再び離脱する。クレアにとって、この時が人生のドン底だった。ジェノスやジーナと共に騎士団を改革するという信念も、親友の死と、自身の怪我でどうでもよくなった。騎士団を辞めて、戦いとは無縁の生活を送ろうと本気で考えていた。

 だが、それにはひとつだけ心残りがあった。それはジーナの忘れ形見である子供達だった。


『私に何かあったら子供達を頼んだぜ』

 

『嫌よ。未婚で四児の母なんて冗談じゃないわ』


 こんなやり取りを数えきれないほどやった。けれど、いざ本当にジーナが死んでしまうと、その子供達を放置できるほどクレアは薄情ではなかった。退団手続きをする前に、クレアはジーナの家へ向かう。ジーナと違い、クレアは独り身だっため、高給取りの彼女には十分な蓄えがあった。そのほとんどを持って彼女の娘達を訪ねる。


(弔慰金は貰っているでしょうけど、金はいくらあっても困ることはないものね)


 家に着くと素振りの音が耳に入った。庭の方へ行くと幼き日のイレイナが剣を振っていた。そして母を亡くし、落ち込んでいる妹達を励ましていた。


「いつまでもくよくよするな! 大丈夫だ! お姉ちゃんもお母さんと同じ騎士団に入る! お姉ちゃんが守ってやるからもう泣くな!」


 当時のイレイナはまだ12、13歳だった。にも関わらず妹達を心配させないために前を向いていた。本当はイレイナ自身も涙を流したいはずだ。だが、その気持ちを仕舞い込み未来を見据えていた。

 イレイナの倍以上を生きていながら、全てを諦めて田舎へ引っ込もうとしている自分と、なんという差だろうか。クレアは大金の入った袋を玄関先に置き踵を返す。

 その後、第一線を退くも指揮官として手腕を振るい、騎士団内部の政治を制し、大将の座に上り詰めた。ジェノスとの覇権争いに敗れ、正規軍の指揮権を剥奪され干されてもクレアは折れなかった。いつか彼女が騎士団に入団したとき、大将という地位は役に立つ、そう思ったからだ。そして黒衣の騎士団(ブラックメイツ)を編成し、水面下で暗躍した。





 そして同時にフランベル一家の動向を見守り続けた。


 王立魔法魔術学院


「今日はどういったご用件で?」


「新入生の選考だけど、騎士クラスだけで構わないから審査に混ぜてもらえるかしら?」


 騎士団大将の地位を使い、入学試験の試験官になりイレイナが首席になるよう優遇した。しかしそれが叶わないと知ると――――


「確か、学院はランドール家から多額の寄付金を受けているのよね? ならば学費はもう少し勉強できるのではないかしら?」


「は、はあ……」


 





「今日の観戦料よ。取っておきなさい」


「え? いや、しかし……」


 時には無関係を装い直接援助した。



 そしてイレイナが騎士団へ入団するとすぐに地方から本部へ呼び、危険な任務につかなくていいように正規軍から外し、自分の側に置いた。そして給料が上がるように階級を上げた。不器用な彼女なりのイレイナへの愛情だった。

 しかしクレアから贔屓されているイレイナは徐々に心を病んでいく。甘い汁だけ吸わせているつもりだったが、それはイレイナの正義を腐らせる行為だった。やはり彼女はジーナの娘だった。決戦当日、だからこそクレアはイレイナに言った。



『私の命令は絶対よ? お前は逆らうことはもちろん、疑うことも許されないわ。ただし――――――――』




『お前の感情が、私の命令を越えたその時は……勝手になさい』




 その言葉でイレイナは危険を冒し、死地へ飛び込んでいった。その正義感の強さは本当に母親譲りだった。







(結局、私のしたことは余計なことだったようね……)


 彼女を思い、したことは結果として彼女を傷つけただけ。


(私のことは恨んでいるでしょうね。小間使いのように偉そうに命令だけして……)


 だが、ジーナがアンデットといえど蘇った今、もう自分が何かする必要もない。再編成してからはイレイナも正規軍の指揮官となり各地を飛び回っている。これからはただの上官と部下の関係になればいい。

 寂寥感を覚えながら、赤く染まった空を見る。


「ちっ……余計なことを考えていたせいで仕事が進んでいないわ」


 提出期限の迫った書類に手を着ける。閑職だった大将の頃とは違い、クレアは日々事務作業に追われていた。5人いた元帥も今や彼女ひとり。手早く書類に目を通していく。


「失礼致します」


「あら、イレイナ。戻っていたの」


「はい、これは各地の再編成表です。確認をお願い致します」


 終わらせた手前から仕事が増え、クレアの表情が僅かに歪む。


「申し訳ありません! お忙しいところ――――っ!?」


 イレイナの腹が盛大に鳴る。


「…………申し訳ありません。朝から何も食べていないもので……」


「はぁ……仕方ないわね」


 クレアはため息をついて立ち上がる。


「イレイナ。食事にいくわよ」


「え? 食事ですか……?」


「部下に食事も摂らせずこき使っているなんて悪評が流れて、これ以上騎士団の評判を落とすわけにはいかないでしょう」


 クレアはさっさと帰り支度を整える。


「残りはジークフリードにでもやらせましょう」


「いいのでしょうか……」


「構わないわ。それよりお前もジーナの手料理には飽きてきたんじゃなくて? たまには美味い物を食べにいくわよ」


「は、はい!」



 番外編1 完

お読みいただきありがとうございます。

あと何話か番外編を載せたのち、次作に入ります。

今後もよろしくお願い致します。

早坂凛

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