第98話 アルは幸せを願う
「ロイ、頑張ったみたいだねぇ~」
「がが、頑張りました! 精一杯ぱいぱい頑張りばりました!」
酒場でルカに声をかけられたロイは、面白いほどに固まり真っ赤に答えていた。
そんなロイの横に、一人の男がピッタリとくっつくように位置する。
「こいつ、強かっ、た」
「ブ、ブラットニーさん……」
それは四害王の一人、滅殺のブラットニーであった。
彼はジーッとロイに視線を向けながら続ける。
「クリフレッドが人間と仲良くしろと言ってるか、ら。お前とは一番仲良くなりた、い。よろし、く」
「は、はぁ……よろしくお願いします」
ロイの頭を撫でるブラットニー。
どうやらクリフレッドの説得がうまく言っているようだ。
ブラットニーの他に、もう一人四害王の姿がある。
剛剣のライオレッタ。
彼女は酒を飲みながらエミリアの肩に手を回している。
「まさかオレより強い女がいるなんてな! だけど、今度は負けねえからな!」
「もうやらねえよ! お前とやり合うのはもう御免だ」
「んなこと言わねえで、また喧嘩しようぜ。な?」
「しないっての! 一人で勝手にやってろ」
再戦を求めるライオレッタにそれを拒否するエミリア。
カトレアがそんな二人の様子を見ながらローズと会話をしている。
「あの女、エミリアちゃんぐらい強いらしいよ」
「うむ。私たちではまだ勝てない相手だろうな」
「もっと強くなったらちょっと懲らしめとく? その方が後々扱いやすいだろうし?」
「んだよ、お前らが喧嘩相手しれくれんのか?」
ライオレッタが突然二人の会話に入り込み、カトレアはビクッと反応する。
「お前らはツヴァイクに勝ったみたしだし、やりがいありそうだな! どうだ、今から喧嘩するってのは?」
「い、今はいいかな……今からパーティーが始まるんだから」
「パーティーの前に喧嘩ぐらいいいだろ? な、やろうぜ!」
「やらないっての!」
困り果てるカトレアは、俺の下へと走って来て腕を絡ませてくる。
「アル様~助けてくださーい」
「お、お前! アルに気安く触んじゃねえ!」
エミリアはなぜかカトレアに怒鳴る。
そんなエミリアを見て、ライオレッタはニヤニヤと笑っていた。
「ほほー。お前が言ってた惚れてる男ってのはあいつの――」
「う、うるさい! お前は黙ってろ! 本気でもう一回ぶっ飛ばすぞ!」
「お? 喧嘩なら喜んで買うぜ」
睨み合うエミリアとライオレッタ。
しかしそこへやって来たクリフレッドがライオレッタを引き離し、顔を合わる。
「ライオレッタ。人間とは仲良くしないと。喧嘩ばかりしていてはダメだ」
「お、おお……そうだったな」
顔を染めるライオレッタ。
今度はエミリアがニヤニヤと笑みを浮かべながらライオレッタを見ている。
「な、何だよ」
「べっつに。何でもねえよ」
カトレアが俺の右手に腕を絡ませていると、空いた左手をデイジーが手を取る。
ローズはチラチラこちらを羨ましそうに見ていた。
何かやりたいのかな?
そう考えていると酒場の奥から、大きなケーキを台で運んで来るティアの姿が視界に入る。
「おお……あれは何だ?」
「凄いな……」
皆はケーキのことを知らないらしく、仰天している様子だった。
これは異世界の知識から作った俺の手作りケーキで、いわゆるウエディングケーキという物だ。
雪のように真っ白なホイップクリーム。
三段ほど重ねたそのケーキは皆と同じ視線ぐらいの高さを誇っている。
苺の赤が映えており、見るからに美味しそうなそれに、皆はゴクリと唾液を飲み込んでいた。
「これはケーキと言って……祝い事なんかで食べたりするものなんだ」
祝い事でなくとも食べることもあるようだが……そんなことを言ったら、いつ何時でも作らされそうなのでそう言っておいた。
「あ、ボランさんとキャメロンさんの結婚祝いですね!」
ペトラが手を合わせ目を輝かせていた。
「お、俺らの祝いだぁ!? どういうことだよ、ああっ!?」
キャメロンは素直に喜んでいるらしく、目を細めてケーキを見ていた。
ボランは真っ赤になり、怒声を上げる。
「そのまんまの意味だよ。これはボランたちのために作った。そして、人間と魔族の共存の始まりの祝いでもあるんだ」
「なるほど……だからクリフレッドたちを呼んだんだね」
フレオ様はうんうん頷きながらそう言った。
俺は首肯で返事し、ケーキを切り分けていく。
「ボランたちの幸せと、人間と魔族のこれからの未来。全ての幸せを願って作った」
皆の手元にケーキが回る。
そして一斉に皆ケーキを口にした。
「うめえ! アニキ、相変わらず美味いっすよ!」
「そうか。そう言ってもらえると嬉しいよ」
ジオが笑顔でケーキを食べている。
ジオだけじゃない。
皆幸せそうに、ケーキを口にしていた。
「…………」
「ティア?」
しかし、ティアだけが戸惑うようにフォークを握っていた。
「どうしたんだ?」
「あ、いえ。ご主人様の美味しいものを食べたら、見境を失ってしまうようなので……」
コクリと頷き、ティアは決心したようにケーキにフォークを指す。
「ですが、私は克服してみせます。絶対に我を失うことなどありません」
パクリとケーキを口に含むティア。
そして彼女は大声で叫ぶ。
「甘いクリームとパウンドケーキの絶妙なバランス! 苺のアクセントがきいていてこれも美味い! 甘さばかりで辛さのない、まさにこの世の天国のような味……幸せの味だにゃ! これには私たちも驚きを隠せない、神剣ランク料理だにゃ!」
どうやら今回もダメだったようだ。
ティアは我を忘れて、とにかくケーキをかきこんでいる。
俺は周囲に広がっている幸せの空気と、幸せな味を噛みしめ、皆の姿を見つめ続けていた。
願わくば、これから未来永劫、皆に幸せが続きますように。
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次回からは不定期更新になりますが、よろしくお願いします。
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