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5.婚約の経緯

花冠の思い出②の前に、割り込み致しました。


「はぁ!? 婚約破棄だと?」



 この日現ラヴァール侯爵のフレイは、早馬によってもたらされた愛娘であるリディアからの手紙を読むと思わず声をあげた。冷静沈着なフローラ王国の()宰相とは思えぬ狼狽え振りであった。


「旦那様どうなされましたか?」


 そんな今まで見たことのない主人の様子を心配して声をかけたのはラヴァール侯爵家の執事であるロイズだ。


「ロイズ。クラウスがリディに婚約破棄を告げてきたらしい。詳しいことはリディから直接聞かねば分からないが、子爵家の令嬢を連れての一方的なものだったようだ」


 フレイは怒りに身体を震わせながらロイズに告げた。


「な、なんということを……」

「しかもその場には、カイン殿下までいらっしゃったそうだ」

「えぇ!?」



 

 リディアの生家であるラヴァール侯爵家。

 その歴史は古く、遡ればフローラ王国の建国から続く長い歴史を持つ名家である。


 ラヴァール侯爵家が治める領地は王都の北に位置している。その広大な領地では小麦を中心に様々な穀物が栽培されている。


 また畜産業も盛んなラヴァール侯爵領では、特に乳牛の飼育に力が入れられている。自然豊かな牧場でのびのびと育てられた乳牛から絞られるのは、濃厚なコクと甘さが広がる牛乳だ。そんな絶品の牛乳を使用して色々な加工品も作られている。

 その中でもラヴァール領産のチーズは世界的に有名で、ラヴァール領のみならずフローラ王国の誇る輸出品の一つにもなっている。


 そんな裕福な大貴族であるラヴァール侯爵家の一人娘として生まれたのがリディアだ。


 他国では貴族の家に娘しか生まれなかった場合は他家から男の養子を貰ったり、婿となった相手が爵位を継ぐのが一般的だ。だがこのフローラ王国では娘がそのまま爵位を継ぐことが多い。


 ラヴァール侯爵家には一人娘であるリディアしかいない為、いずれ彼女がラヴァール侯爵となる事が決まっていた。




 そんなリディアの婚約者が決められた経緯はこうだ。


 フローラ王国は春の女神フローラの加護の力もあり、天候による災害が他国と比べて少ない国だ。だがあくまで少ないだけでまったく起きないという訳ではない。


 その年はいつもならば恵みをもたらすはずの雨がなかなか降り止まず、過去に無いほどの記録的な長雨となってしまった。それが王国の各地で河川の氾濫を引き起こし、王国中で甚大な被害を出してしまった。


 もちろんラヴァール侯爵領でも被害はあったが、幸いにも氾濫の規模は小さく農作物の被害も少なくて済んだ。



 その中で一番の被害を出したのがライズナー公爵領だ。

 

 ライズナー公爵領で作られているのは、豊潤で深みのある味わいの高品質なワインだ。

 そのライズナー公爵領では、長雨の影響で葡萄の木に病気が発生してしまい壊滅的な被害を出してしまった。また河川の氾濫の被害も広範囲で、こんな状態ではこれから数年は葡萄を収穫する事など出来ないだろう。


 ということはライズナー公爵領の名産であるワインを新たに製造する事が出来ない。まだ貯蔵されているワインがあるとはいえその量は無限ではないのだ。


 それでなくても今回の被害で家を失ってしまった大勢の領民の為に、仮設のテントを設置し炊き出しを続けている。更には早急に河川の補修工事もせねばならない。


 フローラ王国から補助金は出ていたが財源は底をつこうとしていた。このままでは税収も絶望的だ。

 困ったライズナー公爵は学生時代の友人でその後も親交が続いていた、ラヴァール侯爵であるフレイに助けを求めた。


 最初は難色を示していたフレイであったが、ワインの出荷量が減ってしまえばラヴァール侯爵領の主力商品であるチーズの売り上げに少なからず影響が出てしまうだろう。

 以前に比べれば食べ方の幅は広がったがチーズはまだまだ酒のつまみ、ワインとセットで食べるイメージが強いからだ。


 それにライズナー公爵家との繋がりがより強固になれば新たな販路の拡大にも繋がる。未来への投資と考えればここでライズナー公爵家に恩を売っておくのは決して悪い話ではない。


 それにとある事情で愛娘であるリディアの本来の婚約者となるはずだった彼との婚約を望めない今、友人の息子をリディアの婚約者にするのが娘の為にも一番良い選択なのではないだろうか――。


 そう考えたフレイはライズナー公爵の三男であるクラウスをリディアの婚約者としいずれラヴァール侯爵家に婿入りさせる事や、ラヴァール侯爵家もワイン製造に関わる事などのいくつかを条件にライズナー公爵家に援助する事となった。


 こうした事情から結ばれたクラウスとの婚約であったが、今回その婚約は破棄されることとなってしまった。




 フレイは過去を思い返して大きなため息をついた。


「詳しい話はリディから直接聞かねば分からないな。だが先ずは……」


 そう呟くとフレイは徐にペンを取り、急いで手紙をしたためてゆくのだった。


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